神秘のサビアンオポジションその18     血族vs他人


今日はオポジション(180°)の
アスペクト(角度)を形成する、
サビアンシンボルをご紹介します。

乙女座14度
「家系図」

魚座14度
「キツネ皮をまとった女性」
です。

この二つのシンボルが180度の
オポジションのアスペクトを形成
しているのですが、見事に血族対
あかの他人の構図として、好対称の
意味として完璧な配置となって
います。

乙女座14度の家系図の方の
イラストは、うらやましいわけでも
けしからんというわけでもありま
せんが、旦那が浮気をして愛人と
その間でもうけた隠し子まで書いて
あります。これが大名の家系図なら
愛人が側室とか書かれて格好はつき
ますが、一般の家庭ではふつう載せ
ないでしょう(^_^;)
まあイラストはニュアンスだけなので、
とにかく血族というのが、この乙女座
14度で、それに対するのが魚座14度
というわけですね。
イラストのは、キツネ皮をまとっては
いませんが、自分のために他人をたぶら
かす悪女の雰囲気を醸し出しています。
同じように、魚座14度も狡猾な
ずるい大人または個人を暗示していて、
もちろんアカの他人ならではの冷たい
心で、人を欺くような意識を示して
います。
つまりこの二つのシンボルは、血族と
アカの他人という構図で見事に
好対称のサビアンシンボルであると
いうわけですね。

よろしければ、お願いします(^^)/

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超常現象とホログラム その1   微加筆分


以前
陽明学と量子物理学と釈迦の言葉が
一致する!
」という記事で、私たちの
現実の捉え方について説明させていただき
ました。私たちが、現実を物質がバラバラ
に分割されて存在していると捉えている
のは、単に私たちの狭い五感による偏った
感覚でしかないという事でした。
その事を江戸末期の英雄河井継之助という
人物も理解していたというのですが、現実
は、私たちの五感を通して見なければ、
物質というものは、もはや存在せず波動の海
だけがあり、干渉により無限の様態を
見せるものの、全てつながった一体の
世界が現実であるという事なのです。
そして私たちの五感で捉える物質世界
というのは、その波動の干渉のうち、
光の干渉だけを視覚的に捉えたものだと
いう事なのです。
その光の干渉とは、ホログラムという
仕組みで説明できるものです。
その事を説明しているのが、この元記事
という事です。
それではどうぞ。

ホログラムというのは、最近おなじみの言葉
になってきましたね。あの光の干渉でできる
立体画像をホログラムと呼んだりしてます。
ネットでは、ホログラムのカードみたいな
見る角度によって立体に見えたり、違う画像
に見えたりする平面的な物を、ホログラム
であると、説明しているサイトもあります。
でも大事なのは、言葉の本質です。3Dの
カードにしろ、その投影された立体画像に
しろ光の波動の干渉によって立体に見え
たら、それはホログラムだと呼んでいいと
思います。(ホログラフィともいいます)
でないと、説明がしづらいからです。
とにかく光の波動の干渉で、物が立体に
見えるというのは、実は我々の視覚つまり目
も同じように、光の干渉を立体画像のように
解読するようなシステムになっていて、
それを脳が立体画像として認識するように
なっているだけなのです。つまり我々の
見ている物質世界、現実世界は、
「光の波動の干渉」でしかないということ
です。
このことはのちに大変重要な意味を持つ
ようになるので、よーく覚えておいてくだ
さいね。
でも我々が見るような空間に投影された
3D画像は、触っても手が通り抜けます
よね。そうです、我々の視覚は、ちゃんと
触覚などと連動しているのです。
しかし五感をオフにした体外離脱の人や、
臨死体験の方は、いともやすやすと壁をすり
抜けます。つまり五感の干渉がなければ、
触覚もその抵抗も、全てなくなるという
わけなのです。
このホログラムのことから超常現象に
いたるまで、丁寧に説明してくれている本
が、以前にもご紹介させていただいた、
マイケル・タルボット氏の「投影された
宇宙」です、これからもたびたび引用に
使わせていただきます。
そう、我々の脳の記憶にもホログラム
のシステムが使われている事を、説明して
くれている箇所があるので引用しますね。

“人間の脳がこれだけ小さなスペースに
どうやってあれだけ膨大な記憶を蓄積でき
るのかも、ホログラフィによって説明で
きる。ハンガリー生まれの優れた物理学者、
数学者であるジョン・フォン・ノイマンの
計算によると、平均的な人間が一生の間に
蓄積する情報量は、
2.8×10の20乗
(280,000,000,000,000,000,000)ビット
程度に達するとのことである。これは想像
を絶する情報量であり、脳の科学者たちは
この能力を説明できるメカニズムを求めて
長い間四苦八苦してきた。
 興味深いことに、ホログラムもまた、
なみはずれた情報蓄積能力を持つ。
二本のレーザー光線がフィルムに当たる
角度を変えることによって、同じ表面に
多くの違う画像を記録することが可能なの
である。
こうして記録された画像を取り出すには、
単に最初の二本の光線と同じ角度でレーザー
光線をフィルムにあてれば、よいだけで
ある。
この方法を使えば、1立方センチ(約6
平方センチ)のフィルムに、なんと聖書
50冊分に相当する情報を記録することが
可能だとの計算結果が出されているのだ。”
“出典:「投影された宇宙」
(ホログラフィックユニバースへの招待)
マイケル・タルボット著 川瀬勝訳
 春秋社刊”
これで、記憶が写真のように鮮明画像で思い
出せるのがよくわかっていただけますよね。
しかも動画で思い出せるわけで、我々の
記憶は研究データよりさらに多くの量を蓄積
できます。上の説明では二本のレーザー光線
だけでしたが、事実上その光の波動は無数に
あり、また可視光線の範囲にも制限されない
わけですから、さらに情報量は莫大になり
ます。
これが、記憶のからくりだと、我々は脳全体
の波動の干渉によって情報を蓄積すること
がわかります。実際、我々は脳の海馬という
部分に記憶が蓄積されているなどと、教えら
れますが、近年の研究でそのような記憶が
特定の場所にあるのではないと、とっくに
結論が出ています。
代わりに、脳全体の波動の干渉で、記憶も
蓄積されていることも、証明されました。
脳の活動についても同じように、波動の干渉
によって処理されています。
つまり年齢が高くなって記憶力が悪くなる
というのは、これまで常識として教え込まれ
てきた、「脳細胞が少なくなり、記憶容量が
減った」などという説明は、全くの間違い
で、私たちの意識自体が、その脳全体の波動
の場との接続がうまくいきにくくなって
いるからという事なのです。

ここで、不思議に思われる方もいる
でしょうか、私たちは、脳に意識があるの
ではなくて、脳で生み出されるわけでも
ありません。
脳は私たちの意識が、生命を持った身体で
現実を認識するための媒体でしかない
という事です。
これは、またこれからの記事で、何度も
説明させていただく事になりますので、
とても重要な理解の一つになります。

我々の現実の捉え方が波動の干渉で、
ホログラム映像のようなものだということ
だけ覚えていただければ、超常現象の数々の
現象に、多く立体画像が出てくることを
説明できます。
その超常現象の実例をまたとりあげていき
ますので、お楽しみに。

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癒やしのバロックその2          一曲だけど豊かすぎるメロディーの変化

これはとっておきの癒やしの一曲です。
明るいだけでなく、情感豊かにそして
なんと27の変奏曲のラ・フォリア
です。
これは27のメロディーラインが、
入れ替わり立ち替わり、彩り豊かに
現れては消えてゆき、決して聴いている
人をあきさせない、落ち込んでいる人
なら癒やされる、豊かな情感を与えて
くれます。
まさにとっておきのコレッリの一曲を
日本にも来日して、親日派のエンリコ
オノフリさんの演奏でお送りします。
どうぞー(^^)/

012-07-04. Málaga. Onofri. Geminiani, La Follia

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臨死体験者の言葉その7改     永遠の時に生きる永遠の私たち!


今日再投稿した記事を、よくみたら
ついこないだも再投稿してるのに
気付いて、あわててもうひとつ記事を
追加しておくことにしました(^^)/

これも再投稿ですが、私たちの現実が
光の波動の干渉であるという事、
つまり実体があるように見えるけれど
も、実際にはホログラムの高度な形
であるという事を裏付けるかのような
事例です。
当事者でない人が、それを体験できる
というのが、何よりも確かな証明に
なっていると思います。

そもそも私たちは、年齢とともに
忘れっぽくなったとよくいいますが、
実際には、霊的な次元に、詳細に
記録されていて、しかも永遠に
それが残っているというのが真実
のようです。
つまり時は流れていくまのでも、
消え去るのでもなく、永遠に残る
なんて、なんて至福な真実なの
でしょうか。
彼と別れても、その彼との「時」は永遠
に残る。死に別れた家族との「時」も
「心」も「情景」も全て残っている
のですよー(^^)/
なんて素晴らしい人生なのでしょう(^^)

では元記事です。

今回も臨死共有体験の共通要素です。
この記事のためにも超常現象とホログラム
という記事を書きました。
その記事には、我々は現実をホログラムの
ような形で感知して、さらに記憶として
保存しているというようなことが、説明
されてます。
よければ、そちらの記事もご覧ください。

今日ご紹介するのは、人生回顧を共にする
というものです。臨死体験では、多くの人
が、この人生回顧をしています。つまり
臨死状態にある時、これまでの人生を
もう1度追体験しているかのような映像を
みせられるというものです。
その時に出会った、高次の存在にそれを
見せられるという場合、この人生で良かった
かどうか聞かれることもあります。
その場合に、まだ子供がいるとか、やり残
した事があるなどと伝えれば(テレパシー
のようなものでという事です)もう1度
生き返らせてくれるというようなケースも
少なからずあります。
また映像は立体映画のようで、360度の
視点があり、時間を早送りしたり戻したり
を自由にできるとか、気になるところを
もう一度みられるなどということもできる
みたいです。
そしてまた、その当時にわかるはずも
なかった、相手の気持ちがわかったりとか、
自分の気持ちがどうだったかまで、理解
できるようになることもあるようです。
それはつまり我々の脳にではなく、我々
のオーラ場と呼べるようなところに、
ホログラム映像が消えずに残って
いて、それを生きている間は、不便な脳の
フィルターを通してみるため、とても不鮮明
であったり、取り出しにくくなっていたり
するのですが、肉体を離れれば直接オーラに
刻まれた時の映像が完全な形で残っていて
それを脳ではなく、次元の高くなった意識で
自由に見られるようになったという
ことなのです。
つまり保存されていた、オーラ場の映像には
相手の気持ちなども含まれているのですが、
それは我々が普段頭を通して、逆にわから
なくなっていたという事も意味します。
オーラ場は潜在意識の場でもありますが、
潜在意識では、我々は人の気持ちだけでなく、
あらゆる事を当時から感知することができ
ていて、それをオーラ場に保存していた
という事になります。
臨死共有体験は、臨終の人の意識に共鳴する
ことによって、やはり五感を越えた意識に
なることができるため、そのオーラ場に
刻み込まれた、亡くなろうとしている人の
人生全体のホログラム映像を五感や頭を
通してではなく、読み取れるようになった
ということなのです。
ピンと来ない人は先ほどの記事
超常現象とホログラムその1
お読みくださいね。
さてその臨死共有体験の実例を、また
レイモンド・ムーディ氏の著書から引用
させていただきます。

“また臨死共有体験には、死んだ人と
「人生回顧を共にする」「人生回顧を
共有する」という、目を見張る体験が
含まれることが多い。地上で歩んできた
全人生を、パノラマを見るように、共に
概観したり、とくに重要な場面を回顧
させられたりする。
 近年の臨死体験研究協会の調査に
よれば、通常の臨死体験者たちの約23%
が人生回顧の場面を経験したとしている。
以下はみな、そうした人生回顧の典型的な
例である。
 
「私が病室で体外離脱すると、やがて私の
目の前に、自分の人生の回顧が始まりま
した。私は教育にたずさわり、多くの人を
教えるようになると告げられました。
そして今まさに私はその仕事をしてい
ます。」(スティーブ、62歳、
心筋梗塞患者)

 「私はそのとき、自分の人生の良かった
点だけでなく、失敗や間違っていた点なども
見せられました。」(ジェンナ、56歳、
自動車事故)

「私は自分の人生のすべての重要な場面を
見せられました。私の誕生から、初めての
キスまで。両親との確執の場面もです。私は
自分がどんなに利己的だったのかがわかりま
した。
そしてどのようにすれば本当の自分を取り
戻し、変えられるかも知りました。」
(ドナ、19歳、自殺未遂)

 これらは、通常の臨死体験中の人生回顧
だが、そうしたものと、臨死体験中の人生
回顧は異なる面を持っている。というのは、
、死にゆく人に付き添うなどしている
ときに人生回顧をした人々自身は、臨死
状態にないということである。
にもかかわらず、死にゆく人の人生回顧の
場面を共有する。
 そうした臨死共有体験中の人生回顧を
言葉で言い表すならこんな感じになる。
「私は、亡くなったばかりの夫とともに、
大きなスクリーンのようなものの前に
立っていました。すると夫の過去の人生
がそこに映し出されたのです。幾つかの
場面は、私がそれまで全く知らないもの
でした。」
 たとえば、かつてサン・ディエゴの
ある女性が、10代の息子の病床で
起こったことを私に話してくれたことが
ある。
息子は、糖尿病の合併症のために死に
かかっていた。息子が死んだとき、彼女
は、その病床の周囲に展開された息子の
人生の各場面を見た。
 彼女によれば、映画のように展開さ
れるその各場面のただ中には、自分も
立っているように感じたという。
以下は彼女自身の記述である。
 (中略)
「私の15歳になる息子が亡くなったとき、
私は病室で息子と共にいました。息子は
小さいときから糖尿病をわずらい、その
重荷を背負ってきました。その世話も
あって、私はいつも息子とともに生きて
きました。
 息子が息を引き取ったとき、私はその手
をにぎっていました。そのとき命が息子
から出るのが感じられました。電気の
流れのようにと言ったらいいでしょうか、
あるいは脈打つ感じで出た、といった方
がいいかもしれません。
 部屋は、一瞬にしてすべてが形を変えて
見えました。また一転してその病室に
強い光が満ちました。その光は、自分で
見たことのない人には到底想像もつかない
ような明るい光でした。
 病床の周辺に、息子がその短い人生で
なした様々な事柄が、映像のようになって
現れました。息子はそれらの映像を見て
いました。喜びの表情を浮かべながら。
  (中略)
光の中で、息子と私は人生回顧の映像に
接しました。細かな事柄に至るまでです。
わたしが長く忘れていたような場面や、
私が全く知らなかった場面も多くありま
した。
たとえば、息子が自分の部屋でひとり
『アパッチ砦ゲーム』を使って遊んで
いた姿や、息子が友人たちと電話で話し
ていたときのことなどです。
  (中略)
 その人生回顧は、閃光のように、ある
いは放電のような感じで次々に展開して
いきました。
それは言葉ではうまく表現できない、
言語に絶するものでした。
 そのとき私は40歳でした。今は62
歳です。しかしあの体験以来、あたかも
すでに100年は生きたような感覚です。
それを悲しく思っているのではなく、知恵
の面で100年分は成長した感じなの
です。
    (中略)
 私が死ぬとき、また息子に再会するとき
には、きっともっと多くのことを知るように
なると思います。
それまでは、たとえわからないことが
あってもこの地上にいて、他者を愛し
仕えつつ、人生を歩むのが私の勤めで
あると思っています。」”
“出典:「臨死共有体験」
レイモンド・ムーディー/ポール・ペリー著
 ヒカルランド刊”

これがホログラム映像として、オーラ場に
刻み込まれた、人生回顧の共有体験です。
彼女は息子の意識に同調することによって、
その息子の一生分のホログラム映像を見る
ことがてきるようになったのです。
彼女がいうようにこういう事を知ることが
人生にとってとても重要で、100年も
200年も生きたような充実感も味わう
ことができるのです。
臨死体験者が、あの世に持って行けるもの
は愛と知識だけだと証言していますが、
その知識とは、このようなレベルの知識
のことです。まちがっても、芸能人の
不倫記事や、全国の駅名、うまいラーメン
店の名前などの知識ではありません。
また放電のようなという表現がありま
したが、この体験においてもプラズマ
エネルギーが働いていることの証明にも
なっています。

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臨死体験者の言葉その6改     臨死共有体験の共通要素その4  やはり音楽!

これも再投稿記事ですが、健常な人も
巻き込んでの臨死共有体験で、音楽
を聴くというのは、
音の波動と高次の意識のつながり     
意外なキーワードとは?


五感にもレベルがあります その3改 
聴覚がレベルが高い事について
微加筆
などの記事で説明して
いるように、やはり高次の意識に移行
するのに音楽が有効であるという事を
証明している事にもつながります。

また元記事の説明の中に、目に見える
音楽という部分がありますが、これは
臨死体験だけでなく、アヤフアスカを
服用して高次の意識に移行した人も
同様に、音楽が見えてつかめるようだと
証言している事からもわかるように、
高次元の意識では五感は一体であると
いう事を裏付けているものだといえます。

さらにここで、何故私たちが、聴覚や
視覚などで、捉える振動数領域が
違うという疑問が当然起こります。
全てが一体の方がより高度な意識と
いうのなら、肉体もそうであってしかる
べきですよね。
それが私が再三申し上げているように
私たちの身体を完全な状態から遠ざける
干渉プログラムの証拠のひとつだという
事です。

以下が元記事です

今回の臨死共有体験の共通要素は、
「音楽が聞こえる」というものです。
これは多くの臨死体験者にも共通する
事で、これも肉体から異次元に意識が
移行する時の特徴の一つだということ
です。
音楽というのは、五感で感じるものの
なかでは、最も高次元にあたるもので、
我々の多くは視覚に囚われがちですが、
それはむしろ、物質次元に囚われやすい
感覚なのです。
この点については、またじっくり説明
させていただきたいと思いますが、聴覚の
方が、高次元を察知しやすい感覚なのです。
ピタゴラスの紹介のところでも説明
させていただきましたが、彼は断食と呼吸法
の40日間の実践を経て、高次元の意識に
達し、ついにエジプトの学校に入ることを
許されました。そののち高次元の意識を
得ていたピタゴラスが、音階を発見し、
宇宙からの音楽である、「天球の音楽」を
聴いたというのだから、いかに高い意識が
音楽と密接に関係しているかわかって
いただけるかと思います。

では臨死共有体験の音楽が聞こえると
いうエピソードを、またムーディ氏の
著書から引用させていただきます。

“臨死共有体験にはまた、音楽を聞いた
という証言がよく聞かれる。死につつある
者も、またそばで付き添う者も、同時に
その音色を聞くことがある。
多くの人が音楽を聞いたという場合もある。
 死の際に音楽が聞こえたというこの現象
には、幾つかの型がある。一つの型は、
かつて私がメリーランド州でインタビュー
した、ある女性の証言に見られるような
ものである。彼女は夫の臨終の場で音楽を
聞いたという。以下は彼女の言葉である。

 「夫は昏睡状態で、人工呼吸器に
つながれていました。しかし私は、臨終の
時がそんなにも早く来るとは思っていま
せんでした。夫とともに私は病室で夜を
あかしたのですが、翌朝、私が目覚めた
5時30分に、夫は息を引き取りました。
それは夫の両親が病院に到着した直後
でした。
 夫が息を引き取る少し前、私は病室の
隅で、いすに腰かけていました。疲れ
果てていました。すると突然、ベッドの
周囲にたくさんの人がいることに気づいた
のです。まるで部屋が大きなステージで
あるかのようでした。人々がたくさん
集まっています。
 夫はベッドにいましたが、突然病室の
天井のあたりから、きらきらした光が
降りてきました。その時です、音楽が
聞こえたのは。
 私は『静かにして!』といって、耳を
澄ませました。音量が大きくなるにつれ、
その光も大きくなり、夫の上のあたりに
来ました。その音楽は私がそれまでに
聴いたことのない、非常に美しい、
巧みなものでした。
 またきらきらした光と連動していて、
私は音楽をあたかも目でみているよう
でした。音色の一つ一つが見えるかの
ようで、教会のハンドベル演奏を聴いた
ときのような感情を持ちました。
この上なく美しく、すばらしい音色でした。
 そんなとき、看護師が部屋に入って来て、
私の腕にふれて言ったのです。
『ご主人は亡くなられました』と。
夫はあのきらきらした光に触れられたとき、
息を引き取ったのです。」

つぎに19世紀の研究家ガーニー・
マイヤーズ、およびポッドモアが書いている
実例をみてみよう。彼らは、リリーという
少女の家族にインタビューした。家族は
みな、リリーの死の数日前から、その死後
にわたり音楽を耳にしたという。
リリーの父は、部屋に満ちたその音楽は、
「イオルス琴(風で鳴る琴)のやわらかい、
また野性的な調べのようだった。」と
述べている。また母はこう述べた。
 「年配の看護婦と私のおばが、様子を
見に部屋に入って来ました。夫も一緒で、
みなリリーと部屋にいたのです。
私は台所に行っていました。・・・・・
そのとき同じイオルス琴のようなあの音楽
が聞こえました。部屋にいた3人全員が
聞き、また私も台所で聞いたのです。」”

“出典:「臨死共有体験」
レイモンド・ムーディー/ポール・ペリー著
 ヒカルランド刊”

このような音楽体験はこの本にもある
ように、臨死共有体験だけでなく、臨死
体験にも多くみられるものです。
また取り上げますが、エヴェン・アレク
サンダー氏は、著書の中で、臨死体験中
になんども音楽を聴き、またそれは目で
見えるものでもあったといいます。
ここでの見える音楽というのは、視覚が
優れているという意味ではなく、高次の
意識では目の視覚は働いていません、
もちろん肉体の機能が停止している
アレクサンダー氏についても同様です、
それではなぜ音楽が見えていると証言
しているのかというと、高次の意識の
世界では、五感は全て一体のものに
なっているということなのです。
ただ、五感の中でも物質的感覚のより
強い嗅覚や味覚はほとんど働きません。
とにかく、今回は音楽が異次元世界へ
の移行の時に経験する重要な特徴である
ことを紹介しました。

また高次元の意識に近づくためには、
あんみんの紹介するバロック音楽
聴くのもお薦めですよ。
癒やしを感じたら、高次元に入り込ん
でいるということです。

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臨死体験者の言葉その5改     臨死共有体験の共通要素その3


とびとびになっていますが、今日は
臨死共有体験の記事の再投稿です。
(試験的に前回と同じタイトルでアップ
してみます。ただし、動画などを加えて
加筆しての投稿です。で、前回の
記事を削除しておきます。)

臨死体験が個人的な経験というだけ
ではなく、その場に居合わせた人も
巻き込む臨死共有体験という事例が
数多くあり、まさに客観的な事実だと
いう事が真実である事を裏付けて
います。

今回の記事は前回と違い、アヤフアスカ
を服用した時に両目が光るという動画は
いくつもアップされていますが、その中
の二つを一番下に貼り付けておきました。
長いので、その両目が光っている部分は
35分くらいからなので、一気にそこから
見ていただいたらいいかなと思います。

要するに臨死体験者や共有体験者の見た
光というのは、松果体が内側から光って
目が光っているので、本人に見える光
とほぼ同じものだという事になります。

では以下が元記事です。

今回は臨死共有体験の共通要素である
「神秘的な光」についての紹介です。

神秘的な光というのは、臨死体験者本人
の証言として、数多くの証言者がいて、
自分自身をあたたかく迎えてくれる
高度な存在のように思える光とか、
守護霊や天使のような存在の光とか、
惹きつけられるようなあたたかさと
愛情に満ちた意識を持った神々しい
光とか、目もくらむような輝きを
放っているのにも関わらずまぶしく
ない光などと表現されているものです。
肉体を離れた生命や意識に対して、
懐疑派や否定派と呼ばれる人たちは、
それを、頭の中の幻影だといって譲ら
なかったが、それが臨死共有体験の証言
によってもろくも崩れ去ったということ
になるのです。

つまり脳内の現象ではなく、客観的な
現実である事が、動かしがたい事実で
あることが証明されたということに
なるのです。
科学者はそれでも実験室で、繰り返し
証明されなげれば事実として認められない
などという人も多いですが、それならば、
ビッグバンなどのように、机上の仮説で
しかも反証が多く観測されているのにも
関わらず、いまだに公式見解と教育に
おいて真実だとされているような事が、
矛盾していることになります(^_^)
さてそんな臨死共有体験者の証言の
事例を集めておられるレイモンド・
ムーディー氏の著書「臨死共有体験」から
引用させていただきます。

“その光は「水晶のような光」と呼ばれたり
、「清さと愛と平安を発する光」と表現
されることもある。ある人々はまた、
この光はそうした清さや愛や平安を脈々と
伝えるとともに、それに深さと真剣さが
感じられたという。
 これは、通常の物理的な光ではない。
それは人の知恵と霊的成長を促す光であり、
神秘的な光である。ある女性はこの光を
こう表現している。
 「母が亡くなったとき、そこにいた誰もが
、部屋が『天使的な光』に満ちているのを
見ました」
別の女性は、10代の息子の死を腕の中で
看取ったとき、こう述べている。
「光を目撃したことは、あたかも雲の中へ
自分が引き上げられたかのような感覚
でした」
また妻の死を看取ったある男性はこう述べて
いる。
 「部屋の中がまばゆいほど光輝きました。
自分のまぶたを閉じても、光を妨げないほど
まばゆかったのです。しかしその光は快い光
でもありました。
光の中に私は妻を感じることができたから
です。彼女は肉体的に死んでしまったとは
いえ、霊において彼女は私と共にいたの
です。」
 この男性は光について、
「強烈で明るく輝いていました。しかし、
肉眼で見る光とは異なるものでした。」
と語っている。
 一方、ときには死にゆく者の両目が光って
見えることもある。これは半透明で見える
光り輝きと表現されているものだ。”
“出典:「臨死共有体験」
レイモンド・ムーディ/ポールペリー共著
堀 天作訳  ヒカルランド刊”

この本では、このあと実例のエビソードを
いくつか紹介していて、まさに神秘的な光を
見ることは、客観的な視点によっても現実的
な現象である事を強固に裏付けてくれて
います。
まずこの光は肉眼で見える光ではないという
証言がありましたが、しかし確かに光って
見えたというのは、単なる心理的な効果で
はありません。やはりこれも霧や雲と同じく
プラズマ現象の一種だと思われます。
プラズマは自ら光りますし、エネルギーの
原初形態なので、やはりこのような超常
現象には、高次元のレベルにあるものを、
現実的なものとして捉える時に感知
される状態なのです。
しかし雲の状態よりも、エネルギーレベル
が高いもので、より愛や平安、そして清さ
が感じられる、高次元の意識の存在である
と考えられます。
それは亡くなった肉親の霊などといわれ
たり、天使のような存在といわれたりし
ますが、臨死体験者が光と一体になった
という証言も複数あることから、この光
は、高次の霊的なレベルの意識である
ばかりか、究極の高次の自分自身だという
見方もできると思います。
つまり究極でいえば、全てが一体の意識
だということです。
また死にゆく人の両目が光るというのは、
松果体が、その光を感知した場合、脳内の
中心にある松果体そのものが光るため、
両目が光って見えるのです。
これは、アヤフアスカと呼ばれる異次元を
感知するための飲み物を飲んだ人の両目が
みんな一様に光っていることをみても
わかります。
高次元に意識が上昇すれば、松果体が反応し
両目がその内側からの光を反映して光った
ように見えるのです。
私あんみんも、体外離脱を経験した時、身体
が黄金色に光り輝くのを実感しましたが、
それは確かに自分自身の身体がそのように
光り輝いていたと、今でも確信しています。
とにかく、臨死状態にいる人の意識が、
肉体を離れるにあたって、高次元のレベル
に上昇する時、光の存在にあったり、
両目が光ったりするのを、そぱにいた人
が目撃できたのは、まさにそれが現実的な
現象であることを証明していることに
なります。
そのような証言をしても何も特にならない
ばかりか、証言者はそれを主張したいわけ
でもないことが、証言の内容からも明らか
な上に、お互いが示し合わせたわけでも
ないのに、ほぼ同じ現象を報告している
ことからも、間違いのない現実である
ことを裏付けていると思います。
臨死共有体験の共通要素についてはまだ
続きます。

でアヤフアスカを服用して高次の意識を体験
している時に両目が光っている様子が、よく
わかる動画の二つが以下です、
一つ目の動画は、35分くらいから数分の
女性の目を見ていただければ一目瞭然
ですね。

Ayahuasca – Vine of the soul
(Documentary)

それか、この動画の11分前後か
普段から物質的次元に意識が囚われている
人ほど苦しむ傾向にあるようです💦

12 – Ayahuasca Experience – Shamanism –
Other Worlds – Ayahuasca Documentary Bonus

超意識編一覧

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神秘のサビアントラインその4    幸せのグッズトライアングル



今回は久しぶりに、同じ方向性を持ち
互いを助ける関係にあるというトライン
(120°)のアスペクト(角度)と
サビアンシンボルのシンクロを
紹介します。

山羊座15度
「病院の子供病棟にある
      たくさんのおもちゃ」

牡牛座15度
「マフラーと粋なシルクハットを
        身につけた男性」

乙女座15度
「装飾されたハンカチーフ」

この三つが互いに120度のトライン
でグランドトライン(正三角形の
アスペクト)を形成していますが、
今回のテーマにあるように、おもちゃ
、シルクハット、ハンカチーフと
とても豊かなグッズが出てきてます
よねー(^^)

山羊座15度は、子供のためのグッズ。
牡牛座15度は、お洒落な大人の男性
のためのグッズ。
乙女座15度は、女性のための豊かで
おしゃれなグッズ。
とこのように、それぞれのシンボルは、
別々の立場の人達の豊かさの象徴として
表れています。
まさにこれは、グランドトラインならでは
の組み合わせを、見事にサビアンシンボル
が表現しているという事を示しています。

今回はサラッと解説させて
いただきましたー(^^)

短くサラッとした記事なので、
ストレスがなかったという人は
こちらをよろしくお願いしまーす(^^)

神秘のサビアンアスペクト一覧

あんみんのサビアン占星術

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まだあります邪魔なプログラム     意識まで眠る睡眠について


かなりたくさんの人に読んでいただいている
私たちが悩むのは、プログラムのせい!
という記事の続編にあたります。
そこでも説明しましたが、私たちが
とてつもなく狭い五感の領域でしか
現実を認識できないというだけで
なく、必要以上に痛みや苦痛を感じる
身体の仕組みになっていたり、自然
に悩みや苦悩、悲しみなどのネガティブ
な感情に陥りやすいのは、本来の
生命体のあるべき状態などではなく、
干渉され改ざんされたプログラムに
よるものだという事を説明しました。
この干渉は、月や土星のテクノロジー
が深く関わっている事も説明して
きましたが、全容が明らかに分かって
いるわけでもありません。
確かなのは、私たちがどのような
プログラムをされてきたかという
事だげです。
なぜ確かなのか?それはそのプログラム
は私たち自身を、常識や固定観念や
既存の知識に囚われる事なく、探究
するだけで事足りるからなのです。
しかも、真実は私たちは、本来の意識
としては、全てと一体であり、また全体
としての全てでもあるという事なの
ですから、常に私たち自身が答えを
知っているという事なのです。
そうです、私たちの外に無限の世界が
広がっているという認識そのものが、
誤ったプログラムによる認識で、実際に
は真逆が正しいのです。
これは科学的な観測結果でも裏付けられて
いるのですが、公式の見解で認められる
事はありません。
その事は
ビッグバンに代わる宇宙モデルという記事で
詳しく説明しています。
つまり物理的な意味でも私たちそれぞれ
が、宇宙全体のサイズでもあるという
事なのですが、こう書くとだれもが
「あほか」「気は確か?」「すでに終わって
んなーこいつ!」という声が聞こえてくる
のが、手に取るようにわかります。
(関西人は、自分たちの言葉が世界の中心
のように吹聴するクセがある!?)
しかし、残念ながら真実は、この気が触れた
ような認識の方だという事なのです。
それだけ私たちの五感の認識で捉える時空の
感覚は歪められて、正しい捉え方から隔離
されているという事なのです。

さてさてプログラムの話でしたね💧
本題に戻りましょう。
五感の狭い領域に囚われている、必要
以上に痛みや苦痛を伴う身体、また
ネガティブなマインドを引き寄せやすい
性質など、これまでに、全く我々に
とって邪魔だと思われるプログラムを
紹介してきましたが、今回は私たちが
何故脳波の低い状態で眠くなり、覚醒
した意識状態を保てないのか?
という事です。
つまりはこれがプログラムの一つだと
いう事です。

「決まっているじゃないか、身体も頭も
休まないと、疲労がたまるだけだから
に決まってるだろう」
と普通考えられてますし、既存の常識や
科学の公式見解もそうなっているから、
これを疑う人はまずいないはずです。
ですが、眠っている間に右脳は起きて
いる時よりも活発に働いているのです。
で、起きた時に右脳疲れなどを感じる
時がありますか?
右脳には、どなネガティブな感情も
呼び起こす機能はありません。
右脳の驚異の力その1で詳しく
説明しています。)
疲労を感じるのは左脳だからです。
他のネガティブな感情も全て左脳から
発しているわけです。
じゃあ悪夢はどうなんだー?という人
もいますが、それはいわば映画の
ようなもので、自分の感情が投影
されているものではありません。
ホラー映画を観るのと同じ感覚だと
いってもいいでしょう。
楽しんで観る人もいますからね。
それに寝ている間も少しは左脳も機能
しています。
まあ身体を休めるのはなんとなくわかり
ますが、左脳は何故休むのでしょうか?
右脳が活発に働いているのに、何故?
しかも脳波の低い状態で、左脳は機能を
ほとんど休めるようになっています。
ですが、脳波が低くて、左脳がぎりぎり
働いている状態の、眠る前と起きた直後
には、いろんなひらめきや、体外離脱、
予知能力や、視覚化などの現実を創造
する力まで、とてつもなく能力が働く
事が知られています。
(ネガティブな思考や感覚、五感の制限
はあっても、左脳には右脳のイメージ
を自覚してコントロールできるという
メリットもあるのです。)
ちょうど7~8Hzの間の領域あたり
ですね。それ以下だと確実に睡眠に
入り、左脳は機能を停止します。
逆にそれより脳波が高くなればなるほど
、意識レベルも低下し、感情もネガティブ
なエネルギーに陥りやすくなります。
ベータ波とは12Hz以上の脳波で、
イライラしたり、心配事をしたり、
いやな気持ちになっている時などです。
公式の見解では、活動的で思考が活発に
なっている状態などともいいますが、
その活発な思考というのは、左脳優先の
思考の事で、物質的領域にとらわれたも
もので、しかも視野が恐ろしくせまい
ものです。計算や暗記などの単純な思考
活動が活発化しているだけで、想像力や
連想力、創造性やひらめきなどからは
ほど遠い状態にあるのです。
いらいらしながら、心配事をしながら
インスピレーションはわきませんよね?
科学の公式見解や教育などでの知識を
頑なに信じていれば、真実はいつまでも
感じる事すら不可能でしょうね💧
それは私たちが良くも悪くも意識を現実化
させながら生きているからで、思い込みに
見合う現実しか、見ないように、また
目に入らないようになっているからでも
あります。

とにかく意識レベルまた思考レベルが
ともに高いのが脳波の低い方であり、
また超能力者の脳波が8Hzであるよう
に超常能力を発揮するのもまた、脳波の
低い状態であるわけです。
さらに、予知夢など予知体験の7割程度
が睡眠中に起こるという事を考えれば
いかに脳波が低い状態の方が、能力と
意識レベル両面において、格段に高いと
いう事がわかっていただけるかと思い
ます。

そしてまたとどめは、時空に囚われず
至福の状態になり、360度の視野を
持ち、驚くほど覚醒して、真実が勝手
に自分にとびこんでくるような意識
状態になる臨死体験中の脳波は、
ほぼゼロなのです。
これでもまだ脳波の低い状態が、意識
レベルが高く能力も高いという事に疑い
を持たれる人はいるのでしょうか?

この低い脳波の状態の時に、意識が覚醒
していれば、当然予知や、超常能力を
より発揮できるたろうと予測できるのに
なぜ意識は覚醒せずに、睡眠に入って
しまうのでしょうか?

つまりは、それが干渉して歪められて
改ざんされたプログラムだからなの
です。

そして今回そのプログラムを解除する
のに、良い方法を少し思いついたので
書いておきますね。
一つは普段から右脳を働かせる事。
なんという単純な事!と思われるかも
知れませんが、実はこれって案外
難しいのです。なぜなら私たちは、
現代社会において、左脳を活発化させる
ように誘導させられているからなのです。
時間に追われて、仕事や雑務、用事を
こなすのに、起きている間の時間の
ほとんどを取られるような生活をして
いる人がほとんどだと思いますが、
それは脳波の高いベータ波が活発化
していて、左脳がよく働いている状態
なのです。なので、右脳はそれほど使われ
てないのです。
もちろん余裕のある時間でリラックス
している事で右脳は活発になりますが、
その時間が極端に少ないので、睡眠に
入った時に覚醒状態になれないのです。
つまり右脳が活発化していても意識が
それを認識できないからなのです。
ですが、起きている時、つまり意識が
覚醒してる時に右脳をどんどん働かせて
いれば、眠っている間でも、意識が
同調することができて、覚醒する事が
できるようになるという事なのです。
そうなれば、視覚化による現実化の
能力や予知能力などを発揮できるように
なる事も可能だという事です。
そして何よりも意識レベルの高い
状態で覚醒する事ができるという
わわけです。

これは右脳型の人が、絵を描いたり、
よく歌ったり、笑ったり、情感豊か
だったりする事でもわかりますよね。
右脳型の人は、そのように右脳を使う事
を日常としているから、右脳を効果的
に使えるわけです。

また普段から梅干しやレモンなどのクエン
酸を摂取する事や、植物食を心がけるなど
して、松果体をデトックスしていくような
事も効果的だと思われます。

デトックスの方法などは、ツィッターでも
知り合いの鈴木たかさんのブログ
「食と身体を考える」の
松果体(第3の目)の石灰化を防ぎ
デトックスする10の方法
という
記事で、とても詳しく説明されています。

もちろんアルファ波に脳波を維持する
ようなポジティブな感情を維持する事
も当然大事です。

このようにして、睡眠時間を覚醒させる
ように持っていたけば、人生の時間が
倍増するだけでなく、その豊かな使い方
としては、はるかに高いものを得られる
というわけです。

まあ眠っている間に嫌なことを忘れたいと
いう人もいるでしょう。それはそのまま
これまで通りの睡眠でいいとは思いますが、
むしろそのような疲労感やネガティブな
感情を洗い流し、とても豊かな感情に満ち
あふれるので、右脳が活発になっている
世界を自覚できれば、嫌なことも疲労感も
全て吹き飛ぶと思いますけどね。

プログラムについては、まだ続きがあり
ますが、次回という事で、よろしく
お願いします(^^)/

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神秘のセプタイル(51.4度)その5   どんどんつながる神秘


調べだしたら、セプタイルという
角度(アスペクト)は、いくらでも
サビアンシンボルどうしに意味のある
つながりが、見つかる事に気付きました。
というわけで、わりと長く続きそうな
予感がします。
全天360度を7等分してできる
このセプタイルは、51.4度
なで、51度か52度という事に
なりますが、神秘的な数字とも
いわれる7を使ったこの角度に
これだけサビアンシンボルが、見事に
表現してくれるのなら、自分の中では
これはもはやマイナーアスペクトでは
なくて、メジャー扱いですね。
このセプタイルというアスペクトに
なじみのない方のために、毎回
一番下にこの角度の解説を掲載して
いますので、必要な方はそれをご覧
になってから、もう一度最初に戻って
ご覧になられるのもいいかも知れま
せんね。

長い前置きですいませんm(_ _)m

さて今回のセプタイルをご紹介
しましょう。

蟹座6度
「巣をつくる猟鳥」

このシンボルからセプタイルの関係に
あたるのが。

獅子座28度
「大きな木の枝にとまる
        たくさんの小鳥」

牡牛座14度
「模索している貝殻と遊んでいる
            子供たち」

これらは、蟹座6度の猟鳥の、家族を
思う慈愛の心が、巣をつくる行為に
あらわれている事を受けて、どちらの
セプタイルも、守られている小鳥や
子供を暗示しているのです。
守られているので、大きな木の枝で
遊んだり、貝殻を探して海岸で
遊んだりできるというわけですね。
親の愛の恩恵がよく表れています。

またセプタイルのオーブ(許容範囲)
1度の53度に
牡牛座13度
「荷物を運ぶ男性」があり、これも
蟹座6度の巣をつくって労働して
いる猟鳥と共通する意味があるのが
わかります。

また蟹座6度のスクエアのオーブ1度
の91度に

天秤座7度
「ヒヨコに餌をやり、鷹から守る女性」
があります。

これは、もう少しわかりやすく表現する
なら、女性が餌をヒヨコにやっている
ところに獰猛な鷹が襲いかかってきた
という事です。

つまりこれは蟹座6度が、巣をつくって
いるだけで、平穏な状態なのに対して、
突然襲いかかる危険を示しているので
障害のエネルギーとなっているの
です。ただ天秤座7度の女性はか弱い
ヒヨコを守ろうとしているため、
巣をつくって家族を守ろうとしている
猟鳥と共通する点はあります。

そしてまたなんとこの天秤座7度から
みてセプタイルの52度にあたるのが

蠍座29度
「酋長に自分の子供たちの命ごいをする
        インディアンの女性」

なんと!か弱いものを守る女性という意味
で見事にまたつながるのです。
なんだかセプタイルはどんどん際限なく
つながっていっているように思えますね。

今回もセプタイルのアスペクトで神秘的に
意味通りのつながりがたくさんある
事を紹介できました。

では最後にいつもセプタイルの解説を
掲載しておきます。

マイナーアスペクトの中で、
とても重要視されはじめている、
セプタイル(51.26度)をご紹介
します。
これは全天360度を7分割して
できるアスペクトで、つまりは
7分の1の角度だという事です。
アスペクトとして、ホロスコープなどに
表記される場合は、1/7またはSeと
なります。

またその倍数をバイセプタイル2/7
(102.52度)
3倍をトリセプタイル3/7
(154.18度)
といいます。

このアスペクトについては英国占星学
教科書という本に詳しく説明されている
ので、引用させていただきますね。

「数字の七はとても重要な数で、宗教的
な文献にはこれを扱ったものが多い。
数字の七は、カルデアの七人の天使、
黙示録の七人の天使、七つの王冠と
七つの教会、そして一週間の曜日などに
例が見られる。七のシンボリズムは、
自分には人生からの最高の贈り物が
与えられていること、そして成長と
発展へと向かう精神の旅に出るのだと
いう認識を示す。同じくセプタイルは、
自分にとってたいへん喜びをもたらす
何かを見つける、すぐれた能力を
示す。
占星術家はハーモニクスの手法で、
第五と第七のハーモニックを用い、
自分が持つ才能とそれが開発される
かどうかを見分ける。」
“出典:「英国占星学教科書」
    コーディリア・マンサル著
         青木良仁/訳
     魔女の家®BOOKS刊”

つまりは、セプタイルは喜びをもたらす
何かを見つける能力を示すという事で
ポジティブなエネルギーだという事
ですね。
最後の第五と第七のハーモニクスと
いうのは、第五のハーモニクスが
つまりは1/5のクインタイルや
2/5のバイクインタイルを指して
いて、第七のハーモニクスが、この
1/7のセプタイルや2/7の
バイセプタイルなどの事を示している
という事で、これらのアスペクトが、
活かされ合う関係だという事なのです。

7という数字は、数秘術でも神秘性、
霊性を示す数で、これを生命数などに
持つ人は、五感を越えた領域に強く関心
を持って、研究に没頭するような場合も
あるとの事です。

おーーなるほどと思っていただいた方は
下をクリックよろしくお願いします(^^)/

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超意識覚醒を何度も経験しているすごい人の話


ツィッターで最近、覚醒した意識の人と
つながる事が多くなってきました。
まあ私の記事がそういう話題なので、
集まってきてくれるのか、自分によく似た
感覚だから引き寄せるのかはわかり
ませんが、とにかく自分より格段に覚醒
レベルの高い人たちが、集まってきて
くれてます。
すぐに思い浮かぶのが、
みちすけさん、ゆきんこさん、そして今回
ご紹介するレイキぶどうさんです。
(すいません他にもたくさんおられます💦)
ただこのレイキぶどうさんは、ちょっと
規格外というか、ブログで自身の体験談など
を紹介しておられるのですが、超常体験や
超常現象そして超常能力が日常ともいうべき
状態で体験されている方です。

今回はそのほんの一例ですが、私たちの本来
の潜在能力の凄さのいったんを見せてくれる
体験についてのお話です。

数10年前から救急隊員を仕事にして
おられた時代の話ですが、いきなり1年目で、
超常体験をされることになります。
即死ですでに死亡状態の男性の現場に
立ち合った事で、その恐怖心から、男性の
残存思念の霊のようなものを自宅につれて帰り
、眠っている途中で金縛りに遭い、自分の
みぞおちに出現したその霊と、実際に格闘して、
最後に「出てけ!」と男性を強く押して
なんとか、追い出す事に成功したものの、
その男性に足首を捕まられて、数10センチ
もひっぱられたあげく、その男性の爪痕まで
足首に残されたという凄まじい体験をして
おられます。
つまりその時にすでに、霊が実体的な力を
持っている事、また自分の意識とのつながり
ができれば、実体化させる事ができると
いう事まで、実体験で理解されたという
事になります。
救急隊員どうしでは、わりと起こることでも
あるらしいですが、看護師が患者の死に立ち
会う事が多いため、霊体験や臨死体験の
事例を多く経験するのに非常によく似ている
ともいえますね。
ただ恐怖心などのネガティブエネルギーは、
やはり似たような意識レベルの霊や思念を
引き寄せてしまう事の好例でもあります。

そしてまた救急隊員二年目に、今度は
レイキぶどうさんは意識の覚醒体験をする
事になります。

そして救急隊員二年目での、超常体験を
レイキぶどうさんのブログから引用させて
いただく事にします。
現場にかけつける救急車の運転をされて
いた時の話です。

「」内が引用で が中略です。

「物質の形を変えた話

ある程度救急隊員生活にも慣れてきた
2年目のとある日の夜、
またまたCPA事案の出動指令が入った。

現場は小高い丘の住宅地の中。
救急車1台ギリギリ通れるか通れないか
そんなところだ。

1隊3人体制で、1事案ごとに
救急車運転→助手席アナウンス→患者さん
対応を回していたのだが、
私はその時たまたま運転手だった。

救急隊員はアドレナリンジャンキーだ。
ほぼ間違いない。

CPA事案ということで、
いつも以上に氣合が入り、
すぐに私の脳内には
アドレナリンが駆け巡り、
普段はない能力が発揮される。

視界は狭まるが、よりクリアに見え、
暗い道もはっきりと見えるようになる。
時間はスローに感じる。
そのため、結構なスピードを出して
狭い道を走っていても、
ぶつからないのである。

というよりも、何故かいつもより
道幅が広いような氣がしていた。

助手席に乗っていた小隊長の話によれば
私が運転していた道路は
サイドミラー横に
それぞれ5センチの隙間しかなかった
らしい。

普段心配性の小隊長も
私の運転に氣を揉むことなく、
現場に早く到着することに集中していた。

そして、現場到着。
患者さんは心停止すぐで蘇生の可能性が
あった。
AEDを装着すると、ショックが必要な波形で
私たち隊員のテンションは更に上がる。

その患者さんは、意識は戻らないものの、
幸いにもショック1回で心臓が再び動き
始めた。

こうなれば、いち早く
救命センターに搬送しなければならない。

私たちは患者さんを救急車に乗せ、
普段は狭すぎてあまり通らない道を通って
救命センターへ向かった。

ところがここでも不思議なことが起こる。
なんだか道幅が本当に広いのである。
もしくは救急車の幅が狭まったのである。
ハリーポッターに出てくる3階建てバスの
ように。

そして、普段は曲がれないと思っていた
狭い曲がり角を左に悠々と曲がって
救命センターへと続く大通りに出ていった。

患者さんは無事救命センターで蘇生し、
その後見事社会復帰を果たした。

さて、ここで不思議に思った
私と小隊長。
私は一体どうやって車体に傷一つつけずに
あの角を曲がったのだろうか。

後日、そのことを確認するために、
その曲がり角を救急車で訪れた。

いわゆる実地調査である。
なかなか曲がれないのであれば、
今後はその道は使わない。

私が、まずその角を曲がってみる。
5回くらい切り返してやっと曲がれた。
あの夜、1回で曲がれたのは奇跡だ。

次に運転の腕に自信のある小隊長が
今度は自分がやってみると言い出した。
すると、小隊長でも3回切り返してやっと
曲がれた。
切り返しなしで曲がるのは無理だという。

しかも、前回よりも道幅が狭く感じる。
私たちは再度チャレンジしてみたが、
やはり1回で曲がることはできなかった。

不思議である。

そのため車載のゼンリン地図に、
要・切り返し
と赤ペンで書き込む羽目になった。

小隊長とその後も話していたのが、
たまに、
こういうことが起こるというのだ。
道が広くなっているのか、
救急車の幅が狭まっているのかはわから
ない。

でも、トトロの猫バスが走るときのように、
周りの木々がささーっと避けてくれる
ような、そんな感覚を味わったことは
出動中、特に心肺停止事案であるらしい。
しかも、その患者さんが
助かりそうなとき。

その時は、不思議なこともあるもんだ
くらいにしか思ってなかったけど、

今考えると、からくりがわかるのが
面白い。
人生の謎解きが始まったみたいだ。

私たちの脳の力、意識の力、
潜在意識の力、
患者さんが生かされようとする
宇宙からのサポートの力、
全てが揃った時に、奇跡は起こる。

そして、私たちの意識は
物質の形も変えることができるという
ことだ。」

“出典:「Reikibudo’s blog」様
意識と霊と物質の形を変えた話より”

おもいっきりそのまま引用させて
いただきましたが、とにかく緊急事態
で、患者さんの命を救いたいという一心
が生んだ、超常体験というか、超意識覚醒
体験について、とてもわかりやすく紹介
しておられます。
レイキぶどうさんは、先天的にこういう
高次元の意識につながりやすい体質という
か特質の持ち主のようで、このような
事をいくらでも経験されているようです。
ここで、超意識を覚醒させるための
きっかけとなったのが、患者さんを救い
たいという愛が根底にある意識、そして
一刻を争う緊急事態であるという事での
集中力と没我没頭の状態。これが超意識を
覚醒させるひきがねになったと見てほぼ
間違いないと思います。
そして、まったく余裕のない道幅を切り
替え無しで、走行してしまうというふだん
ではありえない能力につながるのですが、
これをレイキぶどうさんは、物質の形を
変えたと表現しておられます。
これは私たちが物質の世界にいるという
日常の感覚での表現なのですが、実際に
我々がいるのは、思念のみの意識の世界
なので、つまり物質の影響を受けない
レベルに車ごと移行させる事ができた
という事でもあるのです。
もちろん車内にいた他の救急隊員の方も
ひきつれてという事で、まったく個人的
な体験ではないという事でもあります。
要するにレイキぶどうさんの意識一つ
で、巨大な救急車を物質の影響を受け
ない、高次の領域に移行させる事が
でき、道幅の影響を全く受けないと
いう超常能力を実現させたという事なの
です。
私の解釈としては、このようになり
ますが、事実物質が変形したというよう
に捉えても、間違ってはいないと思い
ます。
現実の全てがそうであるように、どちらも
意識の投影の仕方を解釈しているだけ
なので、どちらでもかまわないのです。
ただそういう意識レベルに移行できた
という実体験を紹介できるレイキぶどう
さんの意識レベルはとてつもなく高かった
という事だけは確かだという事です。

今回の事例を取り上げたのは、私の
これまで投稿した記事に酷似した内容が
ある事に思い当たったためです。

それは
意外に簡単「超意識」の覚醒!
という記事ですが、あらゆる超常体験
事例などを著書で紹介しておられる
コリン・ウィルソン氏が、自身の超意識
覚醒体験について語ったというものを紹介
しています。
コリン・ウィルソン氏が、大雪に見舞われ
て、道路の端が全く見分けられないような
状態で運転して、いつでも脱輪や横転事故
を起こしそうなところを超覚醒意識に
なった事で、乗り切れたという話です。
難易度はレイキぶどうさんの話の方
がすごいと思うのですが、この時に
著者のコリン・ウィルソン氏は、
頭蓋骨の中に白熱を感じ、その白熱
をコントロールする事もできて、
とてつもない集中力を発揮する源に
なったといっておられるのです。
つまり超意識の自覚症状というもの
ですね。まさに緊急事態が引き起こ
した、集中力がきっかけとなった
ようです。

そういう状態の時に普段よりも高い
能力が引き出されるという点では
レイキぶどうさんの話と共通する
ものがあるし、
緊急事態に臨んでの集中力という
点では、また同じです。
このことは逆にレイキぶどうさん
の意識が超意識として覚醒したという
事も証明しているのだと思います。

要するに超意識を覚醒させるためには、
没我没頭にいたるような集中力と、
強く望みなどを現実化するための
イメージ力どが必要だという事ですね。

まだまだいくらでもこのような超常
体験や、超常能力の話をレイキぶどう
さんは、紹介してくれているので、
研究家の私にとっても本当にありがたい
存在です。
大感謝ーーー!
というわけでレイキぶどうさんから
クレームがなければ、また彼女の
エピソード紹介させていただきたい
と思いまーす(^^)/

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