ついに生還!身体に戻る描写まで詳細だった    エベンさんの証言その9


エベンさんの長い臨死体験も今回でようやく
終わりを迎える事になりますが、臨死体験
領域には、本来時間の感覚がないと、
ほとんどの臨死体験者が語っている通り、
時空を超えた領域のはずなのですが、
それにもかかわらず、「長い」と思える
のは、エベンさんの身体の容態が、
一進一退を繰り返していたため、時空を
感じる領域にも存在したという事を示して
いるのだと思います。
特に泥の世界というのは今回明らかに
なりますが、肉体により近い領域なので、
エベンさんが、生還しかけていた時には、
常にそこに戻っていってたわけです。
そのため通常の臨死体験のエピソードより
長い時間を経過したように思えるわけ
です。
また肉体により近い領域が泥の世界と
いうのは違和感のある方も多いかも
知れませんが、今回の臨死体験がその
事を明らかにしてくれたというわけです。
つまり肉体が高い領域でないという
のは、比喩的なものなどではなく、
本質的に肉体に生命のある状態というのは、
意識のレベルでは、かなり低い次元の領域
にあるという事です。
では生還の様子を見ていきましょう。

前回、自身の分離意識から、絶対意識と
一体化できずに下降していき、泥の世界
に逆戻りしたエベンさんが、音楽に導かれて
高次元に上昇する方法を理解するように
なり、何度も泥の世界のような低次元の世界
と、高次元の世界を行き来できるように
なった事をご紹介しました。
今回ついに、長かったエベンさんの臨死体験
が終わり、肉体に戻ってくるまでの様子を
ご紹介しようと思います。

今回も「」内がすべて引用で、~からは
中略の意味です。

「どんよりしたミミズの目の世界にはまり
込んでいる事に気づくたびに、私は回転する
光体のメロディーを思い浮かべた。それが
ゲートウェイとコアの世界への門を開いて
くれた。・・・
・・・ところがゲートウェイの境界まで
やってきたあるとき、もうそこへ入れないと
いうことを悟らされた。高次元への入場券の
ようなものだった回転する光のメロディー
は、もはや私をそこへは受け入れてくれなく
なったのだ。
~私は悲嘆に暮れ、悲しみを募らせて
ますます暗い気持ちになり、その気持ちは
「実際」に降下するというかたちをとって
体験されることになった。巨大な雲を抜け
ながら、私は下へ向かい続けた。
周囲のあちこちからくぐもった声が
聞こえてくる。~
~私のために祈っていたのだ。
後になって気づいたことだが、その
中にはマイケル・サリバンとその夫人
ペイジの顔もあった。あの時点では
シルエットがわかっただけだったのが、
こちらの世界へ戻って言葉を取りもどして
から、サリバン夫妻であったことが、
はっきりと確認できた。マイケルは
物理的にも、集中治療室で何度も私の
ために祈っていてくれたのだ。
(ペイジは病室には来ていなかったが、
祈りを捧げてくれていた。)
祈りは私に力を与えてくれた。深い悲しみに
沈みながらも何も心配はいらないという
不思議な安心感があったのは、そのおかげ
だったのだろう。
天国は想像主オームの姿で自分と共にここに
ある。蝶の羽根に乗った女性という天使の
姿で、ここにある。それがわかっていた。
 帰路についていた私は独りではなかった。
そしてこれからは、決して独りを感じる
ことはないことも確信していた。~
~井戸を落ちながらどんどん近づいている
下の世界にも、自分には愛しい存在がいる
のだと気がついた。その瞬間まで、その
ことを完全に忘れ去っていたのだった。
 それに気づいた私は六つの顔に意識を
向けた。六つ目の顔が特別に際立って
いた。
それはなぜかとても懐かしい顔だった。
そう感じたときに、だれの顔かはわから
ないまま、恐怖と紙一重の圧倒的な戦慄
が駆け抜けた。自分はあの顔に必要と
されている。私を失えば二度とその傷
から癒やされず、喪失感に打ちのめされて
しまうであろう顔-天国の門が閉じられた
ときの私と同じ悲嘆にくれる顔。
その思いに応えないのは裏切り同然に
なる顔-。~
~それは内から生まれる恐怖ではなく、
六つの顔へのー特に六番目の顔への恐怖
だった。だれかはわからなかったが、
かけがえのない顔に違いなかった。~
~下界へ下りるという危険を冒して
自分のところへ戻ってくるように哀願
している。何を言っているのかは理解
できなかったが、その言葉は私には
下の世界にしがらみがあること、そこに
“足を突っ込んで”きたことを伝えている
のがわかった。
 私は戻らなければならないのだ。
そこには尊重しなければならない関わり
があるのだ。顔がいっそうはっきりと
してくるにつれて、その思いはますます
強くなった。すると顔も、もう少しで
判別できそうなほどになってきた。
 それは少年の顔だった。」
“出典:「プルーフオブヘヴン」
   エベン・アレグザンダー著
          白川貴子訳
          早川書房刊”

最後の少年の顔は、エベンさんの息子さん
の末っ子の顔ですね。
彼は、とうとう臨死体験から肉体に帰還
してきたのです。長かった。そう、我々
の時間でこの臨死領域は測れないの
ですが、あまりにも詳細にわたって、
エベン・アレグザンダーさんが、体験を
この著書にまとめあげてくれているので、
今まで長い間集め続けてきた、臨死体験の
資料の中でも、圧倒的に詳しい描写
だと思います。
この詳しい描写のおかげで、本当に多くの
真理への貴重なヒントが得られたと思い
ます。このシリーズでそのヒントについて
一つ一つ解説をしていきました。

今回の最後のシーンも、やはりヒントが
つまっていたのです。

臨死体験が私たちの日常の意識と
つながっている事は、先の記事でも
書きましたが、この肉体に戻る描写w@は、
それがありありと理解できるように
なっています。
かんたんな図式でいえば、意識のレベル
の高さが、そのまま臨死体験での上下の
感覚で、我々の日常の生きている現実
は、臨死体験の(エベンさんの場合の)
最下層であった「泥の世界」から
さらにずーーっと下降していった場所に
あるという事なのです。
しかも悲嘆にくれていたという
ネガティブな意識を伴いながらの下降
だという事です。
なんと私たちが、生きていて肉体に意識
がある間は、そのとてつもなく低い位置
に意識があるという事なのです。
これで、臨死体験者のほとんどが、肉体
に意識がある間の方が、囚われていて、
臨死領域の世界とは比べ物にならない
くらい不自由だと感じたと証言している
事が、よく理解できますね。

またよく臨死体験者が、暗いトンネル
を通って、天界の場所のようなところへ
行ったと証言しているのも、エベンさん
が最後に下降しながら通ったところと、
泥の世界などの低い次元が、すべて
暗いトンネルとして感知されている
という事なのです。
これは臨死体験者の多くの人たちの意識
レベルが、「泥の世界」を経験しなければ
ならないようなレベルでは、なかった
という事も示しているのです。
多くの臨死体験者たちは、その状態を
スルーできたという事ですね。
臨死体験をして帰ってこれるような人
というのは、一定の意識レベル以上の
人たちである必要がありますから、
その低次元の状態を経験する事は、
なかったのだと思われます。

これは先にも書きましたが、エベンさん
が「悪い人」だからではなく、医者と
して科学者として、意識は物質から
生まれ、肉体そのものがその人の存在
そのもので、霊や魂などを一切認めない
概念と思考になっていたからなのです。
つまり現代の日本人の左脳型の人が、
これにあてはまっていますが、つまりは
「泥の世界」またはそういうレベルの
領域に死後向かう可能性が高いという事
なのです。

そしてエベンさんは、基本的に「良い
心」の持ち主であったから、上昇して
高次元の意識の世界へ行くことが、
できましたが、つまり逆に「悪い」
というか「邪悪なエネルギー」を
持つ人たちは、もちろん「泥の世界」
よりひどい「地獄のような世界」に
はまり込み、ほとんど永遠に出られない
状態になるのだという事です。
臨死体験者が口々に、肉体を離れれば
天界のような場所に行ったと証言して
いるので、その事を肉体が離れれば、
みんな許されると勘違いしてしまい
かちなのですが、とんでもない事なの
です。

次に書くことは重要です。
宇宙の実体は、意識なのですが、異質
なものは同化できないようになっている
ので、愛で表現される天界に邪悪な
意識は、自らの重みでいけないように
なっているという事なのです。
このことは、27年間も霊的領域を
体験したスウェーデンボルグ氏も詳細に
説明してくれていますし、臨死体験者の
中には、間違って地獄のような場所に
入りこんでしまった事を証言してくれて
いる人もいます。
これは、「臨死体験者の言葉その11     
 天国もあれば当然!?

という記事で紹介しています。
どういう心が邪悪かという事は、本質を
理解するような感性の人であれば、よく
わかっていただけると思いますが、心を
失ったような人であれば、そもそもその
判断は不可能かも知れませんね。
冷酷なサイコパスなんかは、そのまま
霊的には最下層あたりにいくのは
間違いないでしょう。
あースカッとしますねー(^_^)
そりゃそうでしょ、この世でどんなに
悪い事しても、最後は許されるなんて、
悪人が知ったら、さらに悪事を働きます。
愛情豊かな人がそれによって、命や権利
を奪われたり、不幸になっていく事を、
高いレベルにある意識が許すはずない
じゃないですか。
申し訳ないけど、「悪人こそ救われる」
という教えが正しくはないのは明らか
です。
これはもちろん中世のキリスト教の
世界観とは違います。
聖書に「悪人こそ救われる」と書いて
ますからね。
つまりそれに反する事や他にも独自の
霊体験から、教会の世界観に反する事を
スウェーデンボルグが言ったので、彼は
教会から異端扱いされたというわけなの
です。
ただ彼自身は、聖書の原点のラテン語から
の翻訳などを手がけるなど、生涯自分は
キリスト教信者だと、主張しています。
つまり教会の世界観と合わないという
理由ですが、もしかしたら聖書のラテン語
原典には、かなり真理をついた事や我々に
とってためになる事が、もっと多く書か
れていたのかも知れません。
つまり教会が自分たちの都合の良いように
書き換えている可能性があるという事
なのです。
(事実ローマ時代に皇帝の命で聖書は
大幅に書き換えられています。)
彼が敬虔なキリシタンであると生涯言い
続けている事を考慮にいれれば、その
可能性が高いといえると思います。

そうそう、宗教的な事や、政治的な事
をいったらタブー扱いというのは、実は
その事で人々が、深く話し合いなどして
わかり合ったら、それぞれのジャンルで
騙せなくなるからです。
つまりは上の都合の刷り込みにしか
すぎないというわけです。

今大事なコンセプトをいいましたね、
「タブーとは、権力者の都合により
刷り込まれたものにすぎない」という
事です。

これよくよく考えたら分かる事なんです
けど、多くの人がほとんど「考えない人」
になってしまっているから仕方ない
ですね。

さて最後のエベンさんの、肉体に戻る
直前の描写で得られたヒントは、まだ
あります。

下降していく過程で、エベンさんの
関わってきた人たちに出会うという場面
がありますが、家族に会うよりも上方で
自分のために祈ってくれているサリバン
夫妻に会っているという事です。
エベンさんを心から愛している家族より
も、当然愛情はあるけれども、他人で
あるサリバン夫妻の方が上だという事を
奇妙に思われるかも知れませんが、これは
理にかなっているのです。
宗教的な教えとは、全く関係なく、祈り
というのは、純粋に相手の魂のために
愛などの念を送ります。つまりそれが
エベンさんの意識にとっては、先に
感じられた、つまりより高次の意識だった
という事なのです。
ですが、家族の場合は、エベンさんを
失う不安と、恐れも当然入り混じった
想念になるので、下にいたというわけ
なのです。
これは、説明すれば簡単な事だとわかり
ますよね?

ではまた(^^)/

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10天体の影響する年齢域について      広がる意識のエネルギー


天体には影響を及ぼす年齢域があります。
各天体の年齢域については、
太陽系10天体でも説明しています。

上の図をざっとご覧になれば、大体
影響を受ける天体は、太陽系の内側から
外側へ広がっています。例外なのは、
月と太陽の年齢域だけですよね。
ここで私の神秘研究を背景にした新解釈
を説明させていただきます。

まず私たちは魂の状態で、肉体に宿ります。
この時点では太陽の意識としての魂が、
宿る直前の意識にあたります。つまり
0歳以前という事ですね。
そうなると確かに、スタートラインが
太陽系の中心にセットされる事になります。
私たちの人生において、中心となる意識が
魂の意識だとすれば納得のいく配置に
なります。
そして私の月の解釈がここで、入ってくる
ことになります。私が真実の月編で説明
している通り、また松村潔氏が説明して
いる通り、月はわれわれを肉体に、定着
させる役割を担っています。
松村潔氏の月の解釈をここでもう一度
引用させていただきましょう。

「太陽意識は目覚めた意識なので、浮力が
強く、それをより低い次元の地球にとど
めることはできません。この時、地球よりも
低い次元にあり、より重さを持つ月が、太陽
の力を否定的な姿勢で固定化して受け止める
ことで、太陽の意識は地球にとどまることが
できるのです。
太陽がプラス1の力だとしたら、
月はマイナス1、そしてその両方の均衡が
地球を表し、地球は太陽と月の二つの力の
調停点だと考えられるのです。
 人間の生活の中では、このプラスの浮力
である太陽の力と、マイナスの重力である
月の力が葛藤を起こしつつ、両方生きて
ます。
     (中略)
月は、人間の中にある何ものにも限定され
ない意識を、人の形やエゴに閉じ込める
重力を象徴した天体です。」

“出典:「決定版!!サビアン占星術」
         松村潔 著
           Gakken刊”
人間の中にある何ものにも限定されない力
とは、太陽が担っている魂としての本来の
自己意識という事です。
つまり魂の意識であった太陽を肉体に
閉じこめる役割を担っているのが、月という
事なのです。私の真実の月編の一連の記事
でも私たちに生命体としての身体を
形成するためのプログラムを月が、
担っているという事を説明しています。
という事は、月は生命として人生がスタート
する時点に影響を与える事になり、
それが0歳から7歳までという年齢域として
反映されるという事で、とても納得のいく
説明になるというわけなのです。
つまり太陽の魂の意識を月で干渉させたため
地球の衛星である月が、最初に影響する
年齢域という事になったのです。

そしてやはり太陽系の内側からの意識として
水星から金星へと影響を与える年齢域が
進行していきます。
と、ここまでは良いのですが、金星の年齢域
のあと、太陽の年齢域になりますよね。
これでは逆戻りしてしまいます。
ですが、太陽のサイクルとは見かけ上の
ことで、実は太陽の周りを公転している地球
のサイクルだという事なのです。
これも松村潔氏の著書からの引用をさせて
いただきます。

「西洋占星術は地球中心の天動説であり、
ここで用いられる太陽の周期は、太陽の
周りを回る地球の周期にほかなりません。
結果的に占星術の太陽は、太陽系という
輝きの中に、地球そのものを投影している
ことになります。」
“出典:「完全マスター西洋占星術Ⅰ」
             松村潔 著
             説話社 刊”

つまり太陽のサイクルは地球のサイクルの
投影であるという事、つまり太陽の意識の
影響を与える年齢域が、金星のあとに続く
地球に投影されるのは、これで自然だという
事がわかります。
そしてやはり、太陽のもともとの意識である
魂の意識も、この地球のサイクルに投影
される事になるので、この年齢に達する頃に
人生に対して自分の本来の個性を発揮しよう
とするわけです。
エネルギーの形でいえば、太陽が示す自分の
意識が、月の干渉によりいったんフィルター
をかけられた状態になり、本来の魂の意識が
少しずつ内側の水星と金星から広がってくる
まで、待たなければならなかったという事
なのです。
私の太陽のサビアンシンボルは、
乙女座27.78度なので
乙女座28度
「禿げ頭の男性」で変革をもたらすシンボル
ですが、進行のオーブ(許容範囲)という
のは、それに続いての強い影響力を持つ
シンボルなので、0.22だけの差で、
乙女座29度
「読んでいる書類から秘密の
         知識を得る男性」
なので、とても強くこのシンボルの影響を
受けているわけです。
確かに私の神秘研究熱は、このシンボルから
来ているのは明らかだし、研究を始めたのが
太陽の意識の影響を受ける年齢域25歳の少し
前の、20歳頃だという事であれば、まさに
自分の内側の魂からの信号を受け取って、
研究を始めたと納得がいくというわけです。

以上の事から影響を受ける年齢域が、太陽系
の内側から順番に外側へ広がっている事に
なっているというのを説明できたという事
になります。
そして最終的に一番外側の冥王星となると、
全時間という事なのですが、これは私たちの
本来のもう一つの姿、霊という存在への回帰
という意味なのです。ここで臨死体験をした
人の証言をご紹介しましょう。
多くの臨死体験者たちは、肉体を離れた自分
が、個人というより、まわりの人や世界と
一体になったというような感覚を覚えたと
証言しているのです。人によっては、まわり
の人と一体になったことで、その気持ちや
感情まで経験できたという人もいます。
つまり霊の領域では個人の意識ではなくて、
まわりの世界との一体感、つまり宇宙との
一体感になるわけで、これが宇宙意識と
しての完成形という事になるわけです。
だから私が冥王星を太陽とは逆の核の
意識だという定義にしているわけなの
です。
つまり太陽が、魂としての人生の入り口
だとすれば、一番外側の冥王星が出口
つまり、霊としての意識となり、当然
それは霊としての存在を示す事になる
というわけなのです。
当然冥王星が人生の出口ですから、死を
象徴している事になりますが、それは
一般的な占星術の解釈のような
ネガティブなエネルギーでなく、霊と
いう高次の存在に移行するという事で
根底にあるのは、とてもポジティブな
エネルギーの事だったのです。

よく冥王星の影響がある時には、否定的
な意味として、解釈される事が多い
ですが、これは本来の全体としての
自分の中心的意識なので、とても大事な
もので、それを意識する事は、自分の
核からの大きな力を受け取る事につながる
という事なのです。ただ日常の生活や
集合意識の社会の感覚に、どっぷり
はまっていると、なかなか気づかないもの
で、それゆえ冥王星が、影響を与える時
には、日常の生活に対して否定的な
エネルギーが、もたらされるという事
でもあるのです。つまり冥王星の
エネルギーを届かせるために、日常意識
や、社会的意識を解消させようとするから
です。そういう時こそ冥王星の意識の
自己の性質を知っていれば、その否定的な
エネルギーもなくす事ができ、より大きく
ポジティブなエネルギーを引き出す事が
できるという事なのです。
だから肉体を離れるという意味の死と
霊としての再生という言葉があてはまる
というわけなのです。

このように人生の意識の流れは、太陽系の
中心から外へ向かっていくという事が、
納得できる形で説明できたことになり
ますが、人生の過程でもその流れを実感
できます。
たとえば若い年齢では、やはり自分自身の
生命に意識が集中していますが、子供が
できるようになる頃には、自分以外の
他者の生命も特に意識するようになり
ます。つまり外へ少し広がったわけ
ですね、男性が家庭を持てば、家族の事
もちろん結婚をしていなくても、稼いで
いる事で、親の面倒をみたりするような
事もあるかもしれません。
また社会に出る事でも意識は広がります。
自分個人だけでない意識へと移行して
いくわけです。そしてやはり母親に
なった人は、自分よりも子を優先する
ようになったりもしますので、やはり
意識は、自分から他者へと広がって
いったという事になります。
そして晩年ともなると、自分の家族だけ
でなく、次世代への移行という事も意識に
入ってきて、何かを残そうというような
意識になっていくわけです。
もちろん孫の世代まで、生まれてくると
さらに外へ広がったという事にもなり
ますが、やはり年齢が高くなるにつれて
人生全般また時代や社会全体の事を意識
するようになるのは自然な事だといえ
ます。
このように私たちは、年齢を重ねるごと
に、本来の霊としての意識、つまり宇宙
との一体の意識へと移行していくという
事なのです。

若い年齢では「体験」が意識の主体で
あったのが、年齢が高くなっていくに
従って「内面の意識」へと移行していく
という事でもあります。
だから、天王星から冥王星にかけては
潜在意識を象徴する意識となるわけなの
です。

ではまた(^^)/

いつもありがとうございます(*^_^*)

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