私たちが永遠で一体である事の証明その1 アニータさんの証言その1


このアニータさんの臨死体験を、
これまで投稿したエベンさんの臨死体験と
比較しながら、是非見ていって
いただきたいのです。
あくまでもその時点で、という事なの
ですが、臨死体験は、人それぞれの
意識のレベルや、そのタイミングなど
によって大きく違うという事です。
そしてこのアニータさんの臨死体験は
おそらくほぼ最も高いレベルの臨死体験
をされたという事です。

私が神秘メッセージで、お伝えしようと
してきた事は、大きく分ければいくつかの
ポイントに集約できます。
中でも一番お伝えしたいのがタイトルの
「私たちが肉体だけの存在ではなく、
永遠に存在する意識で、全てと一体
である、愛を中心とした、全知万能
の存在である」
という事です。
最後のは、なんだか偉そうに聞こえる
かもしれませんが、これは全員が
そうだという事なのです。
というより、あなたは全ての人の意識
と一体であり、また全ての人そのもの
でもあるという事なのです。
それは、もちろん肉体での感覚に
囚われていれば、すぐには納得
できないでしょう。だから、肉体に
囚われない意識になった賢人や
超常能力者、臨死体験者などから学ぶ
必要があるという事なのです。

実は、死んで自らの意識が肉体から
離れた人でも、生前の本質の知識を
持たなかったために、結局肉体に
意識があった時の感覚をそのまま
残している場合が多いのです。

つまり、肉体から離れた臨死体験者
たちはまだ、その肉体に意識があった
頃の感覚をひきずったまま、その霊的な
次元に以降する人も多くて、その場合
輪廻転生を、受け身的に繰り返したり、
執着がすぎて、意識レベルが低かったり
したら、それなりの次元に、囚われたり
もします。
それでも多くの臨死体験者が証言した
ように、普通に愛情を持って暮らした人
であれば、肉体を離れれば、世界との
「一体感」を味わえるようになるのです。
そこで自分が、永遠の存在である事を
ほとんどの人が知る事になりますが、
稀に意識レベルが、その究極の到達点
である、全知万能の全てとの一体と
なる領域まで以降する人達がいます。

そこで到達点の意識つまり「絶対意識」
に到達した臨死体験者
アニータ・ムーアジャニさんの証言を
シリーズで投稿していきます。
つまりだれでも最終的には、この
「絶対意識」と一体である自分に回帰
する事になるのですが、ほとんどの人
は魂の学びや、意識の経験のために、
長く旅を続ける事になります。
もちろん今生で、高い意識レベルへ到達
すれば、ネガティブなまわり道をしなく
てもよくなります。
もちろんこの旅は肉体を離れても、
なお続く旅だという事です。
何度も繰り返しで恐縮しますが、肉体が
あなたの全てではなく、あなたは意識
そのもので永遠であるという事です。

さてアニータさんの臨死体験について
です。

今回ご紹介するのは、自身の臨死体験を著書
にまとめ、発表してミリオンセラーを記録
した“「DYING TO BE ME」アニータ・
ムーアジャニ著 hay house 刊”
“邦訳「喜びから人生を生きる」
    アニータ・ムーア・ジャニ著
       奥野 節子訳
      ナチュラルスピリット刊”
です。
最初購入した時は、邦訳は出ていなくて、
また電子辞書を片手に四苦八苦しながら、
数週間かけて、読破しました。
ただそれまで、研究で臨死体験については
テーマにしていなかったので、新鮮な
驚きと、それまでの自身が得ていた結論
「全ては本来一体のもの」と一致していた
という事で、とても喜び、楽しみながら、
驚きなから、読んでいったのを覚えて
います。
日本語と違って、英語は不慣れなので、
暗号を解読して謎解きをするような
スリルのある感覚が醍醐味です。

さてこれまで、臨死体験という言葉の
生みの親である、レイモンドムーディ氏
や、その後本格的な調査に発展させた
ケネスリング氏の著書から何人かの
臨死体験者の証言を紹介させて
いただきましたが、今回のアニータ
さんは、自分の臨死体験を一冊に
まとめてくれています。

臨死体験者には、真理を理解するための
ヒントになる多くの共通点がある事も
説明してきたと思いますが、その具体的な
内容は、一人一人違うという事です。
そしてまた、多くの人が高い意識の
レベルつまり「覚醒状態」を体験して
いますが、その高い意識にもレベルが
あったのです。
実は、本当に大きく分けて二つのレベルが
あるのです。

一つは多くの臨死体験者が、臨死体験中に
高い次元の存在、光の存在、神のような存在
に出会ったといってますが、これは、自分が
肉体に囚われていた時と同じ、宇宙や世界
の中で分離された小さな存在であるという
意識レベルのままだということです。
これを私は単に「高次元の意識」といいます。
(ケネス・リング氏は著書で、この光の存在
は高次の自分自身だといっておられます。
私もそう思います。この意識レベルの場合
光の存在を見ている状態が分離意識だという
ことです)

もう一つは、現代の量子物理学や太古からの
賢人たち、またはハワイのカフナや、
チベット密教の超常能力を得た人々が示唆
してきたような、自分自身が世界や宇宙と
一体であり、自分がまさにその宇宙自身
世界自体だという意識になる事です。
これは、本当に臨死体験者の中でもごく
少数の経験者の報告しかありません。
私は、この意識レベルの事を比類なき
完全な物である絶対という言葉を使って
「絶対意識」と呼んでいます。

アニータさんは、そのまれな臨死体験の
レベル「絶対意識領域」に到達した人
だったのです。

あまりに詳細なので何回かにわけて、
シリーズ化していこうと思います。
で、今日はその1です。
 
以下はアニータさんの著書からの引用
抜粋とそれについての私の考察という形
で進めていきます。引用はもちろん
アニータさんの臨死体験時について
書かれた部分です。

   ~引用抜粋~
私は、臨死状態になり、これまでよりも
はるかに鋭敏に、自分の周囲で起こって
いることに気がついていました。身体の
五感は働いていませんでしたが、それとは
比べものにならないくらい、あらゆるものを
感じ取ることができたのです。
まるで完全に異なる知覚が目覚めたよう
でした。
それは単なる知覚以上のもので、起こって
いること全てを包み込み、まるで自分が
ゆっくりとその全てと一つになっていく
ように感じられました。
   ~引用終了~

まずはここでよくわかるのが、肉体から自分
の意識が解放された後に、とてつもなく
鋭敏で拡大された新しい意識がとびこんで
きたということです。
それまでの肉体にとらわれた感覚や認識が
なくなると、より確かな現実感を伴った、
拡大された鋭敏な知覚を得るということ
ですね。
ここで゜私たちの思い込みによる間違った
言葉の使い方を、ご紹介しますね。
それは、気絶したり、昏睡状態になったり
もちろん人が亡くなる時にも、
「意識を失った」と表現しますよね。
ですが、昏睡状態の彼女や、多くの臨死
体験者の多くは、仮死状態または昏睡状態
であるのにもかかわらず、鮮明な知覚を得た
とか、覚醒したと報告しているのです。
確かに、まわりの五感にとらわれた人から
みると、身体または頭の機能が、一時休止
または停止状態になれば、肉体自体は意識
的な反応を見せなくなるので、そのような
意識を失うという言葉になるのもわかり
ますが、多くの臨死体験者やアニータさん
のように、肉体が機能を停止している時が
覚醒状態の時より鮮明な意識状態になる
という事なので、むしろ「意識が開かれた」
わけです。
そしてその意識状態が本来の意識だと
いう真理の観点からだと、「意識が回復
した」「本来の意識に回帰した」という
表現が正しくなるということです。
つまりふだんの我々は、
「本来の意識は失われている状態」
または
「本来の意識は眠っている状態」
という事でもあります。

私のブログは、占星術と真理解明を二つの
柱として進めていますが、これも実は
一体のもので、この真理についての深い
知識が背景になっているのが、わたくし
のサビアン占星術です。
だから、占星術の記述にも、あちこち
その知識がちりばめられているのですが、
みんな別々のカテゴリーに分かれているので
なんとかしたいとは思っています。

話を戻しますね💦
アニータさんは、肉体の機能がほぼ
停止状態にあることで、本来の意識に
「目覚め」とてつもなく拡大された
鋭敏な知覚や認識を得ることができたの
です。
我々が、瞑想をして高い意識レベルに
到達しようとすることの意味はここに
あります。
つまり生命活動をほぼ休止に近い状態に
持っていき、五感の機能を休止させ、本来
の意識を覚醒しようというのが瞑想の
コンセプトなのです。

さてアニータさんの証言の次回その2
では、より詳細な臨死体験中の描写
について取り上げていきたいと
思います。
ではまた(^_^)

クリックしていただいた方本当に
ありがとうございます(^^)
おかげ様で上位継続中です💦

いやあすいません私がへっぽこなもので
順位を落としたので、2位から上位に
変えさせていただきましたー(^_^;)💦

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神秘のバイクインタイル その8   知識を深掘りするつながり


今回ご紹介するのは、サビアンシンボルの
バイクインタイルでのつながりです。

双子座6度
「油田の掘削」
からみてバイクインタイルの関係に
あるのが

天秤座30度
「哲学者の頭にある三つの知識のこぶ」

山羊座12度
「講義をする自然の学徒」
です。

双子座6度の油田の掘削が、知識を
掘り下げるための暗示だという事を
この144度のバイクインタイルに
あたる天秤座30度と山羊座12度の
シンボルが見事に表現してくれていると
いう事です。

知識を掘り下げるという意味によく似た
イメージで私たちは、ドリルという学習の
仕方をしてきました。算数のドリルとか
いうもので、どちらかというと、同じ
ような計算などを何度も繰り返すだけ
なので、今回のような知識を深く掘り
下げるというのとは少し違うとは思い
ますが、学習という事で関係している
ようにも思えます。

そしてバイクインタイルの天秤座30度
では、知識を深く探究する人という事で
哲学者のシンボルになっています。
三つの知識のこぶは、蓄えた知識など
によりできたものであると考えられます
よね。イラストは、たぶんソクラテス
という感じでしょう。

そしてもう一方の山羊座12度も、自然の
中で知識を共有するためのシンボルと
いうイメージですが、山羊座社会では、
自由に学問をする事を許されない場合が
あるので、社会から逃れて自然に飛び込んで
きた知識人を暗示しているというようにも
思えますね。
これもまた知識を深くするためのシンボル
だという事で、双子座6度と神秘的に
つながっているというわけです。

また天秤座30度と山羊座12度は
知識人つながりですが、これが
クインタイルのアスペクトでつながって
いるという事です。

今回もまたサビアンシンボルが
バイクインタイルのアスペクト
の意味通りで神秘的につながって
いるという事を紹介させていただき
ました。

ではまた(^^)/

よければこちらもよろしく
お願いします(*^_^*)

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ついに生還!身体に戻る描写まで詳細だった    エベンさんの証言その9


エベンさんの長い臨死体験も今回でようやく
終わりを迎える事になりますが、臨死体験
領域には、本来時間の感覚がないと、
ほとんどの臨死体験者が語っている通り、
時空を超えた領域のはずなのですが、
それにもかかわらず、「長い」と思える
のは、エベンさんの身体の容態が、
一進一退を繰り返していたため、時空を
感じる領域にも存在したという事を示して
いるのだと思います。
特に泥の世界というのは今回明らかに
なりますが、肉体により近い領域なので、
エベンさんが、生還しかけていた時には、
常にそこに戻っていってたわけです。
そのため通常の臨死体験のエピソードより
長い時間を経過したように思えるわけ
です。
また肉体により近い領域が泥の世界と
いうのは違和感のある方も多いかも
知れませんが、今回の臨死体験がその
事を明らかにしてくれたというわけです。
つまり肉体が高い領域でないという
のは、比喩的なものなどではなく、
本質的に肉体に生命のある状態というのは、
意識のレベルでは、かなり低い次元の領域
にあるという事です。
では生還の様子を見ていきましょう。

前回、自身の分離意識から、絶対意識と
一体化できずに下降していき、泥の世界
に逆戻りしたエベンさんが、音楽に導かれて
高次元に上昇する方法を理解するように
なり、何度も泥の世界のような低次元の世界
と、高次元の世界を行き来できるように
なった事をご紹介しました。
今回ついに、長かったエベンさんの臨死体験
が終わり、肉体に戻ってくるまでの様子を
ご紹介しようと思います。

今回も「」内がすべて引用で、~からは
中略の意味です。

「どんよりしたミミズの目の世界にはまり
込んでいる事に気づくたびに、私は回転する
光体のメロディーを思い浮かべた。それが
ゲートウェイとコアの世界への門を開いて
くれた。・・・
・・・ところがゲートウェイの境界まで
やってきたあるとき、もうそこへ入れないと
いうことを悟らされた。高次元への入場券の
ようなものだった回転する光のメロディー
は、もはや私をそこへは受け入れてくれなく
なったのだ。
~私は悲嘆に暮れ、悲しみを募らせて
ますます暗い気持ちになり、その気持ちは
「実際」に降下するというかたちをとって
体験されることになった。巨大な雲を抜け
ながら、私は下へ向かい続けた。
周囲のあちこちからくぐもった声が
聞こえてくる。~
~私のために祈っていたのだ。
後になって気づいたことだが、その
中にはマイケル・サリバンとその夫人
ペイジの顔もあった。あの時点では
シルエットがわかっただけだったのが、
こちらの世界へ戻って言葉を取りもどして
から、サリバン夫妻であったことが、
はっきりと確認できた。マイケルは
物理的にも、集中治療室で何度も私の
ために祈っていてくれたのだ。
(ペイジは病室には来ていなかったが、
祈りを捧げてくれていた。)
祈りは私に力を与えてくれた。深い悲しみに
沈みながらも何も心配はいらないという
不思議な安心感があったのは、そのおかげ
だったのだろう。
天国は想像主オームの姿で自分と共にここに
ある。蝶の羽根に乗った女性という天使の
姿で、ここにある。それがわかっていた。
 帰路についていた私は独りではなかった。
そしてこれからは、決して独りを感じる
ことはないことも確信していた。~
~井戸を落ちながらどんどん近づいている
下の世界にも、自分には愛しい存在がいる
のだと気がついた。その瞬間まで、その
ことを完全に忘れ去っていたのだった。
 それに気づいた私は六つの顔に意識を
向けた。六つ目の顔が特別に際立って
いた。
それはなぜかとても懐かしい顔だった。
そう感じたときに、だれの顔かはわから
ないまま、恐怖と紙一重の圧倒的な戦慄
が駆け抜けた。自分はあの顔に必要と
されている。私を失えば二度とその傷
から癒やされず、喪失感に打ちのめされて
しまうであろう顔-天国の門が閉じられた
ときの私と同じ悲嘆にくれる顔。
その思いに応えないのは裏切り同然に
なる顔-。~
~それは内から生まれる恐怖ではなく、
六つの顔へのー特に六番目の顔への恐怖
だった。だれかはわからなかったが、
かけがえのない顔に違いなかった。~
~下界へ下りるという危険を冒して
自分のところへ戻ってくるように哀願
している。何を言っているのかは理解
できなかったが、その言葉は私には
下の世界にしがらみがあること、そこに
“足を突っ込んで”きたことを伝えている
のがわかった。
 私は戻らなければならないのだ。
そこには尊重しなければならない関わり
があるのだ。顔がいっそうはっきりと
してくるにつれて、その思いはますます
強くなった。すると顔も、もう少しで
判別できそうなほどになってきた。
 それは少年の顔だった。」
“出典:「プルーフオブヘヴン」
   エベン・アレグザンダー著
          白川貴子訳
          早川書房刊”

最後の少年の顔は、エベンさんの息子さん
の末っ子の顔ですね。
彼は、とうとう臨死体験から肉体に帰還
してきたのです。長かった。そう、我々
の時間でこの臨死領域は測れないの
ですが、あまりにも詳細にわたって、
エベン・アレグザンダーさんが、体験を
この著書にまとめあげてくれているので、
今まで長い間集め続けてきた、臨死体験の
資料の中でも、圧倒的に詳しい描写
だと思います。
この詳しい描写のおかげで、本当に多くの
真理への貴重なヒントが得られたと思い
ます。このシリーズでそのヒントについて
一つ一つ解説をしていきました。

今回の最後のシーンも、やはりヒントが
つまっていたのです。

臨死体験が私たちの日常の意識と
つながっている事は、先の記事でも
書きましたが、この肉体に戻る描写には、
それがありありと理解できるように
なっています。
かんたんな図式でいえば、意識のレベル
の高さが、そのまま臨死体験での上下の
感覚で、我々の日常の生きている現実
は、臨死体験の(エベンさんの場合の)
最下層であった「泥の世界」から
さらにずーーっと下降していった場所に
あるという事なのです。
しかも悲嘆にくれていたという
ネガティブな意識を伴いながらの下降
だという事です。
なんと私たちが、生きていて肉体に意識
がある間は、そのとてつもなく低い位置
に意識があるという事なのです。
これで、臨死体験者のほとんどが、肉体
に意識がある間の方が、囚われていて、
臨死領域の世界とは比べ物にならない
くらい不自由だと感じたと証言している
事が、よく理解できますね。

またよく臨死体験者が、暗いトンネル
を通って、天界の場所のようなところへ
行ったと証言しているのも、エベンさん
が最後に下降しながら通ったところと、
泥の世界などの低い次元が、すべて
暗いトンネルとして感知されている
という事なのです。
これは臨死体験者の多くの人たちの意識
レベルが、「泥の世界」を経験しなければ
ならないようなレベルでは、なかった
という事も示しているのです。
多くの臨死体験者たちは、その状態を
スルーできたという事ですね。
臨死体験をして帰ってこれるような人
というのは、一定の意識レベル以上の
人たちである必要がありますから、
その低次元の状態を経験する事は、
なかったのだと思われます。

これは先にも書きましたが、エベンさん
が「悪い人」だからではなく、医者と
して科学者として、意識は物質から
生まれ、肉体そのものがその人の存在
そのもので、霊や魂などを一切認めない
概念と思考になっていたからなのです。
つまり現代の日本人の左脳型の人が、
これにあてはまっていますが、つまりは
「泥の世界」またはそういうレベルの
領域に死後向かう可能性が高いという事
なのです。

そしてエベンさんは、基本的に「良い
心」の持ち主であったから、上昇して
高次元の意識の世界へ行くことが、
できましたが、つまり逆に「悪い」
というか「邪悪なエネルギー」を
持つ人たちは、もちろん「泥の世界」
よりひどい「地獄のような世界」に
はまり込み、ほとんど永遠に出られない
状態になるのだという事です。
臨死体験者が口々に、肉体を離れれば
天界のような場所に行ったと証言して
いるので、その事を肉体が離れれば、
みんな許されると勘違いしてしまい
かちなのですが、とんでもない事なの
です。

次に書くことは重要です。
宇宙の実体は、意識なのですが、異質
なものは同化できないようになっている
ので、愛で表現される天界に邪悪な
意識は、自らの重みでいけないように
なっているという事なのです。
このことは、27年間も霊的領域を
体験したスウェーデンボルグ氏も詳細に
説明してくれていますし、臨死体験者の
中には、間違って地獄のような場所に
入りこんでしまった事を証言してくれて
いる人もいます。
これは、「臨死体験者の言葉その11     
 天国もあれば当然!?

という記事で紹介しています。
どういう心が邪悪かという事は、本質を
理解するような感性の人であれば、よく
わかっていただけると思いますが、心を
失ったような人であれば、そもそもその
判断は不可能かも知れませんね。
冷酷なサイコパスなんかは、そのまま
霊的には最下層あたりにいくのは
間違いないでしょう。
あースカッとしますねー(^_^)
そりゃそうでしょ、この世でどんなに
悪い事しても、最後は許されるなんて、
悪人が知ったら、さらに悪事を働きます。
愛情豊かな人がそれによって、命や権利
を奪われたり、不幸になっていく事を、
高いレベルにある意識が許すはずない
じゃないですか。
申し訳ないけど、「悪人こそ救われる」
という教えが正しくはないのは明らか
です。
これはもちろん中世のキリスト教の
世界観とは違います。
聖書に「悪人こそ救われる」と書いて
ますからね。
つまりそれに反する事や他にも独自の
霊体験から、教会の世界観に反する事を
スウェーデンボルグが言ったので、彼は
教会から異端扱いされたというわけなの
です。
ただ彼自身は、聖書の原点のラテン語から
の翻訳などを手がけるなど、生涯自分は
キリスト教信者だと、主張しています。
つまり教会の世界観と合わないという
理由ですが、もしかしたら聖書のラテン語
原典には、かなり真理をついた事や我々に
とってためになる事が、もっと多く書か
れていたのかも知れません。
つまり教会が自分たちの都合の良いように
書き換えている可能性があるという事
なのです。
(事実ローマ時代に皇帝の命で聖書は
大幅に書き換えられています。)
彼が敬虔なキリシタンであると生涯言い
続けている事を考慮にいれれば、その
可能性が高いといえると思います。

そうそう、宗教的な事や、政治的な事
をいったらタブー扱いというのは、実は
その事で人々が、深く話し合いなどして
わかり合ったら、それぞれのジャンルで
騙せなくなるからです。
つまりは上の都合の刷り込みにしか
すぎないというわけです。

今大事なコンセプトをいいましたね、
「タブーとは、権力者の都合により
刷り込まれたものにすぎない」という
事です。

これよくよく考えたら分かる事なんです
けど、多くの人がほとんど「考えない人」
になってしまっているから仕方ない
ですね。

さて最後のエベンさんの、肉体に戻る
直前の描写で得られたヒントは、まだ
あります。

下降していく過程で、エベンさんの
関わってきた人たちに出会うという場面
がありますが、家族に会うよりも上方で
自分のために祈ってくれているサリバン
夫妻に会っているという事です。
エベンさんを心から愛している家族より
も、当然愛情はあるけれども、他人で
あるサリバン夫妻の方が上だという事を
奇妙に思われるかも知れませんが、これは
理にかなっているのです。
宗教的な教えとは、全く関係なく、祈り
というのは、純粋に相手の魂のために
愛などの念を送ります。つまりそれが
エベンさんの意識にとっては、先に
感じられた、つまりより高次の意識だった
という事なのです。
ですが、家族の場合は、エベンさんを
失う不安と、恐れも当然入り混じった
想念になるので、下にいたというわけ
なのです。
これは、説明すれば簡単な事だとわかり
ますよね?

次回からは、このエベンさんとアニータ
さんをはじめとする他の臨死体験者との
比較なども記事にしていきたいと
思います。
では(^_^)

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神秘のペンタグラムその5    知性と精神を高める五芒星


これまで神秘のペンタグラムシリーズ
を微加筆修正しての再投稿でしたが
今回やっと完全最新記事の投稿です。
これを最近書いた時は、以前投稿した
ペンタグラムシリーズの記事が、当時
それほど注目されていませんでしたので
改めて、これまでの分も投稿してから
今回の記事を投稿しようと思い立った
わけです。以下は書き上げた時点で、
一応ペンタグラムについての事を軽く
説明しています。

ペンタグラムは、つまりは五芒星
の事で、異次元のゲートとして古来
から、魔術や陰陽師の護符など世界で
幅広く使用されてきたものです。
このペンタグラムについては
黄金比と五角形という記事
クインタイル(72°)と
バイクインタイル(144°)について

という記事が参考になると思います。

そして今回のペンタグラムを形成する
サビアンシンボルは画像のように、
獅子座18度を基点とするものです。
といっても五芒星は、どの方向から
でも均等になっているので、どれもが
基点といっていいのですが、単に説明
しやすいからです。
そして矢印の方向は、五芒星を描く時
の流れでもありますが、高次の次元への
流れは右回りなので、右回りの
スパイラルという、宇宙の普遍的な
エネルギーの流れとして、捉えています。
つまりこの流れで、サビアンシンボルを
読み取っていくと、ペンタグラムとして
のつながりが、良く読み取れると
いう事でもあります。
矢印の先に角度を書いていますが、
今回の場合魚座23度だけ、オーブ1度
のバイククインタイルなので、関わる
角度が143度と145度になって
います。

さてその右回りのスパイラルなら、
どこを基点にして説明し始めても
いいのですが、一筆書きの流れが
わかりやすそうなので、まずは
天秤座30度の
「哲学者の頭の三つの知識のこぶ」
からですが、天秤座が12星座1
意識レベルの高いサインだと説明しま
したが、知性も当然高く、それが30度
のシンボルにもあらわれているという
事です。
これは哲学者の頭にこぶができるくらい
知性が発達したという事を示していて
真理を深く探究していったという事
でもあります。
そしてその深く探究する様子が、次の
双子座6度
「油田の掘削」
につながります。
やはり双子座も知性とコミュニケーション
のサインなので、この油田の掘削で、
好奇心いっぱいに知識を追求していってる
事をあらわしています。
そしてこの知識を追求していっていると
いう事と、自然界を開拓しているという
表現が次の
山羊座12度
「講義をする自然の学徒」
につながるというわけです。
これは山羊座の社会による思想の管理・
制限から逃れて、自然の中で隠遁
しながら知識を守り伝えていこうと
している様子を示しています。
そしてこの知識を伝えるという事が
教える姿につながり、次の
獅子座18度
「化学の先生」になったという事
です。
獅子座は、自己表現のサインなので、
自分の知識を教える事で、自己実現して
いるという事です。

そして、知識を得るという事が、
やはり高い精神を伴わなければ
ならないという事で、次の
魚座23度
「精神主義的な現象」につながる
という事です。
ここで知識・知性に豊かな精神性が
加わっている事が示されるわけですね。
そしてこの精神性を伴った知性は、
そのまま次の天秤座30度の
「哲学者の頭にある3つの知識のこぶ」
につながっているのがわかりますね。

これでまた元にもどったので、五芒星・
ペンタグラムのサビアンシンボルの
完成です。

さてこのように見事に意味のつながりの
流れとして、サビアンシンボルが
バイクインタイルをもとにした
ペンタグラムを形成しているという
事を、説明させていただきました。

ではまた(^^)/

よろしければこちらもお願いします(^^)/

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霊的領域での人生の追体験    エベンさんの証言その8


前回、絶対意識である「オーム」の近く
まで到達しながら、叡知を受け取るだけ
で、それと一体化できずに、下降していき
もといた、「泥の世界」にまで落ちてきて
しまったエベンさんですが、もちろん
以前の意識とは違い、自分を客観的に見る
ことは、できるようになったようです。
また愛や知識を与えられたエベンさんは、
以前よりも、その次元を脱する事が容易に
なったようで、彼はやがて、その
「ミミズの目」の世界から次元を上昇させる
やり方を理解するようになります。
もちろん、なかなかそれを理解するのに
時間を要したといってますが、さてその上昇
する方法とは?

今回は、その時の様子からです。

「」内は全て引用で、~から~までが
中略という事です。

「それがわかったきっかけは、ふとあの
「回転する存在の調べ」を聴きたいと思った
ことだった。
最初は旋律が思い出せなかったが、やがて
あの荘厳な音色と、回転しながらそれを
奏でていた光の球が意識に戻ってきた。
暗がりを貫いて、その調べが届くと、私は
どんよりとしたその場所から上昇し始めた
のだ。
あちら側の世界では、何かを具体的に思い
浮かべれば、それに向かっていけることが
少しずつわかってきた。
「回転する存在の調べ」を思い浮かべれば、
それが出現した。もっと高次の場所へ移り
たいと心から願えば、そこへいくことが
できた。
肉体を離れていた間の私は、濁った暗がり
から光があふれるゲートウェイへ、さらに
は神聖な闇のコアへと、何度も行き来を
繰り返していた。」
“出典:「プルーフオブヘヴン」
   エベン・アレグザンダー著
          白川貴子訳
          早川書房刊”

このように、低次元から高次元まで、
何度も行き来していたというエベンさんの
臨死体験は、かなり珍しいケースのもの
です。もちろん七日間も昏睡状態にあった
わけなので、単純に時間があったともいえ
ますが、そもそも臨死体験中は時空を
越えているので、我々の次元での時間とは
ほぼ無関係のはずですが、おそらく彼の
肉体の状況は、医師などが測る事のでき
ないところで、一進一退の状況を繰り
返していたのではないかと思います。
つまり肉体に意識が戻りかけている場合は
我々の感覚でいう時間が、彼の意識に
戻り、また上昇して高次元の世界にいる
時は、彼の意識は時空を越えたと考えれば、
確かに、時間的な長さも臨死体験に関わって
くることになりますね。
つまり彼の肉体での意識状態というのは、
「泥の世界」の近くにあるという事なの
ですが、あとからこれが正しかった事が
裏付けられます。
またこの上昇と下降を繰り返したという
のは、彼の分離意識が下降のエネルギーに
なり、愛と知識を象徴する音楽が上昇
エネルギーになっているという事で、
とても理解しやすいものとなっています。
また

興味深いのが、彼が以前の肉体にあった
ときの潜在意識も、当然この臨死体験中に
つながっているので、それがやはり
表れている事がわかるというものです。

彼は、まだ若い時代にグライダーや
スカイダイビングを趣味としていて、
またスカイダイビングは、相当長い期間
に渡って続けていたという事です。
これを彼の潜在意識レベルでの描写に
するなら、地上また日常の感覚から、
スカイダイビングで空を経験する時に
解放されるというものになります。
つまり彼は、これを長い期間にわたって
何度も繰り返していたのですから、潜在
意識には、開放感をともなった上昇と
地上・日常の意識に戻る下降という
状況が、何度も刻み込まれていたという
事になります。
それがやはり、この臨死体験中にも表れた
という事でしょう。潜在意識は、生死や
肉体にかかわらず、永遠に存在する本来の
意識なので、当然、生きている間の
潜在意識と臨死領域での意識はつながって
いることになります。

またもっと奥深いところでの、潜在意識
として、彼の探究心があります。彼は
最先端の脳外科医でありながら、150
以上の論文を発表するような医学博士でも
あったため、探究心が非常に旺盛で
あったわけです。それが自然にあらゆる
次元での経験を、臨死体験中にする事に
つながったという事でもあると思います。

また上昇するために、音楽のエネルギーを
使ったという事なので、やはり高次元を
意識する要素のひとつとして、音楽が
非常に大事だったという事を裏付けて
くれています。
もちろんこれは、ふだんの我々の意識に
ついてもあてはまります。
宇宙の真理編の「五感にもレベルがあり
ます」というシリーズで、聴覚そして音楽
感性のレベルが、意識レベルの高さにつな
がるという事を説明していますが、やはり
臨死領域においても、それは有効だという
ことですね。それも肉体の耳を通しての
音楽ではないので、想像もつかない
ような感動的なメロディーなのでしょうが
ただ私たちの通常の現実世界の音楽でも
当然レベルの高い音楽というものがあり
ます。
それは以前にも記事に書かせていただきま
したが、心の琴線に触れるような、
ウェットな音楽という事です。なぜなら、
高次元の領域というのは、中心に愛がある
ので、乾いた心につながるようなドライな
音楽というものとは、真逆の性質になる
からです。
また私たちの現在が、そのレベルの高い
音楽で満たされているかというと、
それは逆に「誘導」されているという事
も確かなのです。鋭い方は気づいているで
しょうが、レコードからテープ、CD
そして、スマホなどで聴くようなデジタル
データと時代が進むに比べて、自然の
音、または音楽から遠ざかっているのが、
とてもわかりやすい図式になっています。
今でもレコードを私はたまに聴きますが、
その「あたたかい」音色や音の波動を
よく実感できます。
そして、またビートを効かした音楽や
金属音が響く音楽が、いかに高い意識
レベルから我々を遠ざけるか、鋭い方なら
わかっていただけると思いますが、どうで
しょうか?
このエベンさんの臨死体験でも「ミミズの
目の世界」にいる時は、リズミカルな鼓動
の音だけしか、聞こえなかったわけだから
ビートを効かした音楽が、やはり低い意識
レベルにつながるのがわかります。
そういえば、強烈なバイクの爆音、
カーステガンガンかけている車の外へ
聞こえてくる音も確かに「ビート」は効いて
いますよねー。

そしてきわめつけは、一部の人にしか
知られていない大事な事で、音律の設定が
高い意識レベルから我々を遠ざける
基準になっているという事です。
これはA=440Hzという、非常に微妙
な音の高さの設定というものですが、
これについては、また別の記事で書かせて
いただきます。

とにかく、音楽は我々を高次元の意識へ
導くための大事な要素の一つだという事
です。

長くなりましたね、すいません右脳的
解釈が私の記事のスタイルであり、ウリ
でもあるので、どうしても長くなります。
おつきあいいただいている方には、本当
に感謝しています<(_ _)>(^_^)

今回はエベンさんが、泥の世界と、高次元
の世界を、上昇したり下降したりするよう
になった様子を、紹介しました。

さて次回は、いよいよエベンさんが「長い」
臨死体験から肉体に戻っていく様子を
紹介します(^_^)

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学びのスパイラル 神秘のペンタグラム的解釈その4


神秘のペンタグラム的解釈その4は
上の図のように乙女座29度を基点と
したペンタグラムです。

その五芒星の右回りスパイラルの流れの
ままの矢印通りに並べますと

乙女座29度
「読んでいる書類から秘密の知識
を得る男性」

牡牛座5度
「開いた墓の前にいる未亡人」

射手座11度
「寺院の左側にある物質的悟りを
もたらすランプ」

蟹座17度
「知識と生命に成長する微生物」

水瓶座23度
「座ってすべての手足を振っている
            大きな熊」

とこのような形になります。
これが、神秘的なペンタグラムの
アスペクトでどのようにつながって
いるかみていきましょう。
乙女座29度は、男性が霊的なインスピ
レーションを使って、書物に隠されている
貴重な知識を得たということを示してい
ます。これは、おそらく個人的なものと
いうよりも多くの人にとって貴重なもの
という意味で、普遍的な知識のことだと
思います。
そういう知識を本から読み取るときには、
文を無感情に字づらを追っていくだけ
では不可能です。つまりこれまでの先入観
が邪魔して、その貴重な知識を感知する
ことができないからです。
ですが、この男性は完成された個人の乙女座
と宇宙意識の目覚める天秤座の影響を大きく
受け始める乙女座の終盤のシンボルにいる
ので、霊性を働かせて本から貴重な知識を
得る事に成功したということなのです。

そしてその流れを受けた牡牛座5度は、
ご主人を無くした未亡人が、悲嘆にくれて
夫へのつのる思いから霊的な世界を覗き
込んでいるという姿を暗示しています。
もちろん夫の後を追おうとして、お墓を
開けている姿にもとれますが、どちらに
しても意識は霊界にあります。霊界と
いうのは、臨死体験者の証言にもある
ように知識の宝庫です。
つまり乙女座29度で男性が得た知識も
その霊界にあるので、やはり未亡人も
心ならずも、その知識のある霊界に意識
がいっている状態だということなのです。

またこの流れを受けた射手座11度は
物質的悟りをもたらすランプなのですが、
ランプの火は霊性をあらわすものです。
つまり未亡人や夫の魂が、霊界で悟りを
得たということを象徴しているのが、
この「悟りをもたらすランプ」なのです。
このランプが寺院の左側にあるということも
寺院の鎮魂の意味と、左側の霊性の意味が
あらわれています。
またこの一つ手前の射手座10度は
「金髪の幸運の女神」であり、未亡人の
牡牛座5度から145度のバイクイン
タイルのオーブ(許容範囲)にあたります。
これは、未亡人の夫を思い悲嘆にくれる心
または霊を、祝福する存在が、墓の向こうに
待っているという事を示しています。
もちろんこれは、未亡人に対して、夫の分
まで力強く生きなさいというメッセージと
捉えます。

さらにこの流れを受けた蟹座17度は、
射手座11度の悟りによって、霊的に進化
した微生物が、知識のある生命に成長する
という事です。
これは、蟹座の支配星が月である事の影響
を受けているのです。その月は、生命に
対するプログラムを担っているので、
そのプログラムに対して、悟りを得た魂が
書き換えを行ったということなのです。

そしてこの流れを受けた水瓶座23度は、
大きな熊が神秘的な動物とされているため
まさに、微生物の進化した姿となっている
ということですね。もちろん熊はさらに
霊性を高めようと手足を振って、自分を
コントロールしているわけです。
水瓶座は、宇宙意識による変革の意味を
持っているサインなので、霊的な進化を
遂げてなおかつ、さらなる高みに登ろう
としているわけです。

そしてまた乙女座29度に戻るわけで
すが、個人として完成された乙女座は、
ついにさらなる知識を、霊性を働かせて
読み取るということなのです。
この場合、霊的に進化した熊が、この
個人として完成された乙女座の男性に
なり、求めていた知識をついに得たという
事です。

このように、ペンタグラムの表現する
右回りの霊的上昇の流れを、サビアン
シンボルは、とてもよく表現していると
いえると思います。
また知識を求めたり、霊的な進化を遂げ
ようとする存在に対しては、宇宙の
神秘的なゲートが開きますよという事も
暗示しているのです。
まさに臨死体験者の多くの人が証言して
いるように、愛とともに知識も霊界では
重要であるということでしょう。
もちろんこの知識は、普遍的で本質的な
意味での知識です。

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「北欧の異世界伝説」時空を越えた親子 北極圏と南極圏その2


前回米軍のバード少将が、北極圏と南極圏で
光る白い霧に包まれ、異世界の大陸に遭遇
したという話を紹介させていただき
ましたが、今回は北極圏にまつわる伝説と、
異世界に迷い込んだという証言が、
別の事例として残っているので、それを
また抜粋しながら引用させていただくこと
にします。

“では、両極には未知なる世界の入り口が
あるのだろうか。もちろん科学的に確かめ
られたわけではないが、気になることが
ひとつある。それは北極圏を生活の場と
するエスキモー(イヌイット)たちの
伝説である。
 彼らは、いう。北の果てには近づいて
はならない。北の果てには、恐ろしい
力を持った魔神が住んでいる。魔神は、
あの世界の入り口の番人で人間が侵入する
ことを許さない。不用意に、近づけば、
必ずや命を取られる、と。
エスキモーは今もこの伝説を信じている。
  (中略)
エスキモーと同様、北欧の人々の間にも、
北極にまつわる不思議な話がある。
伝説によると、北の果てには氷原が
まったくない世界、すなわち気候が温暖
で、青々とした草木が茂る楽園がる。
その名を「ウルティマ・トゥーレ」。
北欧の人たちにとって、そこは民族の
故郷であるという。

(引用注:前回のバード少将が北極圏から
異世界に迷い込んだ時も同じように
温暖で草木が生い茂る世界であった
と証言していますので、これは同じ世界
の事をいっているとみて間違いない
でしょう。)

   (中略)
誰も見たものがいない。ならば1度、北極
へいって確かめてこよう。あるとき、
そう思い立った男がいた。彼の名は
「オラフ・ヤンセン」。ノルウェーの
漁師である。ヤンセンとその父親は
1829年4月3日、冬の寒さが緩み始め
た頃を見計らい、小さな漁船に乗って遠い
旅に出た。

  (中略)
船出して間もなく、ヤンセン親子は暴風雨に
巻き込まれてしまう。強烈な風と高鳴る
波しぶきに彼らはなす術がない。流される
まま、数日間、北極の海を漂った。
 やがて風雨がやんで、一息ついたとき、
彼らは異変に気づく、水面が曲がっている。
目をこすってよくみると、海面は上下左右
に彎曲し、そのまま伸びている。あたかも、
船は水のトンネルを航行しているのである。
目の錯覚ではない証拠に、その状況は
数日間、続いた。寝ても覚めても、そこに
あるのは水の壁である。

(引用注:時空を越え、別次元に以降する
時私たちの五感の空間認識が、根底から
覆るように認識されます。これは臨死共有
体験者も同じく、臨死領域に亡くなろうと
している人とともに移行した時、大きく
空間が歪む事を体験する事が多いというのと
共通する点です。)

 疲労が頂点に達したころ、水のトンネル
を抜けたらしく、突然、遠くまで見渡せる
水平線が現れた。元の世界に戻ったのかと
思いきや、何かが違う。天空に輝く太陽が
やけに鈍い色をしているのだ。

(引用注:太古のムーやアトランティスの
時代には、天空は水蒸気に覆われ、現在の
ようにギラギラとした太陽の輝きでは、
なかったという説もあります。
この太陽の鈍い色は水蒸気に遮られている
という意味かも知れません。)

いったいここはどこなのか。ひょっとして
、伝説のウルティマ・トゥーレなのか。
まるで不思議な夢でも見ているかのような
気分である。ヤンセン親子は疲れた体を
休め、数日間、波間を漂った。
 しかし、やがて太平の眠りを覚ます
事件が起こる。突如巨大な船が現れ、
ヤンセン親子の乗る船に近づいてきた
のだ。見れば、そこに巨大な人影が立って
いる。身長は、およそ4メートルはある
だろうか。前代未聞の巨人たちが船に
乗っていたのだ。知らない世界で出
会った巨大な人間に、ヤンセン親子は
恐怖に包まれた。

(引用注:太古やはり人類は、4から5
メートルくらいの巨人であったという
説もあり、地層から巨人の人骨や足跡が
見つかったという話もあります。
また太古には、ケイ素系の生命体であった
とう説も記事でご紹介しましたが、ケイ素
系であれば、やはり現在より、サイズが
かなり大きくなるという事もわかって
います。そしてこの後の描写にもあります
が、寿命も10倍程度になるという事です)

 だが、彼らの予想に反して、巨人たち
の性格は温和で、非常に親切であった。
ヤンセン親子を遭難者として丁重に扱い、
自分たちの国に案内してくれたのだ。
巨人たちの言葉はよくわからなかったが
、どうも古代のサンスクリット語に似て
いるように思われた。身振り手振りで
コミュニケーションを図ったところ、
どうやら巨人たちの住む町は「イェフ」
というらしく、そこへヤンセン親子は
案内された。
 彼らはイェフで、約1年間過ごすこと
になるのだが、その間に少しずつ巨人
たちの言葉が理解できるようになって
きた。なんでも、巨人たちは特殊な信仰
を持っており、霞がかった太陽を神
として崇拝しているという。
 巨人たちは驚くほど進んだ科学技術を
有しており、見たことのない機械類を
巧みに操り、非常に高度な文明を築いて
いる。建物は黄金に輝き、見事な装飾が
施されていた。農作物も豊かで、
リンゴは人間の頭ほどの大きさも
あった。 巨人たちの性格は、みな
陽気そのもの。そのせいか、巨人たちの
寿命は長く、みな800歳前後まで
生きる。戦いはなく、平和な理想社会
を実現していたという。
 よほどヤンセン親子は巨人たちに気に
入られたらしい。あるとき、彼らは
「エデン」という町に案内された、
そこで巨人たちの王であり、大祭司である
男に謁見を許された。大王はひときわ
大きな体をもち、神々しいばかりの威厳
に満ちていた。大王はヤンセン親子に、
それまでの経緯を聞くと、好きなだけ
滞在してもよいと許可。これを受けて、
彼らは約1年間、合計2年間とどまった。
 巨人の世界を満喫したヤンセン親子
だったが、いつまでも、ここにいるわけ
にはいかない。意を決して元の世界に
戻ることにした。それを知った巨人たち
は別れを惜しみ、ヤンセン親子に多くの
金塊と異世界の地図を贈った。

巨人たちに別れを告げると、宝物を
積んだ船に乗ったヤンセン親子は水平線
を目指した。
すると、しばらくして以前にも見た水の
トンネルが現れた。そこを数日かけて
航行した結果、彼らは無事、再び元の
世界へと帰ることができた。
 が、しかし。元の世界ではあるが、
様子が少し変だった。なんとしたことか、
そこは同じ極地方ではあつても、北極
ではなく、南極だったのだ。
彼らは北極かに入り、そのまま南極から
出てきてしまったのである。
途方にくれるヤンセン親子だったが、
致し方ない。故郷のノルウェーを目指し、
北へ向かって船を漕ぎ始めた。すると
不運なことに、激しい嵐が襲来。巨大な
波に打ち付けられた漁船は大きく傾き、
そのまま沈没。巨人から贈られた宝物は
おろか、ヤンセンの父親までが海の
藻屑と消え去った。幸いにして、ひとり
助かった息子は氷山に乗って漂流して
いるところをたまたま通りかかった
捕鯨船に救助された。

 九死に一生を得たオラフ・ヤンセン
だったが、彼が体験した話は捕鯨船の
乗組員はおろか、だれも信用しない。
あまりにも本当だと主張するため、
ついには精神に異常があると判断され、
病院に強制収容。その後、24年間も
監禁されてしまう。やっと退院したとき、
オラフ・ヤンセンは異世界の話をだれにも
話そうとはしなかった。 
 彼は、それから24年ほど漁夫として
生活した後、渡米。自らの死を前にした
90歳のとき、ひょんなことで知り合った
小説家ウイリス・ジョージ・エマーソンに
、若い頃に体験した巨人の国の話をした。
すると彼は興味を示し、オラフ・ヤンセン
の話を書き留め、一冊の本を書き上げて
しまった。これが1908年に出版された
『スモーキー・ゴッド(煙の神)』で
ある。小説でもファンタジーでもない
この作品は当時の人々を魅了し、大きな
話題となったという”
“出典:「亜空間の謎と地球空洞論」
飛鳥昭雄・三神たける 著 学研刊”

これだけの伝説と証言があり、前回の
バード少将の話も合わせて考えると
もはや北極圏と南極圏には、異世界への
ゲートがあるのは間違いない事実だと
思われます。しかも入った世界もまた
体験により少し違うということのよう
です。
興味深いのは、ヤンセン親子の遭遇した
巨人の化石は、近年発見されており、
800年も生きるという証言も、太古の
人類は1000年近く生きたという言い
伝えが残されていることから、充分に
あり得る話だといえます。
また引用させていただいた同書には、
ヤンセン親子とほぼ同様の体験をした
アルド・ステンセンと友人のイバン・
バイゼの話が紹介されていて、地球の
内部が空洞で、地球の内側の内壁に
陸地がへばりついているような世界に
1年間ほど滞在したということです。
これではまるでガンダムに出てくる
スペースコロニーの世界のようです
ね。しかしこちらは円筒形のコロニー
ではなく、全周が球の状態のようですが、
このことからも地球の内部が空間に
なっていて、空洞であるという地球空洞論
が、多くの人々の間で語られるように
なっています。
地球も太陽と同じくトーラス体
あることを考えれば充分にあり得る
話だと思いますが、この話は別の記事
で書きたいと思います。
今回は、地球の最大のエネルギー
グリッドである北極圏と南極圏に時空
のゲートがあり、異世界に侵入したと
いうエピソードがいくつもある事を
紹介させていただきました。

クリックしていただいた方本当に
ありがとうございます(^^)
なんとまだ二位継続中です💦

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共感をつなげるサビアンシンボル     神秘のペンタグラム的解釈その3


今回のペンタグラムは上の図のように
なります。牡羊座2度を基点とする。
五芒星の形ですね。
72度で順に並べると、
牡羊座2度
「グループを楽しませている
        コメディアン」
双子座14度
「テレパシーでの会話」

獅子座26度
「虹」

蠍座8度
「湖面を横切って輝く月」

山羊座20度
「歌っている隠れた合唱隊」
です。
これは正五角形の形でのつながりで、
72度で順番につなげても、意味が
つながります。
五芒星でも正五角形でも同じく神秘的
なゲートの意味があるので、どちらで
意味を取ってもかまいません。
ただあんみんは、この五芒星での
144度のつながりの方により神秘を
感じるというだけの事です。
ちなみに正五角形での意味のつながり
を見てみると、今度は正五角形の外縁を
右回りに、つまり時計まわりに進行する
事になります。

牡羊座のコメディアンで、人々と笑いで
コミュニケーションを取り共感を
得ようとします。

そして山羊座の合唱隊で、今度は歌と
音楽で、人々への潜在意識に働きかけ
共感を広げようとします。

次に蠍座の湖面を横切る月は、湖面が
深層意識の表面をあらわしていて、
そこに幼少から、潜在意識に影響を
及ぼしていた月が横切る事に幼少時
の意識に回帰するという事を示して
います。つまり山羊座の歌や音楽が
純粋な自分の潜在意識を刺激した
という事です。

今度は獅子座の虹が、蠍座の個人の
潜在意識を人々につなげる架け橋と
なって、また共感がつながって
いきます。

そして双子座のテレパシーの会話の
ように潜在意識での共感で、つながって
いる事により、言葉を使わずに
コミュニケーションできるように
なったというわけです。

このように正五角形ペンタゴンの形も
同じく神秘性があり、右回りの流れで
シンボルはつながりを見せる事がある
というわけです。

今度は五芒星的な流れで見てみますと、
牡羊座からまた矢印の方向へ、右回り
スパイラルの形を取ります。

牡羊座のコメディアンは、人々の潜在意識
になじみある波長で笑いをとり、共感を
得ます。

そして蠍座の潜在意識である湖面に、
なじみのある月が、やはり共感をもたらし
ます。月は幼少の頃から無意識に影響を
及ぼしているので、常に安心できる場所
なのです。

このあと双子座のテレパシーで、お互いの
潜在意識に共感をもたらします。

さらに山羊座の合唱で、潜在意識の共感
を音楽で広げていきます。

そして音楽で拡大された共感は、
獅子座で虹のような巨大な架け橋となって、
人々の共感をつなぎます。

このようにペンタグラムの神秘的なつながり
によって人々の潜在意識での共感をサビアン
シンボルが、とてもよく表現してくれて
います。
つまりこのことから、人々の潜在意識での
共感、そして音楽、笑いなどは、高次元への
ゲートを開くという、宇宙言語の読み取りが
できるわけです。

よろしければ、こちらもよろしく
お願いします(*^_^*)

神秘のサビアンアスペクト一覧

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またバロック作曲家発掘! アルビノーニとヴィヴァルディも  バロック34


さてさて今回もバロック時代を
発掘していきましょう(^^)/
フランチェスコ・ドゥランテという方
です。
まあもちろんにほんでは無名の方という
事でしょうし、私も全く知りません
でした。
最初はCDまるごとなんで長いので
まあ聴き流してみるのにいいと思います。

最初は、ラルゴ調でゆっくり入りますが、
2分30秒からエンジンがかかったように
またバロックらしくテンポよく、豊かな
旋律で進行していきます。
また一曲だけの分も追加しておきます。
たぶんこのドゥランテという方は、
最初ラルゴのゆっくりしたところから
入る事が多いようです。

たぶんこの時代の人たちは、奇をてらわず
素直に人の心に心地良いメロディーライン
のようなものをわかっていたのだと思い
ます。別の大音響で迫力などは、私の
場合全く必要ありませんしね。

Francesco Durante Concertos
N 1-8,Concerto Koln

F. Durante: Concerto for strings
No. 2 in G minor –
Bremer Barockorchester,
Ryo Terakado

Francesco Durante. Concerto for
Strings No. 1 in F Minor

Francesco Durante. Concerto
for Strings No.8 in A Major,
“La Pazzia”

でまた、アルビノーニをここにぶつける
というのが、賛否両論ありそうですが、
ゆはりバロック時代はいいものだと感じて
もらうのに今回の記事だけで判断して
欲しくないなどというのがあるのかも
知れませんねー。

Tomaso Giovanni Albinoni.
Concerto Op. 5 No. 11 in G minor

でバリエーション豊かなヴィヴァルディの
ラテン色バリバリの曲も貼っておきます。

Antonio VIVALDI: trio per violino,
leuto e basso in G minor RV 85

まあ今回もいろいろという意味では、
良かったのではないかと思います。

ではまた(^^)/

いつもありがとうございます(^^)
今こっち落ちたのでよろしくです💦

バロック音楽編一覧

趣味編一覧

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絶対意識とともにあるアニータさんの教え    私たちは無限の自己


やはりアニータさんが他の臨死体験者と
決定的に違うのは、絶対意識レベルと
いう究極の領域にいけただけでなく、
なんとそれとともに、戻ってきたという
事なのです。だから、他の臨死体験者の人
たちと違って、真理について詳しく語る
事ができるというわけなのです。

絶対意識かそれに近い領域に、つかの間
アクセスできた臨死体験者は割合は、
わかりませんが、わりと多くいるよう
です。
そういう人たちの証言は「臨死体験中で
わからない事は何もなかった、それ
どころか、自分が問いを発したら即
答えが返ってくるという感じだった」
というようなものが多く、そして身体に
戻ってくると、それがどんな内容だったか
すっかり忘れてしまったというものが多い
のです。
ですが、アニータさんは絶対意識そのもの
になってそのまま戻ってきたので、癌も
全てその無限の自己である意識によって
完治できるという事を確信していたし、
またその通りの事をしてのけたのです。

これは私たちの感覚でいえば、瞑想など
で、ようやくチャクラが開き高次の世界
の領域に入り込むのとは違い、チャクラが
もう常に開いたままの状態として戻って
きたという事を示しています。
まあなんとも凄い、私たちもそうありたい
ですね。

とにかく絶対意識とともにあるという
アニータさんなら、その言葉は真理、
そして本質を語る事ができるわけで、
まさにそれを、今回取り上げさせて
いただくという事です。

ではアニータさんの著書からありがたく
引用させていただくとしましょう。

「」内が引用で、~が中略です。

「私たちの中に、全宇宙が存在します。
私が求めている答えは、自分の中に存在
し、あなたの求める答えも、あなたの中
に存在します。外部で起こっている
ように見えるらゆることは、私たちの
中にあるスイッチを押して、自分を
拡大し、真の自分を思い出させるために
起こっているのです。

私は“ハイヤーセルフ”“魂”“スピリット”
のかわりに“無限の自己”という言葉を
よく使っています。もう少しはっきり
させるために言えば、それは私が
臨死体験中に、自分が身体だけの存在
ではないと気づき、あらゆる存在と一つ
であると感じたものを指しています。
私は、無限のすばらしい存在として
純粋な意識と一つになり、なぜこの
身体と生命を得たのかはっきり理解
したように感じました。~
~物質的な身体を去れば、私たち全員
の無限の自己はすべてつながっている
と、私は信じています。純粋な意識の
状態では、私たちはみんな一つなの
です。
多くの人が、このような一つである
という感覚を、強烈な神秘体験に
おいて、あるいは自然の中にいる時
に感じています。動物やペットといる
時に感じる事もあります。
あらゆる創造物と一つになった結果
として、シンクロニシティや
超感覚的知覚のような現象を体験
する事もあるでしょう。
けれど一つであることに気づいて
いない人が多いので、このような
体験は頻繁には起こらないのです。
 実のところ、私という存在は、
この身体でも、人種でも宗教でも
どんな信念でもありません。
同じ事が他のすべての人にも
言えます。
無限の自己は、人生の航海に必要な
ものをすべて備えています。
なぜなら、私たちは宇宙エネルギー
と一つだからです。
事実私たちは宇宙エネルギーその
ものなのです。

臨死体験の最中、私は宇宙エネルギー
と一つになっていたので、気づいて
いないものはありませんでした。
まるで自分が全体を包み込んでいるか
のように、すべてがはっきりと
わかったのです。
自分があらゆるものになり、あらゆる
ものの中に存在している感じでした。
 自分のすばらしさを知り、宇宙と自分
が一つで同じものであると理解したこと
が、私の病気を治してくれたのです。
自分から分離した外部の創造物など
存在しないと気づくようになりました。
この気づきのおかげで、今では、強さ
や愛や勇気を持って物質世界と関われて
います。
 このことを別の見方で説明しましょう。
私は“宇宙エネルギー”という言葉を使って
いますが、それは“チー” “プラーナ” 
“気”と同じものです。これらの言葉は、
それぞれ中国語、ヒンドゥー語、日本語で、
“生命エネルギー”という同じ意味です。
これは、太極拳や気功で言う“チー”であり
レイキの“気”です。ひとことで言えば、
それは生命の源で、あらゆる生き物の中を
流れています。全宇宙を満たしているので
宇宙と切り話せない関係にあります。
“気”は、判断せず、分け隔てもしません。
それは、高貴な指導者にもナマコにも、
同じように流れています。
“源” “神” “クリシュナ” “仏陀”の
ような難しい言葉でこのエネルギーを
表せば、名前に気をとられてしまい、
理解が難しくなるでしょう。これらの用語
は、人によって解釈が異なり、無限の存在に
無理やり形を与えているようにも思えます。
それぞれのラベルには特定の期待が隠れて
いて、その多くは、私たちを二元性の中に
閉じこめてしまいます。それゆえ、この
エネルギーを自分とは別のものだと見て
しまうのです。でも宇宙エネルギーは、
私たちの純粋な意識のように、無限で形
のない状態のままでいなければいけません。
その状態でのみ、宇宙エネルギーは私たち
と一つになり、ヒーリングや魔法や奇跡を
生み出せるのです。」
“出典:「DYING TO BE ME」アニータ・
ムーアジャニ著 hay house 刊”
“邦訳「喜びから人生を生きる」
    アニータ・ムーア・ジャニ著
       奥野 節子訳
      ナチュラルスピリット刊”

私たちはこの身体でも名前でも国籍でも
人種でも、宗教の信念でもないという事は
、同じく絶対意識状態に到達したデービッド
アイク氏も言ってます。やはり無限の全て
が自分自身であるという事を、何度も念を
押してくれているわけですが、
「私はデーヴィッド・アイクではない、
デーヴィッドアイクを経験している無限
なる意識である」という、わかりやすい
表現もしているわけです。
当然これは私たち全てにも当てはまる
という事ですね。

アイク氏もアニータさんも、絶対意識である
無限の自己、あるいは無限の意識の状態では
「神」や「仏陀」などの自分と分離した存在
はないとしていますが、ここはとても重要な
ポイントなのです。
今回の引用の後半がとてもわかりやすい説明
になっていますが、私たちは全宇宙の
エネルギーそのものであり、自分の中に全て
が存在するという事を言っているわけです。
その全宇宙のエネルギーとは、我々の観測
できる宇宙のという意味では、なく文字通り
全ての次元にわたったものである事は明らか
ですね。
そのエネルギーは形のないものという事
ですが、私が宇宙エネルギーの本質の一つ
として「真空」をあげていますが、ほぼ
同じ意味となります。形のないもの、
つまり素粒子さえない状態=真空という
事になるわけです。

そしてまたそれはアニータさんのいうように
宇宙エネルギーでもあり、気やレイキでも
あるという事です。そしてまた高次の意味
での意識もそれにあたります。

だからそのエネルギーと意識は同質のもので
あるという事をアイク氏も言っている
わけです。だからアニータさんの無限の自己
の代わりに無限の意識という表現をしている
といわけですね。

そしてまたアニータさんの「神」や
「クリシュナ」「仏陀」という存在は、自分
とは分離したものであるという錯覚を、
もたらす呼称で、二元性の中に自分を
閉じこめてしまう原因になっていると
説明していますが、まさにその通りで、
自分が全てと一体である無限の存在なのに
別に自分より格上の存在をつくって
しまったら、自分自身が無限の存在で
なくなるばかりでなく、単に神の前
では「無力でちっほけな自分」などの
ように、本来の自己像とかけはなれた
イメージを自分に持つようになってしまう
のです。もちろんそのような意識が、
アイク氏やアニータさんの絶対意識に
到達する事は不可能なのです。
神や仏陀を自分とは、別のものとして
捉えた場合、全てはその絶対的なものの
意志に従おうとするので、宗教で神の
代弁者のような神官などが、好きなよう
に「こんな事をしては神がお怒りです」
「そんな事を神は許しません」などと
いえばそれに従う、つまり「神と
神の代弁者」の奴隷になってしまう
という事なのです。無限の自己は誰かに
自分の行動を制限されたり、考え方や
感じ方の指導を受けなければならない
ものではありません。
全ての存在である自分が、全ての意識や
現象、行動の原点にあるという事なので
す。

ただこれはわがままというような
捉え方をすると間違う事になります。
無限の自己とは、無限の愛であると、
アイク氏もアニータさんもいってます。
全ての存在を愛するという意識、無条件の愛
こそが、無限の自己や無限の意識の本質
なので、そこからの意識や行動は愛に満ちた
ものになるという事なのです。

自分とは分離した、絶対的な存在があると
信じるか、それさえも自分自身そのもの
であるか、この違いはとてもなく大きい
のです。
これが最近もう一度投稿させていただいた
エベン・アレグザンダー氏が絶対意識に到達
できなかった、真の理由になっているという
事なのです。
事実、多くの臨死体験者たちは、光の存在
や絶対的な存在が、自分以外にいるという
捉え方をしています。
それはつまり輪廻転生をしていく時間の
マトリックスに囚われた意識と同じ質の
ものだといえます。
通常は、この分離と時間の感覚を持ったまま
の意識状態で、霊や魂として、絶対意識の
次元より低い状態で、何度も人生を経験する
ために肉体に宿る事になるわけです、
そしてまた自分のイメージがどれだけ
ポジティブなものかどうかで、また次の
人生での経験も変わってくるという事なの
です。
そのような輪廻転生のサイクルから脱却する
事を、仏教では解脱ともいいますね。
これは前回も使いましたが、要するに解脱
とは、無限の自己、無限の意識が自分で
あるという認識になる事だったという事
です。

ではまた(^^)/

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