月のエネルギーの真実 その1    我々の身体について



この記事は、宇宙の真理編としても、
西洋占星術の解釈としても重要なので、
二つのカテゴリーにリンクさせて、
いただくことにしました。
まあ月のエネルギーが歴史編になるのか
微妙ですが、土星のエネルギーについての
記事をこのジャンルに含めたので、
いいかなと思いました。
どこまでも自分に甘いのが、あんみんの
特徴です(^^)
月のエネルギーについて、語らせて
いただく前に、私たち人間の肉体って、
合理的に出来てますかという事を、まず
みなさんに問いたいのです。
公式見解や多くの常識のあると思われて
いる知識人、そして教育に至るまで、
人間の肉体は、進化した末に出来た
理にかなったメカニズムをしている
ように説明されていますよね。
もちろん精巧な免疫システム、思考をする
ための脳細胞のメカニズム、多彩な感情を
表現するためのホルモンの分泌や下垂体に
よるコントロールシステム、心臓による
血液循環システム、五感を受け取るための
感覚システムなど、とても精巧なメカニズム
を人間の身体は、実現していますので、相当
高度なものであるのは、間違いないです。
なめらかな動きや、柔軟な思考など、
ロボットで同じものをつくる事が、とても
遠い未来に実現できるかどうかさえ怪しい
くらいのものである事はわかります。
ですが、通常の肉体の物理的能力を越える
超常能力を発揮する人は、数多くいて、
体外離脱を果たした人が、壁をすり抜け
たり、瞬時にテレポートしたりできるのは、
もともとの肉体の機能として備わっている
ものではありませんし、肉体を離れた臨死
体験者が、360度の視野を獲得して、
あらゆる場所に同時に存在する事ができて、
他人の意識にも入り込んで、感情や気持ちを
理解できる上に、時空を越える意識まで
体験できるとなれば、我々の肉体よりも、
離れた状態の方がはるかに優れた能力を
発揮できているという事です。
そしてまた痛みや苦しみストレスも一切
感じない至福の状態であるという、
臨死体験者の証言は、肉体を離れての状態が
いかに、居心地のいいものかの証拠にも
なります。
我々の肉体は本当に理に適ったものなの
でしょうか。
この場合の反論は、あまりにも典型的なもの
になります。
痛みや苦しみなどを体感できるのは、人体に
有害なものに対して、反射行動を取るために
必要なのと、傷を負ったりした時に、血液を
集中させて、免疫機能を活性化したり、臓器
に異常が起こった時に、やはり治癒力を発揮
するように、人体に指令をするために必要な
事だという、もっともらしい理由が述べられ
ますが、では痛みがなくても免疫機能が
自動的に働けば、我々は痛みに苦しまずに
済みませんか?という当然のような質問が
思い浮かびます。そもそも免疫細胞が働く
のは、体内の自律神経機能によるもの
なので、痛みによって自分の意志で、活性化
させるものではありません。
治癒力も同様に、意識的に指令を出すもの
ではありません。
反射行動に対しても、それが肉体にとって
有害なものであれば、自動的に反応する
ような仕組みになっていれば事足りるの
ではないですか?我々はあまりにそんな
単純な疑問さえ持たないまま、教育や
常識をうのみにして生きてきたわけです。
このような自動的な制御システムがある方が
完全な肉体に近いのではないですか?
そしてまた、痛みが本当に必要な感覚なので
しょうか?
人が生命を産むという、豊かな行為に、なぜ
出産の苦しみがなければならないのでしょう。
なくても良いはずです。
苦しんだから、愛情が深まるという言い方も、
できますが、身体が喜ぶ状態で産む事が、
できる場合、愛情は薄まってしまう
のでしょうか?
また前面についている目による視覚ですが、
なぜ後ろが見えないようになっているの
でしょう。もちろん頭の後ろに目がついて
たらホラー映画みたいになってしまいます
ので、前だけについてていいと思いますが、
機能的にはどうでしょう?
この場合の疑問に対する、常識的な答えも
ほぼ決まっています。危険に対処するため
に、集中した行動を取るためだとか、360
度の視野があれば混乱してしまうからなどと
いう回答が、決まって返ってきます。
ですが、例えば混乱しないような認識力が、
我々にあればどうでしょう?肉体を離れた
臨死体験者に360度の視野を獲得した
と証言する人は多いですが、そのために
混乱したとか、不自由を感じたなどと
いう証言は一切ありません。
逆に、同時に全ての場所を同時に認識
できて、圧倒的に明晰な認識力を得たと
いう証言が数多くあるのです。
つまり肉体を離れて360度の視野に
拡大し、それを同時に明晰に認識できる
能力を獲得したと証言しているのです。
これでも我々の目による限定された方向
の視野が、完成されたものといえますか?
合理的なものだといえますか?
当然我々の現在の肉体は、進化の末に獲得
した完成体とは、とてもいえないと思い
ますがいかがでしょうか?
しかも目による視覚が前面にある事で危険
に対処する集中力が、発揮できるとあり
ますが、我々の肉体にとって最重要な
頭部から中枢神経が通る脊髄と心臓は、
背面である背中側に偏っているのです。
心臓の位置は中間に近くても、それを守る
骨の構造は、圧倒的に背面が脆弱です。
頭部にしても、後頭部の骨の方が、前方の
骨よりも脆弱にできていますので、我々が
まず危険から身を守ろうとすれば、まず
背面を守らなければならないのです。
そこに視覚が働かない目による視野と
いうのは、とても合理的とはいえない
はずです。
雑記編の初期の頃に書いた記事で、
下手くそなフリーハンドの絵を掲載して
アップした、
地震のときのとっさのポーズについて
詳しく説明していますが、
我々が、地震にあった時には、まず
身をかがめて、うつ伏せの向きに丸くなり
後頭部を手でおおうように指導される
のが常識になっていますが、物が落下
してくるような危険な面に背中をさらす
事の方の方が、よほど人体にとって
危険だという事を説明させていただきま
した。
危険な面には、あばら骨や、手足の骨で
カバーしやすい前面を向けるべきで、
仰向けに丸くなり、肘や膝を折りたたんで
落下物に対処するためのポーズを取る
事の方がよほど安全なのです。
肘や膝は人体の骨の中でも特に丈夫に
出来ていて、生命維持を優先させる順位
においては、下位に属するので、危険な
状況に対しての防御という意味では、
とても有用なものなのです。
なのに、背面を守ろうにも、我々の手足
は、背面に対しての可動域が非常に狭く
できています。とくに、背中に近い腕
に関しては、まったく背中にまわりにくい
ように出来ています。これは、どう考えて
も人体を守るための最適な構造を、我々
の身体がしているとは思えません。
むしろ危険に身をさらすのに最適な構造を
しているといった方が正確な表現になり
ます。
そしてまた、進化論というものも、完全に
反証がそろっているので、公式見解を
うのみにしない、またはそれに従わない
科学者や識者たちによってすでに過去の
ものとなっているのです。
また、臨死体験者が、肉体を離れる事で
あらゆる苦痛や痛みから解放され、また
ストレスからも自由になり、さらに比べ
ものにならないほどの認識力を獲得して、
肉体にある間が、まるで檻のような所に
自分を閉じ込めているようだったと証言
するケースが、圧倒的な数に上り、肉体に
ある時の方が、よかったなどという人は
ほぼ皆無である事を考慮にいれると、
我々の肉体は、完成形であるにはほど遠く、
さらに全く合理的でない構造であると
断定せざるを得ません。
また通常の我々の能力では左脳に偏った
能力になりますが、その能力からかけ
離れた能力を発揮する右脳よりも、左脳
を優先させるように、基本的になっている
事も理に適っていません。

さてこれまでの事をふまえて、我々の
生命の誕生時を考えてみてください。
我々は、生命体として誕生する時に、
DNAに対して、大きく分けて三つの
エネルギーをプログラムします。

(DNAは超精巧なアンテナで、電磁気
の情報を常時受け取る構造をしているの
で、常に変化してます。詳しくは
DNAの驚異の力その1をご覧下さい)

一つは、親の遺伝子から受け継ぐ
プログラム。
もう一つは、生命として宿ることになる
個の魂の意識としてのプログラム、
そしてさらにもう一つは、その時点での
環境エネルギーとしての宇宙エネルギーを
受け取り書き込まれるプログラムです。
魂の意識は、当然自分の本来の意識なので
不自由な肉体になるようなプログラムを
書き込むことはありません。

(もちろん前世での怪我などの経験から
の記憶がそのまま投影される事はあり
ますが、それはもともとからある我々の
肉体のプログラムに後天的に追加された
ものなので、我々の肉体の基本的な仕組み
そのものに影響を与えるものではありま
せん。)

そうすると肉体が不完全な状態になる
ように書き込まれるプログラムは、
親の遺伝子から受け継がれるプログラム
と、宇宙のエネルギーであるという事
なのです。
当然宇宙には、ネガティブエネルギーも
あれば、ポジティブエネルギーもある
ので、自然ともいえなくもないですが、
それは流動的なもので、その時期によって
様々に変わります。ですが、我々の肉体の
基本構造と機能は、見事にどの時点で
生まれようが、一様です。という事は、
宇宙の全体的なエネルギーとしてではなく
、特別にある生命プログラムのエネルギー
によって我々の肉体の基本エネルギーが
書き込まれているという事なのです。
これは親の遺伝子から受け継ぐプログラム
とその上に書き込まれるプログラムという
事です。
そのエネルギーはどこから得ているの
でしょうか?

それは、ずばり月なのです。
月が、産まれた時点から7歳児頃までの
肉体形成時に影響を強く与える事は占星術
でもよく知られた事ですが、物理的な
意味でも、肉体のプログラムに深く
かかわる出産に対して、全て月のリズム
が、女性の生理機能と完全にリンクして
いる事は、周知の事実です。
つまり、我々の肉体を形成する上での
プログラムには、月からのエネルギーが
大きな影響を与えているという事の
何よりの証拠なのです。
肉体の形成のためのプログラムは
もちろん親の遺伝子から受け継がれる
プログラムが主体ですが、その親の
遺伝子にしても、もとの現在の人類の
基本の肉体プログラムになった時点に
さかのぼれば、やはり月のエネルギー
があったわけなので、月によって書き込
まれるプログラムとしてさしつかえない
わけです。
もし我々の肉体が、合理的で完成された
ものであれば、現代の占星術一般に
見られるようなポジティブなエネルギー
としての月の解釈が正しいという事に
なりますが、今回私が述べてきたように
肉体が完成されたものでもなく、合理的
なものでもなく、不要な痛みや苦しみ
などを必要以上にもたらすもので
あれば、月のエネルギーをポジティブな
ものとしてのみ捉えるのは、あまりにも
現実とかけ離れた解釈といわざるを得ない
という事なのです。
次回のこの続きのその2では、月の
ネガティブエネルギーが統計的な事実
としてあらわれているという事実を
紹介していきます。

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サビアンシンボル徹底比較 その8

今回比較検討するサビアンシンボルは
双子座9度
「矢で満たされた矢筒」
です。
このシンボルを私はすでに毎日の
サビアンシンボルで 解釈を紹介
してますので、その抜粋だけ
引用してみます。

これは、昨日の「産業労働者のストライキ」
から、意味がつながっていますね、自身の
自我を主張する意識が、今度は攻撃的な意識
としてあらわれるようになっているのです。
しかし、このシンボルの意味は、防衛という
意味です。まだ矢は放たれておらず、昨日の
自我を守るためには、攻撃も辞さないという
覚悟があるということですね。
しかし、やはり行き過ぎた意識につながる
危険があるので気をつけたいですよね。

また今日のシンボル「矢に満たされた矢筒」
は、男性のエネルギーの象徴でもあります。

この時のアスペクトによる解釈では、
この双子座の男性エネルギーに対して
対称の180度のシンボルが
射手座9度
「階段で子供たちを連れている母親」
なので、女性エネルギー、母性エネルギー
を象徴していて、双子座の男性エネルギー、
創造的なエネルギーと対称的になっている
ということです。
アスペクトによる解釈としては、この私の
解釈がすっきりしていると思います。
双子座9度の解釈を
ご覧ください。

要するにこのシンボルに対して、自己防衛、
男性エネルギー、創造エネルギーという
暗示を読み取ったのが、私の解釈だと
いうわけです。

これに対して松村潔氏の解釈は

“鋭い意志と集中力で限界を突破する
ことに能力を発揮する人です。
鋭角的知性の持ち主で、目的を確実に
落とすということに強烈な力を発揮
するのですが、ほどほどを知らない
ことから神経を痛めます。

  (中略)
9度では、独自の意志の力と、その実践力を
手に入れようと言う挑戦を始めていくの
です。そもそも双子座は集団的な価値に帰依
することを拒否して、最後の最後まで個人の
可能性を追い求めるサインです。
この度数は、集団からやってくるあらゆる
意味と、そこから生じる欲望を打ち破ろう
とします。”
“出典:決定版!!サビアン占星術
          松村潔 著
        Gakken刊”

なるほど、松村氏の奥深い解釈に感銘を受け
ますね。私が自我の防衛による攻撃性と
解釈したのに対して、こちらは、鋭い意志
と集中力を発揮する個人という解釈をされて
います。
しかしどちらも創造的エネルギーという意味
では共通していますし、
行き過ぎに注意というのも、私の解釈とほぼ
同じ意味になります。

そして直居あきら氏の解釈は以下に
なります。

“ジェムナイ九度
「矢でいっぱいの矢筒」
シンボル課題
【問題の解決や障害の克服・援助者の必要】

このディグリーの人はこの人生で、数々の
問題に直面するテーマを選んで生まれて
きている。中には自分の力だけで解決
できず、信頼できる人に頼ったり、専門家
のアドバイスも必要なケースもある。
良き相談相手を持つか持たないかは、
この人の人生の重要な鍵である。
   (中略)
しかし現実には、この人には導いたり
アドバイスしてくれる有力な人が必ず
現れてくるのである。
どんなピンチも必ず乗り切れると信じて
生きよう。ハードルはジャンプ!すれば
よいのだ。その次は自己実現が待つ。”
“出典:「定本サビアン占星学」
          直居あきら著
      魔女の家®BOOKS刊”

直居あきら氏の解釈は、このシンボルに
関しては、いつもの奥深く重厚な感じの
ともすれば難解な解釈ではなく、わりと
さらりとリズムよく簡潔にまとめていた
だいてます。
このシンボルはしかし、障害が待ち受けて
いる人生だという解釈で、時には自分
一人の力で解決できず、良き相談者の
力を必要とするとあります。
この点、私や松村氏のように自力で状況を
打開するような力強さに対して、
エネルギー不足なのか、障害が強すぎるの
か自力不足という暗示になっています。
ただ攻撃的なエネルギーの行き過ぎを、
戒める私や松村氏の解釈に対して、
直居氏の場合の方がバランスがとれて
いるものともいえます。

今回も三者三様の解釈で、サビアンシンボル
を深く解釈するのに役立てたかと思います。

最後に、エリス女史に立ち合ったマーク・
エドモンド・ジョーンズ氏の、解釈の
キーワードを紹介します。
「PREPARATION」で「準備」または「用意」
という意味になります。
この暗示は、私のまだ攻撃されていない段階
での個人の覚悟に通じるものがあると思い
ますが、
松村氏の「意志と集中力」を実行に移す前の
準備ともとれますし、
また直居氏の、「障害に対するための他人の
援助を求める相談」という意味での用意にも
つながります。
つまりこのキーワードは、今日のシンボル
の解釈の三者全てに対応しているので、
とても適切なものだといえます。

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占星術は科学!その2


前回その1では、インドでは法的な見解
で占星術を「信頼できる科学」であると
しているという事を紹介しましたが、
まさにその通りだと思います。
今度は、占星術の科学的な解釈を慧眼に
よって説明してくれている、比類ない
真理探究家であり論述家である
デーヴィッドアイク氏の著書から引用
させていただきます。

“だが、深いレベルで行われる占星術は
科学だ。
 電気的宇宙(ないしその波形の基盤
である形而上宇宙)では、電気的に孤立
した状態で機能しているものはなにも
ない。惑星と恒星は本来電気的性質を
持っているので、帯電したプラズマ場との
交信に影響を与えたり受けたりしている。
私たちに見えるのは、惑星や恒星が
物理的に出している可視高周波による
プログラムだが、星は電気および波形の
情報場でもある。
太陽周囲の軌道を回るときも、宇宙の
電気・波形情報と交信し、場の情報を
変化させ、同時に変化させられている。
だから、複数の星が特定の配列
(アスペクト)になると影響力が何倍も
強くなる。
私たちは生まれた瞬間に(受胎した瞬間
という人もいる)
宇宙の電気エネルギーや情報の場とつな
がる。その瞬間の場の情報が、その人の
「星座」をはじめとする詳細な占星術上の
影響を決定する。
占星術に表れるエネルギー場
(=誕生か受胎時の宇宙の状態)は、
その人の生涯を通じて、宇宙の情報網と
交信し続ける。
宇宙の情報網は常に変化しているので、
交信方法は、1年のどの時点で生まれたか
によって違ってくる。
逆に、同じ(情報)時期に生まれた人には、
才能や能力や性格の面で共通点が多い。
   (中略)
占星術には別の面もある、宇宙という
ホログラムのなかでは、あらゆるものは
全体の縮小版なので、、惑星の動きや
並びは、私たちのホログラム場の中でも
起きている。
上の如く、下も然り。私たちは占星術的な
力に大きく左右され、影響されているが、
ここでも、もし〈意識〉(コンシャスネス)
が選択しさえすれば、その力に打ち勝つこと
ができる。”
“出典:「ハイジャックされた地球を99%
            の人が知らない」
      デーヴィッド・アイク 著
            本多 繁邦 訳”
私はこちらの本の原著「Remember
Who You Are」も持っており
ます、原著の方が深く理解するのには適して
います。私はさらに訳されていない
最新の3冊も手に入れ、読破しております。

上のアイク氏は見事に占星術の科学的な
仕組みを説明しておられますね。

私は、「受胎よりも生体プラズマとして
独立した時点である、出生時の方が人生
全般に渡って影響を受ける、電磁波
サイクルの生成として正確」なのだと
思っていますし、どの人も出生時の記録は
あっても、受胎時を知る事はほぼ不可能
なのだと思います。
まあめったに夜をともにしない両親が、
「あのときの」といえるような特殊な
場合を除いてはですが💦
まあしかし、出生時ほどではなくても
影響があると思われます。生命の原型
が出来た瞬間なのだから当然ですね。
だから十月十日前のサインなどを見るの
も参考になるかもしれません。

またアイク氏の見解と私の見解がほぼ
一致しているのは、
宇宙エネルギーが何故人生の
エネルギーサイクルを決定できるのか?

の私の記事を読んでいただければ
よくわかってもらえると思います。

アイク氏のいう「我々のホログラム」
というのは、生体プラズマ循環の
エネルギーフィールドの事です。
ホログラムは、極大から極小まで同じ
ものを投影しているので、当然
宇宙の運行の電磁気情報は、我々の
生命エネルギーフィールドにも、同様
にあるという事をいっておられるの
です。

ただわたくしが信頼する、コンノケンイチ
氏の宇宙モデルに従えば、我々自身が
宇宙大の空間そのものでもあるという事
なので、太陽系の運行や宇宙全体の情報も
自分自身であるという事になるのです。
そしてまた本来の意識が全てと一体で
あり、宇宙全体とも一体なので、自分の
意識のレベルが高ければ高いほど、その
宇宙の情報も、またそれによる影響も
書き換えができるという事なのです。

ところでアイク氏の記述の冒頭に
電気的宇宙とありますが、これはもちろん
プラズマ宇宙の事です。そしてこの電気的
宇宙を形而上宇宙とも注釈してますが、
原著では、超自然的宇宙とあります。
これは訳し方にもよりますが、形而上
というのは、誤解の生じやすい日本語
ですね、それにあまにもなじみが
ありません。要するに五感で感知でき
ない領域のものだという事なのですが、
この言葉には、抽象的という意味も
含まれているのです。それでは実体の
ない想像上のという意味も含まれて
しまいますが、実際にこのプラズマ宇宙
は観測可能ですので、形而上という
言葉があてはまらなくなるのです。
こういうことも含めて、理解のためには
原著を読んだ方がいいというわけなの
です。

今回の記事は長くなりましたので、簡単に
まとめますと、我々は宇宙と電気的に
つながっているので、巨大な電磁気を
プラズマ循環させている天体の影響や
宇宙のプラズマエネルギーと、常にリンク
しているので、運気や健康や性質など全て
に渡って影響を受けているという事です。
また出生時は、母体を離れて、独立した
プラズマエネルギーフィールドになる
瞬間のため、そのフィールドを生成する
時点で、宇宙のプラズマエネルギーを
そのまま取り込むため、自分自身の
生体エネルギーのサイクルの性質として
生涯に渡って影響を受け続けるという
事なのです。

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占星術は科学!その1


私が、ホームページで説明しているように
占星術は、天体の配置と人体が電磁気
(プラズマエネルギー)によってリンク
している事によって、人生や運命、健康
などを読み取る事ができる科学です。
この思想は、むしろ太古からあるもの
ですが、最近は偏った教育や常識に誘導
されている事によって、わりと「当て物」
とか非科学的なものと思われている事が、
特に日本人に多いと思います。
それと超常現象や目に見えない領域の事を
スピリチュアルの幻想世界のように思う
人も多いと思いますが、それらはれっき
とした現実で、しかも科学的な説明が
可能なものです。
まさに私の神秘メッセージを読んでいって
いただければ、わかっていただける内容に
なっています。

さて今回は、その占星術についてのみならず
、あらゆる超常現象や、古代からの知識や
真理などについて取り上げ、深い考察を
加えておられるブラッド・オルセン氏の著書
「モダン・エソテリック」を、訳して
くださっているサイト、「両生歩き」様より
引用させていただきます。

“     占星術は科学か
占星術は、意味を解釈するもう一つの最も
持続する手法であり、神話よりむしろ科学で
あると信じている人たちもいる。私たちの
太陽系の惑星の位置と、それが人々の生活に
どのように関係しているかの研究は、
少なくとも4000年前に成立し盛んとなった。
しかも毎年、その有用性が増しているようで
ある。天文学の知識は古代近東から始まって
時とともに発展し、最終的には惑星の位置、
月の位相、日食などの現象の予測を可能に
した。この知識は、ギリシャとローマ帝国の
異教同士が統合された宗教制度の基礎として
用いられた。これは、惑星と星の崇拝に
関係し、人の死後、もしその人が崇高で
あればその人は天に昇るとされた。
今日、そうした古代の星崇拝の痕跡は、
7日間の週、1年の12カ月、そして冬至が
キリストの誕生を祝うこととなっている
ように、私たちと共に残っている。
占星術の真の信者は、それを個人の将来の道
を決めるために使う。だがそれに疑いを
抱く者は、占星術が医療現場で使用され、
患者の治癒や、障害を伴うのか、あるいは
死亡するのかどうかを決定するために
使われているのではないかと疑っている。
だが、天宮図の使用は、病気の診断および
可能な治療法の提供に使用されてきた。
これは、人の誕生日に由来する「誕生の
運星図」(ホロスコープのこと)――出生時の
星と惑星の位置を
描いたもの――を参考にする。「天体通過図」
(トランシットの事)は、出生時と現在
の両方の星や惑星の位置に基づいており、
対比の比較に使用される。
最近の法的挑戦にもかかわらず、占星術の
実践はインドの最高裁判所から事実上の承認
をえている。それはしかし、現代の支配的
制度にとって受け入れられる発展ではない。
それに懐疑的なインドのタイムズ紙の報じる
ところでは、「占星術は世界の科学者の
大部分が欺かれてきた」と、「著名な」
物理学者のヤシ・パル教授の言葉を引用
している。インドの裁判所に提訴された
訴訟は、占星術に基づく予測の広告を禁止
しようとしている。占星術の広範な信奉を
乱用し、間違いをもたらしたにせ者がいる
のは確かである。にもかかわらず、インドの
裁判所は、そうした告訴をよそに、占星術を
「信頼できる科学」と判決している。
そのインド裁判所には、
『Theatre of Astrology』の著者
ジョン・アンソニー・ウエストを含む多くの
専門家が参加している。彼は、
トマス・アクィナス、ヨハネス・ケプラー、
ゲーテ、ラルフ・ウォルド・エマーソン、
カール・ヤングなど歴史上の多くの偉大な
思想家によって有効であると認められて
いることを指摘している。ある事が
正しく用いられないことを理由に何らかの
慣習の有効性を否定する者たちは、家を
燃やすために使用する人がいるから
ライターを所有する権利を否定するのと
同じ論理にたっている。もし、ある予測が
誤った結果となったからと言って、科学が
違法とされてもいいとするのだろうか。”

“出典:「両生歩き」様”

こちらは、原著を訳してくださっている
わけですが、私は原著も持っていて、やはり
自分で読破しております。こちらのサイト
では訳されていない部分もあり、さらに
理解が深まりますので、本格的に研究
したい方は
“「Modern Esoteric」
       BRAD OLSEN 著
   CCCPublishing 刊”
をお読みください。

しかし、最後の考察は見事だし、示唆的
です。科学の予測というか、公式見解は
間違ってばかりの歴史でしたが、違法と
された事は一度もありませんでしたね。
しかも現在も堂々と、間違ったものを
公式見解として、教育やマスコミに広め
常識として、まかり通るようにしてます。
神秘メーセージの「宇宙の根本的な
力は重力じゃない
」や
「ビッグバン説と宇宙モデル」シリーズを
読んでいただければ、よくわかって
いただけると思います。
それと占星術の発祥は、近東から始まった
とされていますが、近東とはバルカン諸国
やトルコ、シリア、エジプトなどの地域
の事らしいですが、西洋占星術はそれより
後の事だということのようですね。
またこのブログでも紹介しているギリシャ
の音階まで発見した大天才真理学者
ピタゴラスもエジプトに学んだという事
ですから、古代の歴史はこのあたりから
西洋に文明が広がっていったという事
でしょうね。
もちろんインドや中国、チベット、日本
などの東洋もそれに劣らない歴史を
持っています。
インドは今でも、最高裁判所が占星術を
正式に承認していて、占星術に対して
訴訟のあった裁判で、なんと
「占星術は信頼できる科学」だと判決
しているというのです。
日本では考えられないことですが、インド
では常識だということですし、世界でも
日本よりは、占星術に対して科学的な見方
として正しいという考えが浸透している
と思います。
断言はしませんが、あまりにも日本では
「イロモノ扱い」したり「非科学的扱い」
する風潮が強く蔓延しているのを、感じて
いるからです。
もちろんこの記事にたどり着くような人は
そんな事はないと思いますが、あくまで
日本全体としての意味です。
また天体との位置関係で、そのエネルギー
を読み取るのは科学的だと、納得する人は
いても、私がベースにしている、エリス・
フィラー女史のチャネリングによる
イメージを天球の360度の1度ずつあて
はめたサビアン占星術を科学的ではないと
思う人は多いでしょう。
ですが、それも超常能力を発揮できる
レベルの人は、高次元のエネルギーを
読み取る事ができるという事が裏付けに
なっていて、そのような事も科学的に
説明していっているのが、このブログの
神秘メッセージの記事の数々なのです。
また占星術が科学だとしている別の記事を
またこのシリーズの次回で取り上げて
いこうと思っています。

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天球の音楽のエピソード         天球の音楽とピタゴラスその3        


新ブログなど、いろいろと新しい事を
し始めようとしているので、以前の記事を
再投稿する事も多くなりましたが、今回の
ように重要な加筆や編集が加えられる事も
多くて、また以前の記事を含めた新しい
記事として読んでいただいてもいいと思い
ます。

以下がその加筆編集分になります。

前回の記事「天球の音楽とピタゴラス
その2」
で、全てを数学的に説明できる
という考えのピタゴラスは、ついに現代の
音楽に通じている音階を発見するに至った
のですが、今度はピタゴラスが天球の音楽
を初めて聴いたとされるエピソードを紹介
します。
やはり鏡リュウジ氏の著書からの引用です。

“竪琴の音階と和音をなすメカニズムを数に
求めたピュタゴラスは、その真理を宇宙全体
に拡張し、西洋の伝統の中心軸ともいえる
「天球の音楽」という概念の最初の一歩を
こうして踏み出したのである。
    (中略)
 イアンブリコスが著したピュタゴラスの
伝記によると、ピュタゴラスは地上の音楽
(中世以降は道具の音楽と呼ばれる)に
よって、弟子たちの心(人間の音楽とされる
かもしれない)を導いたという。
 ピュタゴラスは「人間にとっては聴覚を
通じてもたらされる指導が-人が美しい
姿と形を見、美しいリズムとメロディーを
聴くならば-最初の導きになる、と彼は
信じたので、特定のメロディーとリズムを
用いた音楽による教育を第一段階の教育と
彼(ピュタゴラス)は定めた。これら
【適切なメロディとリズム】によって、
人々の気分の変調と激情が治まり、魂に
元来備わっていた諸能力の調和均衡が回復
して、肉体と魂の病気が阻止され、
癒やされるように、彼は工夫したのである」
 だが、真に霊的に発達したピュタゴラス
の場合には、その音楽への感性は地上の道具
の音楽のみならず、世界の、宇宙の音楽へと
開かれていたとイアンブリコスはいうので
ある。
 ピュタゴラス本人は「楽器【演奏】や
喉笛【歌声】によってそのような効果を
得たのではなくて、言いがたく理解
しがたい一種の神業によって、天上
はるかなる全宇宙の奏でる交響曲に耳を
傾け、精神を凝らした。彼ただ独りが、
諸天球とこれらに付着して動く星々が
奏でる汎宇宙的協和音と斉唱を聴き取り、
理解することができようであった」のだ。
 しかも、その音楽は宇宙の美しい構造
そのものに由来し、この宇宙の秩序
そのものの体現なのである。
イアンブリコスは続ける。
「この音楽は、諸天球のそれぞれ異なる
音響と速さと大きさと位置が極めて音楽
的な比率で組み合わされているので、
そして諸天球が極めて旋律的であると
同時に多様で極美の運動と回転を行う
から、人間界の音楽よりももっと充実
した、もっと完全な、旋律を奏でるので
ある。」
そして、この音楽に自らを浴させること
によって、ピュタゴラスは「元気を回復
し」また、「【体育家が】身体を鍛える
ように」知性の思考力を鍛えることが
できたとイアンブリコスはいう。”
“出典:「占星術の文化誌」
       鏡リュウジ 著
         原書房 刊”

この記述はとても示唆的ですね、つまり
占星術につながる大事なポイントが書かれて
います。天体の運行状態や位置だけでなく、
大きさと位置も含めた調和の音楽が、我々
の聴くような音楽より完全な旋律を奏でる
というところです。
つまり占星術は、その天球の音楽の旋律を
読み取り、我々の運勢や性質に変換して
いるということにつながるという事
なのです。
しかも、その天球の音楽は、元気の回復や
思考のレベルをあげる事にもつながると
いい、我々の人生をよりよくするために
天体の奏でるメロディーに耳を傾ける
すなわち、星の言葉に耳を傾ける占星術
とのつながりができたことになるのです。
また、聴覚によって弟子を導いたとされる
ピタゴラスは、私が宇宙の真理編の記事
に書こうとしている、視覚よりも圧倒的に
聴覚のレベルが高い事の裏付けにもなって
いるのです。
ギリシャのもう一人の大賢人プラトンも
「音楽は、芸術の中で最もパワフルかつ
重要なものである」と説いてます。

天球の音楽と占星術、これが根底で
つながっているという事を、現代の
我々に音楽をプレゼントしてくれた
ピタゴラスに学ぶことができる
ということなのです。

またピタゴラスについての別の記述を
紹介しているサイトからも引用させて
いただきます。

“音楽的調和の一形態としての
「天球の音楽」は、太陽、地球、月、
そして他の惑星や小惑星といった諸天体の
動きの比率に基づく古代の哲学的概念で
ある。ピタゴラスは、宇宙の音楽を聞く
ことで知られた最初の人物と言われており、
彼は天体の恵みに加わる方法を教えた。
彼の理論は、太陽の周りを回る惑星が
「エーテル」に触れて、音を発する――
もし人が適正に同調されていればそれを
聞くことができる――というものであった。
惑星はそれ自身の回転軌道を持っている
ので、その半径は音を発する糸となり、
その結果、各惑星は自身の「ディアパソン」
――ピタゴラスの言う同調におけるちょうど
1オクターブの名前――を持つ。各惑星は
ともに、大半の人たちには聞くことの
できない調和音を作る。彼は、それぞれの
星を地球を中心として回転する水晶球に
付着していると考えていた。
永遠に回転するこれらの天球は、
真に高揚した人だけが聞くことが
できる調和のとれた音を作り出す。”
“出典:「両性空間 両性歩き」様”

実は、人の耳に太陽系の諸惑星から
の音は届くのかという疑問が当然
わくはずですよね。
これは、宇宙の真理につながる
大事なポイントなので、また別の
記事で説明しますが、実は低い振動数
の波動なら届くのです。
高い振動数は、非常に短い間隔で振動して
いるため、他の波動や物質の干渉によって
波動がさえぎられ、届く距離が限定
されます。
たとえば、ラジオの長波つまり振動数が低く
長い波長であるFM放送の電波は
遠くまで届き、クリアな音を聴かせてくれ
ますよね、でも短波つまり振動数が高く、
短い波長であるラジオ短波の放送の電波は
距離が限られている上に音も干渉のため
雑音などをひろいやすく不鮮明な音です。
つまり干渉がほとんどない超低振動の波動
は、惑星間の距離でも遮られることなく
届くというわけなのです。

つまり低い振動数の波動だからこそ、
太陽系の音楽が、地上のピタゴラスに
届いたという事なのです。

これは宇宙の真理編などを読んでいって
いただければ、わかるようになってます。

そしてまた現代のような科学的な機器の、
ほとんどなかったギリシャの時代に
水晶が、全てをつなぐ媒体であった
という事を知っていた事にりなります。
現代ではケイ素を主成分とする水晶
またはクォーツが、電磁気の信号の
送受信、変換、蓄積の媒体として最適
であるという事が明らかになっています
が、ピタゴラスがすでに、その事を認識
していたという事なのです。
ピタゴラスは、「それぞれの天体が地球
を中心として回転する水晶球に付着して
いると考えていた」という事で、天体
どうしのつながりが、水晶という一つ
の情報場でつながっていると理解して
いたという事になります。
これは、私たちが水晶を物質と捉えて
いるか、一つのエネルギーの場または
空間と捉えているかの理解の違いも
示していて、なかなか深い読み取りが、
必要になるところですが、とにかく
ピタゴラスが、天球の音楽は水晶を
媒体にしてつながっているために、
一つの音楽、つまり天球の音楽を奏でて
いると理解していたという事です。

そしてピタゴラスの音階を発見する
ような人並みはずれた聴覚や感覚は、
これまでの常識で考えられているような
観念的なレベルでだけでなく、「実際に」
天球の音楽を聴けたのだろうと考え
られるわけです。

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サビアンシンボル徹底比較 その7

今回徹底比較するサビアンシンボルは
蟹座13度
「とても目立つ親指とともに
   少し曲げられている手」です。
これはまず元となった、エリス女史の
チャネリングに立ち合ったジョーンズ氏
の原文を紹介しましょう。
「One hand  slightly flexed with
a very prominent thumb」です。
つまりここでは親指によってという
byがつかわれていなくてwithが
使われていますから、私のような訳に
なりますが、松村潔氏は、
「とても目立つ親指で少し曲げられた
              一つの手」
と訳されています。
直訳なら私の方が正しいと思いますが、ただ
占星学的な観点も加えての解釈なので、当然
訳し方も自在に変えてよいことになります。

またディーンルディヤー氏の意訳での表現だと
松村氏の場合の翻訳は
「研究のために差し出された、親指の
          きわだった手」
となって、
直居あきら氏の翻訳だと
「学習のために突き出された手の特徴のある
親指」
という事です。
確かにディーンルディヤー氏の意訳は、もと
もとのエリス女史のチャネリングに、占星学
的な観点から大きく変化を加えて占星学的
言語による翻訳といったものになっています。

さて私は、この曲げられた手を、目立つ親指が
強調されているところから、物または象徴的な
目標や望みなどをつかもうとしていると解釈
しました。その解釈がすでにご紹介している
以下の記事になります。

「これは、何かをつかもうとしている手
だと解釈します。親指が目立っている
のは、物をつかもうとする時に、伸ばした
手先でものを捉えて、そしてそれを逆側
の親指で物を固定しますよね。親指が、
目立っているのは、つかんだものを、
しっかりと自分のものにするという意志
のあらわれだという暗示です。
昨日の赤ん坊のメッセージを昨日では守る
だけでしたが、今日のシンボルはそれを自分
のものとするということです。
もちろん昨日も集合意識から赤ん坊を守って
きたことで、外からは隠すものなのですが、
赤ん坊からメッセージを受け取って、自分の
中で所有し、守るということに変わった
というわけです。」
この一つ前のシンボルが
蟹座12度
「メッセージを持った赤ん坊をあやす中国人
の女性」というシンボルだったのと合わせて
の解釈になっています。
とにかく、何か大事なものをつかんで所有
するという解釈ですね。

そして松村潔氏の解釈を引用させて
いただきますと

“「親指」は意志力を表し、また「親指」の
つけねの手のひらの膨らみはバイタリティを
意味すると考えられていることから、強い
生命力に支えられた意志的な行動力を示す
ことになります。「曲げられた手」という
のは、手の指を内側に曲げている形だと
思われますが、一般に手の指をまっすぐ
のばした場合は、対外的に主張する事を
意味し、一方、曲げている場合は意思が
閉じている姿勢を表します。このサビアン
シンボルは確信のある姿勢で、貝のように
閉じている生き方だとわたしは解釈します。
   (中略)
内部は強い意志で満たされているが、他人
から見るとちよっと閉鎖的です。”
“出典:決定版!!サビアン占星術
          松村潔 著
        Gakken刊”

これは同じようにエリス女史のチャネリング
を、素直に読み取ろうとした訳し方同士です
が、だいぶ違った解釈になりましたね。
内側に曲げられたというのを、ものを
つかもうと解釈しているのが私で、信念を
持って閉鎖的になっているというのが、
松村氏です。
ただ私のつかんだものを守るという解釈と、
松村氏の信念を守るという解釈で、守り
という意味では、ほぼ同じになるので
共通する部分もあるわけです。
まあ蟹座のサインは固い甲羅で守るという
性質もありますからね。それは
蟹座についてでも説明してます。

さてディーンルディヤー氏の蟹座13度の
シンボルの意訳をもとにしたのが、
直居あきら氏の次の解説です。
わりと難解なので、解釈のもとにしている
ルディヤー氏の意訳からの直居氏の翻訳を
もう1度載せておきますね。

“キャンサー13度
「学習のために突き出された手の特徴
のある親指」
   (中略)
このディグリーの人の人生は、一時期
苦しいものになるかも知れない。決断
しようとしても出来ない状況や強制的
変化によって立場の放棄や別れなどの
決断を強いられる可能性がある。
このケースでは、過去を捨てることは
余りに辛いことに感じられると思う。
性格的にも自己を極限に追い込む
ようなところがあり、精神的緊張の
人生という面がある。
無意識に自分を追い込んでしまう
ところがあり、それがネガティブな
心理傾向を生むといえる。
     (中略)
自己や他者そして運命を許し、リラックス
した生き方をすすめたい。
しかし、一面では、非常に真剣に人生を
生きる美学があり、それが人々の信頼や
社会的パワーにつながる。
たとえ苦しいことがあっても、天はこの
人を見捨てないことを信頼して、勇気を
もって生きて欲しい。”
“出典:「定本サビアン占星学」
          直居あきら著
      魔女の家®BOOKS刊”

なかなか難解ですね。もちろん直居あきら氏
自身が、どのような意味をこの蟹座13度に
もたせているかはわかりますが、エリス女史
のイメージの描写が、意訳によって変更され
たものと比べても、さらに大きく感性を
広げておられるようです。
意訳によって、新しく付け加えられた学習
という言葉が、確かに人生の試練を求めて
魂の学びを成就させようとしている性質や
運命につながっているのはわかりますが、
それと突き出された親指が、どう関係
しているのかは、すぐに結びつきません。
ただ私がもう一つ所有している直居あきら
氏の著書「究極のサビアン占星学」
(直居あきら著  Gakken刊)には、
ルディヤー氏の意訳からもさらに
遠ざかった直居氏の独特の翻訳が掲載
されてます。以下のものです。
「親指に特徴のある手はあくまでも学問
(努力)を主張する」
なるほど、つまり学習が魂の学び、そして
人生を生きる上での努力だということを、
このシンボルの手に持たせているという
わけですね。
こうなると、エリス女史のチャネリング
よりも、そこからイメージを膨らませた
占星学的解釈を極めた結果という事
になり、まさに究極のという言葉が
ふさわしくなります。
ただこの「究極のサビアン占星学」で
直居氏は、このシンボルに人生の強い
意志という意味も持たせているので、
これは私や松村氏の解釈に共通する部分
もあるという事を示しています。

今回も三者三様の解釈でしたが、私は
あくまでもエリス女史のチャネリングが
宇宙エネルギーのサイクルを読み取って
いると思っているので、その暗示その
ままを解釈の中心におこうとしています。
そしてそこに占星学的な解釈を加えているの
です。

それに対して、松村氏は、占星学の観点も
サビアンシンボルも同様なものとして総合
して扱い、さらに背景となる知識も加え
ながら解釈しておられます。

そして直居あきら氏は、ディーンルディヤー
氏の意訳をさらに拡大した解釈にして、
やはり占星学の観点も加えて、そして直居氏
のアストラル体や霊的な世界観も加えて解釈
しておられます。
つまり三者とも違うスタイルで、サビアン
シンボルを解釈していってるので、とても
興味深い比較ができるというわけなのです。

ちなみにエリス・フィラー女史の
チャネリングに立ち合ったマーク・
エドモンド・ジョーンズ氏の解釈は、
人生の選択をする上のでの決定に
対する自信を持った意志だという事
です。
キーワードは「決定」です。
意志という点では、私や松村氏や直居氏に
通じるものがありますが、
私の「所有し守る」という意志、
松村氏の内面に強い意志を持った「閉鎖的」
な態度や、
直居氏の「逆境」を呼び込む学びの意志など
とまた違った解釈になっています。
それと私からいわせていただくと、
意志を示すのは、確かに親指ですが、
全体の手が曲げられている描写の解釈が
私以外の三者には見られないのは、
少し納得がいかない部分でもあります。
また意志を示すのであれば、
親指が目立っているという事だけ
では不十分で、親指だけが突き出されて
いるか、親指だけの描写になっている
ものだと思うのですが、いかがで
しょうか?

まあつまり今回は4人とも違う解釈で、
どれが絶対的な正解というわけでは
ないのだと思います。
要は、それらの解釈に相当するものが
同時に共存できるのも、また無限の
宇宙意識の深淵なエネルギーの潜在力
なのではないかと思っています。

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神秘のサビアンアスペクト    バイクインタイルその7 


すいません今回やたらとものものしい
イラストを2つもアップさせて
いただきました。
それほど凄いアスペクトという意味では
なく単に描きたかっただけです。
今回ご紹介するのは
牡牛座25度
「手入れの行き届いた公共の公園」
と144度のアスペクト(角度)に
あたるシンボルが
天秤座19度
「隠れている泥棒集団」
山羊座1度
「認識を求めるインディアンの酋長」
です。
まず牡牛座25度の「手入れの行き届いた
公共の公園」ですが、これは文字通り
公共の集団意識の中で守られた個人と
オープンなコミュニケーションの場という
暗示になります。牡牛座では、保護とか
守られた立場とか、あたたかい人間関係
などがサインの意味になりますので、
それがよくあらわれているサインです。
また終盤のシンボルなので、次のサインの
双子座の影響を受け始めているので、双子座
のコミュニケーションという暗示も入り
込んできています。
さてこの牡牛座25度に対して144度の
アスペクトにあたる天秤座19度の
「隠れている泥棒集団」がどう神秘的に
つながっているのかといえば、泥棒集団に
とって、公共の公園というのは、見事に
隠れる場所がなく、彼らにとっては公共と
いうのが、法的にも保護されているような
意味合いを持つので、まさしく居場所が
ありません。また衆人環視の場という意味も
この公共の公園の場にあるので、泥棒集団
などの悪意から守ってくれているという
意味で公共の公園が、神秘的なつながりを
持っているという事です。
つまり天秤座19度の視点から見れば、
完全にネガティブなエネルギーとして、
そして牡牛座25度の視点から見れば、
完全にそれを防げるというポジティブな
エネルギーとして神秘的につながって
いるといえるのです。

またこの牡牛座25度に対して
逆の144度にあたる山羊座1度は
「認識を求めるインディアンの酋長」
ですが、この二つがどう神秘的なつながり
を持つかといいますと、公共の公園と
いうのは、公に認められた場所という
意味を持つので、部族の中で、やはり
集団の中で正式に認められるという事は
公に認められたという意味になりますので
やはり神秘的につながるというわけです。

今回も、どちらの144度のアスペクトも
神秘的につながっている事を、すっきりと
解説できたと思います。
ではまた(^_^)

神秘のサビアンアスペクト一覧

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天球の音楽とピタゴラスその2

前回の記事「天球の音楽とピタゴラス
で、ピタゴラスが天球の音楽を歴史上
初めて聴いたというお話をしましたが、
そのときに、すでにピタゴラスは
これまた歴史的な偉業となるドレミ
ファソラシドの音階を発見していま
した。その時の経緯を紹介してくれて
いるサイトから引用させていただき
ます。冒頭にピタゴラスは、世の中の
ものを数学で解き明かしたいと考えて
いたと説明されいますが、正確には
ピタゴラスは、宇宙は数字で出来て
いるというコンセプトを持っていた
ので、全ては数学的に説明できるはず
だという信念を持っていたということ
です。

“ピタゴラスは、世の中のいろいろな
ものを数学で解き明かしたいと考えて
いました。まず彼は、音を出す「弦」と
その長さに注目します。弦とは、
代表的な楽器だとギターやバイオリンに
張ってあるもののことで、弾くと音が鳴る
糸状のものが弦です。弦はその長さに
よって、弾いたときの音が変わりますが、
まずピタゴラスは、ドの弦の長さを1と
した場合、1オクターブ高いドの弦の長さ
の比は、1/2であることに気づきました。

さらにそこから、弦の長さには美しく
響きあう比があることに気づきました。
彼はこの発見により、弦をいろいろな
長さにして、相性のいい音色を探そうと
努力します。例えば、1本の弦の長さを
2/3にしたときの音色は、ドの音色と
非常に相性が良く、美しく聞こえたため、
2/3の長さの音色をソとしました。
このようにしてピタゴラスは、弦の
長さを調節することで、1オクターブの
中に、相性よく聞こえる複数の音を発見
してきます。この相性のいい音=協和と、
その逆にあたる不協和の現象の発見が
もととなり、ドレミファソラシドの音階は
生まれていったのです。”
“出典:「進路のミカタ」様
音楽家ではない!? ドレミファソラシドを
つくったのは数学者だった?
より”

これは音と音の調和に対して、
ピタゴラスが優れた感性を持っていた事
を示すエピソードです。それも人類の
歴史の中でずば抜けていたという事です。
人の耳に心地よい、美しい音の調和と
いうものを感じる感性を彼は、とんでも
ないレベルで持ち合わせていたという
事なのです。
しかも彼が凄いのは、それを自然法則の
根底にある数学につなげていったところ
にあるわけです。
事実、古代より近代にかけて、いや現代でも
音楽を数学的な比率関係で理解するように
なっているのは、全てこのピタゴラス
のおかげといえるのです。

その音楽と数学の関係を発見した彼の
エピソードを今度は鏡リュウジ氏の
著書から引用させていただきます。
ピタゴラスにまつわる伝承やその影響
をまとめたキティ・ファガーソンの論述
ということです。

“天球の音楽に興味を持つ僕たちにとって
重要なのはここからだ。

 竪琴(リラ)をかき鳴らし、なぜ美しい
音を立てる弦の組み合わせもあれば、
そうでない組み合わせもあるのか考える
うちに、ピュタゴラス(あるいは彼に
励まされ、触発された人々)は気づいた。
リラの弦の長さと音の聞こえ方の関係は、
決してでたらめなものでも偶然の産物
でもないのだ。音のハーモニーの
根底をなす比は、じつに単純な規則に
基づいている。

そう、人間の耳に美しく(魂によって)
聞こえる音程は、数学的な規則、つまり
比例関係に基盤を持つ。
    (中略)
 
驚くべき閃きの瞬間が訪れ、ピュタゴラス派
の人々は、一見すると多様で混沌とした自然
がその裏にパターンと秩序を秘めていること、
そして我を通してそれを理解しうることを
知った。言い伝えによれば、宇宙が理に
適っていることを発見したとき、彼らは
文字通り、そしてまた比喩的な意味でも
思わずひざまづいた。”

“出典:「占星術の文化誌」
       鏡リュウジ 著
         原書房 刊”

上の説明を見ると、音階を発見したのは
ピタゴラスなのか、その弟子たちなのかは、
わかりませんが、天球の音楽が聞こえる
ような感性を持つピタゴラスが、
音階を発見する感性を有していたとする方
が妥当だと思います。

とにかく自然界は数学的に秩序だった
パターンになっている事を、音階の発見に
より感性を発達させた事により発見した
という事です。
つまり自然界は数字的な比率のパターン
によって秩序づけられているという
わけです。
実際にギリシャ時代に発見されていた
神聖幾何学は、現代においてなお貴重な
知識だし、これまで黄金比についてみて
きたように自然界は、黄金比と関係の深い
比率で支配されているという事も、
ギリシャ時代にすでにあったコンセブト
なのです。

次回はピタゴラスが天球の音楽を聴いた
時のエピソードです。

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天球の音楽とピタゴラス

いきなり占星術の歴史編の最初に
天球の音楽を持ってきたのは、ちゃんと
理由があります。古代から知識人は、
宇宙の天体から発せられるエネルギー
が、自分たちの魂と深いところで
つながっているというコンセプトを持って
いたのです。それは、占星術の一つの
思想として受け継がれているもの
なので、今回この天球の音楽という
ものを取り上げたわけです。
もちろん古代バビロニアに起源を持つ
といわれる、占星術の源流からの
話ではありませんが、そもそも現代に
伝わる占星術は、古代のあらゆる叡智
が、集められているものなので、一つ
の流れだけで、説明できるものでは
ないので、このギリシャ時代の叡智も
また重要だと思われるから取り上げ
ました。

さてこの「天球の音楽」という言葉
ですが、発端はピタゴラスがその
天球の音楽を聴いたと言って、弟子
達に教えたというところから始まる
のです。
ピタゴラスについては、
宇宙の真理編の記事に書かせて
いただきましたが、星が奏でる
音楽を初めて、ピタゴラスが聴いた
ということなのですが、彼がホラを
吹くような人物でないことだけは、
確かなようです。
なんと我々の現在使っている音階
つまりドレミファソラシドを発見した
人物なのですから、その感性は常人の
レベルをはるかに越えているのです。
しかし聴覚で、それだけ遠くの音が
聞こえるものかと、ほとんどの人が疑い
ますよね。
でも聴覚というより知覚という意味で
なら可能なのです。
これはまた神秘メッセージに理由を書く
予定なのでそちらをご覧ください。
要するにピタゴラスが、瞑想などで、
脳波がθ波になれば、その天体の音楽
が聞こえる領域になるということ
なのです。
ピタゴラスの記事にもあったように、
40日間も断食と、呼吸を整えた瞑想を
していたピタゴラスなら、相当レベルの
高い意識レベルにあったと、思われるの
で、天球の天体との一体感を獲得して、
その奏でる音楽を感知できたのだと思わ
れます。
このことが、後の世にまで、「天球の
音楽」という言葉を伝えることに
つながったといわけです。
しかもそれが天文学者としても歴史に
名を大きく残すケプラーに伝わっていた
ともなれば、占星術にもつながるという
ことがおわかりいただけるのではないか
と思います。
次回は、天球の音楽につながった、
ピタゴラスのエピソードをもう少し
詳しくみていくとこにします。

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またまた新メニュー占星術歴史編


またなんでもかんでも思いつきで新メニュー
をつくりたがるんですね、このあんみんは
こうやって書くと、完全に別人格みたい
ですね。自分の分身としてつくったキャラ
ですが、外見はともかく、このブログ用に
特化しているので、自分ではこのキャラが
このブログを作成していってるような気が
時々します。
あのでかい頭で汗をかきながら、せっせと
ブログを書いてるシーンを、外から
ながめている感じです。

占星術歴史編という、すごいテーマですが、
まあ占星術の歴史的エピソードについて
書いていこうと思っただけで、たいした
ビジョンをもとにして、新メニューを
作ったわけではありません。
単に鏡リュウジ氏の「占星術の文化誌」
を読んで、古代からの占星術について
書かれていた事について、自分でも
それについて何か書けそうだという事で
始めてみただけのメニューです。
まあそれでも面白そうな話題を取り
上げていくつもりなのでよろしくです
(^^)/

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