暴れん坊将軍は、「科学将軍」だった!? 海外から積極的に知識や技術を導入


この記事は、
江戸時代は「鎖国」でなかった
という真実  
積極的に導入された知識

という記事の続編になります。

前回の記事で、家康は国防の観点
から、海外の国々との交流を大きく
制限したけれど、西洋の知識や文化
は、オランダからどんどん取り
入れていたという事で、私たちが
思っているような鎖国政策を
していたわけではないという事を
ご紹介しました。

今度は、8大将軍徳川吉宗の事に
ついてになります。そうです、あの
マツケンさんが演じて有名になった
暴れん坊将軍ですね。なんと
この将軍は、海外から積極的に文化
科学・技術を導入した将軍として
も知られているのです。

さていつものように徳川家の子孫の
徳川宗英氏の著書から引用させて
いただきましょう。
まず吉宗がどれだけ優れた将軍
であったかのエピソードからです。

『』内が引用で、~が中略です。

『吉宗といえば「享保の改革」である。
将軍の位についたころ、元禄バブル
崩壊の後遺症に加えて、佐渡金山
など幕府直轄領からの収入が減少し、
幕府財政は逼迫していた。そこで
質素倹約の奨励、物価統制、殖産産業、
新田開発、税制改革、大奥のリストラ
など、あらゆる手段を講じて財政立て
直しを図った結果、将軍就任から
六年で、幕府の債務約十六万両(当時
、一両六万円として九十六億円)を
返済することができた。~
享保の改革は財政面にとどまらず、
歴史の教科書でおなじみの、目安箱
の設置や小石川養生所の設立、江戸町
火消しの結成、身分や出自にこだわら
ない人材登用など、多方面におよんだ。
一連の改革には、実学を重視する吉宗
の意向が色濃く反映されていた。
当時、学問・教養として重視された
のは和歌や儒学だが、吉宗は、その
方面への関心は薄かったようだ。~
しかし、その一方で、農政・法律・
地理・天文・気象・古文書研究・医学
・薬学・博物学・蘭学などに並々
ならぬ関心を寄せ、知識もそうとう
にあった。~

信長、秀吉、家康、幕末の薩摩藩主
島津斉彬にもいえることだが、他に
抜きんでた活躍をするひとは、
「未知のもの・新しいもの」に対する
好奇心が旺盛だ。
 吉宗も、海外に関する知識や情報に
強い関心を寄せていた。いまふうの
表現をすれば、「西洋オタク」
だろうか、そういってもおかしく
ないくらいの傾倒ぶりだった。
享保十四年(一七二九)、中国商人に
依頼して雄雌二頭の象を輸入している。
雌のほうはすぐに死んでしまつたが、
雄は長崎から京へ行き、御所に参内
して中御門天皇(なかみかどてんのう)
や皇族方の前に巨体をさらした。
帝に拝謁するには位がなければ
いけないと、象が従四位を頂戴した
という逸話も残る。~
ほかにも吉宗は、アラブ馬を輸入して
交配させようとしたり、虎、孔雀、
駝鳥、七面鳥、麝香猫(じゃこうねこ)
などの珍獣をオランダ商人に輸入
させたりした。

軍事関係では、西洋の武具・兵器を
輸入し、火縄銃で西洋式甲冑に試射
する実験をした。

工学関係では、置き時計や懐中時計を
輸入し、オランダ人時計師を日本に
招いた。船で使うジャッキやクレーン
の模型もつくらせた。

長崎のオランダ商館長は、江戸初期
から中期までは年に一回、通詞
(通訳)や学者などを引き連れて
江戸に参府し、将軍に挨拶するのが
ならわしだった。

(引用注:要するに、長崎のオランダ
商人で、窓口的な存在が、この
オランダ商館長、つまりは、西洋人
で、さらにいろんな情報・知識に
明るい人物だという事です。)

彼らの定宿は、日本橋本石町三丁目
の長崎屋だった。
 吉宗は、長崎屋に役人を通わせて
、さまざまな質問をした。オランダ
各州の大きさ、統治法、刑法、
宣戦布告の方法、穀物の保存法、
家屋の構造や消火法、休日の種類、
人名のつけ方、本の虫食い対策まで
訊ねている。合計すると百項目を軽く
超えるだろう。~

吉宗は天文学にも造詣が深く、長崎屋
に使いをたびたび派遣し、太陽の高度
の測定法、惑星の構成、日食や月食
などについて質問した。
当時のオランダ商館には充分に答え
られる者がなかなかいなかったという
から、吉宗の知識はかなりのものだった
といえる。』

“出典:「江戸は世界最高の知的社会」
         徳川宗英著
         講談社+α新書刊”

なんという優れた将軍なんでしょうか、
この事を知った時、こんな統治者が、
日本にいた事を誇りに思いましたね。

あらゆる効果的な政策で財政を立て
直し、民のために目安箱、危機管理
のために消防団の組織化、身分も
出自にもこだわらなった器の広さ
なども、まさに上に立つものの
お手本のオンパレードです。
しかも、学識も幅広くて、あらゆる
学問に精通していたという事です。

彼自身に鎖国のイメージは全く感じ
ませんね。むしろ他民族に対する
敬意をあまり感じられず、大衆に
自由を与えず、農奴のような身分が
大半であった、西洋社会の統治者
たちより、圧倒的にレベルの高い
政治家であったと思われるのです。

また科学者も重用しているのでその話
は次回という事にさせていただきます。

ではまた(^^)/

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投稿者:

あんみん댊

滋賀県在住で、 神秘についてや、精神世界について 長年研究を続けています。 携帯アプリなどでサビアン鑑定も 行っております。 神秘的なことなど一緒に探求したい という方、集まってくださいねー。 あとスポーツライターも目指して いることもあり、口数は人の 100倍はあろうかという自己評価 ですが、かなりまわりから、 「盛りすぎ!!」と批判されております。

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