確かな人格に継続的に憑依される 少女の実例

これまで、私たちが肉体に宿る魂の
ような意識の存在である事を、多くの
記事でご説明してきましたが、その
肉体に、私たちとは別の人格が憑依
する事があります。
その人格は霊という見方もできて、
多くの霊媒師は、やはり霊に憑依されて
いる間、人格を交代しています。
しかし、自分が望まない形で、勝手に
憑依されて、長い間肉体を占有されたり、
複数の人格に憑依されたりする例がある
というのです。
今回は、そのような実例をコリン・
ウィルソン氏の著書から引用させて
いただきます。

「」内が引用で、~が中略です。

「一八七七年七月十一日、イリノイ州
ウォトシカで、メアリー・ルーランシー
・ヴェナムという十三歳の少女が発作を
おこし、五時間ものあいだ、人事不省に
おちいった。発作は翌日もおこったが、
それは明らかにトランス状態と思われ、
少女は天国や天使、死んだ兄弟が見える
と口走った。
(引用注:これはほとんど臨死体験を
していると見て間違いないでしょう)

六ヶ月のあいだ、ヴェナムはしばしば
トランス状態におちいり、カトリーナ・
ホーガンという老女をふくめ、多くの不愉快
な人格に憑依された。親戚の者たちは両親に
、娘を精神病院にいれるよう忠告した。
しかし隣人ロフの説得により、ヴェナムは、
ウィスコンシン州ジェインズヴィルに住む
W・Wスティーブンズ博士という医者の
診察を受けることになった。
ロフ夫妻は以前、やはりメアリという娘を
「狂気」の発作で亡くしていた。
(このスティーブンズ博士という医者は、
霊などに憑依された人を診察できる特殊な
医者のようで、催眠術なども使えるよう
です。この隣人ロフ夫妻は、娘が狂気の
発作を起こしたことから、娘の発作の時に
この博士にお世話になり、信頼できる医者
だと評価していたのだと思われます。
そこで精神的な異常や発作がみられる
ヴェナムに、このスティーブンズ博士を
薦めたのだという事なのでしょう。)

一八七八年二月一日、スティーブンズの最初
の診察がおこなわれた。ヴェナムは
「カトリーナ・ホーガン」に「憑依」され、
椅子にうずくまったまま、黙然と宙を凝視
した。スティーブンズが近づこうとすると、
近寄るな、と叫ぶ。だがやがて、彼女は
態度をやわらげ、自分や両親のことを語り
はじめた。~
~まもなく人格が交替し、ウィリー・
キャニングと名のる若者があらわれた。
とりとめのないおやしゃべりの末に、
ふたたび発作がおこった。催眠術を試みる
と、効果があってヴェナムがあらわれ、
自分は悪霊にとりつかれていたのだと説明
した。そしてトランス状態のまま、周囲に
幾体もの霊がいる、そのひとりは
メアリ・ロフだと語った。
部屋にいたロフ夫人が「私の娘だ」と言い、
ヴェナムに「メアリ」を「支配霊」として
受け入れてくれないかと頼んだ。

(引用注:こともあろうに他人の家の娘の
身体に、自分の死んだ娘を憑依させたまま
にしてくれと頼んだのです。まさか、そんな
無茶な申し出をと、断るかと思いきや、
ヴェナムは受け入れてしまったというの
です。このあたりのやさしさが、霊に
たくさん取り憑かれる性質をあらわしている
のかもしれません)

「霊たち」との交渉の結果、ヴェナムは
メアリ・ロフの「憑依」を認めようと告げ
まもなく目覚めた。
 翌朝、ヴェナムの父がエイサ・ロフの
オフィスを訪れた。娘が、自分はメアリ・
ロフだと主張し、家に帰りたがっている
というのだ。~

(引用注:ここでメアリ・ロフの生前の
人生についての記述があるようです。
なんと超常能力を有している少女だった
ということのようです。以下です)

~メアリもまず発作をおこした。故意に
ナイフで腕を傷つけて失神し、五日間
うわごとを口走ったこともある。
メアリはまた、目隠しをしたまま文字を
読むこともできた。そして一八六五年
七月、ヴェナムの発作がはじまる十二年前に
、連続的な発作をおこして死亡したのだ。
彼女の透視能力は、ウォトシカの著名な市民
多数によって目撃されている
(引用注:ここまでがメアリ・ロフの生前に
ついてなのですが、超常能力を発揮できた
彼女は地元でちょっとした有名人だった
ようですね)

ルーランシー・ヴェナムというか「メアリ」
がロフ家にもどる前に、ロフ夫人と娘の
ミナーヴァがヴェナム家を訪問した。
窓から外を見ていた「メアリ」は、ふたり
が通りをくるのを見て声をあげた。
「あら、ママと妹のナーヴィが来る!」。
そしてはいってきたふたりに抱きつき、
喜びの涙を流した。
 ヴェナム夫妻は当然娘を手放したがら
なかったが、「メアリ」のホームシックが
ひどくなったため、しかたなくそれを
許した。
一八七八年二月十一日、「メアリ」は
ロフ家に移った。途中、メアリの生存中に
一家が住んでいた家の前を通りかかると、
「メアリ」はそこが自分の家だと言い
張った。ロフ一家は自分たちが引っ越した
ことを説明しなくてはならなかった。
 新しい家につくと、「メアリ」は言った。
「あら、古いピアノがある。ピアノ掛けも
前のままだわ」。それから待っていた親戚
たちに挨拶したが、その言葉は、彼女が
各人をはっきりと見分けていることを
示していた。
(引用注:これは憑依であるという事を
除けば、前世記憶を持つ子供の行為と
全く同じという事になります。
つまりこの場合は、前世記憶を持つ少女
の霊に憑依された少女という事に
なります。)

メアリ・ロフの日曜学校教師だった
ワグナー夫人、旧姓メアリ・ロードには、
「まあ、メアリ・ロード先生、ちっとも
おかわりになりませんね」と声をかけた。
そしてみんなに「天使」が三ヶ月後の
五月まで、ここにとどまることを許して
くれたのだと語った。

(引用注:この天使というのは、
臨死体験者が霊的領域で出会う光の存在
のようです。そしてメアリ・ロフが特別
な力を持っているため、時間の制限を
もうけて、元の世界に十二年の時間差
で戻ることを許してくれたという事の
ようです。なんだか、寛大な天使ですね)

家族たちは彼女をためそうと、さまざまな
質問を投げかけた。「メアリ」はすぐさま
彼らの疑いを解いた。生前のメアリ・ロフ
の生活について、何百とない出来事を
語ることができたのである。

 ピオリア(イリノイ州中北部の都市)の
水療法地に滞在したときのことをくわしく
話す。~
~老犬の話がでると、犬が死んだ場所を
言い当てる。ナイフで腕を切ったときの話
をしたときは、袖をまくりあげて
スティーブンズ博士に傷痕を見せようと
してから、それが前の肉体でないことに
気づいて言った。
「この腕じゃないわ-お墓の中にある方
だった」。

 メアリの死後、両親は霊媒を通じて
彼女と交信しようとしたことがあった。
「メアリ」は霊媒の手に綴らせた
メッセージと、正確な場所と時間を
告げることもできた。

(引用注:これは霊媒師が本物の霊を
招きよせた事を証明する実例だといえ
ます。)

もっとも有力な証拠と見なされるのは、
次の出来事である。ある日ロフ夫人が、
メアリが生前つけていた古いベルベット
のヘッドドレスを見つけた。父親の提案
で、それは玄関の帽子掛けにかけられた。
「メアリ」は外出からもどって、すぐに
それに気づいた。「あら、髪が短かった
ころのヘッドドレスだわ」。
「メアリ」は、ひきつづき、手紙の箱の
ことを思い出した。母親が箱をもって
くると、彼女は襟飾りを見つけて言った。
「ほら、私がつくった古いレース襟よ」。

「メアリ」は家族に、五月の二十一日
までここにいられると語った。その日の
朝、母親は記している。
「メアリは今日十一時頃にランシーの
体を去るそうです」。「メアリ」は隣人
たちに別れの挨拶をしてまわり、両親を
抱きしめてキスし、ヴェナムの家に
むかった。その「途中」で「メアリ」は
消え、ルーランシー・ヴェナムが戻った。
(引用注:ここまでが天使に許された
期限付きの、現世復帰の憑依だったよう
ですが、そもそも霊的な領域には時間の
概念はなく、またこののちにもヴェナムに
「メアリ」が戻ってくるのでした。
なんだか少ししんみりしてしまって損しま
したよね)

四年後、ヴェナムはジョージ・ビニング
という農夫と結婚した。ヴェナム夫妻は
発作のぶりかえしを恐れて彼女が霊媒
能力を使うことにいい顔をしなかったが、
ロフ夫妻がいるところでは、しばしば
メアリ・ロフが「まいもどってきた」
彼女は最初の訪問からほとんど変化を
見せなかった。またはじめての出産の
ときには、「メアリ」がトランス状態に
導いたため、ヴェナムはまったく陣痛を
体験せずにすんだという。」

“出典:「来世体験」
      コリン・ウィルソン著
        荒俣宏 監修・解説
          梶元靖子 訳”

この記事について言いたい事は、ずいぶん
と(引用注:~)で書かせていただき
ましたが、とにかく、肉体を離れた意識の
存在、霊という存在、霊媒師の確かな能力、
前世体験との共通点、霊的領域における
光の存在がここでは天使と呼ばれている
事、憑依される時には複数の霊に取り
憑かれる事もあるなど、ありとあらゆる
超常現象を裏づける証拠が、この事例に
収められているという事です。しかも
数多くの目撃者もいるという事ですね。
ここまで確かな事例を見せつけられて、
まだ死後の霊的な意識の存在を疑う人は、
果たしているのでしょうか?

しかし霊的な存在を示す証拠はまだいくら
でもあるので、また記事にして紹介して
いきたいと思います。
ではまた(^^)/

超意識編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

第六感の前に思考があることについて


「五感にもレベルがあります」
という一連の記事を、このたび
「五感のレベル編」として
ひとまめにさせていだきました。
この記事は、そのカテゴリーに
属するものです。

私たちは、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚
の五つの感覚があるといわれています。
そしてもう一つ第六感があるともいわれ
ますよね。
第六感というものは、われわれが五感で
感知できない領域のものを、感じる事が
できる感覚という事で、霊感、直感、
潜在意識による感覚などといわれて
います。この私のブログでは、それらは
当然あるものとして書き進めているので
その感覚がある事にはなんら問題は
ないのですが、ちょっと待って
ください、では思考や感情は、どこの
感覚に属するのでしょうか?これらは
五感よりも重要な感覚です。五感は、脳に
届けられて、それにより私たちは思考
したりしますが、別に五感からの信号が
なくても、私たちは思考することが
できます。
というより、脳波も停止して、肉体
そのものから離れた臨死体験者や
体外離脱体験者の意識でも思考している
のです。むしろその状態での
思考の方が圧倒的な明晰に満ちていると
経験者は語ります。事実私たちは脳
そのもので思考しているのではなく、
脳は送受信機である媒体でしかない
というのが真実なのです。これについて
は、また別の記事で説明させていただき
ます。
また味わったような事のない至福の感情も
大半の臨死体験者の共通した報告にあり
ます。

で、なぜ五感のあとに思考や感情を配置
せずに第六感という言葉を入れてくる
のかというと、実は私たちの思考力という
ものは、あまり上の方の裕福な階層の
人達には歓迎されていないという
事なのです。
「まさかそんな事はないだろう」と
みなさんそういうでしょうね。
では私たちは教育で思考を鍛えてもらい
ましたか?
暗記ばっかりの知識詰め込みが中心では
なかったでしょうか?
思考力が働いたら、どうその人たちに
やっかいなのかを考えるくらいの思考力は
鍛えてもらえましたでしょうか?

この教育の方針をきめるのが、文科省
どころかもっと上の方の人達なのです。
右脳の驚異の力その3という記事
では、教育の効果について調査をしてきた
キュン・ヒー・キム教育心理学准教授が、
教育により、思考力、独創性、順応性、
感情表現、表現力などあらゆる分野で
教育がマイナスの効果をもたらして
いる事をつきとめました。
その記事を再掲載させていただきます。

ウィリアム・アンド・メアリー大学
(バージニア州ウィリアムズバーグ)の
キュン・ヒー・キム教育心理学准教授は、
トーランス・テスト・オブ・クリエイ
ティブ・シンキングと呼ばれる標準的な
創造的思考テストの結果から、驚くべき
結論を導きだしたのです。
なんと学校での教育を受けた期間が長い
子供ほど、「感情表現が乏しくなり、
元気がなくなり、語彙力も乏しくなり、
話をしたがらなくなり、ユーモアが
なくなり、想像力が貧困になり、
型にはまった思考や言動、行動になり、
情熱的でもなくなり、いきいきしなく
なり、洞察力がなくなり、目的に無関係
のものには関心がなくなり、同調性が
なくなり、また別の角度、あらゆる角度
から見ようとしなくなる」という事なの
です。
確かに私たちは、暗記中心の教育で、知識
だけ詰め込まれて、卒業しますが、会話力や
想像力、ユーモアや洞察力など、全く
教えられずにいたような気がします。
これだと我々が確かに社会に出て、命令
された事をなんの疑いもなく実行するだけ
のロボット人間になりやすくなるのもよく
わかります。またサイコパスなどという
言葉もありますが、情感や共感能力そして
想像力の欠落した人間も、まさに今の
教育の成果のたまものだといっていいの
だと思います。

このように私たちに思考だけでなく、感情
さえも必要とされていないのです。
しかし、これまで記事で紹介させて
いただいてきたように思考やポジティブな
感情エネルギーは、私たちの運気のレベル
を上げて、認識レベルを高めて、未来を
私たちのために有効に創造してくために
絶対不可欠なものなのです。
ですが、教育では優遇されない。なぜか?
簡単な話です、私たちが自分たちの未来を
創造できるようになったら、私たちの
運や金、時間を吸い上げている人達が
損をすることになるからです。
そんな簡単な事に気づいておられない人
多いでしょーねー。
まさか世界の大半のお金が0.1%
ぐらいの人々に集中しているの、
「自由競争」によるフェアな結果だと思って
ます?まさかね(^_-)-☆

まあそれはそれとして、五感の上に思考や
ポジティブな感情があって、その上に第六感
が来るというのが正しいのです。
だからいわば、これまでの第六感は、
超感覚に格上げされるという事なのです。

さて五感の上の思考や感情が私たちにとって
大事だという事を理解していただいた上で
もう一度思考についての以前の記事から
編集して再掲載させていただきますね。

思考も感情・感性もれっきとした、我々の
感覚なんですよー。
だって五感で感じるものだけで、我々生活
してませんから。
たとえば記憶、イメージを、五感に頼らずに
脳内で思い浮かべる事が可能なのは、わかり
ますよね。それに対して思考や感情など
の感覚が働くのなら、それは五感って
いいません。
(記憶は五感によらない感情や思考、直感の
ものもありますし、もとは五感でも現在
感じているものでなければ、すでに記憶の
イメージとしてのみ残っているものです。)
つまり目の前で起こっている事また実体験
によらず、思考や感情は独立した感覚で
働けるのです。
つまり物理的な現実に囚われない感覚という
事ですね。
これがわかってくると、臨死体験で肉体から
離れた意識が存在している状態が理解でき
ます。(しかもこの状態での意識の
方がはるかに明晰で拡大した認識領域だと
いう報告が圧倒的なのです。)
感情も思考も脳波の範囲の波動なので、
とても低い波動です。
これまでご説明してきたように、低い
波動が高い意識レベルに通じるという事
です。
(よくスピリチュアルで高い意識レベル
は、高い波動だといわれていますが、
これは真逆が正しいです。その事について
もまた別の記事で説明しますが、一つには
逆の誘導があるためと、意識が低い波動
だと逆に高い波動のエネルギーを生み出す
事ができるので、それを指している場合
もあります。その場合は間違いではあり
ません。ただそういった説明なしに、高い
意識=高い波動だと説明されるのは、誤解
を生む表現ですね。)
しかし、五感は脳波よりかなり高い波動を
感知するようになっているので、脳波より
低い意識としての感覚だという事になる
のです。
つまり高い意識レベルの感覚とは思考や感情
で、五感は単なるセンサーだという事です。
この五感の感知する波動領域については、
後で説明します。
このようにレベルの高い思考や感情という
感覚があるのに、我々は超感覚である
第六感以外は、五感しかないように錯覚して
いる。というよりさせられているのです。
なぜなら、昔から、大衆が思考能力が
あったり、感性が豊かだったりすると、時の
権力者にとっては厄介な事ばかりになるから
なのです。

(ローマ時代のパンとサーカスなんかも
その一つの例ですね。あと終戦後の占領政策
の一貫で日本人に再び力をつけさせない
ためにとられた3S政策もその一つです、
スクリーン、セックス、スポーツですが、
これらは、我々を五感の刺激で満足させて
思考や精神的な成熟度を奪うのに、ちょうど
いいものだったのです。特に視覚だけに
頼るようにしておけば、いくらでも
イメージで私たちを誘導する事は可能
なのです。)

しかし、そのようにいうとまた陰謀論とか、
用意された言葉にすぐ結びつける人が多いの
で注意深く、説明しているというわけです。
そのように結びつけるのも、誘導されて
いる事くらいは、わかっていただける人が
読んでいただいていると信じています。
日本では暗記教育だと昔から言われてます
よね?暗記や記憶というものは思考の中では
最も低いレベルの能力なのです。
なぜなら受け取った情報をそのまま
コピーする記憶には、複雑な脳内の電気活動
は必要ないからです。
次に低いのは計算能力です。
計算も、単にインプットされた情報に
従って、数字を決まった式にあてはめて答え
を出すだけなので、それほど複雑な電気活動
を必要としません。
理解力や想像力、表現力などや、別々の情報
を関連付けながら、新しい結論や意味などを
生み出す能力、イメージを浮かび上がらせ
て、そこに感情や意味、理解や想像力を
働かせる事などは、かなり高度な電気活動を
要します。
また感動できる音楽をイメージして、頭の
中で、演奏したり歌ったりしてみて、楽譜に
それを書き込む能力や、描きたい絵の
イメージをキャンバスに投影する事なども
高度で複雑な電気活動を必要とします。
また相手の気持ち、立場などを考えて、言葉
を選び、また言葉の調子、姿勢や態度を
加えてコミュニケーションする能力なども
またとても高度な脳内の電気活動なのです。
ただし最後の人との共感や調和、円満な人間
関係などの心が関わる、思考力や感性に
関しては、世界の中でも突出しているのが、
私たち日本人で、教わらなくても先天的に
日本人が優秀です。だからこそ(その理由
だけではありませんが)日本は教育を劣化
させられているというわけなのです。
もちろん世界の先進国でも、そのような
教育の悪影響がある事は、さきほど
ご紹介したキム博士の調査でも明らか
ですが、特に日本の教育が、突出してレベル
が低いという事です。
振り返っていただきたいのですが、最後の
コミュニケーション能力などを授業で
学んできたでしょうか?
日本ではほとんどない事でしょう。
つまり我々はなんと教育では、脳を鍛えて
もらっていないという事になるのです。
クイズ番組で記憶力が問われるような場面
ばかり出てきますが、これこそ記憶力が
いい事だけが、頭がいい事だという
間違った認識を、刷り込まれている証拠
なのです。

とにかく現状ではこのようになっていますが、
私たちは、もっと人生を豊かに生きるために
思考力や豊かな感情を取り戻していけば、
いいという事がいいたいわけです。
つまり、これまでの影響で思考能力が、
あまり働かなくなっている人は、働かせる
事ができるようになればいいのです。

なぜ思考能力を鍛えなきゃいけないかって?
思考能力や感性のレベルがあがるという事
は、高い意識レベルに通じるので、現実を
思い通りにしたり、希望のイメージを現実
化したり、相手の気持ちがわかって、人間
関係がうまくいったりと、いろんなメリット
があるからです。
最大のメリットは、思考レベル・感性レベル
が上がり、意識レベルがあがると、それ自体
が至福の状態につながるという事ですね。

私もずいぶんと、そのような状態を味わう
ようになりました。特に感性のレベルが
あがるとそれ自体が人生の幸福だというのが
わかってきます。(もちろん本人の
中でのレベルアップという意味です。)
事実いつも私は、「幸せそうですね」とか
「楽しそうですね」とか「めでたいやっちゃ」
「幸せなやっちゃなーお前は」などといわれて
ますから(^_^)ん?後半の二つは、もしや
バカにされているのでは?(;゚〇゚)

で、思考の話にもどりますが、複雑な電気
活動をしている時の脳波は、高いと思います
よね?実は低いのです。それは、右脳が働い
ているからなのです。
(右脳は脳波が低い状態でより活発になり
ます)
それは複雑な数学の問題を解こうとしている
時に、いらいらしたり、または興奮状態の
ベータ波だと、全く解けませんよね。
心を落ち着けて、脳波が低い状態になる
ような時に、複雑な解答への道筋が、
ひらめくのも、その脳波で右脳が働くから
なのです。
スポーツでも同じでナーバスになって
脳波がベータ波になっていると、ミスを
連発しますが、心が平静の状態で脳波が
アルファ波以下になっているような状態の
時にスーパープレイが生まれるものなの
です。いわゆるゾーンに入っている時の
脳波がこれにあたります。
自分自身が体そのものだと思っている人
にはわかりにくいかも知れませんが、
体が激しい動きをしながらでも、明鏡止水
といったような静かな脳波になる事は、
できるものです。
私は、よく道や階段を全速力の8割くらい
のスピードで走りますが、景色をながめ
ながら、ゆったりとした気分で走ります。
もちろん体は、ヒイヒイいって、最後には
息がきれてきますが、私の心と脳波は平静
そのものです。
右脳が最も働くのは、睡眠時つまり脳波が
7Hz以下になっている時ですね。
ただ、左脳が眠ってしまうので、思考を
意識的にはできません。
だから複雑な思考や深い感性を働かせる時
には、右脳を補佐する形での左脳の働きが
大事だという事なのです。
そしてその左脳が働くギリギリの脳波が
7~8Hzだという事です。
つまりその状態での瞑想や催眠術での左脳へ
の暗示効果が、右脳に効果的に投影される
という事なのです。
また7~8Hz以下の脳波では潜在意識
または、高次元からの信号をキャッチする
感覚や感性が、鋭敏になります。
まあ、これが第六感と呼ばれているもの
ですが、五感の上に思考や感情・感性がある
以上、第六感というのは無理があるでしょう。
だからそれこそ超感覚という分類でいいん
じゃないかと思います。
さて五感のレベルの話ですが、これまでの
神秘メッセージでは、脳波が低いほど意識
レベルが高くなっていきましたね。つまり
振動数の低い波動の脳波の方が高い振動数
の脳波よりもレベルが高いということなの
です。
さてこの脳波と他の五感のうちの代表的な
聴覚と視覚の振動数をみて見ましょう。
まずは、その領域の図をご覧ください。

“出典:「Madstone Mystery Labs. Inc
様”

脳波の領域は、睡眠に入らない状態でも
8Hzから26Hzなのに対して、聴覚
では10から20000Hz、そして視覚
は、約400THzから750THzです。
視覚の場合のこのTHzとは、1Hzの
1兆倍です。
つまり脳波や聴覚よりも圧倒的に、視覚の
方が振動数が高いのです。
しかもケタはずれというのが、よくわかり
ますよね?
つまり聴覚の方が視覚より圧倒的にレベルが
高いという事を意味しているのです。
その理由については、この五感のレベル編で
説明していますので、またご覧になって
くださいね。

ではまた(^^)/

五感のレベル編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

生体コンピューターのプログラム         電気化学的プロセスにより変更可能


私たちは、肉体そのものではなく
意識だという事をさんざん説明して
まいりましたが、あらゆる知識を
加えていく事によって、さらに理解が
深まるというものです。
化学物質に反応する感情 という
記事で、私たちの感情も電磁気や水銀
や食品添加物などの化学物質により
大きく影響を受けるという事を説明
しました。これは肉体的な反応による
感情という事でボディマインドと呼べる
ものでした。
つまり肉体的な感情の反応という事
ですね。
しかし同情や理性など、肉体やその感情
を、むしろコントロールするような思考
や感情がありますが、これは肉体的な
反応とは少し別なものということになり
ます。
それが意識由来の思考や感情という事
なのです。

今回は、私たちの肉体にあらかじめ
プリセットされている生体プログラムに
ついてご説明していきます。私たちは、
通常何の疑問もなく、生命プログラムに
従って生きているので、それが変更可能な
プログラムであるという事など、夢にも
思いませんよね。ですが、驚異の催眠術
編でご紹介したように、脳波が7ヘルツ
以下のような低い状態では、その能力の
プログラムを変更する事ができるのです。
これはDNAの驚異の力 その1改
という記事で説明していますが、脳波が
7ヘルツの状態では、DNAの書き換えを
行うことができて、言葉による変更も
できるという事なのです。
だから同じような脳波での催眠術師の言葉
がその変更を一時的に行えるという事なの
です。
(いったん書き換えても、もとの意識
に戻すように催眠術師が暗示をかけるため、
今度はもとのDNAが修正プログラムを
作動させて、もとに戻るということです。)
このことは、私たちのDNAのプログラム
が思考や感情も方向づける仕組みを持って
いるという事を示していて、一般に
思われているような、身体的な構造や
生命活動に関するものだけを決定づけて
いるものではない事を示しています。
このこともDNAの驚異の力 その1改
の記事で説明しています。
今回は、われわれの生体プログラムも
同様に変更できるという事を紹介して
ご説明します。
これは催眠術やホルモンの分泌などによる
電気化学的プロセスの変更などによっても
可能だという事です。

ではその事についてアイク氏の著書から
引用させていただきます。

「」内が引用で、~が中略の意味です。

「イギリスにポール・マッケンナという、
その道では大家の「催眠療法士にして
人間成長トレーナー」がいる。
あるテレビ番組で会ったことがあるが、
とても魅力的な人物に思えた。有名な
謳い文句によれば、人々のさまざまな
不安や恐怖症を克服することができる
という。番組の冒頭で、高い場所やクモ
、飛行機など、さまざまなことに恐怖を
抱いている人々を紹介し、番組の最後
には、その症状をかなり改善させるか、
場合によっては「完治」させてしまう。
彼はコンピューターに別の現実を
ダウンロードして、高い場所やクモ、
飛行機への恐怖など、問題を引き起こす
プログラムを削除してしまうのだ。~
~「人格」だけでなく、性役割や性認識
もプログラムされている。

(引用注:これがDNAのプログラムだと
いう事です、そしてそれとは全く別の
レベルの無限の認識と私たちはつながって
いて、それが本来の私たちだということ
です)

〈無限の認識〉レベルでは、私たちは男性
でも女性でもなく、両者が調和した存在だ。

(引用注:プラトンがいうように本来
人類に性別はなく両性が一体であったの
が黄金時代以降、分離されたので、
失われた半身どうし、男女が求め合う
という事を言い残していますが、やはり
高次の意識では性の区別がなく完全体
であるという事です。黄金時代に出産
というものはなく、新しい肉体は別の
方法で創造され。意識が自由にそこに
宿ることができたといいます。
つまり現在は、月が到着して以降の
生体プログラムによる生命なので、月の
リズムに従って、出産が行われるのも
そのためであるという事なのです。
それに過去世体験も、性別の区別なく
人生を繰り返しているので、魂自身には
性別がないという事も明らかですね。)

私たちは自分が誰かを考える際、まず
例外なく性別と結びつけて認識して
いるが、これも実は電気化学的な現象、
すなわちソフトウェアプログラムで
ある。二〇〇六年、イギリスの各新聞社
がフリーキーという名のニワトリの話を
報道した。フリーキーはメスとして生まれ、
八ヶ月後にはめでたく卵を産むように
なったのだが、それから真っ赤なトサカが
はえだし、夜明けに鳴いては朝(とき)を
告げ、ほかのメスと交尾を試みるように
なった。フリーキーは精神的・感情的・
身体的な性を変え、オスになったので
ある。このようなことが起こった理由は
単純で、何らかの原因で大量の
テストステロンが分泌されるようになり、
そのために「彼女」が「彼」に変わった
のである。この信じがたいような性と
認識の変化は、すべて化学変化によって
引き起こされたものだ。~

(引用注:私たちは自分の事を男性や
女性だというように捉えていますが、
これは生体プログラムによるもので、
私たち自身のことを示しているのでは
ないという事です。ホルモンの分泌量
が変わるだけで、体質やそれをベースと
した肉体的反応や感情や思考まで全て
変化し、反対の性になることがあると
いう事なのですが、私たち自身は
私たちのままです。つまり私たちは
性別そのものの存在ではないという事
なのです。)

~もう一度言う。自分が男だとか女
だとかということは、自分を
コンピュータープログラムと同一視
することだ。もちろん自分が男か女かを
-あるいは会社員だとかバスの運転手
だとか飛行機のパイロットだとかという
事実までを-否定せよといっているの
ではない。、理解して欲しいのは、
そういったことは自分が何者かという
ことではなく、自分が「経験している」
ことなのだという点だ。
〈私たち〉とはすなわち〈無限の認識〉
なのである。そしてもう一つ注目して
化学物質の変化によってメスのフリーキー
が朝を告げるようになったのも、やはり
プログラムされた行動の性質によるもの
だという点だ。ひょっとしたら彼女
(ないし彼)も心の中では「日が昇ったら
鳴こう」と考えていたのかも知れないが、
本当にそれを決定していたのは電気科学的
プログラムだ。私はほぼ毎朝早く起きるが、
太陽が姿を現すと鳥たちが一斉に歌い
はじめる。これはすべての鳥が、同じ瞬間
に同じこと考えるからだろうか、いや違う。
これは集合的なコンピュータープログラム
が引き金になっているのだ。~

(この生物種特有の集合プログラムが、
私たちにもプリセットされていて、
生老病死、およその寿命の長さ、食欲
や性欲、思春期の体質などの変化など
全て人類という生命にあらかじめセット
されたプログラムなのです。
このプログラムが数十万年前に到着した
月によるプログラムだという事です。
ちなみに断食をすれば、長寿遺伝子が
作動するというように言われています
が、それはもともとあるプログラム
コードではなくて、断食をする事に
よって、あらかじめセットされた
生体プログラムの進行に変化が起こり、
老化のプログラムが実行されにくく
なったという事なのです。)

~性や性的嗜好も同じである。メスから
オスに転換したニワトリが、化学変化が
起きたあとにはメスと交尾したがったの
と同じように、私たちの性別も、
コンピュータープログラムとそこから
生じる化学的な状態によって支配されて
いる。異性愛嗜好が電気化学的な
ソフトウェアプログラムなら、同性愛も
同様だ。だからプログラムが変化すれば、
先ほど紹介した同性愛の女性のように、
臓器移植を受けたことで性的嗜好まで
変わってしまう。
(この引用箇所よりも前の部分で臓器移植
により、もとの臓器の持ち主のプログラムが
ダウンロードされて、別の人格や才能が
与えられるようになったという事が紹介
されていました。こちらの同性愛の女性の
場合は、10代の少女から臓器移植を受けた
ことで、異性愛者になったという事です。
生体プログラムがこの女性にダウンロード
され、同性愛という嗜好が変化したという
事なのです。全て電気化学的プロセスの
変更によるものだという事です。)

性ホルモンで主要なものは、女性ホルモンの
エストロゲンと男性ホルモンのテストステロン
だ。性転換を望む人のなかには、ホルモン療法
を受けて、胸を大きくしたり声を低くしたり
する人がいる。ニワトリのフリーキーに起きた
ようなことをするわけだ。いわゆる「思春期」
は、ティーンエイジャーが化学変化を経て
性的に成熟し、大人になっていく過程のこと
だが、これも肉体コンピューターがシステム
中にホルモンを放出して起こる、誕生から
老いまでを導くコンピューターシステムが
展開することの一部なのである。
〈無限の認識〉はこのプロセスに干渉する
ことができるが、圧倒的多数を占める
〈目覚めていない〉人たちは、ただ
ソフトウェアに従っていくばかりだ。」
“出典:「恐怖の世界大陰謀 上巻
        デーヴィッド・アイク著
            本多繁邦訳
             三交社刊
原著名:「the David Icke Guide to
the Global Conspiracy
(and how to end it)」 
     David Icke 著
   David Icke Books刊”

アイク氏が再三「無限の認識」という言葉を
使っていますが、これは全てが一体である
意識、つまり私のいう「絶対意識」のこと
です。
つまりその意識にアクセスすることが
できれば、生体にプリセットされた
プログラムを変更させることができる
ばかりか、あらゆるプログラムを新規に
書き込む事も、全て「可能」だという事に
なるわけです。
絶対意識をいったん経験することが
できた、アニータ・ムーアジャニ女史も、
医者が絶対不可能としていた、末期癌の
治癒をまさに、その「意識」の力だけで
短期間のうちに完治させてしまったのです。
アイク氏も絶対意識、彼によると「無限の
認識」を経験したことによって、あらゆる
真理を認識する事ができるようになったと
いうことなのです。
私はわかりやすく説明するために魂や霊
という言葉を多く使用しますが、これらは
無限の認識に至るまでの意識の段階に
過ぎないという事です。しかし多くの人
たちの場合、死後「無限の認識」また
「絶対意識」に到達することなく、魂や
霊の状態で、輪廻転生や、別次元の存在での
経験をする事になっているという事です。
今回説明させていただいたのは、私たちが
自分たちを認識する時に、生体プログラムの
性別で捉えようとするのは間違いで、それは
自分達が人生で経験している肉体の
プログラムにすぎないという事なのです。
いやもちろん、男性が男性らしく、女性が
女性らしくふるまい、プライドを持って
人生を生きている人たちにケチをつける
わけでは決してありません。それはそれで
美学があり素敵だと思います。ですが、
真理を得るためには、それが本当は
どのようなものかを知っておく必要がある
という事なのです。
つまり私たちは、肉体ではなく意識その
ものの存在だという事なのです。
そういえば、臨死体験をした人達が、死後
に親や友人に会った時は、晩年の姿でなく
最も若々しかった時の状態で会えるという
事です、つまり私たちの本体は、老いる事
もないという事なのですね。

そして生体プログラムは、種によって違い
ますので、人間特有のプログラムがあり、
人類は全員それに従って生きています。
生老病死、およその寿命、思春期の時期
性別など、全て集合意識としての
プログラムという事なのですが、これが
月によりコントロールされたプログラム
だという事なのです。
詳しくは真実の月編の一連の記事をご覧
ください。

ではまた(^^)

真理のヒント編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

超感覚的知覚アイリーン・ギャレットその1改   微加筆再編集


みなさんは、霊媒や超常能力が、一部の
人々の間でだけ、確認されたような錯覚を
お持ちでしょうが、世界ではすでに、
それを多くの科学者たちが検証しているの
です。そして、それらが真実であるとしか
認められないと考えられているものが、
多いという事なのです。日本では、その
ような感覚はほとんどないですよね。
そのような感覚に対して、この記事は
ひとつの参考になると思います。

今日ご紹介するのは、20世紀最大の
霊媒であり、世界で有数の超常能力者と
して知られる、アイリーン・ギャレットの
超常能力、超感覚的知覚についての記事
です。
このギャレット女史は、それこそ無数の
エピソードを残しています。なので、
今回はそのほんの一例という事になり
ます。
そのエピソードは、実験心理学者
ローレンス・ルシャン(一九二〇~?)
という科学者による実験ですが、彼は
もともと超感覚的知覚などあるはずが
ないと思っていたのですが、入念な
研究をするうちに、その考えを改めま
した。そこで出会ったのが、アイリーン・
ギャレットだったというわけです。
では、いつものようにコリン・ウィル
ソン氏の著書からの引用です。

“ルシャンは、霊媒アイリーン・ギャレット
(一八九三~一九七〇)が科学界で高く
評価されていると聞き及んで、彼女と
組むことにした。そして、心理学者として
はじめてギャレットと面会したルシャンは、
こいつは偽物ではないと確信する。
それまでの研究では、四角いボール紙の
色を当てさせる実験が行われていた。
そんな実験は単調で不毛だと思った
ルシャンは、もっと興味深いものに
しようと一工夫凝らすことにする。12歳
の愛娘ウェンディの髪の毛を一房刈った
うえで、隣人に飼いイヌの尻尾の毛を一房
くれと頼み、そして庭からバラの新しい
蕾を摘んできたのである。これを三つの
プラスチック製の空箱にいれたルシャン
は、それぞれの箱のなかに何があるのか、
実験開始にあたって霊媒に教えた。ついで
衝立の後ろに箱を引っ込めて、ギャレット
夫人の腕をせまい穴に深く差しこませた。
そしてルシャンは箱を一つ任意に取り出し
、彼女の手の届くところに置いた。すると
、ギャレット夫人はすぐ中味がウェンディ
の髪の入った箱だと正しく見きわめ、つづ
いて子どもについて信じがたいほど正確な
解説を行ったのである。
第一声は「ヒラリーって呼ぼうかな-
そんな感じ」というものだった。
実際ウェンディは四つのとき、ヒラリー
という少女が好きでたまらなくなり、
名前をヒラリーに変えて、と両親に
せがんだのだった。
だが、そんな出来事は忘れられておりー
長らくルシャン家でも話題にのぼった
ことすらなかった。
ギャレット夫人はさらに、ウェンディ
について気味わるいほど正確な解説-
たとえばウマが大好きだとか、最近は
思いのほか、アメリカ史に興味が芽生
えてきたことなど-を一渡り語った。
イヌに対する洞察も同じく見事なもので、
とりわけルシャンにはイヌ一般について
の知識がまったくないこと、そして
イヌの飼い主の隣人はまだ引っこして
きたばかりだといった。
ギャレット夫人によれば、そのイヌは
足をひどく痛めたことがあり、シーリ
ハムテリア種の仲間がいるようだと
いう。その動物は足をひどく傷つけた
ために、傷が化膿して六週間入院しなく
てはならなかったことや、生粋の
ウェールズ産テリアなのに、何か骨格に
かかわることが原因で、イヌの飼育家
からシーリハムテリアの特徴があるか
聞かれたこともあったと、隣人が立証
してくれた。(ルシャンはそもそも、
シーリハムテリアがどんなものかも
知らなかった)
ギャレット夫人はバラについて、順調
に育てるには土の酸度が強すぎる-
ルシャンは専門の庭師にもそう言われた-
と口にした。”

”出典:「超オカルト」
コリン・ウィルソン著 風間賢二+阿部
秀典・訳 ペヨトル工房刊”

ギャレット夫人が示したのは、サイコ
メトリーという超常能力の一種で、
以前にも超常現象とホログラムその2で、
ステファン・オソヴィエツキー
という最高のサイコメトリストを
ご紹介させていただきましたが、
彼は、手にした物の過去の一映像を
ありありと見ることができるという
ものでした。
しかし、アイリーンギャレットが
口にしたことというのは、その物に
関しての驚くほど詳細な事だった
のです。まるで、その物に関わるもの
全ての情報が、あらゆる角度から、
わかるかのようです。
たとえば、ルシャンの愛娘の髪の毛
から、4歳の時の記憶というか過去の
場面を引き出したのですが、その
髪の毛は、12歳のウェンディのもの
だったのです!つまりその4歳の時に
は生えてなかった髪の毛だという
事です。
ここで通常考えられるのは、
ウェンディの肉体に、その記憶が刻ま
れていたために、以後ウェンディから
生えてくる髪の毛は、それまでのあら
ゆる記憶とともに、4歳の時の場面も
保持しているというものですが、これ
までに、ホログラム的な現実を紹介
しているので、肉体というよりも、
ウェンディのオーラ場にまだ残って
いる過去の一場面を、その髪の毛を
媒体として、ギャレット夫人が読み
取れたと考えた方が、より深い理解に
なるのではないかと思います。
つまりギャレット夫人には、ウェン
ディのこれまでの過去の全てが収めら
れて現存しているホログラムのオーラ場
そのものが、自在に見れているということ
です。しかもそのオーラ場というのは、
臨死体験者が一生を振り返って見た
人生の全映像のように、その時の
自分の気持ち、また相手の気持ち、
さらに360度の視点などが、あり
ありと感じられるものなのです。
そうだとすれば、そのウェンディに
ついてのあらゆる情報が引き出せたの
も、とても理解しやすい事になるの
です。
それとイヌについてやバラについても
同様にあらゆる情報を引き出せたのも、
同じ理由だといえると思います。
我々の現実感覚と違い、真の現実の
世界というものは、アイリーン・
ギャレット夫人のような能力が示す
ような世界ではないでしょうか?
つまり過去は消えさらず、永遠に
残っていて、意識でそれを経験する
ことはいつでもできるという世界
や能力が現実だという事です。
またもちろんこれからも証明させて
いただくように、未来もすでに存在
していて、しかも無数のコースが
あるという事です。
アイリーンギャレット女史が、示した
驚くべき能力は、まだまだあります
ので、また別の記事でご紹介して
いきますね(^_^)

超意識編一覧

もう一回超意識編

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

過去世の記憶 退行催眠 その10  過去世体験の全特徴と臨死体験


退行催眠という方法で、過去世を
体験するという実例を紹介する
シリーズです。
前世記憶や臨死体験との共通点が
多いので、真理を探究するのに非常に
役に立つ事例だといえます。

過去世の特徴をムーディー氏の著書
から引用して取り上げてきましたが、
今回は、残りの二つを取り上げた
のちに、これまでの記事で紹介させて
いただいた、過去世体験の特徴を
全て列記して、また臨死体験などの
特徴と融合させてみます。

「」内が引用で、~が中略の意味です。

「特徴11
 退行は繰り返すことで、
        よりしやすくなる

一般的に言って、退行の努力を数多く
すればするほど、人はより深く過去世
経験へ入っていくことができる。
繰り返すことで退行は上達し、被験者
は過去世でより自然にふるまい、
くつろぐことができる。
現世でのストレスや、気をそらすような
要因等により、催眠状態になかなか
入れない人もいる。だが繰り返して
いくと、やがてたやすく退行催眠の状態に
入れるようになる。」

これは、自分の顕在意識が、退行催眠の
状態を受け入れやすくできるようになった
という事で、いわばその領域に意識を
移行するためのゲートができたという事
なのだと思います。
やはり、そういう経験を妨げているのは、
いかに日常意識、物質的な意識に囚われて
いるかが大きい事を示しています。
それが何度も経験を繰り返していくうちに
邪魔な日常意識が、逆にそのような領域
を現実のものとして、認めるようになり
むしろ退行催眠に入るのを助けるように
働き始めるという事だと思われます。

「特徴12
過去世のほとんどは平凡である
過去世へ退行した人は皆、自分がかつて
ナポレオンだったとかクレオパトラだった
とか言う、と多くの人は思っている。
しかし、私が催眠によって過去世へ退行
させた被験者の中に、自分がかつてその
ような歴史的有名人だったという人は
ほとんどいなかった。むしろ、そこに
現れた彼らの過去の人生は、その時代に
おける、ごくありきたりの平凡なもの
だった。~
~彼らは退行していった過去世で戦う
一兵士に過ぎなかったことを知って、
失望することが多いのである。」

これは、過去世体験という言葉に便乗した
人たちが、確かに前世での有名人を
どんどん乱発していった時代があって、
人々に前世にあらぬ希望を持たせて、
逆にイロモノ扱いされるような事態に
なったことがありましたから、よくぞ
真実を語ってくれましたといいたいですね。
そんなに世の中にたくさんクレオパトラが
前世の人がいては不自然ですからねー。
それに多くの輪廻転生は、魂のレベル向上
のために、前世でのネガティブな体験を
克服しようとして、やってくるので、
それほど良い人生ではない事の方が多いの
です。良いレベルに達した人は、人生より
も幸福なレベルの意識次元にいく事が、
多いのです。ですがもちろん人生を楽しみ
に戻ってきたり、ある使命感を持って転生
するような人がいる事も事実です。

さてこれで全部の過去世の特徴を引用させて
いただいた事になりますが、ではもう一度
列記させていただきましょう。
もちろんこれも抜粋の引用になります。

「特徴1.
過去世体験の多くは視覚的である

特徴2.
出来事を受け身的に経験する

特徴3.
光景になつかしさを覚える

特徴4.
どの人が自分かわかる

特徴5.
過去世の感情の中に置かれる

特徴6.
過去世の光景は、自分の両目からのものと
第三者的視点の両方になる

特徴7.
退行経験はときに現世の問題を反映する

特徴8.
退行経験により精神の安定が期待できる

特徴9.
退行経験により肉体の病が改善される
ことがある。

特徴10.
退行は時間的順序よりも、それが持つ意味に
従って進んでいく

特徴11.
退行は繰り返すことで、よりしやすくなる

特徴12.
過去世のほとんどは平凡である」
“出典:「生きる/死ぬその境界は
           なかった」
     レイモンド・ムーデイ
      ポールペリー 共著
        矢作直樹 監修
         堀 天作 訳”

やはりこの過去世体験というのは、実際に
自分の意識が霊的な領域に入り込む事で
臨死体験と同じ様に肉体から意識が離れて
いる事を示しています。
そして臨死体験が、自分の人生をもう一度
鮮明な画像で見直す「人生回顧」を
する時と同様に、過去世体験も鮮明な
画像で、過去世を見ているという事なの
です。
どちらにも共通していえるのは、とても
鮮明な映像で、しかも平面的でなく、
まるで自分がそこにいるかのような3Dの
立体映像のようなものであるといいます。
これは私たちの日常の記憶というような
あいまいなものではなく、霊的な領域では
確かな現実として、まだそのまま存在して
いるといえるものです。しかも肉体に
ある時のような目を通しての視点だけで
なく、第三者の視点で客観的に見る事も
できる場合も多いようです。
臨死体験の場は360度の自由な視点を
獲得するという証言も多くあります。

またどちらも実際に体験しているかのよう
であるといいますし、過去世体験の場合は
苦痛や苦しみなどの肉体的または感情など
も、リアルに体験するようです。
臨死体験の場合は、自分の人生に出てくる
登場人物の立場での体感や感情まで、体験
できるようです。
これらの事は、私たちの現在の人生よりも
いかに霊的に領域の方が確かで、さらに
現実的な体験であるのかを物語っても
います。
そしてまた過去世体験でも、人生回顧でも
同様に、自分の心の問題に関する事を
特にクローズアップして経験するようです。
それは、霊的な領域にある高次の意識の
存在(光の存在であったりもします)が、
本人の魂に対して、大事な事に気づかせて
くれているようでもあるのです。
その事が、臨死体験や過去世体験をした
のちに、本人が前向きに人生を生きる事が
できるようになる事が多くなる原因や
きっかけになるようです。
これらのように過去世体験と臨死体験には
共通する点が多くみられますが、上に
列記した過去世体験の特徴には、特有に
みられるものもあります。
たとえば、特徴3の光景になつかしさを
覚えるというものです。これは過去世
では、現在の人生と全く違う環境や役割
違う性別であるのにもかかわらず、これが
自分の人生であるという確信があり、
体験している光景になつかしさを覚える
ことが多いのです。
これは過去世体験が、自分の魂としての
実際の過去の人生経験だという事の証明
にもなります。
また特徴7の退行経験はときに現世の問題
を反映するというのも、魂が転生によって
意識をレベルアップさせようとしている事
を示唆しているものとして捉えれば納得の
いくものとなります。

このようにあらゆる超常体験はつなげて
理解していくと、真理を把握していくのに
おおいに役立つと思います。

また過去世体験の実例については
レイモンド・ムーディー氏の原著
「COMING BACK」という本に
多く掲載されていますので、また要訳と
いう形で紹介していこうと思ってますので
よろしくお願いします。
では(^^)/

超意識編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

科学と宗教を冷静に見れば・・・  盲信に気づく大切さ


私が神秘研究や真理探究をしていると、
何故か偏った思い込みをしているように
勘違いする人は多いと思います。
「あーこいつこんな事いってる、ある
わけないだろ、そんな事」とか、
「なんで見えないものが、確かなもの
であるかのようにいうなんて、絶対
おかしいわよ」
さてこの「あるわけない」とか「絶対」
とかいう基準はどこから来るのでしょう
か?それは生まれてからみなさんが環境
から受けてきたものでしかありません。
学校やマスコミや、何世代にもわたる
人々の宗教観や倫理観や常識といった
ものです。それが「絶対」だと思っている
から、私の研究している事が、「絶対」
おかしいと思っているわけです。
ですが、これまでのみなさんの常識や
知識や考え方が、意図的に誘導されたもの
だとしたらどうでしょう。
そのみなさんの「絶対」をいったん脇に
おいて、みなさんの大事にしている
「基準」を考え直してみてはいかが
でしょうか?
今日の記事は、そのためにとても参考に
なる内容だと思います。

先日
「体外離脱体験のエキスパートの言葉」
という記事で、20年間も体外離脱体験
をし続けていたウィリアム・ブールマン氏
が、我々人類が、科学と宗教という二重
の教化により真実から遠ざけられている
と説明されている事をご紹介しましたが、
全く同じ事をデービッド・アイク氏も
説明しています。
あまり接点がないように思われるこの両者
が、異口同音に同じ事をいっているという
事は、彼らの言葉が、真理をついている
のだと思えてきます。
しかも、今回の内容は、世界中で以前から
言われ続けきたことでもあるのです。
ただみなさんの目に触れないように巧妙に
遠ざけられていただけだという事です。

まずは先日のブールマン氏の説明を
もう一度引用します。

「」内が引用で、~が中略です

「私たちは皆、生まれてからずっと、社会
や文化から限りなく広範囲にわたり条件
づけされてきました。私たちは自分たちが
知性を持った哺乳類であるという前提を
受け入れるよう条件づけされてきたのです。

~成長するにつれ、私たちは自分たちが
物理的生物であることを繰り返し教え
られます。この結論は、家族、友人、
マスメディア、社会全般によって日々
強化されます。

やがて、いくつかの非物理的概念を、
通常は、宗教的信条という形で教え
られます。このような非物理的概念は
一般的に、非常に曖昧な方法で、
私たちに伝えられます。大部分の宗教
は、私たちが魂や霊魂のようなものー
目に見えない、言葉では言い表す
ことのできない形のエネルギーー
を持っていると説きます。私たちは
この不思議な概念を疑うことなく
信じるよう教えられますが、事実や
理屈など証明するものは何ひとつ示される
ことはありません。答えは神が持っている
のだから信頼しなさい、と教えられます。
多くの宗教指導者は、私たちには人間の
存在や人生に関する謎の答えを手に入れる
力がない、と信じるよう求めます。
 結果として、私たちは大規模な二重の
教化にさらされるのです。自分たちが知性
を持った哺乳類であると信じ込まされ、
次に、自分では手にすることができない、
神の無力な子供であると教えられます。
 しかし、このような結論にはある問題が
あります。これらは私たちの限られた
物理的感覚(引用注:五感の領域)に
よってのみ成り立っているのです。
物理学者なら誰もが言うように、私たち
は、周りに存在するエネルギーのほんの
一部分し見ていないのです。現実に
関する私たちの概念の基礎をすべて
物理的知覚においてしまうと、必然的に
私たちだけでなく、周囲のすべての
ものに関して不完全な結論を生み出して
しまいます。
“出典:「肉体を超えた冒険」  
     ウィリアム・ブールマン 著
           二宮 千恵 訳
      ナチュラルスピリット刊”

要するに私たちは、五感の領域で捉える事
のできる世界の物理的肉体であると科学
から教えられ、また宗教からは、
私たちは魂や霊魂のようなものである
けれども、それがどのようなものであるか
は、物理的な肉体である我々にはわから
ないものであり、それは神のみが知る事
ができると教えられるという事です。
(この場合、私たちが霊や魂のような存在
であるという事は、正しいのですが、
それらがわれわれには理解不能なもの
だと思い込まさるところが、誘導の
ポイントだという事です。)
どちらにしても、五感の領域の中に
私たちを閉じ込めるだけの現実感覚を
教え込まされているという事なのです。

そしてこれと同じ事を、別の視点も
加えながらデービッド・アイク氏が
説明してくれています。

「」内が引用で、~が中略です。

「宗教と「科学」と呼ばれる、人生に
関する捏造され操作された見解は、対立
しているように見えるかもしれない。
しかし間近で見ると、それらは
反対=同一の関係だ。両者とも深層意識
を抑圧することによってのみ、生き延びて
いる。そして両者とも死に対する恐れ、
強い恐怖さえも呼び起こしてきた。
一方では、ある神は地球上でのわれわれ
の一回の人生が終わったあとに-その
一回の人生は数秒から百年以上のものも
あるのだが-審判をするであろうと
いわれる。わたしたち一人一人はすべて
まったく違った状況に生まれているの
だが、この一回の人生の結果によって、
この愛情に溢れしばしば無慈悲で懲罰
的審判をする神は(引用注:アイク氏は
、よく皮肉な言い回しを好みます)
永遠の天国か地獄かの決定を下すと
いうのだ。(引用注:アイク氏は、
ほんの数秒だけの人生でも永遠の地獄
や天国行きが決まるのはおかしいと
いっているわけです。)
もし神の子イエスが救世主であると
信じないならば、「あなたが・知って
いる・誰か」のために地獄の業火に
焼かれることをわたしは恐れる。
もちろん、もし司祭が言え・考えよ・
せよと告げることを受け入れるならば
、天国へ行く道を確実にすることが
できるだろう。
なぜならば、神の地球代理人として、
司祭は神の望みを知っているのだから。

~ありがとう牧師さん。そして、もし
貧乏な人が周りにあふれていても、
わたしが教会に多大な寄付をしたら、
あるいはわたしが信じろということを
拒否した数千人をわたし自身が殺しに
行ったら、どうだろうか?
(引用注:次は司祭の言葉でしょう)
おお!わが息子よ、神はあなたに
謝意を表す(ちなみに、神はわたしに
小切手を与えねばならぬとおっしゃる)。

~こういう考え方が人類の進化を現代
世界まで、ずっと威圧してきたのだ。
驚くべきことだが、これが二十一世紀
にもなっているのに、数十億の人々を
いまだに支配している。~
~宗教ほど、人類の心を支配することに
成功してきたものはない。
(次がアイクさんのいう真理ですが、私も
全く同じ見解です)
あらゆる人にとって生命は永遠でり、
さらにわれわれは神と別のものではなく、
われわれが神なのだという深層意識を
抑圧することで、宗教は延命してきて
いる。(引用注:わたしたちが、無力
で小さな存在だから、神の力に
すがらなければならないと思わせれば
人はどこまでもついて来るという事
ですね。実際その通りです)~

~科学(サイエンス)という言葉は、
知識を意味する言葉に由来する、
これが、わたしがいつも「科学」と
括弧付きで書く理由だ。というのは、
体制の「科学」は決して知識の追求では
なく、頑迷な信念体系を防御することと
、この頑迷な信念の基礎をくつがえす
ようなすべての情報を撃退することに
関心を持っているからだ。
 この意味では、「科学」と宗教は
一つのものだ。「科学はまさしく長い
ガウンの代わりに、白衣を着ている
聖職者による、もう一つの宗教だ。
「科学者」は新しい聖職者になって
きている。
(引用注:現在の公式(体制)の科学
が、間違いだらけだという事は、私が
再三記事でご紹介してきましたよね)
「科学は触覚、嗅覚、聴覚、味覚、
視覚の五感の中に閉じ込められて
いる。それら五感の一つで測定でき
ないものは、どうあっても存在する
ことができない。
本当か?思考はどうなるのか?思考
とは物質的に表現されたとき以外には
、直接触れることも、嗅ぐことも、
聴くことも、味わうことも、視ること
もできないものだ。
それは思考が存在しないことを意味する
のか?もちろん存在する。~
~それなら、思考とは何か?体制の
「科学」によると、思考は物質的な脳の
機能だ。しかし、人が短時間、物理的に
死んでいるときの、臨死体験はどう
なるのか?数千万におよぶ人々が、意識
が肉体を去って、自分の肉体を別の次元
から、あるいは違った存在の状態として
観察するという経験をしている。
彼らは医者や看護婦から、「死んだ」
と判定されたまさにそのときに、何を
していたかを描写している。
深い催眠状態で、地球上での前世の
細かいところまで、証明可能な確かな
ことを思い出すことはいったいどう
なるのか?
(引用注:これは現在ブログで紹介
している退行催眠による過去世体験
のことです)
彼らはそのとき、異なった脳を持って
異なった肉体の中にいたのだ。
それならどうして、彼らの思考と記憶が
、今彼らが持っている脳の機能と同じ
であると決めつけることができるのか?
臨死体験時や深い催眠時に現れるこの光
の中で、「科学」的理解を深化させる
莫大な証拠を見る代わりに、主流の
「科学」は「科学」の現状維持のために
、世界中の数十億の人々の経験を
まったく信用せず無視しようとしている
証拠を見る。
 そこには「その人たちが経験してきて
いることは、もしわれわれの物理学が
間違っていないならば起こり得ないもの
だ」という「科学」的な答えがあり、
「われわれの物理学が間違うことは、
どうあってもあり得ないのだから、
その人たちが間違っているに違いない」
という「科学」的な答えがある。
(引用注:この「その人たち」という
のは、臨死体験者や過去世経験者
また超常能力者などすべての人です)

~「科学」は、人が死んだら何の痕跡
も残さずに消えてそのまま忘れ去られる
、という恐怖を助長してきた。
その結果、人々は可能な限り、死を一日
でも延ばそうとしてジダバタとあがく。
(引用注:日本人はそれほどあがきは
しませんが、アイク氏は西洋人です
からね、もちろん彼自身はあがき
ませんが)

~ほとんどの宗教と主流の「科学」の
見解の間には、もう一つ別の重要な
関係がある。それらは両者とも、
われわれの人生と運命は他人の手の内に
あると固く信じているということで
ある。
宗教は、神がわたしたちの人生を支配
していて、神は不断に人間のどんな考え
も行動も審査しているという。
(引用注:この場合の宗教はキリスト
教などの事をいっているのだと思い
ます)

「科学」はバラバラに起こる偶然が
われわれの人生を支配しており、最も
強く適応したもののみが生き残ると
いう。~

~そう、友よ好きなほうを選びたまえ。
神があなたの人生を支配しているのか、
それとも一連のバラバラに起こる偶然が
、あなたの人生を支配しているのか?

どちらも違う。あなたが支配している。」

「I am me I am free
The Robot’s Guide to Freedom
超陰謀 [粉砕篇]
   デーヴィッド・アイク著
         石神 龍 訳
        徳間書店 刊」 ”

このアイク氏の見解は、私がブログで
説明してきたものとほとんど同じです。
そしてまた、これは体外離脱体験の
エキスパートであるウィリアム・
ブールマン氏もほぼ同じことをいって
いるのがこれでよくわかりますよね。

私たちは自分たちが無力でちっぽけな
存在であると再三にわたって「教化」
されてきたので、科学や宗教による
大きな嘘に気づかず盲信してきたわけ
です。これがとても強力なのは、まわり
にいるほとんど全ての人、もちろん親
や兄弟、友人、伴侶も含めてみんなその
「教化」により盲信している人ばかり
なので、それが正しいと思い込んで
しまいやすいという事なのです。
「みんなそう思ってるんだから、
いいんじゃない」というような感覚です。
誰も「みんなが一斉に騙されている
なんて夢にも思わない」からでしょう。
しかし、真実は、ほとんど全ての人が
一斉に騙されてきたということなの
です。
私たちが、ちっぽけで無力な自分だと
思い続けてくれているほど、上の者に
とっては都合が良いからなのです。

私たちが本当は何者なのか、どんな存在
なのか、真実はどのような世界なのか
について、私たちはとても狭い感覚
に押さえ込まれるようにされてきて
いるのに、今回の記事で気づいて欲しい
のです。
五感というのは、観測でも明らかになって
いるように、現実の世界のほんのわずかな
一部を感知することしかできません。
そのとてつもなく狭い感覚でしか、物事を
見ないように科学は教えてきている
わけです。これが「誘導」だと気づき
いていただきたいですね。

「これは科学では説明できない」という
言葉を「科学で説明できないから存在
しているとはいえない」という言葉に
置き換えてしまっているのが、
わたしたちの現状なのです。
これでは、私たちが無力でちっぽけな肉体
というだけの存在であると、信じるしか
なくなりますよね。
でも実際には違います、アイク氏も
ブールマン氏も私も言うように、肉体は
わたしたちの意識の一つの経験にしか
過ぎず、人生が終わったあとも私たちと
いう存在は消え去ることはありません。
その事を臨死体験者や過去世体験者、
体外離脱体験者や、世界中の賢者や
超常能力者も伝えてきてくれているの
です。
わたしたちは、五感に囚われない本来
の意識で、彼らから学ぶべきだという
事なのです。
またもっと身近な事で実感できる例と
いえば、アイク氏のいう「思考」ですね。
これは確かに五感とは違うものです。
目に見えない思考は、肉体に囚われず
に働く事ができるのです。
わたしたちは、肉体が疲れたり、酒に
酔ったりしているのを「客観的」に思考
できるのです。肉体を自分とは別の
存在として見ることもできるのです。
私たちは肉体そのものではありま
せんし、思考は脳から生まれるのでも
ありません。
それはわれわれの本来の存在である
意識から生まれるのです。
この事は、これまでも説明してましたが、
また別の記事にも書いていこうと思って
います。

このように、私たちが肉体という
ちっぽけな存在ではなく永遠に存在する
意識であるという事をアイク氏も
ブールマン氏も説明してくれていますが、
またアイク氏が今回説明してくれている
ように私たち自身が神のような全存在
でもあるのです。このことはアニータさん
も証言してくれています。
つまり私たちは宇宙のすべてでもあると
いう事でもあるということです。
このことは
ビッグバンに代わる宇宙モデルという
記事でもわかりやすく説明しています。
私たちが、無力でちっぽけな存在であり
運命や権力、神のなすがままになって
いるという間違った意識は、私たちの
人生をそのように創造してしまい、
多くの悲劇的な人生を生み出してしまう
でしょう。
ですが、私たちが永遠の存在で、宇宙
の全てであるという正しい意識を持てば
誰でも自由に自分の人生を望み通りに
創造できるようになるのだという事です。
つまり真理を知ることこそが、幸運を
引きつける一番の鍵だという事です。

ではまた(^^)/

真理のヒント編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

 

体外離脱体験と臨死体験の共通要素について      臨死共有体験 その6改とおわび

昨日体外離脱体験者の言葉その2 
という記事を投稿しましたが、いくつか
間違いがありました事を、訂正させて
いただきます。
まず肉体を離れる時に振動の壁のような
、轟音や耳障りな音は、体外離脱体験者
だけでなく、臨死体験者にも、多く証言
している人がいるという事です。
これは生命体としてのエネルギーの壁
として捉えるのは、間違っていないと
思いますが、意識が肉体の壁を通り
抜ける時は、体外離脱も臨死体験も同じ
体験をするという事です。
ただ臨死体験者の場合は、この振動の壁
のような轟音を経験していない人も多く
います。
また臨死体験者も体外離脱体験者と同じ
ように、肉体を離れた自分の体を認識
しているということです。
つまりこれも昨日の記事では、体外離脱
体験者特有の感覚としていたので、
間違いでした。
これらの部分を修正して書き直して
おきましたので、またご覧になって
いただければ、ありがたいです。
昨日ご覧になっていただいた方には、
混乱をさせる事になり、本当に
すいませんでした。
深くお詫びさせていただきます。

このように、体外離脱体験と、臨死体験に
共通する要素がいくつも見つかると、
逆に別々の体験で裏付けができたという
事で、これらが真実である事を証明
してもいます。

またこのことに関連した、臨死共有体験の
記事も修正しておきましたので、再掲載
させていただきます。

以下です。

臨死共有体験者の共通要素についての
6つめとなります。
これまで、臨終の人のそばにいた人
などが、超常体験をする時の共通要素
として取り上げたのが、

・白い霧が亡くなる人の体から立ち上る

・空間が変容するのを目撃する

・神秘的な光を体験した

・音楽が聞こえてくる

・亡くなる人の人生回顧を、共に見る

とこのようにほぼ臨死体験者がこれまで
証言していた内容とほぼ変わらないもの
ばかりです。このことから、決して
臨死体験者が、自分の思い込みによる
幻想の事を話していたのではないという
ことが、第三者の体験で証明されたこと
になったのです。

また今回ご紹介するものも、臨死体験者の
ほとんどが経験している事で、体外離脱
をするという事です。
これについて書かれている事を、また
レイモンド・ムーディ氏の著書から引用
させていただきます。

“体外離脱は、臨死体験を経験した人が
よく口にすることである。
体験者は、自分が肉体から離れたという
そのとき、自分が上下に移動し、自分の
体と周囲にあるすべてのものをよく観察
できる位置に移された、という強い感覚を
抱く。
 臨死共有体験者は、多くの場合、不思議な
エネルギーのうねりを感じたり、轟音を聞い
たりすることに始まる。体験者はその直後に
、自分が上空の別の位置から自分の体とその
周辺を見おろしていることに気づくので
ある。
 多くの場合、天井の近くから、あるいは
上空何メートルかの位置から見おろすこと
になる。そしてその位置から、死につつ
ある人と、自分との関わりなどをながめる
ことができる。
 その典型的な実例を、私は、ジョージア
州キャロルトンに住む44歳の女性から
聞いた。
彼女は、その腕の中で父が死んだとき、
なにかのエネルギーのうねりを感じた
という。彼女はまたある種の轟音を
聞いたが、それはしだいにジェット
エンジンの回転が速くなるときのように
速く、強くなっていった。彼女は言う。
「そのとき私は自分の体から抜け出た
のです。すると、父におおいかぶさり
ながら、呆然とその死を見ている自分の
姿が見えました。
 またそうした光景に混ざって、私の
小さい頃のイメージが浮かび上がり
ました。
あたかも解説つきの家族ドキュメンタリー
を見ているように、映像が目の前に展開
したのです。
 光は非常に明るくなっていき、そののち
消えました。すると私は肉体に戻っていた
のです。私は父の手をにぎっていました。」
 このように付き添っている人までが体外
離脱することがある。そして体外離脱した
人は、そこで一人でないこともある。
死んだばかりの人と一緒に空中で浮遊する
のだ。その空中で会う死者は、多くの場合、
若い姿に見える。さらに、より幸福な表情
をしている。
 付き添いながら共有体験した人は、死者
のその姿を見て、「いまやこの人は肉体を
離れ、苦痛から解放されて喜んでいる。
また存在の次の段階への期待で喜んで
いるのだ。」という感覚を抱く。”
“出典:「臨死共有体験」レイモンド
・ムーディ/ポールペリー共著
堀天作訳 ヒカルランド刊”

このように多くの臨死体験者が経験した
と証言していた体外離脱体験を、そばの人
も同じく経験したことで、臨死体験者の
証言が事実であったことが、第三者の目が
で証明されたことになります。
このような体験は、無数に体外離脱体験を
しているウィリアム・ブールマンという人
が体外離脱体験をする時の描写と合わ
せる事で、これらが事実である事を実感
できると思われます。
以下は彼の著書からの引用です。

“強烈な轟音と感覚で目が覚める。肉体
とマインドが振動によって引き離される
ように感じる。初めは振動の強さに
驚いたが、徐々に心を落ち着け、肉体
から分離し、浮かび上がることに全神経
を集中させる。数秒後、肉体から浮かび
上がり、数フィート上で停止していた。
体外離脱が完了すれば、轟音と振動が
素早く収まるのだということに気づく。
音と振動に代わって、安らかな静寂が
訪れる。”
“出典:「肉体を超えた冒険」
ウィリアム・ブールマン 著
       二宮千恵 訳
    ナチュラルスピリット刊”

ブールマン氏は、この著書で何度も
体外離脱した時の様子を書いておられ
ますが、ほとんどの場合にこの轟音と
振動を経験しているということです。
この事と、今回の臨死共有体験者の
経験したジェット機の轟音を聞いた
あとに体外離脱したという事は、一致
していますよね。
この肉体離脱時に轟音を聞くという
のは、臨死体験者の証言にも、多く
みられますが、その音を聞かずに、
気がつけば空中に浮かんでいたとか、
単に暗いトンネルを抜けていっただけ
というような証言も多くいます。
これは、まだ死ぬ準備ができて
いない健常な人の身体にある意識は、
臨死体験者よりも生体エネルギーが
強く、従ってそのエネルギーの壁も
強固で、強烈な轟音と振動の壁に覆われ
ているということなのです。この壁が、
我々を肉体に閉じ込めている壁だという
ことです。
そして死ぬ準備ができた人、また瞬間的
に臨死状態になった人は、その生体
エネルギーの壁がとても弱くなっている
ので、比較的スムーズに体外離脱や高次元
の世界に移行できるというわけです。
逆にいえば、生命を維持するためには、
意識はその轟音と振動の壁に覆われて
いなければならないということでもあり
ます。

また体外離脱をするという事は、高次元
に意識が入り込んでいるという事を意味
していますが、高次元の世界ではまわり
の空間と一体である本来の意識になって
いるということでもあります。我々が、
肉体を離れるということは、もともとの
意識の状態に戻るということなので、
特にこわがる必要もないことなのです。
ただ健常な人の身体は、とても体外離脱
した意識と共鳴しやすいので、身体に戻る
のはたやすいですが、病気や老衰で亡く
なる人の身体は、その共鳴力がほとんど
なくなっているので、そのまま身体に戻る
ことが、少なくなるのです。もちろん
戻れた人が臨死体験者というわけですね。

この共有体験者の共通要素シリーズは
次回で最後です。ではまた(^_^)

超意識編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

体外離脱体験者の言葉その2     体外離脱体験の特徴


私たちが、肉体そのものの存在では
なくて、むしろ肉体にとらわれている
魂や霊のような意識である事をこれまで
神秘メッセージのあらゆる記事と事例
で説明させていただいてきましたが、
過去世体験、前世記憶、臨死体験などは
特にその事を理解するのに、役立つ事例
であるといえます。
そしてまたこの体外離脱体験もその事を
理解させてくれる大きな事例だという
事なのです。

では体外離脱体験のエキスパートの言葉
その1
でもご紹介した、20年間も
体外離脱体験を繰り返してきたという、
ウィリアム・ブールマン氏が、自身の
体験と、何百万人ともいわれる体外離脱
体験者に共通してみられる事例と会わせて
体外離脱体験の特徴を取り上げておられる
ので、同氏の著書から引用させていただき
ます。

「」内が引用で、~が中略です。

『臨死体験に特徴的な要素が存在するように
、体外離脱体験にも複数の段階があることが
共通して報告されています。
最も頻繁に報告されている段階は次の通り
です。

1.振動段階
この段階では、エネルギーの振動が身体中に
流れます。ブンブン、ゴーゴーという音に、
ときにはしびれや身動きができない状態が
伴います。
報告されている振動や音の種類や強さは多岐
にわたり、微弱なものや心地よいものから、
激しく、衝撃的なものまであります。
振動段階では、私たちの意識は非物理的な
エネルギー体へと移行します。
振動や音(内部シグナル)は一部の人々が
信じているような事象ではなく、意識が
肉体から分離する(ずれる)中でより振動
の高い身体を認識している事象なのです。

2.分離段階
微細なエネルギー体が肉体から離れるとき、
一般的に肉体から持ち上がる、浮かび上がる
、転げ出るという感覚がはっきりと
感じられます。、分離が完了したあと、
振動や音はただちに軽減します。

3.探検段階
肉体から離れ、肉体から独立して意識的に
存在するようになれば、非物理的環境を
探検できるようになります。

構造が微細なため、エネルギー体は思考に
対してとても敏感に反応します。
移動方法にはまったく制限がなく、私たち
は歩くことも、走ることも、飛ぶことも
できます。
探検を続けるには、新しい環境や、経験
しているエネルギー体に焦点を当て続け
なくてはなりません。

4。帰還段階
帰還-微細なエネルギー体と肉体の再統合
は、肉体のことを考えるだけで自動的に
起こります。ふたつの身体の再統合には、
ときに振動、しびれ、身動きがとれない
状態が伴う場合があります。
このような感覚は、私たちが肉体と再統合
し、再び調和すれば、素早く収まります。』
“出典:「肉体を超えた冒険」  
     ウィリアム・ブールマン 著
           二宮 千恵 訳
      ナチュラルスピリット刊”

1の振動段階というのは、意識が肉体から
離れるという大変重要な段階です。
ほとんど寝ていた状態で、勝手に体外離脱
していた私は、この段階を知りません。
ですが、臨死体験者にも、そのような振動
や振動音を感じる事があるという事です。
この振動の壁が、生命体としてのエネルギー
の壁だと思われます。ただ臨死体験者が
肉体を離れる時には、気がつけば空中に
浮かんでいたとか、暗いトンネルを抜けて
いったとか、必ずしも轟音を聞いた体験
ばかりでは、ないようです。これは
臨死体験者の生体エネルギーが弱く
なっているため、肉体を離れる時の
壁としての振動も弱くなっている事が
原因だと思われます。

2の肉体から離れた直後の段階は、
多くは浮かび上がるというもので、
やはり肉体に囚われている意識は磁場に
囚われているという事で、地上の磁場
にも同様に縛られているという事に
なります。地球のエネルギーと人体は
エネルギーがリンクしていますから
当然ですよね。(間違っても重力では
ありません、振動の壁が示しているよう
に電磁場に囚われているという事なの
です)
この上昇の感覚は臨死体験も同じように
起こる現象です。

3の探検段階は、とても有意義な段階です
肉体の制約ばかりでなく、時空の制約も
なくなっているので、自由に肉体の
外で動き、飛び、走りまわる事が
可能だという事です。もちろん時間を
とびこえる事も可能です。
意識自体はどのようなものにも浸透
できる周波数の極端に低い状態だと
いう事なのです。
イメージしにくい方は、意識が
低い状態では、肉体に囚われていた
状態のときと違って、とてつもなく広い
空間を意識が占めていると考えて
いただければ、わかりやすいと思います。
エネルギー体は、その意識の一つの
ポイントだという事なのです。
いわば周波数の低い意識が、エネルギー
体を自在に投影し、あちこちのポイント
に現出させているという事ですね。

4の帰還段階は、ブールマン氏のように
熟練した人は、自分の元の肉体をイメージ
するたけで瞬時に戻れますが、そうでない
人は、自分の肉体と調和するイメージを
するのに、少しだけ難航する場合があり
ます。これは慣れによって、うまく
いくようになりますが、とにかく力を抜く
事が大事で、自分の意識の力を信じて
任せきる事で、うまく帰還できるように
なるという事をブールマン氏は別の
ところで説明しています。

臨死体験者の場合は生命エネルギー
そのものが弱くなっているため
「生きたい」という強い想いや、自分
自身の高次の意識である存在に、戻る
事を受け入れてもらう必要があるの
です。しばしば自分望みにかかわらず
その高次の意識の意思により強制的
に戻される場合があります。
その時の典型的なセリフが、
「今はまだおまえは死ぬ時ではない」
というようなものです。

今回は体外離脱体験の共通する特徴を
取り上げましたが、20年間も体外
離脱体験を繰り返してきたブールマン氏
からは、まだまだ多くの事を教わる事
ができます。次回のこのシリーズでは
その事についてまた書かせていただき
ますのでよろしくお願いします。
ではまた(^^)/

超意識編一覧

真理のヒント編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

音の波動と意識エネルギー       音の波動による創造その2改 冒頭大幅加筆 


まずいまだに、スピリチュアルな世界の
方々が、高い意識レベルが波動が高いと
いっておられるのが不思議でしょうが
ないんですけど。
「波動といったらなんだかすごそう、
だから意識レベルが高いという事は、
波動も高いんじゃない!?」
というような感覚でしょうね。
波動とは単に私たちが「感知・観測」
できる範囲の宇宙の基本エネルギー形態
だというだけの事です。
私たちは、振動しているものなら感知・
観測できるので、全て振動数で表すことが
できます。ここで振動と波動とは同じ物
だという事を説明しておきましょう。
下記は引用ですが画像だけ見て
いただければわかっていただけると思い
ます。


物体が円周上を一定の速さでまわり続ける
運動を等速円運動と呼びますが、この物体
に横から光を当てると壁に映った影は
周期的な往復運動をします。

この動きを単振動といいます。物理において
等速直線運動の次に基本となる重要な運動
です。

各点が隣の点を引っ張っり上げたり
引き下ろしたりしながら次々に伝わるのが
波です。波をよく伝える媒質はばねの性質を
持ち、各点がこの単振動という動きをして
います。目を凝らして1つの縦の線に注目
して見てください。
このときできる波の形はきれいに整って
いて、正弦波と呼びます。数学で習う
正弦曲線(サインカーブ)と同じ形なので
このように呼びます。”
“出典:「正弦波 わかりやすい
高校物理の部屋」

上の波の各点は、実際にはつながって
います。
要するにこれら全ての動きを立体的に
表現しているのがスパイラル(渦巻き)
で、それが「波動」のエネルギー形態
だという事です。振動数は、上の画像の
ように波の頂点から頂点に戻ってくる
のが、一秒間に何回かという事を示す数
です。
つまり見方を変えれば、円を一周する
間という事ですね。
でこれを立体的に見たのが波動というわけ
です。

さてこの私たちが感知観測できる波動は、
しかし宇宙の一部なのです。
宇宙全体の95パーセントは、
ダークマター・ダークエネルギーと
呼ばれて観測できません。
つまり波動のない真空だという事です。
しかも本当は95パーセントどころでは
ありません。
誰も宇宙のサイズを知らないからです。
つまり宇宙全体の領域が特定できて
いないのに95%という数字が特定
できるはずもありません。主流の科学が
とにかく数字を出しておかないと権威が
失墜するから、一応95%としている
だけのものなのです。要するにわれわれ
が、波動として感知観測できない領域が
宇宙の大半で、それが主体である事を
まずご理解してくださいね。
そして真空の方が圧倒的な潜在エネルギー
を持っているのです。このことは
宇宙は全てまさかの真空です
宇宙はプラズマ
という記事で説明していますのでご覧
ください。

このように波動は単に、感知・観測できる
範囲の宇宙のエネルギー形態というだけで、
感知することも、観測することもできない
霊的なレベルの意識や、高次元の意識
エネルギーは、波動とは別次元にある
という事なのです。
つまり本当の高い意識レベルというものは、
波動がゼロの状態であり、われわれが
生きている間の高い意識レベルというのは、
限りなくゼロに近い低い状態だという事なの
です。
高い意識レベルに達した臨死体験者の波動
は感知されません、そして脳波はほぼゼロ
です。つまりほぼ波動がゼロの状態だと
いう事ですが、これまで見てきたように
その波動ゼロの臨死体験者の意識は、
圧倒的に高いレベルの意識だという事が
わかります。
だから高い波動が、高い意識レベルという
知識は全くの間違いだという事なのです。
ただ、あまりにもなじみの深い、高い意識
と波動という考え方ですし、物質に
とらわれない感覚の言い方としては、
なかなかもったいない言い方なので、
私は高い波動といわずに、良い波動とか
レベルの高い波動などという言い方に
しています(^^)

以上の事を、ご理解いただいた上で、
音の波動と意識レベルについての元記事を
ご覧ください。

前回、音の波動が砂や水に作用し、物質的
形態を創造するという事をご紹介しました。
この音の波動を形で表現したものが、つまり
サイマティックスという事になります。
そしてこの音が、波動つまり周波数に
よって、また定常波などの条件にも
より、花の形の原型のような調和の
とれた結晶になる事も、ご紹介しました。
この定常波と音の関係は、また別の記事で
説明させていただきたいと思います。
今回は音の波動と生命の波動と
意識エネルギーについて、とても貴重な
真理のヒントが、サイマティックスに
よって得られたのでそのご紹介をします。

“以下の画像はすべて
出典:「ウォーター・サウンド・
           イメージ」
 アレクサンダー・ラウターヴァッサー著
       増川いづみ[監訳・解説]”

図1

図2

図3

まずは、前回もご紹介した、定常波に
よる音の波動の形態です。
とても調和がとれた美しいものですね。
特に図1と図2は、花びらの元型として
の調和という事で紹介されています。
また図3も似たような低い周波数(波動)
での調和のとれた結晶だという事です。
つまり植物の放射している波動が、この
花びらのような形態を示しているという
事なのです。

我々が感知する音の周波数は
10Hz~20,000Hz程度ですが、
これらはすべて、音の波動の中でも
非常に低い振動数によるもので、花びら
に代表される植物の波動がとても低い
事も同時に証明しています。
(ちなみにHzはヘルツの事で振動数
・周波数を表します。)

では次に動物の放射している波動が
どんなものか、今度は砂を媒介とした
クラドニ図形での画像です。

図4

図5
これは図4のシマウマの毛皮の模様を
映した画像ですが、このたとえば
シマウマのお尻の画像と、下の図5
の画像の柄がよく似ているのが
わかりますね。
つまりシマウマが放射している周波数
の波動が1355Hzだという事なのです。
花びらの波動から二ケタも高い周波数
(波動)になりました。
つまり動物の波動の方が、植物に比べて
非常に高いという事です。
そしてシマウマは草食動物でしたが、
今度は肉食動物ならどうでしょう。

図6

なんと肉食動物の豹の毛皮の模様の
波動がなんと1万101Hzのクラドニ
図形と酷似していますね。
つまり草食動物のシマウマの波動が
放射してできた模様は1355Hz
の周波数でしたが、豹だとケタが
変わって高くなり、1万101Hz
という高い波動により毛皮の模様が
形成されているという事を示して
います。
つまり草食動物より、肉食動物の方が
圧倒的に、「波動(周波数)が高い」
という事なのです。

さて一般的にスピリチュアルで、常識
のように言われているのが、波動
(周波数・振動数)が高い程、意識レベル
が高いという事でしたが、私のこれまで
紹介させていただいてきた記事では、
波動が低いほど意識レベルが高いという
事でした。
脳波が低いほど意識レベルが高くなり、
臨死状態でほぼ0Hzになると圧倒的に高く
なる事が明らかだし、五感にもレベルが
ありますシリーズでも、さんざんその
根拠を説明してまいりました。つまり
きちんとした根拠に基づく結論なので、
異論のある方は、まずその根拠をご覧に
なってくださいね。

そしてまた、このサイマティックスでの
実例が、どちらの見方を裏付けている
でしょうか?

上記の例が示しているのは、植物から
草食動物、肉食動物と変わっていくと
どんどん周波数、つまり波動が高くなって
います。肉食動物は、波動がケタ外れに
高いですよね。
では肉食動物の意識レベルは、どうで
しょう。弱肉強食の法則にしたがって、
逃げる草食動物を、獰猛な姿で追いかけ
回して、口の中に血をしたたらせて、
むさぼり食う姿を見て、調和と愛の
波動で表現されるような、高い意識
レベルを感じますか?
「感じます!」という方には感覚が
おかしいですと素直に教えてあげるのが
その人への愛情というものです。

わかりやすいのは、意識レベルが高い
というのは、「調和」と「共感」そして
「共生」という概念があてはまる「愛」
につながる意識エネルギーです。
つまり弱肉強食のエネルギーを発揮
する獰猛な肉食動物のように、逃げる
おとなしい草食動物を追いかけ回して、
命を奪うような姿とは、真逆の
意識エネルギーなのです。つまり共生と
調和のエネルギーに満ちた、植物の方が
意識レベルが高いということなのです。
だれが美しい花を見て、これは低い意識
レベルの表現だなんていう人がいるで
しょうか?
間違いなく植物の発している波動が、高い
レベルの意識エネルギーである事は
確かですよね?
つまり植物の波動・周波数の低さは、その
まま意識レベルの高さを表していて、
つまり波動(周波数)が低い方が、意識
レベルが高い事をここでも証明してくれた
というわけなのです。

え?弱肉強食が自然の摂理?とんでもない!
それは肉食動物から見た偏見というものです。
共生の植物にも、そしてまた共生のエネルギー
を分けてもらうだけの草食動物にも、そんな
摂理はあてはまりません。
これは月の真実編の
進化論の破綻と月とのつながり
でも参考になる事が書かれています。
つまり長い地球の歴史の中で、比較的最近に
なって、現在のような「弱肉強食」の生物
体系が、できあがったという事なのです。
つまりもとからの「自然界のルール」という
わけでも、地球の基本的な自然の摂理と
いうわけでもないという事です。

そして肉食動物は、草食動物に比べて圧倒的
に短命で、そしてまた木などの植物が、
とんでもなく長寿である事を考えれば、
どれが、より「自然の摂理」にかなった
生き方をしているか、答えは明らかでしょう。
え、小さな花ですぐに枯れてしまうものは
どうだって?花が寿命でもないし、植物は
単体での生命というより種という意識で、
さらに地球の大地の生命エネルギーの一部と
いうレベルの意識のものです。
つまり地球上の植物全体が、一つの生命で
あるという見方にもなりますから、全く
永続的に近いエネルギーという事になり
ます。

だから植物をいただいている草食動物には、
「命を奪う」という潜在意識が根底に
あるのではなく、「命を分けてもらう」と
いう意識なので、「共生」の意識があて
はまるのです。

そうそう目を見てください、獰猛な動物の
目や肉食系の動物の瞳が細くなる時が、
ヘビのように邪悪だと感じませんか、
そして草食動物の目は、真っ黒な瞳そのもの
が目となっています。
どちらが、愛情深い目に思えるでしょう?
みなさんの、右脳を中心とした感性で、
どちらの方が「意識レベル」の高い生物種か
、感じられませんか?

という事で今回は、音の波動による実例から
も低い波動(周波数)の生物の意識レベルの
方が、高い波動の生物の意識レベルよりも
高いという事を裏付けられるという説明を
させていただきました。
つまりより低い波動の方が高い意識レベル
になるという事です。

そしてスピリチュアルの世界の人々は、
表現の仕方を変えればよいだけです、
これからは、高い意識レベルは、波動の
レベルが高いという言い方ですね。
これなら波動や周波数が低い事が
意識レベルの高さを示すという真理と
相反しない言い方になります。

さてサイマティックスがもたらした真理
へのヒントは他にもありますので、
それはこのシリーズの次回という事に
します。
ではまた(^_^)

真理のヒント編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

幻覚のような現実について         「現実自体を変えられる超常能力」の続編        


この記事は、現実自体を変えられる超常能力という記事の続編です。
まだお読みになっていない方は、
今日再投稿しましたその記事を
ご覧になってから、この記事をお読み
くださいね。

前回の現実自体を変えられる能力
という記事は、私たちが日々確実に
機能していると思い込んでいる
現実感覚がどれほど確かなものか
考えさせられる実例でした。
実際に私たちは、目の前にある
ものが、絶対的な現実であるといい
切れるのか?これまでご紹介した
超常現象や臨死体験事例などは、
私たちが、現実のほんの一部しか
捉えていない事を示唆してくれる
ものでした。
その私たちの現実感覚をまたしても
揺るがす事例をご紹介しましょう。
幼少の頃からポルターガイストなど
の神秘体験とともに育った、
マイケル・タルボット氏の著書から
引用させていただきます。
これは先日の記事でご紹介した
森を出現させる少女の実例の
あとに続いた部分です。

「一九七五年、ミシガン州立大学の
四年生だったとき、私もこれと同様の
、現実感を根底から揺るがすような
深遠な体験をしたことかある。
そのときわたしは、ある教授と
レストランで夕食をともにしながら、
カルロス・カスタネダのさまざまな
体験の哲学的な意味について語りあって
いた。特に話題になっていたのは、
『呪術師に成る』(二見書房、一九七四)
の中でカスタネダが述べていたある
出来事だった。
ドン・ファンとカスタネダは、ある精霊
を探し求め、夜の砂漠を行くのだが、
そこでふたりは仔牛のような外見であり
ながら、狼の耳と鳥のくちばしをもった
生き物に遭遇する。その生き物は体を
丸め、断末魔の苦しみにあえいでいるか
のような叫びをあげていた。
 最初はカスタネダも恐怖に駆られるが、
自分の目にしているものはとても現実
ではありえないと自分自身に言い聞かせる
と、彼の視覚は変化し、この死にやく
精霊が、実は地上に落ちた木の枝が風に
震えている姿であることを悟る。
カスタネダは勝ち誇ったようにこの生き物
の真の姿を指摘するのだが、いつものように
この年老いたヤキ・インディアンの
シャーマンはこれを頭ごなしにこきおろす
のだった。カスタネダに対し彼はこう
言った。
この木の枝は、力に満ちていたときには
実際に死にゆく精霊だったが、カスタネダが
その存在に疑いをもった瞬間、それは木の枝
に変容してしまったのだ、と。しかし、
ドン・ファンはこのどちらも現実であること
には変わりがないとも強調する。

教授との話の中で、私は二律背反的な現実が
どちらも現実として存在できるという
ドンファンの主張にはどこか惹かれるものが
あり、この考えによって多くの超常現象が
説明できるような気がしてならないと
言った。
この話をしたすぐ後に私たちはレストランを
出たのだが、晴れわたった夏の夜だった
ので、ちょっと散歩でもしようということに
なった。
話を続けながら、私は前を歩いている数人の
グループに気がついた。耳にしたことのない
外国語で話していて、騒がしく声を上げて
いたので、かなり酔っているように見えた。
また、そのなかの女性のひとりが緑色の傘を
もっていたが、雲ひとつない夜空だったし、
雨が降るとも聞いていなかったので、なにか
変な感じがした。
 私たちは、ぶつからないように歩くペース
を落としたのだが、そうしているうちに、
突然この女性は手にした傘をぶんぶんと
乱暴に振り回しはじめた。傘は空中に巨大な
円を描き、ぐるぐるまわるその先端は、
何度か私たちの鼻先をかすめそうになった。
私たちは、歩く速度をさらに落とした
ものの、このパフォーマンスは私たちの
注意をひくためのものであることが明らか
になってきた。そして、私たちの視線を
自分の行為にしっかりと釘付けにしたこと
がわかると、彼女は両手でこの傘をもち、
頭の上にかざすと、私たちの足もとに
投げつけてきたのである。
 いったいなぜそんなことをするのか
不思議に思いながら、私たちはふたりとも
あっけにとられてその傘を見つめていたが
、次の瞬間、目をみはるようなことが起き
はじめた。
この傘が、まるで消えかかっている
提灯の炎のように「明滅する」としか言い
表しようのない状態になったのだ。
そしてセロハンをくしゃくしゃにしたとき
に出るような、バリバリという音をたて
ながら、目を奪われるような色とりどりの
まばゆい光を発すると、先端が曲がりだし、
色が変化して、灰色がかった茶色の
ふしくれだった棒きれにその姿を変身
させてしまったのである。
私はただ呆然として、しばらくは口も聞け
なかった。教授のほうが先に口を開き、
明らかにショックを受けた静かな声で、
たしかにこれは傘だと思ったのに、と
言った。
何か尋常でないものを見ましたかと
聞くと、彼女(引用注:教授が女性
だという事です。)はうなずいた。
ふたりでそれぞれ何が起きたかを書き
とめてみたが、内容はぴたりと一致
していた。
違いらしい違いと言えば、教授の
ほうは、傘が棒きれに変容したとき、
「ジュージュー」という音がしたと
書いていたことだが、これもセロハン
をくしゃくしゃに丸めるときの音と
そうひどく異なっているとは言え
なかった。~
~教授も私も、傘の不思議な変身に
完璧に目を奪われてしまい、やっと
落ち着きを取り戻して何かたずねよう
としたときには、すでに彼女らの
姿はどこかに消え去っていた。
いったいなぜこのような事件が
起こったのかはわからないが、ただ
ひとつ言えるのは、カスタネダの
同様の体験を私たちが話し合って
いたことと関係があるのは明らか
だという点だけだろう。」

“出典:「投影された宇宙」
    マイケル・タルボット著
      川瀬 勝 訳
         春秋社刊 ”

これは現実自体を変えられる超常能力 の記事
でご紹介した事例に似た事例を、著者で
あるマイケル・タルボット氏自身が、
体験した事を紹介しているわけですが、
まさに幻覚のようにも見えますが、
本人達にとっては明らかな現実であった
というわけです。
これは催眠効果に似ていなくもないよう
に思われる方もいるかも知れませんが、
私たち自身が、一種の催眠効果で、現実
を捉えているともいえるわけです。
この事は、「五感にもレベルがあります」
シリーズの一連の記事をご覧になれば、
よくわかっていただけると思いますが、
要するに、とてつもなく狭い領域の
五感の感覚が、現実の全てのように錯覚
しているのは、我々自身が催眠状態に
あると言い換えてもかまわないからです。
つまり我々は、感覚のみで現実を把握して
いるので、現実だと感じられたという事
であれば、それもまたれっきとした現実
であるという事なのです。

我々は五感の現実を共有しているから、
やはり確固とした現実感覚を持って
いるのですが、それは、あくまでも狭い
五感の領域の範囲内での事です。
その感覚からして、これはあり得ない
と思えても、この事例もやはり複数の
人間のれっきとした共有感覚なのです。
つまりこのケースを現実だといっても、
共有感覚という意味では、確かなもの
だといえるわけなのです。
つまりわれわれが、前回と今回のような
超常現象的な現実を共有すれば、または
それを感じられるか理解できれば、
やはりれっきとした現実であるという
事になるというわけです。

今回の記事のような事例を見て、私たち
は、現実についてもっと感性を広げて
捉えるようにしなければならないという
事がいえると思います。
というのも、このマイケル・タルボット氏
と教授が、カルロス・カスタネダの幻覚の
ような現実の体験について、語り合って
いた後で、散歩をしている最中に似た
ような現実に直面したという事に大きな
意味があるのです。
しかも、そのマイケル・タルボット氏ら
二人の遭遇したものが、やはり最終的に
似たものに変容してしまったというところ
まで似ているのです。
カスタネダの体験では、化け物のような
姿をしていた獣が、木の枝に変容して
しまったのに対して、タルボット氏の
方は、まばゆい光を発していた傘が、
ふしくれ立つた棒きれに変容したと
いう事ですが、この木の枝とふしくれ
だつた棒きれは、あまりにも酷似して
いますよね。
つまりタルボット氏の会話を聞いている
はずもない通行人が、カスタネダの体験談
と同じ様な現象をしてみせるというのは、
単なるシンクロを越えたつながりがある
事も示しているのだろうという事なの
です。
まるで、高次の存在が、真実を
タルボット氏に教えるために、その
ような現実を創造してみせたようにも
見えるし、またタルボット氏と教授が
共有している大いなる一つの自分が、
カスタネダの体験談に見合う現実を
創りあげたのだという見方もできます。

私たちは、現実についてこのような
あらゆる事例をひもといていく事で、
固定観念や先入観をどんどん取り払って
いくべきなのだろうと思います。

またマイケル・タルボット氏自身、
このような超常現象に会いやすい人物
だという事を説明しておられますが、
それについては、また続きの記事に
書かせていただきます。

ではまた(^^)/

超意識編 一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ