これも河合奈保子さん!         あんみんイラスト その2

こういう絵を描いたのは、一時期だけで
おぼろげな記憶で、前回のその1
で20年前と書いてたけど15年前
のような気がしてきて、書き直しとき
ました。

前回の方が自分的には完成度が
高いと思いますが、これも
確かに奈保子さんの雰囲気は
出てますよね。
絵が写真と違っていいと思える
のは、絵は描いた人の心が投影
されるからでしょう。
私は、自分が高校の時にデビュー
したこの奈保子さんが、とても好き
でした。
なんだか、自分の少年時代の女性
の理想像みたいなものを感じて
いたのでしょうね。
もちろん性格とか、本当の姿は
知らないけれど、たぶんなんとなく
その「品」の良さみたいなものを
気に入ってたと思います。
え、胸がよかったんだろーって?
まてまてそいつは浅いなー。
だってそれだったら、これだけ
熱心に「顔」を描くはずはない
でしょ?

奈保子ファンはおそらくみんな一緒
だと思うなー。
彼女の心が投影された雰囲気と顔に
惚れてたと思いますよー(^^)/

まあ少しは胸もよかったと思って
たかな💧・・・ほんの少しですよ💧
きっとそうだそうに決まってる!

さて前回のイラストとこれをどう
仕上げていくのか?
いけるのか?期待している人は
果たしているのか?
疑問だらけのまま、年越しかー?

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現実自体を変えられる超常能力        奇跡の少女の事例


これまで、ホログラフィックな現実の
仕組みや、古来から多くの賢人や術者に
よって未来を創造する「視覚化」という
能力に関する事など、貴重なヒントを
数多く与えてくれているマイケル・
タルボット氏がまた、驚くべき超常能力を
発揮できた少女の実例を、著書に書いて
おられるので、引用させていただきたい
と思います。
まずは、現実全体を変える超常能力と
いうものについてのタルボット氏の
鋭い見解からです。

「」内がすべて引用で、~は中略です

「 現実全体を根こそぎ変えてしまう

ある意味で、物質化現象は、現実に関して
私たちがもっている常識的な見方を最も
激しくゆさぶるものだと言える。という
のも、念力のような現象までなら現在の
私たちの世界観の中になんとか取り込め
ないことはないものの、何もない空間から
物体を創造するとなると、世界観の基盤
そのものをゆるがすことになるからだ。
ところが、精神ができることは、それだけ
にとどまらないのである。これまで見て
きたものは、奇跡といっても現実の
「一部分」に関わっているにすぎない。
たとえば、念力を使って物をあちこち移動
させる(物理的法則)、火に対する耐性を
もつ、物質化させる(血液、石、宝石、
灰、栄養素、涙)などである。
しかし現実が切れ目ない全体性である
とするなら、なぜ奇跡は現実の一部分に
しか関わっていないように見えるの
だろうか?
 奇跡が精神のもつ潜在能力を示す例で
あるなら、この問に対する答は、当然
つぎのようなものになる。
すなわち、私たちは世界を部分に分けて
見るように深いレベルでプログラム
されているから、ということだ。
これはつまり、もしそのような
プログラムがそれほど強くなく、世界を
ちがった見方で見ることが可能ならば、
奇跡もまたちがったものになるという
ことを意味している。そうなると、
現実の一部分が変容するような奇跡の
例よりも、現実全体が変容する例を
もっと多く目にすることになるはず
なのだ。
実はそういった例もいくつか存在して
はいるが、それはまれであると同時に、
現実に対する私たちの常識的な見方に、
物質化現象よりもさらに深刻に挑戦
してくるものなのである。」

さすがに本人も、少年時代にポルター
ガイストなどさまざまな超常能力を
発現させたマイケル・タルボット氏は
、視点が非凡なのがわかりますね。
超常能力の発揮だけでも、私たちには
充分な奇跡に思えるものですが、
さらに高いレベルの見方を提示して
くれているという事です。
確かに、我々がよく目にし耳にする
超常能力のほとんどが、現実の一部分
にしか、関わらないものが多いです
よね、そこに目をつけたのが、
タルボット氏の見解というわけですが、
その理由が、とても納得のいくもの
でした。

私たちの意識は、確かに物事を部分
的に分割して見るように、習性づけ
られているといえます。そのため、
超常現象も部分的な影響力しか
持てないという事です。これは真理
だと思います。なぜなら私たちは、
まさに全意識が本来の姿なので、
可能性を限定させる力は自分の中に
こそあると理解できるからです。
そして五感の感覚は、物事を分割して
見る事にこそ適しているものです。
特に視覚が。
五感にもレベルがあります その2
視覚の死角について
という記事を
ご覧になれば、理解の助けになると
思います。
ここでサビアンシンボルの魚座26度
の「影響を分割する月」が想起されて
きました。生命プログラムとしての
月の影響を示すこのシンボルは、生命
の誕生の牡羊座の直前にあたるので、
とても興味深いものとなっています。

このように私たちは、生まれる時点で
物事を分割的にみるような意識に
制限されますが、その制限から解放され、
現実を全体として意識するようになれば
制限された能力も解放され、超常能力も
発揮できるようになるという事なの
です。
そして我々が現実を全体として見る
意識が、さらに高いレベルになれば、
現実そのものを変える超常能力も発揮
できるという事なのです。
そういう例を、タルボット氏が取り
上げてくれているという事なので、
見ていきましょう。

「ワトソンがそのような例を示して
いる。インドネシア滞在中に、彼は、
この種の力をもつもうひとりの若い
女性に出会っている。その女性の
名前はティアといったが、前述の
アリン(無意識のうちにポルター
ガイスト現象を引き起こした少女)
とは異なり、彼女の力は無意識
レベルのサイキックな才能の表れでは
ないようであった。それは意識的に
コントロールされており、ほとんどの
人の内部に眠っている「力」に、
ティアが生まれつきのつながりを
持っていたことから発しているもの
だった。
ティアはひとことでいうなら、
完成途上のシャーマンだったのだ。
ワトソンは彼女のこの特異な能力を
何回か目のあたりにした。奇跡的
治癒を行うのも目撃もしたし、一度は
~彼女が自分の精神の力を使って
モスクの尖塔を発火させるところさえ
目にしている。
 しかし、ティアの最も凄まじい
力を見せつけられたのは、ケナリの
林の木陰で、彼女がひとりの少女に
話しかけているところに偶然出くわ
したときのことだった。遠くから見て
いても、ティアのしぐさから、彼女が
なにか大事なことをこの子供に伝え
ようとしていることがワトソンにも
わかった。ふたりの会話は聞こえな
かったが、ティアがいらついている
様子だったことから、これがうまく
伝わっていないことが見てとれた。
やっと何か思いついたらしく彼女は
不気味な踊りを始めたる
 ワトソンは、彼女が木に向かって
手をさしのべるのを我を忘れてじっと
見つめていた。ほとんど動きらしい
動きをしていないように見えたが、
その微妙なしぐさにはなにか催眠的
なものがあった。それから彼女は、
ワトソンに強烈な衝撃を与え、狼狽
させることをしたのである。
彼女は、その林を一瞬のうちに全部
消滅させてしまったのだ。
(引用注:ここびっくりするとこ)
ワトソンが述べているように、
「ある瞬間ティアはケナリの林の木陰
で踊っていたのに、つぎの瞬間、彼女は
目を刺すような明るい陽射しの中に
ひとり立っていたのである」。
 数秒ののち、彼女はふたたび林を出現
させた。少女が跳びあがって木々に手を
触れながら走りまわっていた様子から、
ワトソンはこの子も同じ体験をしていた
ことはまちがいないと思った。だがティア
の魔術はまだ終わったわけではなかった。
こんどは、この林を数回にわたり消したり
出現させたりしてしまったのである。
ティアは少女とふたりでくすくす笑い
ながら、手に手をとって小躍りしてこの
神秘を楽しんでいた。
ワトソンはただその場を静かに去って
いったが、頭の中はぐるぐると回って
いた。」
“出典:「投影された宇宙」
    マイケル・タルボット著
      川瀬 勝 訳
         春秋社刊 ”

これは、まさかの超常能力ですね、
一体どのような力が働いたのか、
簡単に仕組みは説明しにくいで
しょうが、ティアという少女が、
現実全体を確かに根こそぎ変えた事
は事実でしょう。誰かに催眠効果を
もたらした結果などというケチな
ものではなく、遠くで覗いていた
だけのワトソン氏まで、はっきりと
林が消えたのが見てとれたのです
から、本物でしょう。しかも、林を
消したり出現させたりを数回に
わたり実現させてみせたのだから、
完全にお手上げですよね。
つまり、彼女には、全体として
一つである本来の世界と意識的に
つながることが先天的にできていた
ということなのでしょう。
もちろん我々も意識のレベルさえ
上がれば、同様の事ができるという
事でもありますが、まさか実例として
これだけ鮮明な現実の変え方があった
というのは、本当に驚くべきことです
よね。

そうだこれでも、ティアという少女が
かなり範囲の広い催眠効果をもたらした
のではないかという、懐疑的また否定的な
人がおられるかも知れませんね。
その方々のために、つけ加えておきま
しょう。
私たちの現実感覚こそ、五感に囚われた
集合意識による限定された「想像上
または脳内現象的な」ものだという事
なのです。それは確かな現実だとも
いえますが、無限にある現実の中の
とてつもなく範囲の狭い、特殊な一部
だという事です。だからそれを基準に
しなければ、ティアの出現させた現実も
また確かな現実のうちの一つだという事
なのです。これは神秘メッセージの一連
の記事をご覧になっていただければ、
よく理解できると思います。

さて、類は友を呼ぶのか、マイケル・
タルボット氏本人も似た体験をして
いるとの事です。それは次回に紹介
させていただく事にしましょう。
ではまた(^^)

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ソーラーリターンが憂鬱な理由        意外な真実とは?


ツイッターを始めてから四ヶ月くらい
になりますかね。
最初は、このブログの記事を見てもらう
機会を増やそうと始めたので、
ツィッター自体をほとんどしてません
でした。それが少しずつのぞくように
なって、やり方も少しずつ覚えていって
フォロワーさんの数も少しだけ増えま
した。だからここ最近によくやりとり
している人は、とてもありがたいし、
親近感持ってます。
その中の一人の方が、ある時こう言いま
した。
ソーラーリターンの時期って暗くなりがち
なんですよねーというコメントをいただいた
のです。
これは太陽が年に一度出生時の座標に戻って
くるという事をいうのですが、その時点での
ホロスコープが、その時点からの一年の運勢
を表しているという事ですが、確かによく
当たります。
ただソーラーリターンという言葉自体は、
太陽が一年に一度、出生時の座標に戻って
くる事をいい、大体誕生日の時間前後に
なります。
あくまでも太陽の位置を基準にしている
ので、時間にはずれが生じます。

そして先ほどの方が言った「ソーラー
リターンの時期には、暗くなりがちという
のは、誕生日を迎える時期は、暗くなり
がちということなのです。私もこれまで
その事は思い当たる事が多く、また
他にもそういう人の話を聞きます。
だったら理由があるのではないだろうかと
持ち前の探究心で考え、感性を働かせて
いたら、一つ思い当たる事があったのです。
それを今回ご紹介したいと思います。

え?前フリが長い?もうつきあって
られへん?

えーそこをなんとか💦

まずソーラーリターン時でのトランシット
ホロスコープが、一年を表せるのはなぜか
という事ですが、これは、私たちの出生時
で一生分の人生設計図をまず受け取る
という事を以前ご説明しましたよね。
しかし、私たちが受け取る設計図は、
それだけではありません。まず出生時点
でのネイタルホロスコープは、人生
全般にわたる運勢のサイクルとして受け
取りますが、私たちは様々なサイクルで
人生を過ごします。特に顕著なのが、
地球が自転する事による一日のサイクル
と、地球が太陽のまわりをまわる一年
のサイクルです。まず一日のサイクルを
自分の人生の運勢にあてはめる時に
使用するのが、一日一年法という未来
予測法で、生まれた日の次の日の
ホロスコープを一年後の自分の運勢と
してみていき、22日後には22歳の
運勢をその日のホロスコープが示す
というものです。
これも実際よく当たります。
これは出生時というものが基準になって
いて、一日のその時点で、一日全体の
運勢を決定づける運気を受け取ると
いう事なのです。
つまり我々が生まれた時から、毎日
その時点であらたな運気の一日が
始まっていると捉えてよいでしょう。
一日毎の自分がその時間に生まれると
いうわけです。

今度は、一年ごとに同じ場所に太陽が
戻ってきたときのホロスコープが、その
一年の運勢を決定するのが、今回の
ソーラーリターン法というものですが、
これは出生時の太陽の位置が基準に
なっていて、そこに公転により一年後
に戻ってきた時点で、あらたにまた
次の一年の運気を受け取るという事
なのです。
これは地球の公転サイクルを基準に
しているので、ネイタルホロスコープ
で受け取る、一生分のサイクルとは別の
ものになります。
つまり一年のその時点で、あらたに
自分の一年が生まれるという事なの
です。このように私たちは、さまざまな
宇宙エネルギーのサイクルを受け取って
自分の運気を決定づけているという
事なのです。

ですが、これは常に出生時点が、全ての
原点になっていますよね。
それは魂が肉体をともなって、独立して
宇宙エネルギーを受け取った最初だから
なのです。そしてその時にあらゆる
サイクルの基点となる事も決定づけられた
という事なのです。

意味はわかっていただけましたでしょう
か?
とにかく私たちは、出生日に一生分の
サイクルと、一日毎のサイクルと一年
毎のサイクルを受け取って生まれてきた
と、簡単にいえばそうなります。
仏教では一瞬毎に生成消滅を繰り返して
いるという思想がありますが、まあ
そうなると、どの一瞬でも自分をがらりと
変えられるという、とても高い意識レベル
に到達するという事でしょう。

ではなぜそのソーラーリターン時に
暗くなるのか?誕生日が来たらめでたい
じゃないですかねー。
でも暗くなるものなのです。
その理由は、臨死体験者が教えてくれて
ます。

レイモンド・ムーディー氏の著書から
その理由となる要素を引用しましょう。

「」内が引用で、~が中略です。

「死後の世界に踏み込んだ人が、いったん
ある深さまで達すると、現世に戻りたい
という気持ちは消え去り、物理的肉体に
戻ることに抵抗する場合さえある。~

~当人の願いとは無関係に、他の人間
や祈りの力によって、現世にひき戻された
ような感じがすると語っている体験者も
二、三人いる。
(引用注:二、三人というのはこの
執筆時点での事で、このあと40年ほど
臨死体験研究を続けておられるムーディ氏
や他の多くの研究者たちにより、この
「望まないのに引き戻された感覚」の
事例は、ほとんど一般的なものとして
知られています)

「わたしは年取った病気の叔母と一緒に
暮らしていました。叔母は長く患って
いました。わたしは叔母の看病の手伝い
をしていました。家族全員が叔母の回復
をいつも祈っていました。何度か叔母は
呼吸停止状態に陥りましたが、その度に、
叔母は生き返りました。とうとうある日、
叔母が私を見つめて、「ジョアン、
わたしはあの世に行っていたのよ。
とても美しいところだったわ。わたしは
あそこに留まりたいのに、わたしが
みんなと一緒にいられるように、みんな
が祈り続けているかぎりだめだわ。
みんなの祈りの力が、わたしをこの世に
引き止めているのよ。お願いだからもう
お祈りはやめてちょうだい」と言いま
した。わたしたちは祈るのを止めました。
すると間もなく叔母は息をひきとりま
した。」

~死の体験に伴う気分や感情は、医学的
危機が事実上解消されてからも、
しばらくは消えずに残っている場合が
多いようである。

(1)蘇生してから一週間ほど、わたしは
ときどき泣いておりました。あの世界を
見てしまったのにこの世でまた生きて
いかなければならないからです。
わたしは、この世に戻ってきたくなかった
のです。

(2)私は生き返ったけれど、あそこで
味わったすばらしい気分はいくらか
残っていました。数日間残っていました。
今でもときどきあの気分を味わってい
ます。」

”出典:「かいまみた死後の世界」
レイモンド・ムーディー・Jr著 
中山善之 訳”

これは、死んだら自分という存在も終わり
と、考えている方には、むしろ不思議
な証言でしょうね。しかし真実は、
私たちは肉体そのものではなく、肉体に
宿る意識である事を
あなたの体は、あなた自身ではない! 
という記事でもご紹介しましたし、
私の神秘メッセージの記事はその事
を裏づける記事ばかりです。
つまり肉体の死は、私たち自身の終わり
などではなく、本来の自分自身である
意識として、別次元に移行するだけだと
いう事なのです。
そして意識の個としての形態である魂
が、肉体に「囚われる」ことで人生が
スタートするという事なのです。

肉体を持って生まれるという人生を
存在の唯一の場であるとするなら、
囚われるという言い方は、奇異に聞こ
えるでしょうが、永遠である本来の
意識からいえば、自己を制限する
場としての肉体のある期間という
捉え方になります。
もちろん人生そのものを否定的に
見ているわけでは決してありません。
ただ本来の意識からすれば、制限
された状態だという事なのです。
しかも制限された肉体でしか経験
できないのが人生なので、それは
それで貴重な経験だという事です。
ただ、本来の意識からみると、著しく
制限されたエネルギーの場に居る
ことになるので、それほど望ましい
状態でもないように思えるという
わけです。だから、あの世で、本来
の意識に戻ると、肉体に戻るのが
嫌になる人も多くいるという事
なのです。

ただ、いかに苦痛が多い人生である
場合でも、自分が残してきた家族の
ために戻る決心をした人も多く、また
目標としている仕事や、夢を実現
させるために戻りたいと思う人も
多くいて現世に戻れたり、戻る事を
高次の存在に許されたりと様々な
パターンがありますが、ただ、
ほとんどの人が、意識としては
人生にあるときとはくらべものに
ならないくらい至福の感覚であった
と言っているのです。

このことがソーラーリターンの時期に
憂鬱になる事とつながるという事なの
です。私たちは生きている間でも、
潜在意識領域で本来の意識と一体で
あり、日常意識より深い次元で、
その意識の影響を受けながら暮らして
いるのです。
つまりソーラーリターン、つまり
誕生日前後に憂鬱になるのは、出生時
に囚われた時点での魂の意識に、
サイクル毎に引き戻されるからという
事なのです。だから赤ちゃんが泣く
わけです。

でも制限された肉体でも我々は、同じ
感覚の人に守られ、お互いを理解し合い
共感したり、協力したり、愛し合ったり
して、また肉体的制限がある中で夢を
みつけたり、目標に向かって努力して
自分を充実させたり、この人生ならでは
の喜びを知るようになります。その
愛おしい日々は、完全体に近い意識には
わからないものなのです。
だから、たとえ制限がある意識でも
人生は大切なものであり、制限があっても、
苦しくても生き抜く価値があるものだと
いえると思います。ただ心を失って、ただ
生きる事を目的とする人生がいかに
不毛かという事もこれでよくわかり
ますすよね。我々は貴重な「経験」
(これは体験だけでなく、愛情や
喜び、知識を得たり、感動するなどの
精神的な経験を含む)をするために
生まれてきたので、
「生き延びる」ために生まれてきたの
ではないという事なのです。

さて今日は、ソーラーリターンが、魂
の感覚の影響を受けて、誕生時の
感覚を取り戻したために憂鬱状態を
ひきおこすという事を説明しました。
もちろん誕生時間についても同じ事が
いえます。
私は14時25分生まれなので、
その時間の近辺、特にその後しばらく
元気が出ない時間である事が多いのも
これが理由だと思われます。
みなさんはいかがでしょうか?

ではまた(^^)/

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