キリシタン大名たちによる神社・仏閣破壊とは? 南蛮人の真実とは?2


この記事は、先日投稿しました
バテレン追放令の真の理由」の
続編になります。まだの方は、その
記事を合わせて読まれるといいと
思います。

前回の冒頭に使った、部分は重要なので
まずそれを再掲しておきますね。

実は、一部の知識人や年配の方を除いて、
日本の方のほとんどの方が、
戦後GHQによって、本当の日本の
歴史や、また日本国内にあった、当時の
世界情勢について書かれた本、さらに
古代からの日本に蓄積された貴重な知識
が得られるような本のほとんどが、焼か
れてしまったという事を知りません。
これは、GHQによる「焚書坑儒」として
一部の日本人にしられている、れっき
とした歴史的真実なのです。
ですが、その一部の文献を保存している
人たちもいて、最近その事を明らかに
するような本も多く出版されています。

そしてその本の中の一つから、前回の記事
では、秀吉が、南蛮人の奴隷貿易の事実と
彼らの侵略の仕方が、まず宣教師を送り込んで
信者を増やし、その信者の手引きで、やすやす
と他国を侵略してきて、日本も当然ターゲット
にされているという事を知って、激怒して
バテレン追放令を発令したという、真実の
歴史を紹介しました。

今回は、その証拠となる記事をネットでも
見つけましたのでそこから引用させて
いただきます。 

『』内が引用で、~が中略です。


○日本人の奴隷貿易
1587年九州平定過程にあった秀吉は、
イエズス会の日本のトップである
ガスパル・コエリョに、イエズス会の
日本での行為について詰問している。
「予は商用のために当地方(九州)に
渡来するポルトガル人、シャム人、
カンボジア人らが、多数の日本人を購入し
、彼らからその祖国、両親、子供、友人を
剥奪し、奴隷として彼らの諸国へ連行して
いることも知っている。それらは許す
べからざる行為である。」
(ルイス・フロイス「日本史4」)
当時キリスト教は教義で奴隷を公認しており、
イエズス会は商船の奴隷貿易に関する
許認可権をもっていた。コエリョ自身が
ポルトガル商人に代わって
日本人奴隷売買契約書に署名した記録もある。
日本人奴隷貿易は15世紀後半には
16世紀の後半には、ポルトガル本国や
アメリカ、メキシコ、南米アルゼンチンに
まで及んでいた。
『東洋ポルトガル古記録』には
「ゴアにはポルトガル人の数より
日本奴隷の数の方がより多い」
「日本人奴隷は男よりも女が好まれた。
行き先はゴアを中心とする東南アジアだが、
ポルトガル本国にも相当数入っている」
と記されている。 ローマに派遣された
少年使節団も、世界各地で多数の日本人が
奴隷の身分に置かれているのを目撃して
驚愕している。
彼らは大村、小西らキリシタン大名らにより
捕虜とされたもの達や仲介商人によるもの
である。奴隷売買と引き換えに当時日本では
希少価値であった硝石と交換され、硝石一樽
と日本人女性50人が交換されたという記録
もある。当時の日本人の奴隷売買は
人口1200万に対し2万人から4万人余と
推定される。

○寺社の破壊と僧侶の殺害
秀吉は同じくイエズス会のコエリョに
「キリシタンは、いかなる理由に基づき、
神や仏の寺院を破壊し、その像を焼き、
その他これに類した冒涜を働くのか」
と詰問する。
秀吉は農村秩序の核になっている寺社の
破棄を、かなり重く見ていた。
実際特に九州では寺社破壊は凄まじく、
例えば大村領では神社仏閣が破壊され、
その結果6万人以上のキリスト教信者が
生まれ、87の教会ができたという。
寺社破壊はキリシタン大名の統治する地域で
日本各地に及んだ。キリシタン大名であった
高山右近は大阪の高槻城主であった時に、
普門寺、本山寺、広智寺、神峯山寺、金龍寺、
霊山寺、忍頂寺、春日神社、八幡大神宮、
濃味神社といった大寺社を焼き討ちにより
破壊したといわれている。イエズス会の
コエリョをはじめ当時の宣教師の多くは
仏像や仏教施設の破壊にきわめて熱心であり、
九州では信者を教唆して神社仏閣破壊させた
ことをフロイス自身が書いている。』

“「るいネット」様のサイト
イエズス会は日本で何をしてきたか
 北村浩司様の記事より”

おいおいおいーーーーなんという事だー!
私たちは、全く偽の歴史を教えられてきて
いるのが、よくわかりますね。
実は私は、あらゆる資料から、彼ら西洋人の
世界戦略をつぶさに、知識として得てきて
いるので、これがまさしく真実だとよーーく
わかります。そして日本の教育やマスコミが
このような歴史的事実を隠蔽して、きている
のも、ここ11年ほど、毎日のように確認
しているのでよーくわかります。

いまだにテレビで、当時の南蛮人、宣教師たち
を美化しているのを、よく見かけます。
私たちは、ほぼ毎日洗脳されているのが、
つぶさに研究してきた者からみるとよーく
わかるのです。
神秘研究と、ジャンルが違うのではないか
と思われる方もおられるかも知れませんが、
関係は、大いにあるのです。
その事は、また別の記事に書かせていただき
ますが、この奴隷貿易というのは、つまり
悪魔に魂を売ったキリシタン大名たちも
いなければなりませんから、西洋人だけが
悪いというわけではないのですが、ただ、
邪悪な者の人数と割合がとても多いのは、
やはり西洋というか、当時の南蛮人だった
という事ですね。

まだ違和感を持っておられる方もおられる
かも知れませんので、上には上げられて
なかった大友宗麟の例を取り上げ
ましょう。

『』内が引用です。

『大友記にいっている。

『宗麟公はキリシタンに帰依せられ、神仏は
我宗の魔なり。然れば国中の大社・大寺、
一宇も残さず破却せよとて、一番に
住吉大明神の社を、山森紹應に仰せ、
焼拂いはせで打ち崩す。次に萬壽山破壊の
承りは、橋本正竹にして、彼の寺へ行向い、
山門より火をかける。時しも辻風烈しく
吹きかけて、回廊・本堂に燃えければ、
仏僧・経論・聖経、忽ちに寂滅の煙と
立ち昇る。…
尚も宗麟より吉弘内蔵助に国中の神佛
薪にせよと仰せつければ、山々在々に
走り回りて、神佛尊容を薪にす』云々。
また有名なる彦山退治の記事がある。曰く
『彦山退治とて、清田鎮忠に三千の兵を
相添え遣わさる。山中三千の山伏、身命を
棄てて防ぐといえども、鎮忠上宮まで責め
のぼり、一宇も残らず灰燼になす。掛りたる
処に山伏二名高声に叫ばわり、大友宗麟7
代までの怨霊とならんと、罵詈して、
腹かき切り、猛火の中へ飛び入りける』
云々」

“「しばやんの日々」様のサイト
大友宗麟はキリスト教に接近し、洗礼を
受ける前から神社仏閣を破壊した
」より”

このように別のサイトでも、事実を裏付ける
記事が出て来ます。
大友宗麟といえば、島津義久・義弘など
優秀な4人兄弟を揃える島津軍団に
耳川の戦いで破れてから、没落していき
ましたが、一時は、九州北部から中部まで
勢力を広げようかという、大勢力だった
のです。
もちろん大友宗麟が、寺社仏閣を破壊
していったのは、キリスト教の莫大な
資金力と、武器に必要な原料を得るため
だったのですが、つまりは日本人である
彼も悪魔だったという事なのです。
ただし、彼にそうさせるように指示して
いたのは、当然ローマにあるイエズス会の
本拠からの指令で動く、宣教師たちであった
という事です。
これが歴史的真実なのです。

しかし、まだ当時の南蛮人とキリスト教を
信じたい人は、いるでしょうね。
「島原の乱」というものが、実際には
どんなものであったのか知らないから
でしょう。
あれは当時の江戸幕府によるキリシタン
弾圧が、厳しく重税を課されていた事から
当時の民衆の怒りの助けを借りて、
農民たちが、立ち上がったと教育されて
きましたが、事実は全く違ったようです。
その事実については、次回の記事で
取り上げたいと思います。

ではまた(^^)/

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バテレン追放令の真の理由    秀吉が知った南蛮人の真実とは?


実は、一部の知識人や年配の方を除いて、
日本のほとんどの方にとっては、全く
耳になじみのない事でしょうが、とても
大事な事なのに忘れられている事が
あります。もちろん忘れるような教育を
されてきましたし、マスコミによっても
そのように誘導されてきました。

それは戦後GHQによって、本当の
日本の歴史や、また日本国内にあった、
当時の世界情勢について書かれた本、さらに
古代からの日本に蓄積された貴重な知識
が得られるような本のほとんどが、焼か
れてしまったという事です。
これは、GHQによる「焚書坑儒」として
一部の日本人にしられている、れっき
とした歴史的真実なのです。

ですが、その一部の文献を保存している
人たちもいて、最近その事を明らかに
するような本も多く出版されています。
さて今回引用させていただく本もその
一つです。

きっとこれは、みなさんも寝耳に水と
思われる事もあるでしょう。
時は戦国時代、秀吉が南蛮人の秘密と
なんと彼らの世界戦略の事を知った
というところです。
もうこれだけでも、
「あー違うわ」といってこの記事を
読むのをやめてしまう人、完全に
洗脳されてます。ですが、私の読者に
そんな人はおられないはず・・・・
ですよね?(^_-)-☆

では以下です。
まずは鎖国していたはずの幕府が実は、
世界情勢にとても通じていたという
ところからです。

『』内が引用、~が中略です。

『日本がスペイン、ポルトガル、
アメリカ、、イギリス、フランス
ロシアなどから侵略されなかったのは、
幕府が情報通だったからです。
 幕府が情報を得ていたのは、
オランダです。『オランダ風説書』に
代表されるように、どんな噂であろうと、
伝えるように幕府は望んだのです。
李氏朝鮮や琉球、唐船等からの情報も
得ていました。そしてそれらを相互に
比較検討して対外政策を決定していた
のです。

 なぜオランダだったのでしょうか?
ご存じのように、スペインやポルトガル
とのつきあいの方が古いのですが、信長
の後に天下を統一した秀吉は九州の
キリシタン大名たちからポルトガル商人
が日本人を奴隷として人身売買していた
事実をつかみます。かなりの日本人が
アジアの国々に売られていたのです。
ここにいたって秀吉はバテレン追放令
を発布します。

 そんなトラブルが起きていたとき、
一五九五年一〇月、土佐の浦戸沖に
スペイン船「サン・フェレリーペ号」
が漂着します。これがまた一悶着
起こすというよりも、その後の
日本外交を決める事件へと発展します。
 サン・フェリーペ号の水先案内人
ランシスコ・デ。サンダが母国
スペイン自慢をするために取り返しの
つかない失言をしてしまうのです。
秀吉から派遣された取調官を相手に、
世界地図を大きく広げてみせて自慢
したのです。

「どうしてそんなに領土を拡大できた
のか?」と尋ねられると、「まず外国
に宣教師を送り込んで人々を手なづけて、
それからおもむろに軍隊を差し向けて、
信者の手引きを得てやすやすと征服する。
こうやって世界中に領土を広げてきた
のだ」とあっけらかんと答えるのです。
マインドコントロールの怖さです。
こんなことをされたら、どんな国も
ひとたまりもありません。』

“出典:「超マインドコントロール」
           池田整治著

この続きは次回に紹介させていただき
ますが、今回は戦国時代についてなので
ここまでです。

幕府が世界情勢に対して情報通だという
事ですが、実際、江戸時代の日本は
西洋の情報をどんどん取り入れていて、
文化レベルも、世界の中で群を抜いて
高かったという事は、あまり知られて
いませんが、間違いのない真実のよう
です。
その事は、また別の記事でも紹介させて
いただきますが、江戸末期の日本人の
識字率は90%近くを誇っていたのに、
対して、西洋では、工業都市でさえ1割
にも満たない程度だったというのは、
隠されていない史実として、ネットで
いくらでも見つける事ができます。
また江戸時代に西洋の技術や学問を
積極的に取り入れて、科学の分野でも
日本は世界最高の叡知を誇っていた
ようです。なんと世界初の円周率の
公式は、日本の建部賢弘という人物に
より発見されていたのです。
科学の知識レベル以外にも技術の分野
でも、世界がうらやむほどだったという
事です。
つまり秀吉の時から、家康もその西洋の
大国の意図などは、的確に理解していて
やはり禁教令を受け継ぎ、西洋の侵略
から、自国を守るために、彼らの動きを
制限するための政策をとっていて、
それが江戸時代の終わりまで継承され
ていたという事だったのが真相なのです。

この南蛮人の真実については、次回も
別のサイトでくわしく紹介してくれて
いるので、それをまた取り上げていき
たいと思います。

ただ今回の事は、戦国時代の真の流れを
読み解くのに重要です。なぜキリシタン
大名が、日本の神社・仏閣を破壊して
いったかの理由もこれでわかりますし、
南蛮人と太いパイプで結ばれて武器や
資金力を背景に信長が勢力を拡大して
いった理由もよくわかります。
もちろん彼の苛烈な性格もあった
でしょうが、比叡山焼き討ちや、
一向宗の門徒を大虐殺としていった
背景には、この西洋の大国の意図が
あったと容易に推測できるのです。
彼らにとっては、ライバルの宗教は
当然邪魔でしかないわけで、日本人の
精神をまず彼らのもとに取り込む
ために、キリスト教に改宗させる
ためにとても有効な事だったのです。

また歴史を動かした本能寺の変から、
秀吉が天下を取った事に関しても、
この西洋の世界戦略という観点
でいえば、容易に読み解けていく
のです。
この事は、また後の記事で詳しく
書いていこうと思います。

ではまた(^^)/

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教えられなかった真実の歴史   権力者たちの世界戦略の歴史とは


前回人類全体の集合意識とは     
生体的に方向づけられた意識
という記事で、
私たち人類とは、少し次元の異なる高度な
生命が、私たちの意識や能力を太古から
ずっとコントロールしてきたというお話を
しました。
前回は、そのようなコントロールを可能に
してきた、原初のプログラムについてお話
しましたが、今回は、その続きの一次
プログラムについてご説明しようという
予定を変更して、近代においての私たちに
大きく影響するその一次的なプログラムが
どのような時代背景のもとに形成されて
きたかを説明しようと思います。

(今回のこの記事は、新設された
「隠された歴史編」の記事という事に
なります。)

前回も、言いましたが、その一番上の
支配層に君臨する王族とその閨閥である
財閥が、人類とは違う生命というわけで
す。
つまり彼らは、人類は自分たちとは違う
生命種である事を自覚しているわけで、
私たちにとっては、ひどいと思えるような
事も私たちが牛や羊に対して行うような
屠殺などと同じ事になるので、まあ極めて
自然な事なのです。ただし、我々を
コントロールしている存在の元を
たどっていくと、前回申し上げた王族
や財閥よりさら上の階層の存在が、
いるのです、それはもはや私たちの認識
する物理的次元を超えている存在ですが、
れっきとした生命体なのです。
次元を越えているというのは、五感で
感知できないレベルというだけで、意識
の次元が高いというわけでもありません。
単に、私たちが、それらの存在に狭い
五感の領域に、閉じこめられてしまった
というだけの話です。
つまりこのレベルの存在が私たちを
コントロールして、自分たちに都合の良い
エネルギーを得ようとしているという
事です。

しかもそれよりまた上の高度な意識の
知生体もあるわけです。こちらは、
さきほどの私たちをコントロールして
いるような存在より、高次の存在
なので、むしろ調和と愛で満たされて
いるわけです。
このような存在とつながる事でも
私たちは、救われますが、多くの人の
場合、まずは囚われている意識から
解放されて覚醒する事でしか、
つながることはできません。
そのためにまずは、今テーマに
している「人類をコントロールする
存在の意図とその仕組みを知る事」が
重要だという事です。
わかってしまえば、滑稽なくらいに
大したことではないのです。
そしてそこから解放されるレベル
へと私たちの意識を移行できる
ようになるという事です。
ただし、少し多くの説明をする事には
なりますけれどね。

つまりこのブログでは、その正体について
明らかにするのが目的ではありません。
あくまでも、そのような存在が、私たち
をコントロールするための手段から解放
され、私たちが自由になるための方法に
ついてお話ししていきたいと思って
います。
もしそのような存在について、、詳しく
知りたいという方は、デーヴィッド・
アイク氏のできれば英語の原著を
読まれる事をお勧めします。

ただそのような存在が地上では王族や
その血族でもある財閥を使っている
事は確かなので、そのような存在と
私たちの関係について、今回から教科書
では絶対に教えられる事のない、簡単な
歴史の真実についてねシリーズでお話し
しようと思います。

太古の昔から、土星や月のような天体の
システムの助けを借りて人類を支配的に
コントロールしてきましたが、東洋と
西洋では、まったくその様相が異なり
ます。
前回の記事で、ご説明したプログラムも
太古から人類のDNAに書き込まれて
いたので、その点では世界中の人々が
ほぼ同じプログラムに従っていました。
ただし、東洋と西洋では、その性質が
大きく異なり、弱肉強食のシステムに
より強く順応したのが、ヨーロッパで
あったようです。
もちろん、上の者たちは、そのような
人々こそコントロールしやすいので、
ヨーロッパでは、戦争や残虐な歴史が
世界中の他の地域よりもひんぱんで
あったのです。
つまり彼らの影響力は当初ヨーロッパ
が、もっとも強く彼らの地上における
代理人を、古代から宗教や政治、軍事力
そして富をコントローールできる立場
につかせていたわけです。王族や神官
、法王、財閥などというわけです。
しかし中世まで彼らの支配する
ヨーロッパは、中東よりも文明レベル
が低かったのです。

1453年にトルコ帝国に東ローマ
帝国を滅ぼされた彼らは、以前から
トルコ帝国に敗れてばかりだった
十字軍を再編成して、彼らを攻めるも
やはりことごとく敗れ去っていきます。
このことにより彼らヨーロッパの
支配層は、自分たちより文明レベルが
高い中東を攻めるのは、無策だという
事に気づく事になったのです。

教育を絶対だと信じてきた人たちは、こ
このあたりから、ついていきにくく
なっているのではないかと思います。
もともとヨーロッパは、王族や宗教的な
支配力は強かったのですが、文明の
レベルが他の地域よりもとても
低かったのです。もちろん
ギリシャ時代のギリシャは、当然世界
でもたぐいまれな知的な文明を築いて
いましたが、ローマ帝国がヨーロッパ
を支配しだして以降、その知的財産は
中東にのみ流れていき、ヨーロッパは
とても文化的に遅れていったのです。

十字軍の遠征でヨーロッパの多国籍軍
が破れていたころの中東は、
オリエンタル文明を築きあげていて、
私たちが数学で使うアラビア数字も
その文明から伝わったものなのです。

またトルコ帝国に東ローマ帝国が
滅ぼされる以前の時代でも、
ユーラシア大陸をほぼ制圧していた
チンギスハンを祖とするモンゴル帝国が、
当然当初ヨーロッパを制圧しようと
目論んでいました。
事実東と北半分は侵略されていた
のです。
資料をひもといてみると、ロシア諸公国
ポーランド、ハンガリー、モラヴィア、
オーストリア、クロアチアという
事です。
ところがやはり当時のヨーロッパの
真の実権を握っていたローマ法王が
時のモンゴル帝国の盟主フビライハンに
向けて送ったという書簡が現存して
いて、それは、ヨーロッパを攻め
ないで欲しいという、懇願が切々
と書かれていたそうです。
それに対してのモンゴル帝国側から
の書館も残っていて、「そのような
辺境の地に興味はない」といって、
願いが聞き入られたようです。

つまり当時砂漠ばっかりのイメージ
だった中央アジアの文明から見ても
当時のヨーロッパは、田舎に見えたと
いう事なのです。
全く印象が変わりますよね。
つまりヨーロッパは、中世の時代には
中東のオリエンタル文明や、アジア
の文明より大きく劣る地域だった
という事が、理解できます。

また別の情報もあって、こともあろう
に仏教系の民が大半で、どちらかと
いうと、信仰は自由であった
モンゴル帝国に改宗の進めをローマ
法王がしたという情報もあります。

当時のローマ法王であった
インノケンティウス四世が、第3代
モンゴル帝国皇帝のグユク・ハーンに
当てた書簡と返書が以下のサイトにあり
ます。

『』内が引用で、~が中略です。

 
現在に至るまで、神は
さまざまな国家をその御前に
ひれふさせてこられた。そんな神も、
時にこの世の傲慢を懲らしめるのを
しばし思い留まることがある。

神は傲慢な者たちが自ら謙虚になる
のを辛抱強く待っている。だがもし改心
しない場合には、神はその邪悪さを罰する
だけではなく、来たる世界で復讐する
だろう。

 これに対して返信したグユク・ハーンは、
インノケンティウスの要求についてしきり
にこう書いた。「まるで理解できない」
つまり「いったいなんの話だ?」

 また、彼はこうも言っている。

神が誰に対して無罪放免されるのか、
誰の好意に慈悲を与えられるのか、
どうやって貴殿にわかるというのだ? 
よくぞそんなことを言えたものだ? 
神の力を通じて、全世界のあらゆる帝国
が我々にひれふし、我々のものになって
いる。神の命令なくして、誰がなにかを
成し遂げられるというのか?

“出典:「カラパイヤ」様
怒れる人類の記録。古代から中世の人々
が書き残した10の怒りの手紙

より”

こちらのサイトでは、対等にわたり
合ったように書かれていますが、
実際には、グユク・ハーンが臣下になる
ようにと返書を送っているという情報も
ありますので、完全に全くローマ法王の
言葉に対して、聞く耳を持っていなかった
という事です。

ただこのサイトに紹介されている手紙にも
真実が隠されていて、ヨーロッパを支配
してきたのは、神そして神の代理人で
あるローマ教会であると自負している事が
ここからもわかります。
つまり当時のヨーロッパの最高権力者が
ローマ法王であったという事を裏付けて
いるのです。つまり彼らの権力に
従わないものには、復讐を持って報いる
というように、およそ、私たちの思い
描く神とはまったく違うものの代理人の
ような発言をしているのです。
つまり彼らローマカトリック教会に、
おいての神とは、彼らの代理人の本体
である、私たちをコントロールする
次元の異なる存在だという事でも
あるわけです。

ただ話の内容からして、ヨーロッパの
東半分を無抵抗のまま占領されている
ローマ教会が、それほど居丈高な手紙を
送れるものでしょうか?
命乞いというより、攻めないで欲しい
とへりくだった手紙しか送れない
ものだと思います。

このあとモンゴル帝国の王位争いにより
帝国は没落していったので、結局
西ヨーロッパは無事であったという
事のようです。

それはさておき、とにかく、中東や
アジアにはかなわないと見た彼ら
支配層は、アメリカ大陸と
アフリカ大陸に目をつけます、
それがスペインとポルトガルによる
世界戦略だったというわけです。

ちよっと長くなりそうですね。
最終的には、明治時代直前までの
彼らの影響力拡大についての
歴史をお話しようと思いますが、
この隠された真実編の記事で、順に
説明していこうと思います。

何度も繰り返して申し訳あり
ませんが、教科書に書いていない
からといって、この話が偽物である
というわけではありません。欧米の
しかも支配層にとって都合の悪い歴史
は教科書に載る事はないからです。
つまり今回のこのような歴史は、
多くの文献や資料をもとにして
いるので、とても史実に近いもので
あるといえます。

ではまた(^^)/

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