まさか、無からお金が生まれるとは! 本当のお金のしくみ第二弾


この記事は
多くの人が知らないお金のしくみの本当
のからくり 支配の源がここにある!

の続編です。

前回の記事では、この世に存在する
はずのない利子を、銀行が貸した
相手に義務づける事で、富を
どんどん増やせるだけでなく、必ず
倒産が出るしくみになっているので、
担保にとった資産を、どんどん手に
入れる事ができるという事を説明
しました。

四季報と呼ばれる本をご存知
でしょうか?

それは日本国中の株式会社の経営状況
株価の変動、資本金、従業員数など
あらゆる情報が掲載されているもの
です。

私は、証券会社にわずかながら在籍
していた事もあり、その会社の資本
の所有者の覧を常に観ていました。

要するにその覧は、企業に実質的発言力
を持つ、会社資本の所有者の上位が、
書かれているものです。

私は、1990年代の当時にそれを
観ていたわけですが、ほとんど
全ての一流企業の資本上位には、
銀行が名を連ねているのが常でした。

つまり私たちの経済は、銀行つまり
金融業界に支配されていたわけです。

現在でもそれは変わらず数年前に四季報
を観たときに、その資本上位にある
のは、銀行ではなく、日本マスター
信託口とか、日本トラスティ信託口
などという金融商品を扱う会社に
変わっています。すなわち、金融商品
に化けただけで、全く金融支配は変わらず
それらの会社は、「資産管理信託銀行」
とも呼ばれているのです。

では銀行が、お金儲けがうまくてそれだけ
資産を増やせたと思いますか?
それが間違いである事は、もはや明らか
ですよね?

つまり彼らの生み出した、お金のシステム
が機能しているからなのです。

そして前回も説明させていただいたように、
利子以外に、銀行にとってとても大きい
金融システムがあったのです。
それが「信用創造」というものです。

簡単に言えば、無からお金を創る権利を
持つシステムだという事です。

よく日本は、自国通貨だから、いくら
でもお金を発行して良いはずだという
声が聞かれますが、実質お金の発行権は
銀行にあり、しかも中央銀行からして
民間の株式会社だから、政府を動かしても
お金を発行するかどうかの決定権は
中央銀行にしかないのです。

そしてお金を生み出せるのは、中央銀行
だけではありません。民間銀行まで、
お金を創造できるというのです。

ではその仕組みが詳しく書かれている
本から引用してみましょう。

『』内が引用で、~が中略です。

お金はどこから創り出されるのか

私たちの収入は、多くは給料という形で、
支払われる。給料の多くは企業の売り上げ
から支払われる。
ではそもそもお金はどうやって創り
出されるのだろう?

よく聞く答えは「日銀が刷っている」
というものだ。
これは現金については、正解である。
ではもう一方の「お金」である「預金」
についてはどうだろう?
 答えは、銀行である。細かく言えば、
中央銀行と民間銀行の2つである。

そして、市場に流通する「お金」の割合
でいくと、「現金」と「預金」の量の差は
圧倒的に「預金」の方が多い。
自分の財布に入っているお金と、銀行預金
に入っているお金と、どちらが多いかを
考えればうなづけるだろう。
企業における「お金」も同じで、社内に
現金をしこたま置いている会社などない。
取引のほとんどは銀行預金で行われる。

「お金」のほとんどは、中央銀行と
民間銀行が創る

「作る」という文字ではなく「創る」
という文字を使うのは、お金を産み出す
行為を、「信用創造」と呼ぶからだ。この
「信用創造」というお金を創り出す
システムそのものが、通貨発行権益の本丸
であり、私たちの置かれた借金経済システム
の発信源である。
 
それでは全ての始まりにある「信用創造」
=「お金が創られる仕組み」について
説明しよう。

民間銀行のお金の創り方

信用創造のほとんどは、民間銀行によって
行われている。みなさんが普段よく行く、
いわゆる「銀行」である。
 実は、お金の創られる仕組みは驚くほど
シンプルで、びっくりされることだろう。
 あなたが銀行に1000万円の借用書
を書くと、「ハイ、分かりました」と
預金通帳に1000万円が記載される。
これで、市場のお金は1000万円
増えたことになるのだ。
 ここで重要なことは、銀行は、自分の
持っている貸し出しをしているのでは
ないということだ。
だから、あなたに1000万円のお金を
貸しても、銀行の預かっているお金は
減ることはない。そればかりか、
1000万円をあなたに貸すことによって、
その時点で預金1000万円を新たに
創り出してしまうのだ。
 銀行がお金を貸し出すという行為は、
無から有を創り出す行為なのである。
 これが信用創造の正体だ。
さらに言えば、銀行には銀行のルールが
あり、現在(2010年12月)の日本
では、預かったお金の99倍を原理的
には貸し出せる仕組みになっている。
あなたから1000万円預かると、銀行
は最大9億9000万円まで貸し出せる
ということだ。~

(引用注:つまり1%の準備率だという
事ですが、現在調べたところ4%程度
だという事です。しかしそれでも25倍
で上の例でいくと、1000万円に
対して、2億5000万円という事に
なります。)

“出典:「あなたはお金のしくみに
こうして騙されている」  
        天野 統康 著
          徳間書店刊”

これで信用創造のしくみについては
わかっていただけたと思いますが、
さらに重要な事があるのです。

それは銀行は、その信用創造で、
大きく膨らんだ預金に対して利子を
取る事ができるのです。

銀行は、貸し出したお金が返って
きてしまえば、その新しく創り
出されたお金も消えてしまうので、
本来の意味での資産は増えません。

しかし、その創り出した架空のお金に
利子を取ることができたら、当然
銀行は、本来の資産を増やす事が
できるのです。

これが本当の信用創造だったのです。

つまり借金をする会社が増えれば
増えるほど、またそれを繰り返して
いけばいくほど銀行は、お金を無限
に増やす事が可能だという事なの
です。

しかも借金が返せずに倒産する会社
が倒産しても、銀行はなんら損を
する事はないのです。もともと架空
のお金がなくなっても、痛くもかゆく
もないからです。
しかし、銀行は、借金の担保に取って
いた会社の土地や資産を無償で
手に入れることができるので、利子
と合わせて、銀行が資産を莫大に
増やせる事につながるわけなのです。

これが、経済が金融支配である事の
大きな理由だったのです。

しかもその金融の資本を握っている
もとを正していけば、支配層の血族に
いきつくことになるというわけです。

以前、産業革命が起こって一気に英国
が世界の大国に上りつめた背景には、
武器製造を行う企業に、どんどん
信用創造で、貸し出しを行えたから
です。

つまりこのお金のシステムを支配層が
産み出すことによって、当時は、
国力でも軍事力でも劣っていた
中東に対しても、優位に立てるように
なったというわけなのです。

そしてこの民間銀行も、中央銀行から
お金を借りる事によって経営して
いけるわけですので、中央銀行の
方がより重要だという事なのです。

もちろんこの中央銀行も含めて、
支配層は配下に収めているわけ
ですが、この中央銀行もお金を
創り出しているのです。

それについては次回という事に
します。

ではまた(^^)/

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多くの人が知らないお金のしくみの本当のからくり 支配の源がここにある!


私たちの世界が、世界の超富裕層たちに
よって、コントロールされてると、
予備知識のない人たちが、聞いたら
かならず陰謀論だと、まるで、判を
押したように答えたり、反応したり
しますね。

見事に「陰謀論」という言葉を創作した
CIAの誘導による刷り込みに完璧に
はまっているという事ですが、そういう
人がとてつもなく大多数だと、かなり
まずいのです。

なぜなら、そういう世界の仕組みを
多くの人が気づかない事そのものが、
CIAを単なる小道具として、利用
できる超富裕層たちの望み通りなので、
ますます彼らの思い通りに世の中が
動いてしまう事につながるし、それは
私たちの望むような未来とはほど遠い
のが現実です。

ではなぜ、このような超富裕層たちが
存在しているのでしょう。
資産公開義務をもたないような存在が
いるのが現実です。しかもそれを
家訓としてきたロスチャイルドなど
の13とも言われる血族や、
ゲイツやソロスなどそれよりは当然
かなり規模は小さいながらも資産を
公開しているものの、私たちに
とっては、天文学的な資産を所有して
いる人物たちもいます。
彼ら超富裕層の所有している財産は、
公開されている資産だけでも、世界の富
の大半を占めているのです。

彼ら自身はごく少数なのにかかわらず
です。
はて彼らはそんなにお金儲けがうまいのか
と、まず多くの人が、彼らが民主主義の
中で、正当にお金を得てきたと思い
ますよね。

確かに法的には、フェアである事もあるの
ですが、まさかそれだけで、そのようには
なりません。まずスタ―トラインからして
違うのです。彼らはお金の本当の仕組みの
からくりを知っているだけでなく、それを
自由にできる仕組みを開発して、それを
所有しているから可能なのです。

しかも私たちのよく知っている利子の
しくみの意味を知れば、彼ら超富裕層が
どうして支配的な影響力を持つにいたったか
がわかります。
そしてもう一つ大きな仕組みがあるのです。
それは「信用創造」というものです。
これは多くの人がその言葉そのものと
当然仕組みさえ知らない人が多いと
思います。
これが、超富裕層の富を無限に増やせる
いわば打ち出の小槌の役割を果たして
いるという事なのです。

では、一回では説明が終わらないと思います
ので、まずはシリーズ化していく事に
します。

もし今回の記事が難解でも、利子が、
銀行家の資産をどんどん膨らませ、
そして、必ずその利子のために倒産
する事業者が出て来て、その担保を
銀行が得る事によって、どんどん
実体経済における銀行の支配力が
高まることさえわかっていただれば、
詳細である以下の説明を理解しなくても
次回に進む事ができるようになって
います。

第1回の今回は、利子についてです。

もちろん利子を知らない人はいませんよね。
しかし私たちが、知らなければならないのは
その本当の意味だったのです。

その事を、とてもわかりやすく説明して
くれている本から引用させていただく事に
しましょう。

ただし長すぎるので、私がその本で
使用されている図を引用しながら、
まずは簡単に説明していきますね。

たとえば、地域で使われる地域通貨の
ように、銀行から利子もつけられずに
与えられた資金を使って経済活動が
行われる場合、このようになります。


“出典:「金融のしくみは全部
ロスチャイルドがつくった」
      安倍芳裕 著
       徳間書店刊”

上の図のように単に利子がない状態で、
市場の中でお金がグルグルまわって
いるだけなので、この経済は、お金が
足りなくなる事はありません。

もう少し、くわしくみていくと、もし
事業を始める時に資金が必要であれば
銀行から無利子で、資金を調達
すれば、その資金で売るための物資や
設備投資を購入して、それによって
得られる、商品に対して、その設備投資
分やら、原材料費などを加えた価格で
売れば、借金も返せるようになります。
もちろんそこには、設備を売ったことに
より、その資金がまた経済に還元され
たり、原材料を売ったことで、また
それが経済に還元されます。

このようにして貨幣システムそのもので
経済が破綻する事はありません。

ですが、銀行が、利子をつけて
貸し付けてきた場合、その分を上乗せ
したり、付加価値をつけていかなければ、
その借金を返せなくなるので、
等価交換ではなく、必ずどこかで
資金が足りなくなる事業者が出てくると
いう事なのです。

この場合その足りない分は、経済には
ないので、銀行に借りた分を返せずに
さらに借金を増やしていく事になります。
しかし、その借金にさらに銀行が利子を
加えることで、余計に儲けなければ
ならなくなり、付加価値をつけて、
商品を売っていくとまたかならず、
その利子のために最初よりもたくさんの
借金が、経済市場で発生してしまう事
になるというわけです。

さてこのような事をふまえて、この本
の説明を見ていくとしましょう。

『』内が引用で、~が中略です。

現在の貨幣システムでは破綻は不可避

利子はバーチャルな数字であって、実体
のないお金です。利子分のお金は、
椅子取りゲームのように、誰かから
奪わなければ支払われません。
だから、椅子を巡って激しい競争が
行われます。
そして、全体で見れば貸し出し金額
より、返済金額の方が常に大きい。
借金を完済しようと思えば、さらに
新たな借金をしないとできない仕組み

になっています。
これを「無限の借金ループ」と
呼びます。
フォード自動車の創業者ヘンリー・
フォードは「金融業者たちの目的は、
消滅不可能な債務の創造による世界
支配である」と語っています。

どんな事業をおこなうにも、まずは
資本の調達が必要です。
株や社債を発行したり、金融機関から
借り入れたりなどの方法がありますが、
これらのお金には必ず利子が付きます。
 
この利子を誰が支払っているかと言えば、
直接的にはお金を借りた業者ですが、
実際には利子や配当も経費として価格に
含まれるので、間接的に私たち消費者
の誰もが負担しているのです。
ドイツで行われた調査では、商品や
サービス価格の25~35%
は、利子ないし資本部分ということ
でした。
例えば、10万円借りて元本の10万円
のみ返せばよいのなら、経済は均衡を、
保ったまま、お金とその反対方向に
財やサービスが循環するだけですが、
10万円借りて元本+利子だけで11
万円返さなければならないとすると、
1万円分売り上げを増やさなければ
ならない。つまり経済成長しなければ
ならなくなります。
利子の返済によって経済成長が強制
されると言ってもよいかと思います。』

“出典:「金融のしくみは全部
ロスチャイルドがつくった」
      安倍芳裕 著
       徳間書店刊”

このようにして、経済がどんどん
成長していくと、当然銀行から
さらなる多額の借金をしなければ
ならないという悪循環が発生
する事になり、多くの事業者が破綻
していく事につながるというわけ
です。

もちろん破綻した事業主の店や設備
などの実体のある資産は、最初から
銀行の担保になっているので、結局
経済全体での、銀行家の資産は膨らむ
一方になってしまうのです。

しかし、もちろん実際にはもっと複雑
です。
最初から、つまりお金の出回る前から、
市場にすでに充分な資産がある場合、
必ず、それに見合った金額だけは、
経済が破綻せず出回り、その資産を
元手にして、銀行に借金をその資産分
だけ上乗せして、返却する事かできます。
しかし、その場合でも、元手となる資産
はいずれ枯渇する事になり、その利子分
だけ、本来の資産から銀行家に、資産が
奪われていく一方になるわけです。

しかし、基本的に資本主義経済では、
自分の資産よりも多くの借金をして
経済活動をする事になり、どうしても
利子分を稼がなくてはならなくなり、
市場全体として、必ず余計に資金を
借りなければ、破綻してしまうので、
また銀行から金を調達するはめになり
借金ループになるという事です。

ただしこのようにして、経済がどんどん
成長していくと、いくら利子で儲けて
いても、銀行は必ず貸す資金が足りなく
なります。

というのも経済が成長していくと、
多額の借金をしてそして、余計に多額の
付加価値をつけて売るために物価も
上がってくるわけで余計に市場は
お金を必要とするようになるわけです。

そうなると今度は今度は利子だけでいくら
儲けてきたからといっても、銀行には
貸すための資金がなくなってしまい経済
が破綻してしまうのです。

これが、経済破綻となり、恐慌や暴落
につながるのですが、その都度、
銀行家自体は貸せなくなるだけで、
自分の資産は減らず、さらには、
借金を返済できずに破綻した企業から、
担保にとっていた、土地や設備や会社
そのものの権利など、実体のあるものを
どんどん手に入れる事かできるように
なるというわけです。

これがどんどん銀行家による世界的な
支配を無限に進行させてきた、大きな
からくりの一つだったというわけです。

しかし、実際には、さらに銀行家自身の
富をもっと無限に増やせるシステムは、
他にもあったのです。

このようにもし経済が破綻しても、市場に
資金がなくならないように、また経済活動
を続行させていくために、銀行家には、充分
な資本がなければなりません。

利子だけの儲けでは、膨らみすぎた経済
成長に見合うだけの貸し付けを行うだけの
資本つまり資金がなければなりませんが、
そこまでの資金を、銀行家の資産だけで
まかなう事ができなくなるのです。

これでは経済が立ちゆかなくなり、市場に
頼る人々にとっても、銀行家自身にとっても
完全にお手上げ状態になるわけですが、
実際には、銀行は、無尽蔵にお金を
貸し続けるシステムがあらかじめ
設定されていたのです。

これこそが多くの人がその仕組みさえ
知らない、第2のお金の仕組みと
からくりなのです。

もう少し専門的にいえば、これが
多くの人の全く知らない、金融システム
で、それがあるからこそ、銀行家のための
永遠の搾取システムが成立している
全ての原因となっているのだという事
なのです。

つまりはこれが「信用創造」というもの
なのですが、これについては、次回
という事にします。

今回とても難解で、とても次回の記事なんて
無理という方でもご安心ください。

まずは利子だけでも銀行は充分に
儲ける事ができて、社会の中での
支配的な力を蓄える事さえわかれば、
信用創造でさらに、その規模をさらに
大きく拡大させていく事ができるという
ように考えていただければ、まず、
次回もすんなりわかっていただける
と思います。

ではまた(^^)/

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暴れん坊将軍は、「科学将軍」だった!? 海外から積極的に知識や技術を導入


この記事は、
江戸時代は「鎖国」でなかった
という真実  
積極的に導入された知識

という記事の続編になります。

前回の記事で、家康は国防の観点
から、海外の国々との交流を大きく
制限したけれど、西洋の知識や文化
は、オランダからどんどん取り
入れていたという事で、私たちが
思っているような鎖国政策を
していたわけではないという事を
ご紹介しました。

今度は、8大将軍徳川吉宗の事に
ついてになります。そうです、あの
マツケンさんが演じて有名になった
暴れん坊将軍ですね。なんと
この将軍は、海外から積極的に文化
科学・技術を導入した将軍として
も知られているのです。

さていつものように徳川家の子孫の
徳川宗英氏の著書から引用させて
いただきましょう。
まず吉宗がどれだけ優れた将軍
であったかのエピソードからです。

『』内が引用で、~が中略です。

『吉宗といえば「享保の改革」である。
将軍の位についたころ、元禄バブル
崩壊の後遺症に加えて、佐渡金山
など幕府直轄領からの収入が減少し、
幕府財政は逼迫していた。そこで
質素倹約の奨励、物価統制、殖産産業、
新田開発、税制改革、大奥のリストラ
など、あらゆる手段を講じて財政立て
直しを図った結果、将軍就任から
六年で、幕府の債務約十六万両(当時
、一両六万円として九十六億円)を
返済することができた。~
享保の改革は財政面にとどまらず、
歴史の教科書でおなじみの、目安箱
の設置や小石川養生所の設立、江戸町
火消しの結成、身分や出自にこだわら
ない人材登用など、多方面におよんだ。
一連の改革には、実学を重視する吉宗
の意向が色濃く反映されていた。
当時、学問・教養として重視された
のは和歌や儒学だが、吉宗は、その
方面への関心は薄かったようだ。~
しかし、その一方で、農政・法律・
地理・天文・気象・古文書研究・医学
・薬学・博物学・蘭学などに並々
ならぬ関心を寄せ、知識もそうとう
にあった。~

信長、秀吉、家康、幕末の薩摩藩主
島津斉彬にもいえることだが、他に
抜きんでた活躍をするひとは、
「未知のもの・新しいもの」に対する
好奇心が旺盛だ。
 吉宗も、海外に関する知識や情報に
強い関心を寄せていた。いまふうの
表現をすれば、「西洋オタク」
だろうか、そういってもおかしく
ないくらいの傾倒ぶりだった。
享保十四年(一七二九)、中国商人に
依頼して雄雌二頭の象を輸入している。
雌のほうはすぐに死んでしまつたが、
雄は長崎から京へ行き、御所に参内
して中御門天皇(なかみかどてんのう)
や皇族方の前に巨体をさらした。
帝に拝謁するには位がなければ
いけないと、象が従四位を頂戴した
という逸話も残る。~
ほかにも吉宗は、アラブ馬を輸入して
交配させようとしたり、虎、孔雀、
駝鳥、七面鳥、麝香猫(じゃこうねこ)
などの珍獣をオランダ商人に輸入
させたりした。

軍事関係では、西洋の武具・兵器を
輸入し、火縄銃で西洋式甲冑に試射
する実験をした。

工学関係では、置き時計や懐中時計を
輸入し、オランダ人時計師を日本に
招いた。船で使うジャッキやクレーン
の模型もつくらせた。

長崎のオランダ商館長は、江戸初期
から中期までは年に一回、通詞
(通訳)や学者などを引き連れて
江戸に参府し、将軍に挨拶するのが
ならわしだった。

(引用注:要するに、長崎のオランダ
商人で、窓口的な存在が、この
オランダ商館長、つまりは、西洋人
で、さらにいろんな情報・知識に
明るい人物だという事です。)

彼らの定宿は、日本橋本石町三丁目
の長崎屋だった。
 吉宗は、長崎屋に役人を通わせて
、さまざまな質問をした。オランダ
各州の大きさ、統治法、刑法、
宣戦布告の方法、穀物の保存法、
家屋の構造や消火法、休日の種類、
人名のつけ方、本の虫食い対策まで
訊ねている。合計すると百項目を軽く
超えるだろう。~

吉宗は天文学にも造詣が深く、長崎屋
に使いをたびたび派遣し、太陽の高度
の測定法、惑星の構成、日食や月食
などについて質問した。
当時のオランダ商館には充分に答え
られる者がなかなかいなかったという
から、吉宗の知識はかなりのものだった
といえる。』

“出典:「江戸は世界最高の知的社会」
         徳川宗英著
         講談社+α新書刊”

なんという優れた将軍なんでしょうか、
この事を知った時、こんな統治者が、
日本にいた事を誇りに思いましたね。

あらゆる効果的な政策で財政を立て
直し、民のために目安箱、危機管理
のために消防団の組織化、身分も
出自にもこだわらなった器の広さ
なども、まさに上に立つものの
お手本のオンパレードです。
しかも、学識も幅広くて、あらゆる
学問に精通していたという事です。

彼自身に鎖国のイメージは全く感じ
ませんね。むしろ他民族に対する
敬意をあまり感じられず、大衆に
自由を与えず、農奴のような身分が
大半であった、西洋社会の統治者
たちより、圧倒的にレベルの高い
政治家であったと思われるのです。

また科学者も重用しているのでその話
は次回という事にさせていただきます。

ではまた(^^)/

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江戸時代は「鎖国」でなかったという真実  積極的に導入された知識


以前にも記事に書いた事があった
気もしますが、江戸時代は、文化の
断絶という、一般的な見方とは全く
違って、積極的に西洋科学の知識や
文化が取り入れられた時代だった
というのが真実なのです。
今回そのことを詳しく説明させて
いたただこうと思います。

もちろん彼らの悪い影響を拒絶する
という意味での、制限は確かにあり
それを指して鎖国と呼ばれてきた
わけです。
つまり私たちの国を防衛するために
行った制限だったというわけです。

だから他国の文化の拒絶というもの
などではなく、それは西洋側からの
見方をたたき込まれた私たちの勘違い
でしかなかったという事なのです。

さて西洋の科学や文化などを吸収して
いったという江戸時代について詳しい、
徳川家の子孫でもある徳川宗英様の
著書よりいつものように引用させて
いただきます。

『』内が引用で、~が中略です。

海外貿易・技術導入を進めた家康

~「鎖国という言葉のインパクトが
強烈なせいか、徳川幕府は海外文化を
すべて拒絶したようにいわれることが
あるが、けっしてそんなことはない。
オランダや中国(明・清)を介して入った
西洋科学が、日本独自の和算や職人のワザ
と結んで実らせた果実は、みなさんが
想像する以上に多く、維新後の文化発展
にも大きな影響を与えた。
たとえば西陣織は日本独自の技術だと
思っている人が多いが、実はフランスから
導入したものだ。飛鳥時代に大陸から
伝来した高機(たかはた)という技術が
長く用いられていたが、明治五年
(一九七二)にいち早く職人をリヨンに
派遣し、ジャガード織の技術と織機を
導入した。江戸時代から海外の先進技術
を積極的にな導入してきた下地がわが国
にあったからこそ、こういう大胆なことが
できたのだと思う。
そもそも、幕府の創設者である家康は、
海外の文化に深い関心を寄せていた。
関ヶ原の戦いの年に漂着した
ウイリアム・アダムズ(三浦按針)と
ヤン・ヨーステン(耶揚子 やようす)
を外交顧問に召し抱え、二人を通じて
東インド会社の存在を知り、西洋の
幾何学や地理学の話を聞いて楽しんで
いた。

(引用注:
この東インド会社というのが、
当時のイギリスのビクトリア女王の
認可を得て、インドでアヘンを
栽培するために、インド人から搾取
しまくっていた超ブラックな会社で
もちろんアヘン戦争の原因の一つと
なつた会社の事ですが、この時の
顧問たちを介して、無害にも関わる
事ができたという事なのでしょう。)

信長や秀吉にも南蛮趣味はあったが、
外国人を政治の中枢におくほどの
国際感覚はなかった。
家康は、海外貿易や技術導入にも
意欲的で、スペインに対して、
キリスト教の伝道を認める代わりに
日本と本格的貿易を開始し、鉱山
技術者も送るによう何度も要請して
いた。ポルトガルとスペインを競争
させて日本に有利に貿易を進め、
スペインがメキシコの銀山で培った
技術を導入しようと考えていた
らしい。西欧の大国を対等に見ていた
のだ。
 これに関して評論家の山本七平さんは、
著書『徳川家康』のなかで、「日本が
西欧に劣等感と恐怖感を抱いたのは、
明治以降のことで、家康にはそれが
全くなかった」と、指摘されている。
ではなぜ幕府はいわゆる「鎖国」に
踏み切ったのか?最大の理由は、
キリスト教の布教を黙認していると
当時ヨーロッパでおきていた宗教戦争
に巻き込まれる恐れがあったからだ。
ためしに、日本史と世界史の年表を
並べて見ていただきたい。宗教戦争
など海外の動きと連動して、南蛮船
の来航や日本人の海外渡航・帰国を
段階的に禁じていったことがわかる。
日本史と世界史を別々に教わると、
こういうことが見えなくなってしまう。

(引用注:なるほど確かに宗教戦争に
巻き込まれる恐れはあったので
しょうね。しかしすでに秀吉の時代にも
キリシタン禁止令が出されていて、
その理由が欧州の権力者による、
世界戦略の一貫で、世界中で行って
いる手段として、日本制圧の足がかり
でキリスト教を浸透させていく狙いが
あったという事を秀吉が知ったため、
しかも当時奴隷貿易として、鉄砲の
原料とひきかえに日本人が売られて
いったという経緯なども全て秀吉は
考慮に入れての事だったのです。
家康がその事を知らないはずは、
ありませんよね。秀吉より諜報網が
発達していたとも伝えられる徳川家
でしたから。
その事は
バテレン追放令の真の理由    
秀吉が知った南蛮人の真実とは?

という記事で詳しく説明しております。)

またそれまで輸入していた綿や菜種を
国内生産できるようになったことも
大きい。
「鎖国」と呼ばれる政策は、単純に国を
閉ざすものではなく、外国の侵略や戦争
から国を守り、国産開発で農民の収入を
安定させ、輸入量を縮小して金銀の
海外流出を抑える総合的なものだったと、
わたしは思っている。

(引用注:なんだちゃんと侵略から
守るためだったとはっきり書いて
おられましたね。また国内産業のため
とか、金銀流出を防ぐためとか、とても
鋭い視点を有り難く学ばせてもらい
ました。だから江戸時代の限定的な
「鎖国」は当時の日本を守るために
最適であったという事がよくわかり
ましたね。)

徳川幕府が西洋の貿易相手国にオランダ
を選んだのはとても運が良かった。
オランダは、ドイツ・フランス・イギリス
といった周囲の強国からさまざまな
科学技術を学び、黄金時代と呼ばれる
ほどの繁栄を迎えていたが、軍事力は
あまり強くはなかった。日本は、侵略
される心配をせずに、「鎖国」の直後
から西洋科学をどんどん取り入れる
ことができた。~
 正保四~五年(一六四七~四八)
には、幕府大目付の井上政重が、
商館補助員から幾何学や西洋の測量
器具の使い方を教わった。~
 井上政重は、西洋科学によほど
関心があったようで、ラテン語の解剖書
を参考にして、部下に豚の解剖までさせた
という。その一方で、宗門改役として
キリシタンの取り締まりに辣腕を
ふるった。
この事実は、「禁教政策=西洋科学の否定」
ではないことを如実に物語っている。

“出典:「江戸は世界最高の知的社会」
         徳川宗英著
         講談社+α新書刊”

とても江戸時代の外交が、当時の日本の
国益にとって最適な道を選択していた
のがよくわかる内容になっていますね。

まあただ当時の日本人が理解していたかは
わかりませんが、西洋科学が全て正しい
というわけではなく、根本的な物理学
などは、
これまで、私が宇宙の仕組み編の一連
の記事で明らかにしてきたように、真実
とは全く違うものもあったという事なの
です。
ただこの後にも詳しく書かれている、当時
の日本が取り入れた科学は、わりと実用的
なものが多かったようではあったので、
そういう意味で、とても有益な知識の導入の
仕方をしていたという事です。
とにかく、侵略から守るという意味でも
そして西洋の文化、科学などを取り入れる
という意味でも、江戸時代の「鎖国」は、
成功していたし、私たちが思わされてきた
ような、島国根性的な政策では全く
なかったというのが真実なのです。

なぜそのように思わされてきたかと
いうと江戸時代がとても良い時代で、
後世に生きる我々が江戸時代から
多くのものを学んでしまっては、
より健康的な生活を取り戻して
しまい、マスコミのバックにいる
医療産業が儲からなくなるからであり、
また村単位で衣食住全てが揃い心豊か
で平和な社会であった江戸時代に回帰
すると、人々のつながり深まり、分断
支配が、できず、中央集権による
コントロールもうまくいかなくなる
ためです。
まだまだ同じような理由がいくら
でもあります。

もちろんそれはマスコミや教育の
バックにいる米国のさらに奥に
存在する西欧の超国家権力の意思
である事は間違いないでしょう。
もちろん医療産業も彼らの所有です。

私たちは、なぜ「原子力村」という
言葉があるかご存知ですか?

これは原発政策を推進するための利権
にあずかる人々の総称なだけで、
全く「村」は関係ないのです。
それは、非常に人々が生活をともに
する事で寄り添い、村単位でまとまり
ながらも、他の村や、他の地方にとても
寛容であたたかい心を持っていた
江戸時代に回帰しないようにするために
わざわざ意図的に造られた言葉だった
という事なのです。

(このことは、江戸時代から明治に
かけて、手厚くもてなされた西洋人
たちの驚きの記録からも明らかです。
村根性なんてとんでもない。
そのことは
江戸時代の日本に感動したという
当時の欧米人の言葉とは?

という記事で詳しく説明しています。)

明治維新からまもなく、廃藩置県が
行われましたが、それは、当時の
日本人のまとまりを防ぎ、中央政権
に権力を集中させる狙いがあった
のです。もちろん藩がそのままであれば
まさに明治政府に対して不満を持つ
藩などが蜂起する可能性は当時当然
残っていましたからね。
そしてその時に合わせて、村も廃止
されていったという事なのです。

つまり私たちが、まとまりが悪く
互いのつながりが弱くなれば、
中央政権はより権力を行使しやすく
なり、戦争などに誘導していく事も
また可能になったという事なのです。
もちろんそれは、明治政府を支配下に
収める当時の欧米の権力者にとって
都合が良いわけです。彼らは武器も
何もかも当時世界の最先端だったので、
日本が他国と戦争してくれれば、利益が
膨大になるのも明らかな事だったわけ
なのです。

まあとにかく江戸時代から、我々は
貴重な事をいくらでも学べると
いう事ですね。

また江戸時代についての記事を書いて
いこうと思います。

ではまた(^^)/

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現代の教育のお手本にもなる江戸時代の寺子屋とは?


この記事は
江戸時代の和算は世界最高レベル  
庶民に広がった算額ブームとは?

という記事の続編にあたり
ます。

江戸時代に庶民に流行した算額・
和算ブームを支えたのは、寺子屋
の存在があったためという事です。

この全国に1万以上存在したと
いわれる寺子屋について今回徳川氏
の末裔の徳川宗英氏の著書から
ご紹介したいと思います。

『』内が引用で、~が中略になります。

『 究極の個人授業「寺子屋」
江戸の庶民は、なぜ、むずかしい和算
の問題が解けたのだろうか?
もともと日本人の知的水準は高かった
ようで、江戸初期に来日した宣教師たちは、
庶民の質問が非常にハイレベルで驚いた、
書き記している。それに加えて、庶民の
ための初等教育施設・寺子屋が、和算を
広める舞台として重要な役割を果たした。

「寺子屋」という名は、室町時代に武士
の子弟教育が寺院で行われたことに由来
するという。江戸時代には、おもに上方で
使われていた呼び名で、江戸では
「手習い指南所」とか「手跡指南」などと
呼ばれていた。
 寛永年間に各地の都市部におこった
寺子屋は、江戸中期になると農村や漁村
へも広がった。貨幣経済の浸透とともに、
農民や漁民も売買や銭の貸し借りの証文
(契約書)や手紙などに接する機会が増え
、「読み書きそろばん」のニーズが
高まったからだ。
寺子屋の師匠は、おもに武士・僧侶・
神官・医者などで、二、三十人ほどの
子供を自宅に集め、日常生活に必要な
文字の読み書き(手習い)や算術の基礎を
教えた。女性の師匠もかなりいたらしい。
いま、学校の成績でトップクラスを
占めるのはほとんど女性だというが、
勉強好きの女性はむかしからいたのだ。

~さて、寺子屋は、男女共学が多く、
だいたい数え年七、八歳で入門した。
これを「登山」といい、男子は十一歳ごろに
「下山」するのが一般的だった。
卒業が早いのは、家業を手伝ったり、奉公
に出たりするためだ。

 授業時間は午前八時ごろから午後二時半
ごろまでだったが、子供たちの年齢は
まちまちだし、家の手伝いもあるため、
遅刻・早退はおかまいなし。
服装や髪型の規則もなかった。
師匠の教え方や人柄が気に入らなければ、
何の手続きもせずに子供を“転校”させる
ことができたから、いいかげんな師匠の
とこには生徒が集まらず、自然淘汰
された。
 授業料は、各家庭の経済状況によって
師匠が考慮した。農村部では、野菜で
支払われることもあった。
教育は「サービス業」ではなく師匠たち
のボランティアに近かった。
幕府は寺子屋に対して経済的援助を
しなかったが、公権力の強制や統制も
さしてなかった。しいていえば、
道徳教育を重視するようお触れを出した
ことぐらいだ。指導法も師匠に任されて
いた。教育現場は、いまよりよほど
自由だった。~

~江戸時代を通じて、印刷された教科書
は七千種以上、手書きの教科書も含めれば
数万種におよんだという。教育熱心なこと
にかけては、世界一だったといえる。

(引用注:江戸時代の識字率が、欧米諸国
に比べても、比較にならないほど高く、
世界最初の数学的発見など、知的レベル
そのものが世界一であったという方が正確
でしょうが、それもこの寺子屋が背景に
あったためだという事ですね。)

幼い子には師匠が寄り添って「いろは」の
手ほどきをした。紙は貴重品だったので、
最初は薄い墨で字を書き、徐々に濃くして
いって、半紙が真っ黒になるまで練習した。
 教材は生徒一人ひとりの進度や稼業に
よって与えられ、自学自習を基本としたが、
ときどき師匠が習熟度をチェックした。
与えられた教材を完全に終えるまでは、
次の段階に進まない。この徹底した
個別指導が、世界でもまれな高い教育水準
を可能にしたのだった。』

“出典:「江戸は世界最高の知的社会」
         徳川宗英著
         講談社+α新書刊”

ここで注目したいのは、幕府が寺子屋に
経済援助をしないかわりに、教育内容の
強制や統制がなくて、師匠の自由に
任されていたという事です。
つまり国家にとって都合の良い国民に
なるように、教育を画一・強制している
現在とは比べ物にならないほど自由
だったという事です。
この現在の教育が、国家権力にとって
都合の良い国民を育てるためにある
という事に違和感のある人たちは、
私の「隠された歴史編」や
宇宙の仕組み編」などをご覧になれば、
いかに私たちが真実から遠ざけられて
いるかわかっていただけるように
なっています。

また自由のない、まるで軍隊にいる
ような現在の学校教育と違って、
髪型も服装も、授業時間も全部
自由で、なんと師匠まで選ぶ権利が
あるなんて、本当に自主性を重んじて
子供が、自発的に学べる環境が整って
いたようです。
また現在のように押しつけの学問では
なく、必要性やレベルに応じて教科書
が与えられ、自学自習が基本というのも
素晴らしい。基本的に自分で学ぼうと
すると、手取足取り教えてもらうより、
思考力や理解力、想像力が鍛えられ、
文字から自発的に意図を読み取ろう
とするので、確実に自分のものにして
いけるのです。そして間違えた解釈を
しているものであれば、個別にチェック
してくれる師匠が訂正してくれて、
軌道修正してくれるという事です。

なるほどこれなら、楽しんで、自分
から学びたいという気持ちになる
のも自然であると思います。

さてこのあとも寺子屋の事について
説明があるので、要訳させていただくと、
江戸時代には寺子屋は1万校を越えて
いて、現在で同じ年齢に相当する
小学校は、二万一千校くらいだといい
ます。しかし、江戸時代の人口が、
現在の五分の一だったという事を
合わせて考えると、圧倒的に江戸時代の
方が、教育機関が多かったという事です。
ここには、詳しく書かれていません
でしたが、さらに学問を究めようとする
生徒たちは、引き続き師匠たちに高度な
教えを受けていた事は間違いない
でしょう。

明治になって小学校が各地に開校される
と、国の統制もあり、寺子屋の数は
次第に減っていって、明治十年代には
ほとんど姿を消したようです。
で、嘘っぱちの歴史や科学を全国一斉に
教え込まれたわけだという事ですね。
寺子屋のような「超個別指導」とは真逆の
「一斉授業」に反発する親も多かった
ようです。

で当時の日本は、欧米諸国がおよそ一世紀
かけてようやく成し遂げた国家の近代化を、
わずか三十年ほどで達成したのですが、
その原動力は、やはり寺子屋があったから
だという事ですね。

いや近代化で、確かに欧米諸国に匹敵
するような軍事力も得られたといって、
私たちは、今それを喜べるでしょうか?
たとえ欧米諸国の誘導のままに一部の
支配階層が、大陸を攻める決定をした
にせよ、同じアジア人に対して、取り
返しのつかない過ちを犯しているのです。
爆弾落として、人を殺傷してもなんの
大義も得られません。
残るは罪と日本人に対する怨恨だけだ
という事です。
同じ事は、当然西欧の軍事介入にも
言える事です。
アメリカに攻められる以前のイラクは
とても豊かで、知的水準も高かったのに
現在は、とてもひどい状態になって
います。
ウソだと思うなら次の記事をご覧に
なるといいでしょう。

イラク戦争開戦から15年
「希望なんかどこにもない」
―続く苦難、見放された避難民たち

こういうニュースがほとんど私たち
の目にとまらないようにされて
いるため、未だに米国が守ってくれる
などというありもしない、幻想にすがる
人たちが圧倒的に多いのです。
すでにトランプ大統領が、安全保障上
最優先するリストから日本を外して
いますし、そもそも日米安保というのは、
日本を守るという意味ではなく、もし
日本に軍事的危機が訪れた場合、
いったん米国の国会で討議され、米国
の国益になると判断して初めて
米国が軍事介入をするという条約に
なっているのです。
この事も知らない人も多いでしょうが、
もはやこれは自分でお調べくださいね。

話を明治以降の日本に戻しましょう。
もちろん軍事力をつけなければ、欧米
に支配される運命にあったのかも知れ
ませんが、結局現在しっかりと米国の
いいなりになって、健康や富や自由や
権利をどんどん奪われている現状は、
とても近代化が成功した証とはいえない
と思います。

また鉄筋コンクリートの建物は人体に
とても悪影響を及ぼし、現在の洋風建築
に使われる資材にも、同様に身体に
有害なものが使われています。
昔の木造建築は、とても頑丈で耐久性も
よく、いつまでも長持ちするものが
多かったし、とても健康的でした。
さらに、重化学工業が発展した事により
大気汚染や河川・海洋・土壌汚染が進み
以前は潤沢だった、農作物がどんどん
減少していき、自然物に囲まれて、
身体に良い食事が出来た頃とは、雲泥の
差になっていったのです。

日本では、実は念入りな情報統制のため
あまり知られていませんが、米国で科学者
たちが、徹底的に世界の食事調査をして
健康に良い食品や食事方法を調べた
マクガバン・レポートというものがあり
米国の国会でも発表され、アメリカ国民
からは大絶賛の反響があったものですが、
肉・乳製品・小麦を主体とする欧米型の
食事は成人病になる危険が非常に高く、
それに対して、世界で健康的な食事を
調査していって、世界最高の健康的な
食事方法だとされたのが、なんと
「江戸時代」の日本の食事だったという
事なのです。

だから、放射能汚染で騒がれる以前は、
世界中で日本食ブームが起こっていった
というわけなのです。

また寺子屋に話を戻しますと、師弟関係
はとても濃密で、それを象徴するのが
「筆子塚」です。
当時、寺子屋の生徒は「筆子」と呼ばれ、
師匠が亡くなると、筆子たちが銭を出し
合って石碑を建て、遺徳をしのぶ習慣が
あったのだという事です。
なんという師弟愛でしょうか、親身に
なって教えてくれた師匠を生徒たちは
心より尊敬していたそうです。

また親や地域の人たちも教育熱心でした。
押しつけるという意味ではなくです。
親たちも師匠を尊敬して、裏長屋で
教えるような貧しい師匠でも、人柄や
教え方がすぐれていれば、銭を出し
合って、畳変えの費用や暖房費の炭代
を負担するなど、寺子屋経営を側面から
援助して、さらに地主や大家が広い教室
を提供することもあったというのです。

つまり子供たちが実学をしっかり
身につけて、自分の力で生きていける
ようにという真心により、寺子屋を
中心として、民が一体となって子供たち
を育てようとしてくれていたという事
なのです。

“参考文献:「江戸は世界最高の知的社会」
         徳川宗英著
         講談社+α新書刊”

私は、この寺子屋制度こそ、本当の教育
だと思いますが、みなさんいかが
でしょうか。
自由があまりなく、校則や規則に縛られて
いるのにもかかわらず、いじめが横行
たり学力格差も深刻になっている現在、
みんなが、自由に和気あいあいと学べて、
それぞれの個性を尊重していた寺子屋から
学ぶ事は、本当に多いと思います。

江戸時代については、まだ続編を
書いていきます。

ではまた(^^)/

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江戸時代の和算は世界最高レベル  庶民に広がった算額ブームとは?  


この記事は
武士道の精神なども 
江戸時代からの貴重な学び

の続編にあたります。

前回でもご説明しましたが、江戸
時代に日本は、すでに世界最高水準
の文化レベルであり知的レベルでも
あったわけです。

ただ明治時代になって、西洋の軍事力
を目の当たりにしてから、西洋式の
近代教育を取り入れ、西洋式の軍備を
手にしようとしたため、江戸時代とは
別のタイプの教育に変わってしまった
という事です。

もう一つの意味は、明治政府に影響力を
持つ欧米の権力者の意図通りの教育
システムに切り替えさせられたという事
でもあるでしょう。それは現在でも
我々を苦しめる事になる、銀行システム
による貨幣経済への移行と同様だという
事です。

以下は
『「江戸は世界最高の知的社会」
         徳川宗英著
         講談社+α新書刊』
を参考文献としています。

さて和算が世界最高水準だったのは、
確かな事実のようで、たとえば
皆さんもご存知の円周率の公式を
世界で初めて発見したのが、有名な
和算学者の関孝和の高弟の建部賢弘
という人物だということです。
後年スイスの数学者が同様の公式を
発見したけれども、それにさきがける
事15年だったという事です。
円周率は、なんとギリシャ時代の
アルキメデスがすでに3.14という
ところまでは、導きだしていたのです
からまたしてもギリシャのレベルの
高さを思い知る事になるわけですが、
江戸時代の和算も相当高いレベルで
あったようです。

江戸時代も中期にさしかかると各地で
「算額奉納」というものが流行した
らしいです。
算額は、数学の問題と解法を書いた
大きい絵馬のようなもので、おもに
神社に奉納されたという事です。
人目をひきやすいように派手に彩色
した図形問題が好んで選ばれ、
スペースが限られているため、簡潔な
式を答えとする問題が多かったよう
ですが、和算家はもとより、庶民も
こぞって算額を掲げ、難問が解けた
ことを神様に感謝し、自分の数学の
到達点を世間に向けて自慢した人。自作の
難問を算額で発表する人もいたようです。
いかに、江戸時代の庶民の知的水準が
高かったかわかるとともに、知的欲求も
相当貪欲であった事がわかります。

まあ現代でいえば、クイズやパズルの
ブームのようなものだと思いますが、
問題を考え出したりするところに
知性の高さを感じますね。

つまり算額の額とは大きい絵馬の事で
そこにいろいろと難問や図形や数式を
書き込んで神社に奉納といいながら、
世間に発表するブログのようなもの
だったという事です。

なんだか親近感が湧いてきますねー。

その算額を見た人が問題を書き写して
持ち帰り、一人で悶々と考えたり、
仲間と大騒ぎして解きあったり、
さらには解法を発見すると、それを
また算額にして発表する事もあった
という事です。

まさに和算での一つの同好会のような
ものが、神社の算額を中心に全国的に
流行したという事なのです。

しかもその算額には、ノーベル化学賞
を一九三七年にとったフレデリック
ソディーの「六球連鎖の定理」とほぼ
同様のものが、それより115年も
前の一八二二年に商人の入澤新太郎と
言う人物によって奉納されていたの
ですから驚きですよね。

和算は、地方に数学を教えてまわる
「遊歴算家」(ゆうれきさんか)
という人達がいて、やはり地方の
多くの勉学熱心な人々に歓迎された
という事です。

このようにして和算は全国津々浦々に
浸透し、ついには、自分がどれほど
算術好きか死後もアピールするために、
墓石に和算の問題と解答を彫らせる
者まで現れたらしいのですが、
「算題墓石」と呼ばれるこうした
お墓は、全国各地にいくつか残されて
いるそうです。

こうして江戸時代に全国に浸透して
いた和算が上に書いたような理由で
徐々にオモテ舞台から姿を消して
いったようです。

しかし、楽しみながら生活に密着した
数学が身につく和算の良さは、近年
見直されて、なんと小学校の教科書に
復活したり、算数や数学好きの現代の
子供たちが自作の問題を算額にして
神社などに滞納する事もあるらしい
です。全く知りませんでしたね。

また海外でも算額ファンが増えていて
2008年には、フランスで算額の
専門書まで刊行されたという事です。

以上の参考文献が
『「江戸は世界最高の知的社会」
         徳川宗英著
         講談社+α新書刊』
という事ですが、今度の記事ではこの本
から寺子屋についての引用をさせて
いただく予定です。
和算が庶民の間でこれだけ流行った
背景には、全国に1万ほどもあった
という寺子屋の存在があったという
事なのです。

それにしても墓石に和算の問題と解答を
彫らせるとは、ある意味ロマンですねー
私は、伝統とかそれほど重要視しないで
生きてきましたが、ここで遠い将来
自分が死ぬ前に、自分の墓石に、真理
探究の成果を彫って残しておきたい
と思いましたね。しかし文字数が
軽く10万は越えそうなので、彫って
もらうと天文学的なお値段になりそう
なので、自分で彫るしかないかー💦
しかし、技術を手に入れ、それだれけの
文字を彫るためのスペースを確保する
墓石も用意しなきゃいけないし、
うーん、そっか図形で一発で表現
できる真理ならいいわけだなー。

よーし、これを数千年後に見た未来人
が賞賛してくれるか、はたまたレベル
が低すぎて笑われる事になるか、どちら
にしても楽しみではあると思いまーす。
みなさんも墓石でなくても、自分が
この世に残していくものがいろいろ
あった方が楽しいとは思いませんかー?

もちろんいろんな方がおられると思い
ますが、墓石に刻むというのは、一つ
夢があると思いました。

次回は寺子屋についてです。

ではまた(^^)/

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教えられなかった真実の歴史その4  欧州のアメリカ大陸進出!?


この記事は
教えられなかった真実の歴史

教えられなかった真実の歴史その2

教えられなかった真実の歴史その3  
ルネッサンスと異端審問

という記事の続編にあたります。

とてもわかりやすい記事ですが、
常識として信じこまれてきた
教育やマスコミによる歴史観とは
全く違う、本物の歴史の流れを
ご紹介しているシリーズです。

前回までで、教会と王族たちが
支配していた欧州が、モンゴル帝国
やトルコ帝国に散々にやられっぱなし
であった歴史をご紹介しました。
その頃に民衆の覚醒とともに、
ルネッサンスも勃興して、欧州には
大変化の兆しが起こりはじめます。

そして民衆の覚醒と、それが意識改革に
つながり、異常に優れた能力を持つように
なった人たちが出現するようになりました。
しかし神のような能力を持つ人々など
信用の失地回復につとめる教会にとって
邪魔でしかなかったので、異端審問で
片っ端から処刑していくような
「魔女狩り」も行われはじめたのです。

また科学も当初は優れた科学者が多く
て、天文学では地動説も唱えられる
ようになり、天動説を絶対真理とする
教会の権威もさらにおびやかすように
なっていました。当然のごとくそれを
弾圧したり、以前の記事でもご紹介
したようなロイヤルソサエティーも
設立して、科学界もコントロール
しようとしていったのです。

当然そのような事だけで、教会を初めと
した王族たちによる欧州支配の権威が
保たれるはずもなく、権力や富を回復
するために、支配層がとった戦略は、
当然自分たちより強いトルコ帝国の
ある中東や、かつてのモンゴル帝国が
存在していたアジア大陸には、かなわ
ないので、逆の方向にあるアメリカ大陸
への進出を考えて、大航海時代が
始まったのです。

(コロンブスが初めてアメリカ大陸を
発見していたように、我々には伝え
られていますが、それより以前の時代の
ものとして発見された地図には、
しっかりアメリカ大陸も描かれていた
という事も明らかになっていて、少なく
とも支配層はそれをわかっていたと
思われます。)

そして彼らはアメリカ大陸(最初は
西インド諸島)に到達する事になるの
ですが、ただ私たちが教えられてきた
ような、穏やかな進出といったものと、
真実は全く違って、植民地政策という
より、略奪と殺戮の残虐な侵略政策と
いった方が妥当だったのです。
当時の事について詳しく書いておられる
記事をご紹介します。

『』内が引用で~が中略です。

『私たちの教えらえれてきた歴史では、
コルテス、ピサロ、コロンブス、
ヴァスコダガマ、マゼランなどの
大航海時代の英雄たちは、偉大な冒険家
であり、世界中を文明化させるきっかけ
となった開拓者達だと教えられてきま
した。

しかし真実は一切真逆で、1492年、
クリストファー・コロンブスが西インド
諸島に到達し、帰還したことによって
大航海時代の始まりとなり、白人の
暴力支配が始まりました。

当時世界は、ポルトガル、スペインが
大航海時代の幕を開き、到達する
土地土地で小競り合いを起こして
いました。

それに対し、教皇のお墨付きの下、
世界の支配権を地球儀上に線を引いて
分割するという
1493年トルデシリャス条約、
その後マゼラン艦隊の生き残りを
引き継いだエルカノが世界一周航海を
なしとげて、更に支配権が複雑になり、
サラゴサ条約が結ばれました。

それは、神の名の下に、何をしようが
許されるというもので、人の命はその
条約に優先され、いくら殺しても良い
と言う事なのです。

こんな条約はそもそも白人の一方的な
ものであり、本来容認できるものでは
ありません。

こうした世界の侵略の始まりが
大航海時代と言う名の真実であり、
それがあの大東亜戦争で日本が立ち
上がるまで続いたのです。
(実際は形を変えて、現在も白人
支配は続いている。)

未開の地が続々と発見されると、
聖書を携えた宣教師や農民、様々な
職業の民間人などを装った入植者が
続々と世界中を暴力支配をしていく
事になる。

当時、メキシコ半島に3千万人ほど
いたと思われた人々は、わずか20年
足らずの間に10分の1以下にまで激減
してしまい、小さな島々からは一人
残らず姿を消してしまったと言われて
いる。

それはヨーロッパから持たらされた
天然痘とスペイン人による虐殺が
原因であった。

原住民は捕らえられると、奴隷として
過酷な重労働に使われた。金や宝石を
掘り出すために鉱山で働かされた者は
わずか2年ほどで死んでしまったという。

農園などに回された者はまだ幸運な方
だったが、それでも7年以上は生き
長らえることは出来なかった。
 
半世紀足らずの間に、マヤ、アステカ、
インカといった高度な文明がまたたく
間に滅ぼされ住民は虐殺されたので
あった。

こうしてアジア諸国も香辛料などを
始め、様々な白人諸国から地獄
そのものと言える暴力支配を、
数百年に渡り受け続けて来たのです。

マゼランは世界一周し、南米を
マゼラン海峡などと名づけられる事と
なるが、フィリピン諸島にたどり着き、
あまりにも酷い所業を行い過ぎて、
統治していたラプラプ王に殺され
ました。正確には、途中で殺されて
いるので、世界一周はしていません。

こう言った余りにも酷い残虐な行為に、
こうした開拓者と呼ばれる殺戮者達に
同行していた祭司たちは、王国に
何度もこう言った行いを止める様に
手紙を出しています。

たった70年前まで、アジア諸国で、
アフリカや南米大陸で、こう言った事
が平気で行われていました。

今でもその支配を知るアジアの人々は、
あの白人たちの行いに対し、
「あいつらは人間じゃない」と言い
ます。

イギリスは紳士の国?アメリカは自由を
愛する国?スペインは情熱の国?
ポルトガルは布教・伝来の国?カナダや
オーストラリアは先進福祉国?

全ての白人国家に言えることは、後世に
伝える事も出来ないほどの歴史を持ち、
償う事など出来ないほどの虐殺を繰り
返してきた国々です。

しかし今、その罪を問うと言う事で
はありません。

問題は、戦勝国と言うだけで勝手に歴史
の真実を捏造し、こう言った真実を
知らせないだけでなく、日本に全ての
罪を背負わせている事です。』

“出典:「幸食研究所ブログ」様の
サイト
『大航海時代の英雄たちは、
ただの侵略者だった』より

まあ私も穏やかなヤマト民族の血を
受け継いでいると思うので、
こういう事実を知った10年ほど前は
目を疑いましたね。

さてこのような話を振り返ってみて
思うのですが、、ネットでも日本人なら
ではの感覚で、「みんな本当はいい人」
という言葉がどんどん使われているのを
よくみかけます。

私も確かに絶対意識(絶対愛)では、
みんなつながっているという真理を
理解しているので、確かに本当はみんな
いい人なのでしょう。しかし、日本人
よりも世界では、そのような絶対意識
からかけ離れた低い意識に囚われている
人々も多くいて、欧州の歴史を見ても
それがよく実感できると思います。
(いや最近では日本人も多くなってきた
かも知れません)

つまり本当はいい人なんだけど、
いったん生まれ変わるまで、改心
しなさそうな人たち(事実上のような
歴史を造り挙げた大航海時代の欧州の
侵略に精を出していた人々は、たぶん
死ぬまで残虐な感覚を持ったままで
あったのではないかと思います)
が多くいるのだと理解する事はとても
大切です。
なぜなら本当はいい人たちなんだけど、
残念ながらそれとはかけ離れている人
の意識を理解しないと、そういう人たちに
我々自分自身だけではなく、身内の
人や大事な人たちの、自由や権利や
富や健康さらには生命までも奪われる
危険を、察知して阻止する事ができない
可能性があるという事です。
事実現在の日本は、そういう人達である
世界の支配層に危険な状態にさせられて
いるし、それはさらにひどい状況に
向かっているという事です。

私はこのような事をする人間の事を
極端に嫌う傾向にありますが、
みなさんにそういう感覚を持って
いただきたいのではもちろん
ありません。
ただ、本当はみんないい人という前に
そういう感覚だけでは、はかれない人
たちの意図を知らなければ、世界の真実
現在の世界の流れなどを知る事はとても
困難だという事を言いたいのです。

彼らは、勝手に侵略した土地を山分け
して南北アメリカの国々に境界線
を引いた事で、それが現在までほとんど
残っているという事は、いかに彼らの
侵略で世界が動かされてきたかを知る
のに役立つはずです。

つまりそれまでモンゴル帝国や
トルコ帝国にやられっぱなしだった
欧州の支配層は、この大陸での侵略
略奪・支配をきっかけに息を吹き返し
移行し、以降反抗に転じる事になった
というわけです。
つまり弱い者いじめをして、また力を
取り戻したって話ですが、かっこわるー
ですよねー(^_^;)

また紹介させていただいた記事の中に
とんでもない条約がありましたよね。
「神の名の下に、何をしようが
許されるというもので、人の命はその
条約に優先され、いくら殺しても良い
と言う事なのです。」という
くだりですが、私が
神様にもいろいろあります
という記事でご説明したように
欧州の人々の信仰する神というものが、
そういう殺戮を許してしまうような
存在でもあるという事も
これでわかっていただけるかと
思います。
もし慈悲深く人々が互いの命の尊厳
を守りあう事を望む神を信仰して
いたとしたら、到底出てくる
はずのない言葉ですからね。

それと南北アメリカで、スペインや
ポルトガルに残虐に殺戮・略奪
された原住民の人たちは、なんと
太古に縄文の日本から移住してきた人
たちでもあり、少なくともそういう
民族が含まれていたという確かな説
が、数多くあるのです。

その証拠に南北アメリカ大陸の原住民
の言葉には、多くの日本語が使われて
いたのですが、その事を発見した
故高坂和導氏は、自身の著書でその
太古からの南北アメリカ大陸で使われて
いた日本語を数多く紹介しておられます。
そうですね、みなさんもご存知の
「チチカカ湖」は父と母という意味が
由来の日本語そのものだし、イロコイ族
も、「色恋」という恋愛に関する
日本語そのものだという事です。

その事についてはまた別の記事で
書かせていただきます。

要するに私が超古代の真実編
日本語が世界に分散されたという
記事を書いたのもこれらの事も
裏付けになっているのです。

だからネットや多くの本で、日本人
の元はユダヤ人であったという
事が、流布されていますが、そう
ではなくて、大元は日本であった
ので、いったんシュメール文明を
築く元になった縄文人が、元の日本
に戻ってきたのが、真相だという事
なのです。

まあそのあたりはまた記事にして
いきたいと思いますが、とにかく
欧州の歴史を知る事によって、(一般
の欧米の人たちには、いい人たちも
多いのだと思いますが)、このような
残虐な歴史を主導してきた支配層は
全くそうではなく、現在の日本が
彼らの頂点である血族の奥にいる
存在の意図通りに誘導され、とても
危険な状態でもあるという事を理解
していただきたいという事です。

ただし日本人の方々は、現在多くの
人が、そういう事をわかり始めて
きているので、正しい知識を得て、
意識を変えていけば、日本人には彼ら
の意図を阻止するだけの力がある
という事です。
引用させていただいた記事にもあり
ましたように、彼らの世界戦略を
頓挫させ、隠れるような支配に切り
替えさせたのも、日本人であったと
いう事でもわかっていただけるかと
思います。

ではまたこの真実の歴史シリーズの
続編を書いていこうと思います。

最後に、やはり大航海時代に欧州が
してきた事について真実を語って
くれる動画があったので貼り付けて
おきますね。
しかし、大体予想がつくという方や
上のような侵略の事実が、精神的に
負担だという方は、ご覧にならなく
てもいいと思います。

欧米植民地主義の凄まじい実態─
学校が教えてくれない戦争の真実

ではまた(^^)/

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旧約聖書は、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教に共通する聖典だった!?


まずは、みなさんの多くがたぶん
知らないだろう事実をタイトル
にしてみました。

このタイトルは真実を述べている
のです。
おそらくは、友達どうしや近所の方
と気楽に宗教を話す機会もない
だろうし、政治の話も、宗教の話も
特別な場合を除いて、タブーのように
扱われてきたからでしょう。
このタブーというのは、ほとんどの
場合、みなさん民のための都合により
タブーなのではなく、上の者たちに
とっての都合が悪いという事で、
タブーとなっているのです。

政治の話を多くの人が、し始めたら、
大衆から富も自由も奪い、都合よく利用
しようとする上の支配層にとって都合が
悪いという事です。

このあたりの言い方が、日本人の方々に
根付いている、「人はみんな本当はいい人」
という感覚にはなじみがないでしょうが、
もはやちゃんと真実を知らないと、自分
だけじゃなく、まわりの大事な人たちも
危険にさらしているのを止められなくなる
という事をわかってくださいね。

もちろん宗教も、人々が信じるものを
コントロールしようという意図が、大衆
の知るところとなっては、当然都合が
悪いのです。

さてキリスト教、イスラム教、ユダヤ教
の信者の総人口ご存知でしたか?
なんと、世界の総人口の約4分の3です。
つまりほとんどの人々が、これらの宗教を
信じているのです。
まあもちろん日本は違いますというか、
多神教の国民性なので、仏教を中心に
神道、キリスト教など人によって様々
です。もちろん最近は私もそうですが、
無宗教の人は多いでしょうね。

さて世界の大半の人が信じるという
これらの宗教で、共通の聖典が旧約聖書
だという事なのです。
私もこれを初めて知った時は、イスラム教
まで入るのかと不思議に思いました。

さて内訳を見てみましょう。

キリスト教=新約聖書+旧約聖書

ユダヤ教=旧約聖書+タルムード

イスラム教=旧約聖書+コーラン

という事です。
実はこの旧約聖書に書かれている神が
この間から再三申し上げているような
世界の支配層に憑依する龍の神だと
いう事なのです。

まさかと思われるかもしれません。
ですが、これが真実なのは、旧約聖書を
紐解いてみたらわかる事なのです。

つまり世界の大半の人は、自分たちを
苦しめる支配層の真の実体である
龍型生命体を、知らず知らずのうちに
信仰している事になります。
もちろん日曜の礼拝では、あたりさわり
のない談話が紹介されるでしょうが、
これらの宗教が、そういう神を信仰対象
とした聖典をもとにしていると知って
いるのは、宗教を支配しているような
権力者たちだけです。

つまり旧約聖書に書かれている意図に
従い、人類社会をコントロールしようと
しているとしたら、それは大衆が知る
べき事なのじゃないでしょうか?

この事を看破してくださったのが、
私の記事でも多く取り上げさせて
いただいて、私の宇宙モデルの元型を
示唆してくださった上に、ニュートンや
アインシュタインが、いかに間違った
理論を提唱しているかにも気づかせて
いただいたコンノケンイチ氏です。

物理学に精通しておられる同氏が宗教も
という事を意外に思われるかも知れま
せんが、真実を追究していると、
ジャンルを問わずつながってくるもの
です。私の記事が、いろんなジャンルに
渡っているのをご覧になってもおわかり
いただけると思います。

つまりコンノケンイチ氏は、宇宙の真の
モデルのコンセプトを提唱しているだけ
でなく、世界の支配層が、龍の生命体に
憑依されている事まで看破しておられる
という事です。

つまり私やアイクさんとこの間記事
で紹介させていただいたMAGICA
さんとも見解が同じだという事です。

もちろん互いに面識もなく、示し
あわせたわけでもないのにという事
です。

さてコンノケンイチ氏が,分厚い旧約聖書
と新約聖書に書かれている事から、
旧約聖書の神が龍のような
残虐性を持った存在だと看破できた部分と
コンノケンイチ氏の見解を、同氏の著書
から引用させていただきます。
なお旧約聖書に本当にそのような事が
書かれているか、私が参考のために購入
しておいた、新約聖書+旧約聖書の全訳本
で確認しています。なんと4900円も
します。

まずコンノケンイチ氏は、旧約聖書の神と
新約聖書の神が違うものであるという事を
説明しておられますが、そもそも旧約聖書
新約聖書とはどういうものかをまず説明
しておられます。

『』内が引用、~が中略です。

さらに途中『』内以外の記述は私のもので
最終的に『』内の全ての出典元を書く
事にします。

『私たちが手に取る聖書は旧約と新約に
分かれており、イエスの生誕前に書かれた
のが旧約聖書、死後に書かれたのが新約
聖書である
「約」は神との契約という意味で、旧約
は「旧い神との契約」、新約は新しい
「神との契約」となる。「旧い神」
「新しい神」というと奇妙に聞こえようが、
その差異にこそ両者のゴッドは異なる
ポイントを孕(はら)んでいたことはすで
に述べた。
旧約聖書のゴッドは日本の天孫降臨と
同じく、蛇をルーツとする異星の
爬虫類生命「龍(ドラゴン)」だった。』

この日本の天孫降臨については、また
いずれ書く事もあるでしょうが、私の
ブログで書くべきか、少し迷うところが
あるので、ご自分で同氏の著書を購入して
読まれると詳しく載っています。
この本自体は絶版ですが、復刻本が
出ていて、コンノケンイチ氏で検索
できるので、購入されるとくわしい事が
わかります。
しかし、旧約と新約の意味が初めてわかり
ましたし、これらの聖典では別々の神に
ついて記述されているのもわかりました。
次は、新約聖書の集大成である
「ヨハネの黙示録」で旧約のゴッドが
龍として封印されていたという事が
次に書かれています。

『   『ヨハネの黙示録』の冒頭には、
次のように述べられている。
 
イエス・キリストの黙示。この黙示は、
神が、すぐにも起こるべきことを
その僕(しもべ)たちに示すため
キリストに与え、そして、キリストが
御使いをつかわして、僕ヨハネに示す
ために与えられたものである。~
そして次が問題となる。同書の20章
1~3節と7~8節の記述である。

わたしが見ているとひとりの御使いが、
かぎと大きな鎖を手に持って、天から
降りてきた。彼は悪魔でありサタン
である龍、すなわち、かの年を経た蛇を
捕らえて千年の間つなぎおき、入り口を
閉じて封印し、諸国民を惑わすことの
ないようにしておいた。(中略)
千年の期間が終わると、サタンはその
獄から解放される。そして出ていき、
地の四方にいる諸国民、すなわちゴグ、
マゴグを惑わし、彼らを戦いのために
召集する。その数は、海の砂のように
多い。
 ゴグ、マゴグとは旧約聖書
「エゼキエル書」の有名な記述で、
旧約聖書の主ヤハウェのいう
「我が目的、謀りごと」(アルマゲドン)
の発端となる国々を指す。
『ヨハネの黙示録』は旧約聖書
エゼキエル書のゴッドを「悪魔であり
サタンである龍、かの年を経た蛇」と
ハッキリ述べている。旧約聖書と新約
聖書が同じ存在ならこうした表現が
なされるわけかない。』

やはり旧約聖書に書かれている神は
龍そのものだという事だという事です。

ではどんな神なのかというと相当やばい
存在であるという事が、その
エゼキエル書には書かれているのです。

その前に旧約聖書のゴッドの言葉を
コンノケンイチ氏が紹介しておられ
ます。

『旧約聖書のゴッド「ヤハウェ」は
次のように言い切っている

わたしは終わりの事を初めから告げ、
まだなされていない事をを昔から
告げて言う。
「わたしの謀りごとは必ずなり、
我が目的をことごとくなし遂げる」と。
わたしは東から猛禽を招き、遠い国から
わが謀りごとを行う人を招く。
私は、この事を語ったゆえ、必ず
こさせる。
わたしは、この事を謀ったゆえ、必ず
行う。
(『イザヤ書』46章10~11節)』

“『』内すべて出典:
「天孫降臨/日本古代史の闇」
     コンノケンイチ著
       徳間書店刊  ”

なるほど旧約聖書の神は、謀り事を
行うって自分で言う、とても邪悪な
性質である事がよくわかりますね。
慈悲深い神が、そんな謀りごとを
するわけがないですよね。

で、私が持っている新約・旧約聖書の
訳本には、謀り事ではなく、計画と
いってます。
まあどう訳すかは、訳者によって違う
のでしょうが、だいぶニュアンスは
変わってきますね。

で続きをみると、
「わたしはシオンに救いをイスラエルに
わたしの輝きを与えることにした」
(『イザヤ書』46章13節)』

なんだやっぱりいいやつじゃないと
思うでしょう。でもそうじゃないの
です。まずはこれシオンとイスラエル
限定ですからねー(^▽^;)
つまりこれは選民思想というやつに
つながるコンセプトだと思います。
慈悲深い神であれば、地上の人々
全員を祝福するのが当然と、ふつう
考えますよねー?
この神はそうではなく、この
イスラエルに栄光を与える前に、
多くの人に天罰を加えるっていって
いるんですよ。

つまりこれが計画(はかりごと)で
あれば、それはやはりとてもやばい
計画であり、つまりは、謀り事と
訳した方が妥当になるという事です。

だいたいその計画のために猛禽を
招くんだから、穏やかなもので
ない事は明白ですよね。

で、その計画を実行した記述が、まあ
残虐きわまりないのです。
それを実行しているのが、旧約聖書
の主、つまりヤハウェだという事
です。
さてどんな計画というものだったか
今回簡単に抜粋してみました。

「見よ、わたしが叱咤すれば海は
干上がり大河も荒れ野に変わる。
水は涸れ、魚は異臭を放ち
渇きのために死ぬ。
わたしは天に喪服をまとわせ、
粗布(あらぬの)で覆う。
(イザヤ書 50章2~3節)

なんだかとてつもなく恐ろしい
神ですよね、とても慈悲深く地上
に祝福のエネルギーをもたらす
神とは思えません。
そして旧約聖書の「わたし」である
神ヤハウェには、さらに主と仰ぐ
神がいて、やはりそれも同じような
恐ろしい神のようです。

「神の世界審判

見よ、主は地を裸にして、荒廃させ
地の面(おもて)をゆがめて住民を
散らされる。民も祭司も、僕
(しもべ)も主人も、女の僕も
女主人も
売る者も買う者も、貸す者も借りる
ものも、債権者も債務者も、すべて
同じ運命になる。地は全く裸にされ、
強奪に遭う。
主がこの言葉を語られた。

地は乾き、衰え、
世界は枯れ衰える。
(中略)

地はそこに住む者のゆえに汚された。
彼らが律法を犯し、掟を破り、
永遠の契約を棄てたからだ。
それゆえ、呪いが地を食い尽くし
そこに住む者は焼き尽くされ
わずかの者だけが、残された。」
(イザヤ書 24章1~6節)

なんという残虐極まりない神なん
でしょう。たぶんこの永遠の契約
というのは、神が定めたもの
でしょう。
それに違反したというだけで、これ
だけ、人々にひどい事をできるもの
かと思いますね。というよりこの永遠
の契約は、当然神に絶対服従するとか
そういう事なのだと思いますが、
地球の自然が、それを意識している
はずはないと思いますね。
つまり地上を荒廃させる理由が
見当たりません。
もし人々が邪悪な意識に染まったとか
いうのなら、わからないでもない
ですが、それは関係なく、とにかく
永遠の契約に従わなかったからという
理由のようです。
というより、これ神がかなり邪悪で
残虐なキャラじゃないですか。

私たち日本人は、宗教とは、心の修養
にも良いものだと考えている人が多い
と思いますが、どうやら、この旧約聖書
では、とにかく神に従わなければ、
恐怖が待っているという事を、またその
恐怖の結末を丁寧に書いているもの
だったという事です。

もし宗教によって人々を従わせるのが
目的であれば、確かにこのような表現
を取るのも一つでしょうね。
ただし、その場合神に絶対服従する事が
求められるというわけです。
たとえそれが邪悪な者であったとしても
という事です。

ここで世界の主要宗教ともいえる、
イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の
全てで旧約聖書もベースとして共通
するというのは、まさに民衆を従わせる
事を、目的としているという事の証
だという事です。

特にユダヤ教は選民思想といわれますが、
ユダヤ人とは民族の事ではなく、ユダヤ
教を信仰する人々で、しかもそれは
現在の支配層に集中しているという事
です。
だからユダヤ人が、世界を支配している
と知識人が言うのを、民族差別とか言う
人は、全く検討はずれだと言う事ですね。

では次回そのユダヤ教の内容について
少し見ていく事にします。

つまりユダヤ教が聖典としている旧約聖書
とタルムードについてという事ですね。

これが支配層の思想であるといっても
いいという事だと思いますので。

ではまた(^^)/

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武士道の精神なども 江戸時代からの貴重な学び   


この記事は
江戸時代日本は本当に
「美しい国」だった!

という記事の続編です。

前回も江戸時代が、とても自然が
豊かで、それと共生しながら、
完璧なエコ社会を実現していた事
や、識字率の高さが欧州とは比べ物
にならないくらい高かった当時の
江戸庶民が、本屋で立ち読みして
いたのを見て、欧州の人が驚いた
という事などを紹介しました。

今回も江戸時代の素晴らしさを
紹介していきながら、また江戸時代
から学べる事なども、書いていきます。

それと最後にたまたまyoutube
で見つけた、江戸時代の動画を
貼り付けておきましたので、それに
ついても少し書いておこうと思います。

ではまた池田整治氏の著書から引用
させていただきます。

『』内が引用で、~が中略です。

『さらに江戸に物乞いがいないことも
異邦人を驚かせた。
例えば通常、盲人たちへの福祉と
言うと金銭面での支援や目に見える
支援が考えられると思う。ところが
江戸では、琵琶法師と按摩という職業
は、盲人たちの専門職として特権を
与えた。つまりハンディキャップの
ある人たちに、お金ではなく「職業」
という生きる糧を与えたのだ。これこそ
、究極の福祉政策だろう。
医療も未病が基本だった。
 医師は自分の担当する住民の健康に
留意し、とにかく「発病させないこと
が彼らの仕事とわきまえていた。だから
病人が出ると、自分の至らなさを恥じ
、夜明け前に診療所を去る医師も
少なくなかったそうだ。医療行為で
財を成すなど論外だったのだ。~

(引用注:まさにこれこそ医療の真髄
ですね。私も身内や自分自身にはその
コンセプトで生活しておりますし、
全く病院の薬を飲む事もなく、
体調不良も全て自然治療で回復させる
事をここ10年以上も続けており
ます。
江戸時代の医師にくらべて、なんと
現在の医療業界は金権まみれなの
だろう。アフガンで不幸にも凶弾に
倒れた中村医師などは、例外中の例外
だという事です。)

江戸が人類史上、最初で最後の大自然
都市なら、その都市で育まれた芸術・
文化は、まさに人類史上最高の芸術の
宝庫だった。
 歌舞伎、能、文楽、人形浄瑠璃、
陶磁器、和歌、俳諧、川柳、浮世絵、
狩野派等の絵画、彫刻、伝統的木造
建築物、武道、華道、香道、茶道、囲碁、
将棋・・・枚挙に暇がない。これらの
ジャンルで、明治維新以降、新たに排出
したものがあるだろうか?
これらに匹敵する芸術性の高いものが
これだけ集中した都市が、世界にあった
だろうか?

(引用注:非常にバリエーション豊か
ですが、バロック音楽や絵画など西洋
にも質が高い芸術はあったので、その
あたりは、まあ種類は少なくても、西洋
にも一定の評価をしたいと思いますが、
おそらくそれが一般庶民にひろがって
いた民主性が、欧州とは比べ物になら
なかったのだと思います。宗教画も
音楽も確かに特権階級のものでした
からね。
また現代日本では、やはり楽しむ事に
かけては、昔から一流だったので、
アニメや漫画、ゲームに変わったという
事で、やはり多彩な展開もしているとは
思います。ただゲームが体と脳に被害を
及ぼし、漫画も思考力という点で成長
しにくくなる部分があるのは、確か
ですが、まあ日本人が多彩で多感という
のは、まだなんとか受け継がれている
とは思います。)

文学を見ても、世界最古の私小説
『源氏物語』が誕生したのが、
一〇〇八年。今から一〇〇〇年も昔
である。一三〇人近くの登場人物が
織りなす世界最古の恋愛小説だが、
この名著は読後、人生のわび・さびを
感じさせてくれる。
 それから七、八〇〇年もの年月を
積み重ねて書かれた『浮世草子』や
『奥の細道』『東海道中膝栗毛』
『南総里見八犬伝』等の書物や文学
は、様々なジャンルで華開いた。
欧米の文学は、せいぜい一〇〇年から
二〇〇年の歴史に過ぎない。~

(これも驚いた、もう少しは欧州の
文学も歴史はあるとは思いますが、
しかし、それでも圧倒的に日本の
文学の発展の方が古いといえそう
ですね。)

中世の欧州は王侯・貴族の国であり、
一般市民は農奴しかいなかった。
キリスト教は、このような専制支配
体制を維持強化するための
イデオロギー的要素が、教祖である
キリストの心(教え)に反して、
彼の死後に入ってしまったのです。

(引用注:これはローマ帝国の
時代に、大きく聖書が改ざんされた
事も記事に書かせていただいたと
思いますが、当時からキリスト教は
一応キリストの言葉を弟子たちが
書いたと言われる新約聖書以外に
旧約聖書もベースにしていて、その
内容があまりにも支配者にとって
都合が良い思想だと近年知って驚いた
のですが、なんとさらに驚く事にこの
旧約聖書は、キリスト教だけでなく
ユダヤ教、イスラム教のベースでも
あるという事をほとんどの人が知らない
と思います。
その事は、旧約聖書についての記事に
書いていこうと思います。)

組織はトップで決まる。江戸文明は、
士農工商の身分制度で明確なように、
トップの武士階級によって支えられた。
 では武士とは何か?「いざ」という時は、
藩(国)のため、藩主のために、武器を
持って死を賭して敵と戦う職業である。
そのために、生まれたときから一切り
包丁、すなわち研ぎ澄まされた真剣に
よる剣道を中心とする様々な厳しい武道
と人間性向上のための学問が、日々の日課
だった。上級武士になるほど、剣道の
「免許皆伝」、茶道の心得、『孫子』
『四書五経』等の習得、習字、馬術、
兵法等、より高度な修得が求められた。
 特に剣道・槍等、武術の稽古は、常に
死と対面し、その克服のためには心の
修行が不可欠であり、究極の無刀取り
の極意、つまり~(たたかい)を「止」
める「道」の完成が求められる。

(引用注:~の部分は武という漢字の
止めるだけを取り除いて、戦うという
意味の部分が入るのですが、どこにも
そんな部分をフォントで扱っては
いなかったので省略させていただき
ました。とにかく、白刃取りというのが
無刀取りという事なのでしょうが、
とても高度な技ですが、やはり研ぎ
澄まされた精神と、高い意識レベルが
ないとそこまでの極意を得る事は難しい
という事でしょう。
それにやはり、戦うよりは止めるという
武士道の真髄がここにもあるという
事だと思います。)

そのための厳しい精神修養を通じ、禅に
通じ、わび・さびの感性、無の心境、
すなわち「究極の人格の形成」が
求められる。だからこそ武道精神に
通じるものほど、弱者への愛、公への
奉仕、誠な生き方を体現するように
なる。
一方、これを支える婦人にも「婦道」
と呼べる、武士の妻としての良妻賢母の
修行が行われた。

 こういう武力と高い人間性を併せ
持った武士が、江戸文明を支える、つまり
行政を預かっていたのである。
欧州の貴族達支配者は、自己の領土と
名誉のためには大いに戦ったが、一般市民
と言える農奴のために仕事に励んだという
史実は聞いたことがない。
 ところが江戸時代の武士は、市民の
ために粉骨砕身働いた。彼らの普段の仕事
は、今で言う幕府や市役所の役人である。
彼らは私利に走ることなく誠実に勤務
した。幕末には一般市民である商人の
ほうが経済的には裕福になった。
「武士は食わねど高楊枝」とは、皮肉
ではなく、まさに彼らの無私の奉仕、
誠実な生き様を表すものである。
 一方、精神的には、彼ら武士は名誉と
義を重んじ、そのために殉ずることさえ
厭わなかった。いざという時には、金も
地位も家族も捨てて、己の信じる義の
ため、己の名誉のために、獅子奮迅の
力を発揮する。~

(引用注:この家族も捨ててというのは、
残された家族の事を大事にしないという
意味ではありません。藩(国)のため
に戦って命を落とした場合、藩から
家族のために手厚く支援される事が
約束されていたのです。しかも自分
が命を落としても、また良い夫を見つ
けるように妻に念を押していた武士も
少なからずいた事でしょう。
なんという潔い漢のあり方なんで
しょうね。)

しかも彼らには帯刀が許された。つまり
常時「武力」を保持していた。その
精神力と武力に支えられた武士団が、
一〇〇万都市・江戸を支え守っていた
のである。それゆえ治安には、警察官で
ある同心がわずか十数人いれば良かった。

~ちなみに、このような武士が守る
日本への直接的な武力による植民地化は、
軍事上不可能だった。黒船が威嚇射撃
だけで上陸しなかったのは、黒船の
兵員輸送能力と武士の数を比較すれば、
物理上、それしか手がなかったことが
理解できる。それゆえ、日本を勢力下に
収めるためには、薩長等を使った武士間
の内戦という「間接侵略」が採用される
ことになるのだ。』

“出典:「マインドコントロール」
           池田整治 著
           ビジネス社刊”

最後の見解は貴重です。もちろん明治維新
が、欧米の支配層による間接支配により
始まったという事を知らなければ、話に
なりませんが、これを読んでくださって
いる方なら、よくおわかりの事だと思い
ます。
つまり歴代の総理のほとんどが山口県出身
なのは、彼らの支配にいち早く収まり、
幸福であった江戸時代を終焉させた長州藩
が前身の土地だからです。
しかもその支配が現在まで続いている証拠に
山口県岩国市に米軍基地があるのは、日本を
いまでも占領しているという事を、大衆には
隠しながら、政府中枢には示しているという
事なのです。
そして江戸時代の武士団を、彼らがことさら
恐れていたというのは、太平洋戦争を回顧
した元米軍兵士たちが、日本兵は体は
小さくても自分たちより屈強で、同じ武器を
持って戦ったらとてもかなわないと口を
揃えたというエピソードが存在しているのを
見ても分かっていただけると思います。

確かに西洋の兵隊には、武道の極意などは
全くわからない世界で、精神修養もまた
武道の鍛錬も欠かさなかった武士たちは
本当に強かったのだと思います。

それより特筆すべきなのは、彼らが行政も
担当していたという事です。四書五経など
を修得していたから、教養も高かった
という事で、しかも民を思う精神も
手伝って、
今とは比べ物にならないくらい優れた行政が
行われていたのだと思います。

医療、行政、文化、治安などあらゆる分野
で江戸時代が完成された社会である事が
わかります。

次回は、江戸の武に対して、西洋の軍という
ものがどんなものか、見ていく事にします。

では最後に以下の動画をどうぞ
一応その下に簡単なコメントを書いて
おきました。

【衝撃】外国人が見た150年前の
日本が凄すぎる…「人々は貧しい。
しかし幸せそうだ」と感動した
エピソードとは…?!【すごい日本】
海外の反応

まあありがたい事に、日本を限りなく
賞賛してくれたわけですが、たぶん
間接支配が明治から始まったという
真実は、彼らの中でもさらに特権階級
しか知らなかったのでしょう。
おお神よとかいってる間に、日本は
影で欧米の勢力下に入ってしまったの
です。
だから明治以降、全く他国に戦争を
しかけるような国民性では全くなかった
のにもかかわらず、戦争を彼らの
圧力に屈した政府と軍部が決めて
他国へ侵攻していったというわけです。

まあ彼らのように海外を悠々と略奪して
まわれるような階級は、豊かであった
でしょう。日本を貧しいというのは、
彼らに比べたらという事で、江戸時代は
衣食住が満ち足りて、文化も発達していた
豊かな時代であったので、満ち足りて
いたわけです。単に生活が彼らの好む
ように派手でなかったというだけの事
です。

まあいくらでも江戸時代の賞賛は尽きま
せんが、今回はここまでにします。

ではまた(^^)/

クリックしていただいた方本当に
ありがとうございます(^^)
おかげ様で上位継続中です💦

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江戸時代日本は本当に「美しい国」だった! 心も含めて


この記事は
江戸時代の日本に感動したという
当時の欧米人の言葉とは?

の続編です。

今回本当に、といった事に違和感を
覚える人達は、まさかいない
でしょうね?

完全に近海で放射能汚染が、コントロール
されていると国のトップが言っていたのを
世界中の人々は、全く信じていません。
日本は情報統制のため大手メディアで
放射能汚染の現状は、ほとんど全く
知らされていません。ネットなどで、
放射能汚染の現状を調べなければなり
ませんが、世界では大手メディアで
詳細に日本の放射能汚染の現状を伝えて
いるからです。
そのため日本の農産物や海産物は、今でも
厳重に輸出規制されているわけです。
世界に向けて大嘘をついただけでなく、
国民はふだんから騙されっぱなしだと
いうわけです。

「いつから日本は、ウソをつく国になって
しまったのだろう。」
もし江戸いや戦前でさえ、当時の日本人を
知る人たちは、あまりにも変わり果てた
日本の変貌ぶりに驚いているはずです。
これは特に、国の権力者のバックにある
世界の権力者の意図通りに政治家が、動いて
いるためですが、そんな事世界の知識人しか
考慮に入れてくれないと思います。

つまり国のトップは、現在の日本人も代表
しているという事として捉えられるから
です。
あーなんという嘆かわしい事でしょうね。

かつて同じ人物が「美しい国ニッポン」
というスローガンを掲げていたのは記憶に
新しいですが、同じ人物の政権によって、
汚染土が、全国にばらまかれ、文字通り
「美しくない国」にどんどんしていって
くれているわけです。
もちろん放射能汚染だけでない事は、
多くの人がご存知の通りです。

ところが、学校では教えてくれませんが、
本当に世界でも類のないほど、日本は
「美しい国」であったのです。

また池田整治氏の著書から引用させて
いただきましょう。

『』内が引用で、~が中略です。

都市全体が循環するリサイクル国家

日本に来た外国人は、そのほとんどが
中国・上海を経由した、上海という街は、
見た目は石造りの高僧ビルもあるが、
ほとんどの住民は、彼らの目から見ると、
まるで物乞い同然の汚いものだった。
そこからさらに船で東端の島国である
日本を目指した。インド・中国の次で
ある。彼らは相当な汚さを予期していた。
 ところが日本に上陸すると、その
美しさに絶句した。
 黒潮・親潮の海洋エネルギーの恩恵に
積み重ねられた「春夏秋冬」の、まるで
絵画のような大自然に圧倒された。~
 寒村の横浜でも、小道に至るまで綺麗
に手入れが行き届いている。マッチ箱の
ような農村でさえ、庭には小綺麗な盆栽
がある。欧州における農奴の生活では
あり得ない風景だ。~
彼らは異邦人を家に案内し、食事を賄い、
風呂まで入れて、しかも帰りには土産
までくれる。御礼に手持ちのペンなどを
差し出すが受け取らない。寝る時は
家に鍵をかけないで寝ている。

さらに江戸にいくと、そこはまるで
パラダイスだった。
それもそのはずである。現存する
後楽園や六義園クラスの大規模な
公園が三〇〇~四〇〇ほどある。
中規模の公園は、三〇〇〇~四〇〇〇
ほどもある。
小さな個人の家にも必ず庭があり、盆栽
などが植え込まれている。言うまでも
なく、大規模な公園は大名屋敷であり、
中規模な公園は旗本屋敷や神社境内で
ある。
 しかも非常に衛生的だ。トイレが
完備されていて、汚物は有機肥料として
使われている。完全な循環型有機農法で、
リサイクルにより人口約100万人を
賄っている。とても清潔で、掃除の
行き届いた街並みだった。
 行き交う人は礼儀正しく、温かい
人間性にあふれている。必ず微笑み
で挨拶をしてくる。子供の天真爛漫な
無邪気さは他国では見られない。
市民が本屋の前で立ち読みする姿
など世界で初めて目にした。
絵画や彫刻、陶磁器の芸術も、これまで
見たことのないほど繊細で大胆な構図
である。目に触れる物、人、そのすべて
に彼らは感動した。
 これらを上空から見れば、まさに緑
あふれた史上最大の公園都市・パラダイス
だろう。列島文明の特性である
「自然との共生」が、大都市・江戸で
結実したのである。』

“出典:「マインドコントロール」
           池田整治 著
           ビジネス社刊”

日本は本当に清潔で、美しい国であった
ようです。江戸時代が、完全リサイクル
社会であった事は、割と情報が出回って
いたので知ってはいました。
江戸に縦横無尽に張り巡らされた水路
で、海運も人の行き来もスムースに流れ、
新鮮な魚介類や、農産物も、採れたその
ままで、カゴを担いだ行商人が売り歩く
のです。
当然寿司も江戸中の寿司が、全て驚く
ほど美味しかったのはいうまでもない
でしょう。
また水路は防火対策としても役立つ
し、当然田園に行き渡り、農業を助け
ます。
まだまだ他にもあらゆる完全な都市
としての機能が、完備されていた夢の
理想郷であったようです。
なぜ「近代化」などをする必要が、
あったのか、もちろんそれは、日本を
利用して、富も簒奪しようという
大国のそれも一部の支配的特権階級の
意図があったからなのです。
それにしても鍵もかけないで寝られる
というのは、それだけ人が人を信頼し
思いやりにあふれた社会であったという
事がうかがえます。まさに共生の社会
ですが、西洋の「近代化」が進んだ
今はどうでしょう。全く逆の社会に
誘導されてきたのがわかりますよね。
彼らが持ち込んだのは「競争社会」
です。弱肉強食が自然の摂理だからと。
実はこれは大きな間違いです。
これは真実の月編の一連の記事を読んで
いただければ、わかっていただける
ようになっていますが、数十万年前に
地球の自然界のシステムは大きく
変えられ、共生共存であった地上に
弱肉強食の生態システムが、持ち
込まれたというのが真相だったのです。
今でも植物の世界などは、同じ自然
ですが、見事に共生の生態システム
ですよね。
しかも木の年齢などをみても、自然と
共存するがために、超長生きではない
ですか。

そして自然に恵まれた日本では、別に
肉を食べられなくても豊かな食生活が
実現されていたのです。
この事は、子供たちが教えてくれました!
という記事でもご紹介しました。

その記事から、弱肉強食以前の黄金時代
と、日本が何度も肉食を禁止してきた
歴史があったという部分を、転載して
おきますね。

また最近
ムー大陸伝説とは? 堕落する以前の
黄金時代
という記事で、太古の昔人類は動物たちと
テレパシーでコミュニケーションしながら
楽しく暮らしていたという、ギリシャの
時代の言葉をご紹介していましたが、
もう一度まず掲載しておきますね。

また超古代の黄金時代についての言葉も
ギリシャ時代に残されていて、それを
アイク氏の著書から引用します。

「」内が引用で、~が中略です。

古代人は度重なる大洪水などの大変動
によって人類が「堕落」したと考えて
いて、それが世界中の言い伝えにある
という事ですが、それを受けてが以下
になります。

「古代ギリシャの詩人ヘシオドスは、この
「堕落」以前の世界のことを記している。

人は、神々のように、欠陥も激情もなく、
苛立ちも労苦もなく、生きていた。
神聖な存在と仲良くしながら、平穏と
喜びの日々を送っていた。お互いの信頼
と愛で結ばれ、完全な平等を保ちながら
ともに生きていた。地球は今よりも
美しく、豊かな種類の果実が自然に
生(な)っていた。人間と動物は同じ言語
で話し、互いに(テレパシーで)意思疎通
していた。大人は100歳の少年に過ぎ
ないと考えられていた。加齢による衰弱
はなく、上位の生命領域に移るときも
[死というよりも]穏やかな休眠状態
だった。」

“出典:「ムーンマトリックス
        〈覚醒編➁〉」
     デーヴィッド・アイク著
       訳 為清 勝彦  ”

つまり動物を殺して食べるなどという
習慣など全くなかったという事です。

さてこのように堕落した人類になっても
日本人は明治以降、西洋文化とともに
肉食文化が入ってくるまで、原則として
肉食禁止だったのです。


“出典:「光の食卓」
      木村重一
      木村紀子著
    ヒカルランド刊 ”

この画像にあるように、なんと明治時代
以前に日本では1191年もの間肉食
は禁止だったという事です。
私たちは、当然こんな事学校で教えて
くれませんよねー。
そんな事を教えたら、日本人が目覚めて
しまいますからね。
この中で私が一つだけおぼろげな記憶に
あるのが、徳川綱吉将軍の
「生類憐れみの令」くらいものですが、
その意味について詳しく説明された記憶
はありません。確か年号と結びつける
のだけ試験に備えて覚えようとして失敗
したよーな記憶はあります💦

とにかく私たちは、本来菜食主義の民族
だったという事です。
こちらの本にもありますが、日本は国
として「肉食禁止令」を7回も出して
います。これは世界で唯一の国という事
らしいです。
栄養学の真実その2」の記事でも
紹介してますが、肉食は攻撃的な性格に
なり、食べ過ぎるとさらに獰猛で凶暴な
性質にもなるという事です。
なるほどそういう意味で、日本人が
平和的な民族であるといわれる理由も
ここにもありそうですね。
事実明治以降、外国と頻繁に戦争をする
ようになった原因の一つでもあるでしょう。
もちろん一般国民のレベルの総意では
なかったのですが。

ちょっと長かったですが、今回の記事と
見事にリンクしてましたので転載して
おきました。
これについては、また別の記事でも取り
上げる事があるとは思います。

では逆に西洋の都市の方はどうだったか
というのをまた引用させていただきますね。

『』内が引用で、~が中略です。

『では、彼ら異邦人の都市はどうだった
のか。当時、バリやロンドンは人口が
約五〇~六〇万人ほどで江戸のほぼ半分
だった。
 江戸との違いは、緯度が高く、生物
を養う豊潤な海洋エネルギーが乏しく、
地質もやせていることにあった。その
結果、自然との共生ではなく、自然を
克服し、唯一の建設資材となる「石」を
使って人工的で幾何学的な街を作る
ほかなかった。
 石の建造物なので、高僧ビルも
建てられ確かに見栄えはする。しかし
生活は決して快適とは言えない。トイレ
は各階のしかるべき部屋に「壺」が
置かれた。壺に座って用を足すので
ある。このため、女性のドレスの裾に
鉄線が入れられ花びらのように
開かれた。一見華やかなドレスの
デザインには、実はこういう事情が
あったのである。
 壺が一杯になると、汚物が窓から
捨てられた。江戸と違って上下水道
が完備されておらず、生ゴミなどは
放し飼いの豚に処理させるお粗末さ
である。それゆえ、ぬかるみの路地では
夏ともなると虫が湧き、不衛生極まり
ない。だからコレラが流行した。
そして匂い消しとして香水が多用された。
欧州で香水が発達したのは、こういう
理由であることを忘れないで欲しい。

(引用注:なるほどここから現在の
香害にもつながっているのでしょうね。
あちこちファブると、鼻腔から神経毒
やら、有害な化学物質がどんどん入り
こむわけですから、まさに危険な香り
というわけですわ)

貴族階級以外は、ほとんどが彼らの
使用人か農奴である。彼らは麦のわら
の中で、雑魚寝生活である。読み書きの
できる市民などほとんどいなかった。
 こういう都市生活をしていた異邦人
たちが、生まれて初めて味わったのが
江戸という自然公園都市だった。
彼らがパラダイスと感じ、賞賛した
所以である。』

“出典:「マインドコントロール」
           池田整治 著
           ビジネス社刊”

いやいや、これだけイメージと違うと
本当なのかと疑いたくもなりますが、
他にも情報源があって裏付けられて
いるので、本当のようです。
つまり江戸末期に来日した欧米人が、日本
から学んだ事によって、現在の花の都パリ
というのが実現したという事が真実だと
いう事です。
常に西洋は東洋から学ぶというのは、
隠された歴史編の一連の
記事にも通ずるコンセプトのようです。

モンゴル帝国が侵略してきた事が、
結局は、ルネッサンスにつながった
事。最近では量子物理学やあの天才
物理学者のニコラ・テスラも東洋思想
から、大きなヒントを得ています。

こうなると我々がたたき込まれてきた
明治以降の「文明開化」という概念は
完全崩壊するしかないという事ですが、
それが真実であったという事です。

次回は、さらに西洋人が驚いた江戸の
文化などについてご紹介していきます。

ではまた(^^)/

クリックしていただいた方本当に
ありがとうございます(^^)
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