体外離脱体験と臨死体験の共通要素について      臨死共有体験 その6改とおわび

昨日体外離脱体験者の言葉その2 
という記事を投稿しましたが、いくつか
間違いがありました事を、訂正させて
いただきます。
まず肉体を離れる時に振動の壁のような
、轟音や耳障りな音は、体外離脱体験者
だけでなく、臨死体験者にも、多く証言
している人がいるという事です。
これは生命体としてのエネルギーの壁
として捉えるのは、間違っていないと
思いますが、意識が肉体の壁を通り
抜ける時は、体外離脱も臨死体験も同じ
体験をするという事です。
ただ臨死体験者の場合は、この振動の壁
のような轟音を経験していない人も多く
います。
また臨死体験者も体外離脱体験者と同じ
ように、肉体を離れた自分の体を認識
しているということです。
つまりこれも昨日の記事では、体外離脱
体験者特有の感覚としていたので、
間違いでした。
これらの部分を修正して書き直して
おきましたので、またご覧になって
いただければ、ありがたいです。
昨日ご覧になっていただいた方には、
混乱をさせる事になり、本当に
すいませんでした。
深くお詫びさせていただきます。

このように、体外離脱体験と、臨死体験に
共通する要素がいくつも見つかると、
逆に別々の体験で裏付けができたという
事で、これらが真実である事を証明
してもいます。

またこのことに関連した、臨死共有体験の
記事も修正しておきましたので、再掲載
させていただきます。

以下です。

臨死共有体験者の共通要素についての
6つめとなります。
これまで、臨終の人のそばにいた人
などが、超常体験をする時の共通要素
として取り上げたのが、

・白い霧が亡くなる人の体から立ち上る

・空間が変容するのを目撃する

・神秘的な光を体験した

・音楽が聞こえてくる

・亡くなる人の人生回顧を、共に見る

とこのようにほぼ臨死体験者がこれまで
証言していた内容とほぼ変わらないもの
ばかりです。このことから、決して
臨死体験者が、自分の思い込みによる
幻想の事を話していたのではないという
ことが、第三者の体験で証明されたこと
になったのです。

また今回ご紹介するものも、臨死体験者の
ほとんどが経験している事で、体外離脱
をするという事です。
これについて書かれている事を、また
レイモンド・ムーディ氏の著書から引用
させていただきます。

“体外離脱は、臨死体験を経験した人が
よく口にすることである。
体験者は、自分が肉体から離れたという
そのとき、自分が上下に移動し、自分の
体と周囲にあるすべてのものをよく観察
できる位置に移された、という強い感覚を
抱く。
 臨死共有体験者は、多くの場合、不思議な
エネルギーのうねりを感じたり、轟音を聞い
たりすることに始まる。体験者はその直後に
、自分が上空の別の位置から自分の体とその
周辺を見おろしていることに気づくので
ある。
 多くの場合、天井の近くから、あるいは
上空何メートルかの位置から見おろすこと
になる。そしてその位置から、死につつ
ある人と、自分との関わりなどをながめる
ことができる。
 その典型的な実例を、私は、ジョージア
州キャロルトンに住む44歳の女性から
聞いた。
彼女は、その腕の中で父が死んだとき、
なにかのエネルギーのうねりを感じた
という。彼女はまたある種の轟音を
聞いたが、それはしだいにジェット
エンジンの回転が速くなるときのように
速く、強くなっていった。彼女は言う。
「そのとき私は自分の体から抜け出た
のです。すると、父におおいかぶさり
ながら、呆然とその死を見ている自分の
姿が見えました。
 またそうした光景に混ざって、私の
小さい頃のイメージが浮かび上がり
ました。
あたかも解説つきの家族ドキュメンタリー
を見ているように、映像が目の前に展開
したのです。
 光は非常に明るくなっていき、そののち
消えました。すると私は肉体に戻っていた
のです。私は父の手をにぎっていました。」
 このように付き添っている人までが体外
離脱することがある。そして体外離脱した
人は、そこで一人でないこともある。
死んだばかりの人と一緒に空中で浮遊する
のだ。その空中で会う死者は、多くの場合、
若い姿に見える。さらに、より幸福な表情
をしている。
 付き添いながら共有体験した人は、死者
のその姿を見て、「いまやこの人は肉体を
離れ、苦痛から解放されて喜んでいる。
また存在の次の段階への期待で喜んで
いるのだ。」という感覚を抱く。”
“出典:「臨死共有体験」レイモンド
・ムーディ/ポールペリー共著
堀天作訳 ヒカルランド刊”

このように多くの臨死体験者が経験した
と証言していた体外離脱体験を、そばの人
も同じく経験したことで、臨死体験者の
証言が事実であったことが、第三者の目が
で証明されたことになります。
このような体験は、無数に体外離脱体験を
しているウィリアム・ブールマンという人
が体外離脱体験をする時の描写と合わ
せる事で、これらが事実である事を実感
できると思われます。
以下は彼の著書からの引用です。

“強烈な轟音と感覚で目が覚める。肉体
とマインドが振動によって引き離される
ように感じる。初めは振動の強さに
驚いたが、徐々に心を落ち着け、肉体
から分離し、浮かび上がることに全神経
を集中させる。数秒後、肉体から浮かび
上がり、数フィート上で停止していた。
体外離脱が完了すれば、轟音と振動が
素早く収まるのだということに気づく。
音と振動に代わって、安らかな静寂が
訪れる。”
“出典:「肉体を超えた冒険」
ウィリアム・ブールマン 著
       二宮千恵 訳
    ナチュラルスピリット刊”

ブールマン氏は、この著書で何度も
体外離脱した時の様子を書いておられ
ますが、ほとんどの場合にこの轟音と
振動を経験しているということです。
この事と、今回の臨死共有体験者の
経験したジェット機の轟音を聞いた
あとに体外離脱したという事は、一致
していますよね。
この肉体離脱時に轟音を聞くという
のは、臨死体験者の証言にも、多く
みられますが、その音を聞かずに、
気がつけば空中に浮かんでいたとか、
単に暗いトンネルを抜けていっただけ
というような証言も多くいます。
これは、まだ死ぬ準備ができて
いない健常な人の身体にある意識は、
臨死体験者よりも生体エネルギーが
強く、従ってそのエネルギーの壁も
強固で、強烈な轟音と振動の壁に覆われ
ているということなのです。この壁が、
我々を肉体に閉じ込めている壁だという
ことです。
そして死ぬ準備ができた人、また瞬間的
に臨死状態になった人は、その生体
エネルギーの壁がとても弱くなっている
ので、比較的スムーズに体外離脱や高次元
の世界に移行できるというわけです。
逆にいえば、生命を維持するためには、
意識はその轟音と振動の壁に覆われて
いなければならないということでもあり
ます。

また体外離脱をするという事は、高次元
に意識が入り込んでいるという事を意味
していますが、高次元の世界ではまわり
の空間と一体である本来の意識になって
いるということでもあります。我々が、
肉体を離れるということは、もともとの
意識の状態に戻るということなので、
特にこわがる必要もないことなのです。
ただ健常な人の身体は、とても体外離脱
した意識と共鳴しやすいので、身体に戻る
のはたやすいですが、病気や老衰で亡く
なる人の身体は、その共鳴力がほとんど
なくなっているので、そのまま身体に戻る
ことが、少なくなるのです。もちろん
戻れた人が臨死体験者というわけですね。

この共有体験者の共通要素シリーズは
次回で最後です。ではまた(^_^)

超意識編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

体外離脱体験者の言葉その2     体外離脱体験の特徴


私たちが、肉体そのものの存在では
なくて、むしろ肉体にとらわれている
魂や霊のような意識である事をこれまで
神秘メッセージのあらゆる記事と事例
で説明させていただいてきましたが、
過去世体験、前世記憶、臨死体験などは
特にその事を理解するのに、役立つ事例
であるといえます。
そしてまたこの体外離脱体験もその事を
理解させてくれる大きな事例だという
事なのです。

では体外離脱体験のエキスパートの言葉
その1
でもご紹介した、20年間も
体外離脱体験を繰り返してきたという、
ウィリアム・ブールマン氏が、自身の
体験と、何百万人ともいわれる体外離脱
体験者に共通してみられる事例と会わせて
体外離脱体験の特徴を取り上げておられる
ので、同氏の著書から引用させていただき
ます。

「」内が引用で、~が中略です。

「臨死体験に特徴的な要素が存在するように
、体外離脱体験にも複数の段階があることが
共通して報告されています。
最も頻繁に報告されている段階は次の通り
です。

1.振動段階
この段階では、エネルギーの振動が身体中に
流れます。ブンブン、ゴーゴーという音に、
ときにはしびれや身動きができない状態が
伴います。
報告されている振動や音の種類や強さは多岐
にわたり、微弱なものや心地よいものから、
激しく、衝撃的なものまであります。
振動段階では、私たちの意識は非物理的な
エネルギー体へと移行します。
振動や音(内部シグナル)は一部の人々が
信じているような事象ではなく、意識が
肉体から分離する(ずれる)中でより振動
の高い身体を認識している事象なのです。

2.分離段階
微細なエネルギー体が肉体から離れるとき、
一般的に肉体から持ち上がる、浮かび上がる
、転げ出るという感覚がはっきりと
感じられます。、分離が完了したあと、
振動や音はただちに軽減します。

3.探検段階
肉体から離れ、肉体から独立して意識的に
存在するようになれば、非物理的環境を
探検できるようになります。
エネルギー体はしばしば肉体と瓜二つの
ように感じられるものの、より高い
周波数のエネルギーによって構成されて
います。(引用注:周波数の低い意識は、
高い周波数のプラズマエネルギーを生み
すというのも事実で、このエネルギー体
は、プラズマエネルギー体だともいえる
と思います。脳波(周波数)が、ほぼ
ゼロになった臨死体験者も天界だけでなく
自分の生きていた現実世界を自由にとび
まわりますが、やはり肉体とは別の体の
感覚があります。)
構造が微細なため、エネルギー体は思考に
対してとても敏感に反応します。
移動方法にはまったく制限がなく、私たち
は歩くことも、走ることも、飛ぶことも
できます。
探検を続けるには、新しい環境や、経験
しているエネルギー体に焦点を当て続け
なくてはなりません。

4。帰還段階
帰還-微細なエネルギー体と肉体の再統合
は、肉体のことを考えるだけで自動的に
起こります。ふたつの身体の再統合には、
ときに振動、しびれ、身動きがとれない
状態が伴う場合があります。
このような感覚は、私たちが肉体と再統合
し、再び調和すれば、素早く収まります。」
“出典:「肉体を超えた冒険」  
     ウィリアム・ブールマン 著
           二宮 千恵 訳
      ナチュラルスピリット刊”

1の振動段階というのは、意識が肉体から
離れるという大変重要な段階です。
ほとんど寝ていた状態で、勝手に体外離脱
していた私は、この段階を知りません。
ですが、臨死体験者にも、そのような振動
や振動音を感じる事があるという事です。
この振動の壁が、生命体としてのエネルギー
の壁だと思われます。ただ臨死体験者が
肉体を離れる時には、気がつけば空中に
浮かんでいたとか、暗いトンネルを抜けて
いったとか、必ずしも轟音を聞いた体験
ばかりでは、ないようです。これは
臨死体験者の生体エネルギーが弱く
なっているため、肉体を離れる時の
壁としての振動も弱くなっている事が
原因だと思われます。

2の肉体から離れた直後の段階は、
多くは浮かび上がるというもので、
やはり肉体に囚われている意識は磁場に
囚われているという事で、地上の磁場
にも同様に縛られているという事に
なります。地球のエネルギーと人体は
エネルギーがリンクしていますから
当然ですよね。(間違っても重力では
ありません、振動の壁が示しているよう
に電磁場に囚われているという事なの
です)
この上昇の感覚は臨死体験も同じように
起こる現象です。

3の探検段階は、とても有意義な段階です
肉体の制約ばかりでなく、時空の制約も
なくなっているので、自由に肉体の
外で動き、飛び、走りまわる事が
可能だという事です。もちろん時間を
とびこえる事も可能です。
ここで、注釈も加えさせていただきま
したが、探検段階でのこのエネルギー体
は、プラズマエネルギーなので、とても
高い周波数を持っていますが、意識
自体はどのようなものにも浸透できる
周波数の極端に低い状態だという事なの
です。イメージしにくい方は、意識が
低い状態では、肉体に囚われていた
状態のときと違って、とてつもなく広い
空間を意識が占めていると考えて
いただければ、わかりやすいと思います。
エネルギー体は、その意識の一つの
ポイントだという事なのです。
いわば周波数の低い意識が、エネルギー
体を自在に投影し、あちこちのポイント
に現出させているという事ですね。

4の帰還段階は、ブールマン氏のように
熟練した人は、自分の元の肉体をイメージ
するたけで瞬時に戻れますが、そうでない
人は、自分の肉体と調和するイメージを
するのに、少しだけ難航する場合があり
ます。これは慣れによって、うまく
いくようになりますが、とにかく力を抜く
事が大事で、自分の意識の力を信じて
任せきる事で、うまく帰還できるように
なるという事をブールマン氏は別の
ところで説明しています。

臨死体験者の場合は生命エネルギー
そのものが弱くなっているため
「生きたい」という強い想いや、自分
自身の高次の意識である存在に、戻る
事を受け入れてもらう必要があるの
です。しばしば自分望みにかかわらず
その高次の意識の意思により強制的
に戻される場合があります。
その時の典型的なセリフが、
「今はまだおまえは死ぬ時ではない」
というようなものです。

今回は体外離脱体験の共通する特徴を
取り上げましたが、20年間も体外
離脱体験を繰り返してきたブールマン氏
からは、まだまだ多くの事を教わる事
ができます。次回のこのシリーズでは
その事についてまた書かせていただき
ますのでよろしくお願いします。
ではまた(^^)/

超意識編一覧

真理のヒント編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

音の波動と意識エネルギー       音の波動による創造その2改 冒頭大幅加筆 


まずいまだに、スピリチュアルな世界の
方々が、高い意識レベルが波動が高いと
いっておられるのが不思議でしょうが
ないんですけど。
「波動といったらなんだかすごそう、
だから意識レベルが高いという事は、
波動も高いんじゃない!?」
というような感覚でしょうね。
波動とは単に私たちが「感知・観測」
できる範囲の宇宙の基本エネルギー形態
だというだけの事です。
私たちは、振動しているものなら感知・
観測できるので、全て振動数で表すことが
できます。ここで振動と波動とは同じ物
だという事を説明しておきましょう。
下記は引用ですが画像だけ見て
いただければわかっていただけると思い
ます。


物体が円周上を一定の速さでまわり続ける
運動を等速円運動と呼びますが、この物体
に横から光を当てると壁に映った影は
周期的な往復運動をします。

この動きを単振動といいます。物理において
等速直線運動の次に基本となる重要な運動
です。

各点が隣の点を引っ張っり上げたり
引き下ろしたりしながら次々に伝わるのが
波です。波をよく伝える媒質はばねの性質を
持ち、各点がこの単振動という動きをして
います。目を凝らして1つの縦の線に注目
して見てください。
このときできる波の形はきれいに整って
いて、正弦波と呼びます。数学で習う
正弦曲線(サインカーブ)と同じ形なので
このように呼びます。”
“出典:「正弦波 わかりやすい
高校物理の部屋」

上の波の各点は、実際にはつながって
います。
要するにこれら全ての動きを立体的に
表現しているのがスパイラル(渦巻き)
で、それが「波動」のエネルギー形態
だという事です。振動数は、上の画像の
ように波の頂点から頂点に戻ってくる
のが、一秒間に何回かという事を示す数
です。
つまり見方を変えれば、円を一周する
間という事ですね。
でこれを立体的に見たのが波動というわけ
です。

さてこの私たちが感知観測できる波動は、
しかし宇宙の一部なのです。
宇宙全体の95パーセントは、
ダークマター・ダークエネルギーと
呼ばれて観測できません。
つまり波動のない真空だという事です。
しかも本当は95パーセントどころでは
ありません。
誰も宇宙のサイズを知らないからです。
つまり宇宙全体の領域が特定できて
いないのに95%という数字が特定
できるはずもありません。主流の科学が
とにかく数字を出しておかないと権威が
失墜するから、一応95%としている
だけのものなのです。要するにわれわれ
が、波動として感知観測できない領域が
宇宙の大半で、それが主体である事を
まずご理解してくださいね。
そして真空の方が圧倒的な潜在エネルギー
を持っているのです。このことは
宇宙は全てまさかの真空です
宇宙はプラズマ
という記事で説明していますのでご覧
ください。

このように波動は単に、感知・観測できる
範囲の宇宙のエネルギー形態というだけで、
感知することも、観測することもできない
霊的なレベルの意識や、高次元の意識
エネルギーは、波動とは別次元にある
という事なのです。
つまり本当の高い意識レベルというものは、
波動がゼロの状態であり、われわれが
生きている間の高い意識レベルというのは、
限りなくゼロに近い低い状態だという事なの
です。
高い意識レベルに達した臨死体験者の波動
は感知されません、そして脳波はほぼゼロ
です。つまりほぼ波動がゼロの状態だと
いう事ですが、これまで見てきたように
その波動ゼロの臨死体験者の意識は、
圧倒的に高いレベルの意識だという事が
わかります。
だから高い波動が、高い意識レベルという
知識は全くの間違いだという事なのです。

以上の事を、ご理解いただいた上で、
音の波動と意識レベルについての元記事を
ご覧ください。

前回、音の波動が砂や水に作用し、物質的
形態を創造するという事をご紹介しました。
この音の波動を形で表現したものが、つまり
サイマティックスという事になります。
そしてこの音が、波動つまり周波数に
よって、また定常波などの条件にも
より、花の形の原型のような調和の
とれた結晶になる事も、ご紹介しました。
この定常波と音の関係は、また別の記事で
説明させていただきたいと思います。
今回は音の波動と生命の波動と
意識エネルギーについて、とても貴重な
真理のヒントが、サイマティックスに
よって得られたのでそのご紹介をします。

“以下の画像はすべて
出典:「ウォーター・サウンド・
           イメージ」
 アレクサンダー・ラウターヴァッサー著
       増川いづみ[監訳・解説]”

図1

図2

図3

まずは、前回もご紹介した、定常波に
よる音の波動の形態です。
とても調和がとれた美しいものですね。
特に図1と図2は、花びらの元型として
の調和という事で紹介されています。
また図3も似たような低い周波数(波動)
での調和のとれた結晶だという事です。
つまり植物の放射している波動が、この
花びらのような形態を示しているという
事なのです。

我々が感知する音の周波数は
10Hz~20,000Hz程度ですが、
これらはすべて、音の波動の中でも
非常に低い振動数によるもので、花びら
に代表される植物の波動がとても低い
事も同時に証明しています。
(ちなみにHzはヘルツの事で振動数
・周波数を表します。)

では次に動物の放射している波動が
どんなものか、今度は砂を媒介とした
クラドニ図形での画像です。

図4

図5
これは図4のシマウマの毛皮の模様を
映した画像ですが、このたとえば
シマウマのお尻の画像と、下の図5
の画像の柄がよく似ているのが
わかりますね。
つまりシマウマが放射している周波数
の波動が1355Hzだという事なのです。
花びらの波動から二ケタも高い周波数
(波動)になりました。
つまり動物の波動の方が、植物に比べて
非常に高いという事です。
そしてシマウマは草食動物でしたが、
今度は肉食動物ならどうでしょう。

図6

なんと肉食動物の豹の毛皮の模様の
波動がなんと1万101Hzのクラドニ
図形と酷似していますね。
つまり草食動物のシマウマの波動が
放射してできた模様は1355Hz
の周波数でしたが、豹だとケタが
変わって高くなり、1万101Hz
という高い波動により毛皮の模様が
形成されているという事を示して
います。
つまり草食動物より、肉食動物の方が
圧倒的に、「波動(周波数)が高い」
という事なのです。

さて一般的にスピリチュアルで、常識
のように言われているのが、波動
(周波数・振動数)が高い程、意識レベル
が高いという事でしたが、私のこれまで
紹介させていただいてきた記事では、
波動が低いほど意識レベルが高いという
事でした。
脳波が低いほど意識レベルが高くなり、
臨死状態でほぼ0Hzになると圧倒的に高く
なる事が明らかだし、五感にもレベルが
ありますシリーズでも、さんざんその
根拠を説明してまいりました。つまり
きちんとした根拠に基づく結論なので、
異論のある方は、まずその根拠をご覧に
なってくださいね。

そしてまた、このサイマティックスでの
実例が、どちらの見方を裏付けている
でしょうか?

上記の例が示しているのは、植物から
草食動物、肉食動物と変わっていくと
どんどん周波数、つまり波動が高くなって
います。肉食動物は、波動がケタ外れに
高いですよね。
では肉食動物の意識レベルは、どうで
しょう。弱肉強食の法則にしたがって、
逃げる草食動物を、獰猛な姿で追いかけ
回して、口の中に血をしたたらせて、
むさぼり食う姿を見て、調和と愛の
波動で表現されるような、高い意識
レベルを感じますか?
「感じます!」という方には感覚が
おかしいですと素直に教えてあげるのが
その人への愛情というものです。

わかりやすいのは、意識レベルが高い
というのは、「調和」と「共感」そして
「共生」という概念があてはまる「愛」
につながる意識エネルギーです。
つまり弱肉強食のエネルギーを発揮
する獰猛な肉食動物のように、逃げる
おとなしい草食動物を追いかけ回して、
命を奪うような姿とは、真逆の
意識エネルギーなのです。つまり共生と
調和のエネルギーに満ちた、植物の方が
意識レベルが高いということなのです。
だれが美しい花を見て、これは低い意識
レベルの表現だなんていう人がいるで
しょうか?
間違いなく植物の発している波動が、高い
レベルの意識エネルギーである事は
確かですよね?
つまり植物の波動・周波数の低さは、その
まま意識レベルの高さを表していて、
つまり波動(周波数)が低い方が、意識
レベルが高い事をここでも証明してくれた
というわけなのです。

え?弱肉強食が自然の摂理?とんでもない!
それは肉食動物から見た偏見というものです。
共生の植物にも、そしてまた共生のエネルギー
を分けてもらうだけの草食動物にも、そんな
摂理はあてはまりません。
これは月の真実編の
進化論の破綻と月とのつながり
でも参考になる事が書かれています。
つまり長い地球の歴史の中で、比較的最近に
なって、現在のような「弱肉強食」の生物
体系が、できあがったという事なのです。
つまりもとからの「自然界のルール」という
わけでも、地球の基本的な自然の摂理と
いうわけでもないという事です。

そして肉食動物は、草食動物に比べて圧倒的
に短命で、そしてまた木などの植物が、
とんでもなく長寿である事を考えれば、
どれが、より「自然の摂理」にかなった
生き方をしているか、答えは明らかでしょう。
え、小さな花ですぐに枯れてしまうものは
どうだって?花が寿命でもないし、植物は
単体での生命というより種という意識で、
さらに地球の大地の生命エネルギーの一部と
いうレベルの意識のものです。
つまり地球上の植物全体が、一つの生命で
あるという見方にもなりますから、全く
永続的に近いエネルギーという事になり
ます。

だから植物をいただいている草食動物には、
「命を奪う」という潜在意識が根底に
あるのではなく、「命を分けてもらう」と
いう意識なので、「共生」の意識があて
はまるのです。

そうそう目を見てください、獰猛な動物の
目や肉食系の動物の瞳が細くなる時が、
ヘビのように邪悪だと感じませんか、
そして草食動物の目は、真っ黒な瞳そのもの
が目となっています。
どちらが、愛情深い目に思えるでしょう?
みなさんの、右脳を中心とした感性で、
どちらの方が「意識レベル」の高い生物種か
、感じられませんか?

という事で今回は、音の波動による実例から
も低い波動(周波数)の生物の意識レベルの
方が、高い波動の生物の意識レベルよりも
高いという事を裏付けられるという説明を
させていただきました。
つまりより低い波動の方が高い意識レベル
になるという事です。

そしてスピリチュアルの世界の人々は、
表現の仕方を変えればよいだけです、
これからは、高い意識レベルは、波動の
レベルが高いという言い方ですね。
これなら波動や周波数が低い事が
意識レベルの高さを示すという真理と
相反しない言い方になります。

さてサイマティックスがもたらした真理
へのヒントは他にもありますので、
それはこのシリーズの次回という事に
します。
ではまた(^_^)

真理のヒント編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

幻覚のような現実について         「現実自体を変えられる超常能力」の続編        


この記事は、現実自体を変えられる超常能力という記事の続編です。
まだお読みになっていない方は、
今日再投稿しましたその記事を
ご覧になってから、この記事をお読み
くださいね。

前回の現実自体を変えられる能力
という記事は、私たちが日々確実に
機能していると思い込んでいる
現実感覚がどれほど確かなものか
考えさせられる実例でした。
実際に私たちは、目の前にある
ものが、絶対的な現実であるといい
切れるのか?これまでご紹介した
超常現象や臨死体験事例などは、
私たちが、現実のほんの一部しか
捉えていない事を示唆してくれる
ものでした。
その私たちの現実感覚をまたしても
揺るがす事例をご紹介しましょう。
幼少の頃からポルターガイストなど
の神秘体験とともに育った、
マイケル・タルボット氏の著書から
引用させていただきます。
これは先日の記事でご紹介した
森を出現させる少女の実例の
あとに続いた部分です。

「一九七五年、ミシガン州立大学の
四年生だったとき、私もこれと同様の
、現実感を根底から揺るがすような
深遠な体験をしたことかある。
そのときわたしは、ある教授と
レストランで夕食をともにしながら、
カルロス・カスタネダのさまざまな
体験の哲学的な意味について語りあって
いた。特に話題になっていたのは、
『呪術師に成る』(二見書房、一九七四)
の中でカスタネダが述べていたある
出来事だった。
ドン・ファンとカスタネダは、ある精霊
を探し求め、夜の砂漠を行くのだが、
そこでふたりは仔牛のような外見であり
ながら、狼の耳と鳥のくちばしをもった
生き物に遭遇する。その生き物は体を
丸め、断末魔の苦しみにあえいでいるか
のような叫びをあげていた。
 最初はカスタネダも恐怖に駆られるが、
自分の目にしているものはとても現実
ではありえないと自分自身に言い聞かせる
と、彼の視覚は変化し、この死にやく
精霊が、実は地上に落ちた木の枝が風に
震えている姿であることを悟る。
カスタネダは勝ち誇ったようにこの生き物
の真の姿を指摘するのだが、いつものように
この年老いたヤキ・インディアンの
シャーマンはこれを頭ごなしにこきおろす
のだった。カスタネダに対し彼はこう
言った。
この木の枝は、力に満ちていたときには
実際に死にゆく精霊だったが、カスタネダが
その存在に疑いをもった瞬間、それは木の枝
に変容してしまったのだ、と。しかし、
ドン・ファンはこのどちらも現実であること
には変わりがないとも強調する。

教授との話の中で、私は二律背反的な現実が
どちらも現実として存在できるという
ドンファンの主張にはどこか惹かれるものが
あり、この考えによって多くの超常現象が
説明できるような気がしてならないと
言った。
この話をしたすぐ後に私たちはレストランを
出たのだが、晴れわたった夏の夜だった
ので、ちょっと散歩でもしようということに
なった。
話を続けながら、私は前を歩いている数人の
グループに気がついた。耳にしたことのない
外国語で話していて、騒がしく声を上げて
いたので、かなり酔っているように見えた。
また、そのなかの女性のひとりが緑色の傘を
もっていたが、雲ひとつない夜空だったし、
雨が降るとも聞いていなかったので、なにか
変な感じがした。
 私たちは、ぶつからないように歩くペース
を落としたのだが、そうしているうちに、
突然この女性は手にした傘をぶんぶんと
乱暴に振り回しはじめた。傘は空中に巨大な
円を描き、ぐるぐるまわるその先端は、
何度か私たちの鼻先をかすめそうになった。
私たちは、歩く速度をさらに落とした
ものの、このパフォーマンスは私たちの
注意をひくためのものであることが明らか
になってきた。そして、私たちの視線を
自分の行為にしっかりと釘付けにしたこと
がわかると、彼女は両手でこの傘をもち、
頭の上にかざすと、私たちの足もとに
投げつけてきたのである。
 いったいなぜそんなことをするのか
不思議に思いながら、私たちはふたりとも
あっけにとられてその傘を見つめていたが
、次の瞬間、目をみはるようなことが起き
はじめた。
この傘が、まるで消えかかっている
提灯の炎のように「明滅する」としか言い
表しようのない状態になったのだ。
そしてセロハンをくしゃくしゃにしたとき
に出るような、バリバリという音をたて
ながら、目を奪われるような色とりどりの
まばゆい光を発すると、先端が曲がりだし、
色が変化して、灰色がかった茶色の
ふしくれだった棒きれにその姿を変身
させてしまったのである。
私はただ呆然として、しばらくは口も聞け
なかった。教授のほうが先に口を開き、
明らかにショックを受けた静かな声で、
たしかにこれは傘だと思ったのに、と
言った。
何か尋常でないものを見ましたかと
聞くと、彼女(引用注:教授が女性
だという事です。)はうなずいた。
ふたりでそれぞれ何が起きたかを書き
とめてみたが、内容はぴたりと一致
していた。
違いらしい違いと言えば、教授の
ほうは、傘が棒きれに変容したとき、
「ジュージュー」という音がしたと
書いていたことだが、これもセロハン
をくしゃくしゃに丸めるときの音と
そうひどく異なっているとは言え
なかった。~
~教授も私も、傘の不思議な変身に
完璧に目を奪われてしまい、やっと
落ち着きを取り戻して何かたずねよう
としたときには、すでに彼女らの
姿はどこかに消え去っていた。
いったいなぜこのような事件が
起こったのかはわからないが、ただ
ひとつ言えるのは、カスタネダの
同様の体験を私たちが話し合って
いたことと関係があるのは明らか
だという点だけだろう。」

“出典:「投影された宇宙」
    マイケル・タルボット著
      川瀬 勝 訳
         春秋社刊 ”

これは現実自体を変えられる超常能力 の記事
でご紹介した事例に似た事例を、著者で
あるマイケル・タルボット氏自身が、
体験した事を紹介しているわけですが、
まさに幻覚のようにも見えますが、
本人達にとっては明らかな現実であった
というわけです。
これは催眠効果に似ていなくもないよう
に思われる方もいるかも知れませんが、
私たち自身が、一種の催眠効果で、現実
を捉えているともいえるわけです。
この事は、「五感にもレベルがあります」
シリーズの一連の記事をご覧になれば、
よくわかっていただけると思いますが、
要するに、とてつもなく狭い領域の
五感の感覚が、現実の全てのように錯覚
しているのは、我々自身が催眠状態に
あると言い換えてもかまわないからです。
つまり我々は、感覚のみで現実を把握して
いるので、現実だと感じられたという事
であれば、それもまたれっきとした現実
であるという事なのです。

我々は五感の現実を共有しているから、
やはり確固とした現実感覚を持って
いるのですが、それは、あくまでも狭い
五感の領域の範囲内での事です。
その感覚からして、これはあり得ない
と思えても、この事例もやはり複数の
人間のれっきとした共有感覚なのです。
つまりこのケースを現実だといっても、
共有感覚という意味では、確かなもの
だといえるわけなのです。
つまりわれわれが、前回と今回のような
超常現象的な現実を共有すれば、または
それを感じられるか理解できれば、
やはりれっきとした現実であるという
事になるというわけです。

今回の記事のような事例を見て、私たち
は、現実についてもっと感性を広げて
捉えるようにしなければならないという
事がいえると思います。
というのも、このマイケル・タルボット氏
と教授が、カルロス・カスタネダの幻覚の
ような現実の体験について、語り合って
いた後で、散歩をしている最中に似た
ような現実に直面したという事に大きな
意味があるのです。
しかも、そのマイケル・タルボット氏ら
二人の遭遇したものが、やはり最終的に
似たものに変容してしまったというところ
まで似ているのです。
カスタネダの体験では、化け物のような
姿をしていた獣が、木の枝に変容して
しまったのに対して、タルボット氏の
方は、まばゆい光を発していた傘が、
ふしくれ立つた棒きれに変容したと
いう事ですが、この木の枝とふしくれ
だつた棒きれは、あまりにも酷似して
いますよね。
つまりタルボット氏の会話を聞いている
はずもない通行人が、カスタネダの体験談
と同じ様な現象をしてみせるというのは、
単なるシンクロを越えたつながりがある
事も示しているのだろうという事なの
です。
まるで、高次の存在が、真実を
タルボット氏に教えるために、その
ような現実を創造してみせたようにも
見えるし、またタルボット氏と教授が
共有している大いなる一つの自分が、
カスタネダの体験談に見合う現実を
創りあげたのだという見方もできます。

私たちは、現実についてこのような
あらゆる事例をひもといていく事で、
固定観念や先入観をどんどん取り払って
いくべきなのだろうと思います。

またマイケル・タルボット氏自身、
このような超常現象に会いやすい人物
だという事を説明しておられますが、
それについては、また続きの記事に
書かせていただきます。

ではまた(^^)/

超意識編 一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

意識と魂と思考 その3     真理のヒント編に再編 微加筆


昨日現実を創造する私たちの意識の
仕組みを、物理的な観点からも説明
させていただきましたが、今回は、
その事を、私たちの「存在」という
面から説明している過去記事を再投稿
させていただきます。
あらゆる見方を、具体的に理解して
いけば、それはまた潜在意識にも伝わり
また自分の現実の創造エネルギーなどの
力として、返ってくるという事なのです。
では元記事をどうぞ。

これは意識と魂と思考その2の続き
であり、
スウェーデンボルグの到達した叡知
の続きでもあります。

高次元に到達した人の叡知というのは、実に
様々な人たちがいます。
古来からの賢人たちも、もちろん高次元の
意識に到達して、我々にとっての大事な
叡知をもたらしてくれています。

「意識は現実を創造するエネルギー」だと
いう事が、今回のテーマです。

今回はそのことをまたマイケルタルボット
氏の著書から引用させていただきます。
意識と魂と思考その2と重複する内容は
ありますが、また別の視点からのもの
で、違う場所からの引用です。
「」内が全て引用で、~から~まで、
または~のみが中略です。それ以外は私の
考察です。

「体外離脱をして現実の隠されたレベル
にまで旅をする力をもっていた歴史上の
人物はスウェーデンボルグだけではない。
十二世紀のペルシアのスーフィたちも、
トランス状態に近い瞑想を利用して、
「精霊の棲む地」を訪れていた。~
~この別世界では、人間は「微体」を
もっており、そこにある感覚を頼りに
活動するが、その感覚はその体にある
特定の器官とは必ずしも関係していない
と彼らは論じた。またそこは霊的なこと
を教える導師(イマーム)が多数いる次元
でもあり、彼らはこれを
「隠されたイマームの地」とよぶことも
あった。
また彼らは、この世界は、
アラム・アルミタル(思考)の微細な物質
だけから創造されるものであるとしていた。
~それは、多くの人々の想像力によって創り
出された存在のレベルであり、しかもそれ
自体が物質性と一定の規模をもち、森も
山も、都市すらもそなえているものなの
である。
スーフィたちは多くの書物をさいてこの点を
つまびらかにしようとしている。~
~イラン・イスラム哲学の屈指の権威で
あった故アンリ・コルバンは、これを
表すために「想在的」(イマジナル)という
語をつくりだし、想像力によって創出される
ものではあるが、存在論的に見ると物理的
現実と変わらぬ現実性をもつ世界を意味する
とした。~
~死語の領域が、本質的に想在的なもので
あることから、スーフィーたちは、想像力
自体も知覚能力の一端であるとの結論を
下した。~
~またスーフィたちはその結論から
「創造的な祈り」とよばれるプロセス。
すなわち視覚化によって、自分の運命の
基本構造そのものをつくり変えることが
できるという信念を形成していったので
ある。
 ボームの内在/外在秩序の概念と同じく、
スーフィたちも、その幻のような性質にも
かかわらず、死後の領域こそが物理的
宇宙のすべてを生み出す生成母体で
あると考えた。
物理的現実にあるものはこの霊的な現実
から生ずる、と彼らはいう。
しかし、それでも、瞑想によって精神の
内奥に分け入っていくと、いずれ内面世界
に到達し、「最初は外界として目に見えて
いたものが、結局はそこに内包されていた
とわかる」というのは、彼らのうちで最も
学を積んだ者にとってさえ、非常に
不可思議なことであった。
 こうした認識もまた、明らかに現実の
もつ非局在的で、ホログラフィックな性質
のことを語っている。
私たちの一人ひとりが天界の全体を内包
しているのだ。
そればかりか、天界は一人ひとりの中に
その位置を占めているのである。
スーフィの言い方を借りれば、霊的な
現実を「どこか」に探し求める必要はない、
その「どこか」は、私たち自身の内面に
あるということなのだ、」

“「」内すべて
出典:「投影された宇宙」
    マイケル・タルボット著
       川瀬勝訳 春秋社刊”

視覚化というイメージが、つまり想像の
産物が、現実になるという事は、
意識と魂と思考その2で、スーフィ以外の
賢人たちも同様の成果を示していること
から疑いようのない事実で、思考や想像
は現実化するという引き寄せの法則もまた
正しいという事です。
また想像力も知覚の一種であるとも彼ら
は言ってますが実際霊的次元、高次元
の世界では、私たちが想像するすべて
はそのまま実現しているわけで、しかも
それは確かな現実として存在する世界
なのです。単に私たちの五感で認識でき
ない領域だという事なのですが、臨死体験
者たちがその領域を現実以上の現実だと
口々に証言しているように、本来の世界
は、その想像的な意識の投影の世界だと
いう事なのです。つまり想像上の世界と
いうわけではなく、アンリ・コルバン
博士がいうように想在的な世界だと
いう事なのです。

今回の引用のなかで、もっとも大事な
部分は、
「私たちの一人ひとりが天界の全体を内包
しているのだ。
そればかりか、天界は一人ひとりの中に
その位置を占めているのである。」
この天界というのは、宇宙全体のことと
して置き換えていいです。つまり私たち
一人ひとりが、宇宙の全体を内包している
という事ですが、これは私たちの意識が、
宇宙大であるという事を言っているの
です。これまで宇宙の真理編で説明して
きたように、意識は肉体の中に収まって
いるのでなく、はるかに大きな領域に
広がっていて、意識のレベルによって
その大きさが決まるという事でしたが、
その事は特に意識とトーラスその1そして
宇宙エネルギーの基本形態はトーラス
また右脳の驚異の力その2など
を読んでいただければ、わかり
やすいかなと思います。

そしてまた天界は一人ひとりの中に
その位置を占めているというのも、
宇宙は物理的に私たちの中に収まって
いると言い換えていいので、それは
ビッグバンに変わる宇宙モデル
ご覧いただければ、その意味が理解
していただけるのではないかと思い
ます。
つまりは、物理的な意味でも私たちは
宇宙大という事なのです。
つまり私たちの五感による空間の認識
そのものが間違いで、現実は逆転・裏返し
の宇宙だったという事なのです。
これは実験と観測によって導き出された
まっとうな科学的結論です。
私たち自身が宇宙であれば、その意識
が現実化したり、物質化するのはむしろ
当然という事になります。なぜなら、
この私たちが経験している現実世界も
私たちの意識が創造したものだから
なのです。そのことをスーフィや多くの
賢人たち、スウェーデンボルグなどが
我々に伝えようとしてくれていると
いうわけです。

この結論が私の神秘メッセージで
みなさんにお伝えしようとしている
真理のうちの大きなひとつだという事
です。
ではまた(^_^)

真理のヒント編一覧

超意識編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

過去世の記憶 退行催眠 その9      過去世体験の特徴のまとめその5


退行催眠という方法で、過去世を
体験するという実例を紹介する
シリーズです。
前世記憶や臨死体験との共通点が
多いので、真理を探究するのに非常に
役に立つ事例だといえます。

今回も前回のその8に引き続き
レイモンド・ムーディー氏が
過去世体験を研究した成果として、
その特徴や要素をまとめておられ
ますので、著書からの引用でご紹介
していきます。

「」内が全て引用で、~が中略です。
「」外は私の考察です。

「特徴9 退行経験により肉体の病が
        改善されることもある

 まれにだが、被験者は過去世への退行経験
により、肉体の病が劇的に改善されたという
ことがある。全く解消してしまった場合すら
ある。
 たとえば、私がリサと呼ぶ女性は、重い
頭痛によく悩まされていた。検査をしても
異常(たとえば腫瘍など)は見いだされ
なかった。彼女はまたもう何年も前に、
カフェインやアルコールを含む飲料を
一切断っていた。頻繁に起こる頭痛に対処
するには、毎日アスピリン錠を服用する
ほかなかった。
彼女は
「催眠療法をしてくれますか。どんなもの
か経験してみたいの」
と言って私のもとへやって来た。私が催眠
のトランス状態へ導くと、彼女は石造りの
古代都市での苦しい人生へと退行した。
以下は、催眠から覚めたのちに彼女が語った
ことである。

「私はその街に生活していましたが、街は
他国の軍隊によって侵略されようとして
いました。私はトランス状態の中で、彼ら
の軍隊が街に向かって山を下って来る光景
を見ました。強姦と略奪のためです。
 私たちは皆恐れおののきました。敵の
兵士が人々を追いかけ回し、どこを見ても
逃げ惑う人々ばかりでした。
刀剣を手に持った彼らは、人々を切り
裂いていました。
 私は自分自身も見ました。私は若い女性
で、白い服を着ていました。必死に
逃げようとしました。しかし、どこも
敵ばかりで、逃げようにも逃げられま
せん。突然、私は数人の敵につかまって
しまいました。一人が私の腕をつかまえ、
別の一人が私の頭を棍棒でなぐりました。
その痛さといったら信じられないほど
でした。何度かなぐったすえに、彼らは
私を地に投げ捨てました。脳は破裂
しそうで、私はゆっくり死の淵に落ちて
いきました。」

 彼女は現実にその痛みを感じ取って
いた。目を閉じた状態で彼女はソファに
座っていたが、その顔にも声にも痛みが
あふれていた。
あとでこの恐ろしい死の経験について
彼女と話すと、彼女にとってそれは
大きなカタルシスとなったようだ。
過去世での経験を語ることにより、現世
での大きな感情的解放を経験したので
ある。
 退行経験についていろいろ語る中で、
彼女の人生にはストレスや頭痛の種と
なるような、様々な問題があった事実が
明らかとなった。彼女が心の片隅に
追いやって見ないようにしてきた様々な
人生の問題も、退行経験を通して、
ほじくり出すことができた。そうやって
しだいに、彼女は心の問題を解消して
いくと共に、あのひどい頭痛をも解消
することができたのである。
 このような例は、心と体が深く
つながったものであることを、私たち
に再認識させてくれる。」

これは、またとてつもない悲劇を経験
した過去世の追体験のようですが、
その事自体よりも、自分が霊的な存在である
事を、退行経験により実感できた事で
浄化作用が起きたのだろうと思われます。
つまり、過去の人生で、どんな悲劇を
経験していても、それは霊的にはなんの
影響もないという意識レベルを獲得
できたという事なのだと思います。
(霊という存在は、肉体に囚われて転生を
繰り返す魂より高次の存在で、肉体レベル
での経験の影響をほぼ受けません。
ですが、これも自分自身だという事です。
この高次の意識の階層構造というのは、
古来より世界中で、様々な分け方がされて
いるので、また記事でまとめていこうと
思いますが、きっちりと壁で隔てられた
ようなものどうしというわけではなく、
意識レベルの差があるだけで、つながって
いるものとして捉えてさしつかえありま
せん。肉体があり生きている状態でも、
私たちは、魂であり、霊でもあるという
事なのです。)

頭痛があったのは、過去世の肉体レベル
での記憶が魂に刻まれていた事が原因
ですが、魂よりも高いレベルの意識(霊)
にとっては、それを現在の潜在意識が
気づいた時点で、解消するべきものを
言葉でないような方法で手にしたと
いう事なのです。そのような過去の悲劇
的な記憶のエネルギーを解消するために
現在の人生を生きる事になったという事で
その目的を、私たちの日常意識レベルで
なく潜在意識または魂のレベルで気づいた
時点で、そのレベルでの浄化をする事に
つながったという事なのです。
このプロセスには、私たちの日常の意識は
ほとんど関わっていません。全て霊的な
次元と潜在意識での作用だという事なの
です。

これで彼女の重い頭痛も、治ったという
事ですが、それは肉体レベルよりも
このような高い霊的レベルの自分に
アクセスできたからという事なのです。

さて次の特徴をみていきましょう。

「特徴10

退行は時間的順序よりも、それが持つ
意味に従って進んでいく

被験者が、催眠を通し一年間に様々な
過去世へ退行したというような場合
(引用注:ムーディー氏は治療のため
被験者に何度も退行催眠を繰り返す
事が多いというわけです)、その退行
の順番は時間的順序ではなく、むしろ
被験者の心に最も関連しているもの
からになる。
 たとえば、ある男性被験者が、現世
で女性に対する態度のことで幾つかの
経験をしているとしよう。すると退行
していく先の過去世は侵攻的な人生で
あったり、他者への依存的人生で
あったりする。
そういうものが幾つか続くのである。
 退行していった先の過去世の主な
特徴は、過去世での被験者の役割よりも、
むしろ被験者の精神的・霊的な発達に深く
かかわっている。それゆえに、過去世に
退行して被験者の心の問題を解決する
という過去世療法が有効になるので
ある。」

“出典:「生きる/死ぬその境界は
           なかった」
     レイモンド・ムーデイ
      ポールペリー 共著
        矢作直樹 監修
         堀 天作 訳”

これも人生の心の問題の解決に大切な
要素のようですね。
ムーディー氏は心理療法士なので、
基本的に被験者・患者の治療という
目的のために退行催眠をしているという
事です。
しかも、これは非常に有効な方法である
という事がわかってきたという事ですね。
自分の心の問題を解決するのには、自分
の過去世を経験する事で、解決できる
ようになるという事です。
そして今回の特徴は、過去世体験が、
まさに心の問題を解決するための順序で
進んでいくという事なのですが、催眠
をかけられた本人の霊的なレベルは、
その解決のための最善の体験を、本人に
させようとしているのは明らかですね。
確かにくどくど説明されるより、解決の
ための効果的な体験をする方が、より
本人の実感として、大事なヒントが
得られるという事なのだと思われます。
しかもその経験は、現世での自分の役割
や個性とは違う人生で、自分が精神的
・霊的にレベルアップするために効果的
な人生となるという事なのです。
そしてまた本人にとって必要であれば、
その人生での他者の心なども経験する事
ができて、より心の問題解決に役立たせる
事ができるという事です。
当然これらの経験は、潜在意識への作用と
いう意味で、強く本人に影響を与えるもの
となるという事なのです。

退行催眠による過去世体験は、私たちが
どのような存在であるかについても、
非常に大きなヒントを与えてくれて
いるというわけですね。
次回は、過去世体験の特徴の最後二つの
紹介と、過去世体験の特徴をまとめて
みていきたいと思います。

ではまた(^^)/

超意識編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

引き寄せも電磁気エネルギー!      現実創造のしくみ


先日
人生は思考の産物-自分で創り上げた世界-
という記事を、投稿しましたが、今回は
その続きの記事という事になります。
私たちの現実は、具体的にどのような
仕組みになっているかの重要な見方の
一つに私たちの目に見えている世界は
科学的な感知・観測結果として一つの
エネルギーに集約されます。
それはもちろん重力なんかではありま
せん、電磁気エネルギーです。
そのことは、
宇宙の根本的な力は重力じゃない!!
宇宙はプラズマという記事
をご覧いただければよくわかって
いたたけると思いますが、私の神秘
メッセージのおびただしい数の記事の
多くにその裏付けとなる説明があります
ので、またよければご覧くださいね。

とにかく私たちの現実は、感知できる
レベルでは、電磁気エネルギーが
根本的エネルギーだという事です。
さらに神秘メッセージの一連の記事に
あったように、私たちの意識も、霊的
実体も、電磁気エネルギーにより成り
立っていて、超常現象も異次元への
ゲートも電磁界異常が大きな原因に
なっているのです。
その事も「超常現象と電磁界異常編」の
一連の記事を読んでいただければ、
わかっていただけるようになって
います。

主流の科学や教育は、本物の知識を
伝えてくれているわけではありません。
これも先日投稿した
体外離脱体験のエキスパートの言葉
という記事や
ビッグバン説と宇宙モデル編のまとめ
その1
という記事で詳しく説明
しています。

さてそんな電磁気がもとになっている
現実を、わかりやすく説明しておられる
デーヴィッド・アイク氏の著書から
引用させていただきます。

「」内が引用で、~が中略です。

「物質的次元を創り出しているのは、
自分自身の想像だ。あらゆるものは
電磁気的に振動しているただ一つしか
ないエネルギー場で、いつでもわれわれ
は自分自身の唯一のエネルギーパターン
を発信している。これらが、人々が
誰かがよいとか悪い“雰囲気”を持って
いると言うときの「霊的電波」だ。
 人間が発する霊的電波は、まわりの
エネルギー場に影響する。われわれが
「雰囲気」と言うとき、ある状況に
おけるエネルギー場、人々の思考と
霊的電波により形成されたエネルギー
場のことを言っているのだ。
 古戦場には、新たな思考パターンに
よって置き換えられるまで、戦闘に
よる苦痛と侵略と苦しみによって
作られた振動が依然としてそこに
のこっている。それで、古戦場には
事件が起こって数百年たっても
「ぞっとするような不気味さ」が依然
として残ることがある。
 かつて大きな論争があった部屋に
入ると、「あなたはナイフでこの雰囲気
を切ることができる」とわれわれはいわ
れる。(引用注:これは比喩的な言葉
というだけでなく、電磁気の残像
エネルギーは、金属であるナイフで
一時的に遮断することができるという
事でもあります。)
また、よいことがかつてあった家に入る
とき「素敵な雰囲気ね」あるいは
「幸せな家ね」という言葉が、口をついて
出る。
 このような例は、すべて磁気エネルギー
場に影響を及ぼしている人々によって
発信された振動、すなわち思考の結果だ。
これらの振動は、ある特定の瞬間における
その人の存在の状態と-最も重要なことな
ので覚えておいて欲しいのだが-われわれ
が与えるものが受け取るものだ、という
ことを正確に鏡のように映し出している。
人が磁気パターンで発信するものは、物質
的な現実として自分に返ってくる。~
~人の磁気パターンは、内面の自己の感覚を
反映している。そして、人の内面の現実は
その物質的な現実として現れる。なぜならば
、わたしたちの磁気パターンは自らに
向かってほかの磁気的思考場ーつまり、
人々、場所、人生の生き方、経験、それらは
わたしたちが発信しているパターンの正確な
鏡面増なのだが-それらを引きつけるからだ。
これがたとえば、人々がある場所に家を建て
たり、休日を過ごすように引きつけられる
理由だ。
この牽引力は視覚的なものではなく、振動的
なものだ。すなわち磁気的なものだ。人々は
、そこに引かれるように感じたり、あるいは
実際に「引かれる」。これはまた、わたし
たちがいかに「偶然の一致」を作りだして
いるかを示している。「あなたにここで
会えるとは」といった偶然の出会いのように
-。
 これらはバラバラに起こった偶然ではなく
、磁気エネルギー場が無意識に互いに
引き合って生み出された結果なのだ。

(引用注:これは原著を私が持っています
ので訂正させていただきます。無意識では
なく潜在意識の誤りです。ただ訳本を引用
のためそのまま無意識という言葉で引用
してます。原著ではsubconscious mind
でサブコンシャス マインドです。
この違いはとても大きいのです。引用では
そのままの言葉を使用しなればならない
ので)

それは「小さな世界」ではない、磁場の
相互作用は無意識をそのように表す
ことができるのだ!
振動する磁気作用のこの過程によって、
無意識の心は目の前に、出会う人々や
場所や人生の生き方や経験の中に、それ
自身の正確な複製物を創造する。
~あなたの目を通して見るとき、あなたは
あなたの内面を鏡で見ている。
あらゆるものは、あなたの重要な部分か、
あるいはあなたが学ぶか経験する必要が
あるものを反映しているだろう。
 内面の自己を変えれば、その物質的
複製物-あなたの人生-は変わる。今
経験している現実は、あなたがあなたを
どう考えたかという結果なのだ。
それは意識と無意識の心の中にある
あなた自身の想像物なのだ。
人は思考と経験によって、感情と感覚を
通じて、これらの想像物を想像する。
何を経験しても、それはあなたが発信
していることの結果だ」
「I am me I am free
The Robot’s Guide to Freedom
超陰謀 [粉砕篇]
   デーヴィッド・アイク著
         石神 龍 訳
        徳間書店 刊」 ”

私はこの訳本の原著つまり
「I am me I am free
The Robot’s Guide to Freedom」
という本を持っていますので、注釈も
入れさせていただきましたが、
文中の無意識は、潜在意識と訳され
なければなりません。
原著ではsubcoscious mind ですので、
やはり潜在意識です。日本での
間違った言葉の用法にこの無意識
というものがあります。
無意識は文字通り意識が無い状態の事
で、それは、ロボットのような機械的
な反応だったり、肉体の反応だったり、
単なる五感の信号に対する反応で
あったりするもので、意識が
全く働いていない状態です。
つまり無意識自体にはなんのエネルギー
もないので、当然現実を創り出す事も
ないのです。
(そのあたりを混同する日本人が
多いので、無意識にやったことだから
罪じゃないとか、無意識に出た言葉
だから許してなどという間違った
言い訳ができてしまうのです。
むしろ身体の欲のままに行動したり
して罪を犯したりというのも、感情に
ふりまわされて自分を見失って、
罪を犯したりというのも、無意識の
範疇に入ります。人の心が無いか
わからない人間をサイコパスなどと
いわれますが、それもまた無意識に
近い状態で生きている人だという事
です。つまりただ機械的に効率よく
生きるというロボットのような感覚が
無意識状態に近いという事でとても
危険です。身体の欲だけの感情や行動
はボディマインドという言い方を、
アイク氏はしています。この
ボディマインドをコントロールできる
のが、意識と潜在意識で、
ボディマインドのみになった状態が、
無意識だという事です。)

アイク氏も無意識という言葉を一切
使っておりませんので、お間違いなく。
潜在意識は、私たちが日常気づく事
ができない深層意識で、レベルが高く
なれば、より現実を創造できる次元の
意識につながります。

アイク氏のいう通り、人の出す電磁気
エネルギーは、通常オーラというような
表現もされますので、ほぼ同じイメージ
で捉えてもいいでしょう。ただより科学
的な見方でいうと電磁気エネルギーだと
いうことなのです。
そして想像するものが現実化している
というのは、当然潜在意識も含めての
事になります。というより現実を創造
する力は、その潜在意識の方だといって
もいいでしょう。
つまり我々が気づいていない、深層の
意識が現実をつくりあげているという
事ですね。
占星術やタロットなどの占術はその
深層意識を読み取り、その人が投影
する現実を、もちろん未来も含めて
読み取る事ができるという事です。
そしてまた、以前にも紹介しました
超常能力として、古来から世界中で
よく見られる現実創造の能力「視覚化」
というものも、その深層意識、潜在意識
の境地に至り、そのレベルで視覚
イメージを行う事で、現実をイメージ
通りに実現させる事ができるという事
なのです。
また我々が、意識や体から発散している
電磁気エネルギー(オーラ)が、運や人
など数々の偶然のように見える現実を
引き寄せているという事で、その
エネルギーレベルでいえば全て必然的
に起こっているという事なのです。
これはシンクロ(共時性)も同じしくみ
ですね。
またこれはまさに、引き寄せの法則に
通じている事だといえますね。

自分自身の深層意識で、現実の創造が
行われるから、日常の意識は何もでき
ないかといとそうではなく、きちんと
現実を創造しているのです。
ただし、日常の顕在意識が深層意識に
刷り込まれることによって、潜在意識
の投影として現実化するという事
です。
つまり日常の意識を潜在意識で拒否
すると実現化しないという事なのです。

まあ細かくいえばそういう事ですが、
とにかく私たちの現実は、意識によって
変わるのであって、むしろ物理的な
行動よりもずっと大きな変化をもたらす
ものであるという事なのです。
確かに行動は、自分のまわりの現実を
中心に動かす事ができますが、
潜在意識のイメージなどの力は、我々
の現実全体をダイナミックに動かす
事ができるというものなのです。
これは、潜在意識のレベルが本来
のエネルギー場である電磁気に直接
アクセスできるためで、全体として
つながって一つである電磁気
エネルギーが、全て連動して動くから
なのです。
これが以前書いた
言葉が伝わらない人の言い分
「口で言ってるだけではだめ!」

という記事の本来の理由なのです。
つまり行動しなければ何も変わら
ないというのは、全く真実ではなくて、
「意識が変わらなければ現実を変える
事はできない」
というのが、真実だったという事なの
です。

とにかく私たちが、内面の自己を変え
れば、そして本物の知識を取り入れて、
潜在意識のエネルギーをコントロール
する事を覚えれば、思い通りに現実を
変える事ができるという仕組みを説明
させていただいたというわけです。

ではまた(^^)

真理のヒント編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

陽明学と量子物理学と釈迦の言葉が一致する!   激動の時代の英雄 河合継之助の思想


この記事は、「意識と魂と思考その2
という記事ととても関係の深い内容
になります。
今日再投稿しておきましたので、
まだお読みになっていない方は、
その記事もご覧くださいね。

ツィッターで知り合った方から、
時代小説のファン同士というよしみ
で、司馬遼太郎の「峠」という本を
紹介していただきました。
この方はハンドルネームを、
出していいのかわからないので、一応
匿名にしておきますね。
占星術にも深い知識がありながら、
タロットなどあらゆる占術にも通じて
おられるというすごい人です。
で、私は時代小説といっても、
ほとんど司馬遼太郎氏の小説は読んで
おりませんでしたし、ほとんど戦国時代
に関する時代小説ばかり読みあさって
いたので、この江戸末期を題材にした小説
は、紹介されなければ、一生読むはず
のないものだったでしょう。
ところが、読んでいくと面白いという
だけでなく、自分の研究してきた事と一致
するような思想を、この主人公の河井継之助
が、持っていたというので、とてもびっくり
したのです。
これはありがたい。紹介してくれて
ありがとう!ですね。

この小説に出てくる主人公河井継之助という
人物は、越後の長岡藩の一介の藩士(藩に
所属する武家の一人)にしかすぎません
でしたが、幕末の武家政権の崩壊をいち早く
見抜き、西洋思想や当時の世界情勢に
精通するようになった実力を買われ、藩政
の実権を握るようになったのですが、
英雄と呼ばれるのは、そこからの話なの
です。
この後の事については、小説を読んで
いただくか、下記のサイトで詳しいので
また参考までにご覧ください。
幕末維新風雲伝
河井継之助
~明治維新を阻止しようとしたサムライ~

で、私がとても驚いたのは、この小説に
出てくる河井継之助の思想なのです。
彼は、あまり勉学による知識を求めない
破天荒な行動派タイプでしたが、それは
すでに精通していた「陽明学」の思想の
影響があったからだというのです。
陽明学とは、江戸時代の主流の儒学で
あった朱子学に対して、異端とされて
いた、これまた儒学の一つであるという
事です。これがなんと私がブログで
一貫して説明してきた事と全く同じ
思想だという事なのです。
それにまた現代で異端とされているような
学問に通じているという点でも、私は
共感を持てるというわけですね。
(でも異端の方が真実ですがねー)

その事について書かれた部分を小説から
引用させていただきます。

「」内が引用で~は中略です。

「江戸はおろか満天下の学者という学者は
九割九分まで朱子学であった。
なぜならば朱子学が幕府の官学であり、
これをやらねば官途につけない。陽明学
は幕府からみればもっとも嫌悪すべき
「異学」であった。
星、月、山、川、人間など、あらゆる実在
というものは、本当に実在するのか。
朱子学にいわせると天地万物(実在)は
ちゃんと客観的に存在する。石ころも、
道をゆく犬も、堤防上の松も、いっさいが
客観的存在である、という。
 が、継之助の陽明学では、そうは見ない。
それら天地万物は人間であるオノレが
そのように目で見、心に感応しているから
そのように存在しているので、実際には
そんなものはない。たとえば継之助は
あるとき佐吉(引用注:継之助を師匠と
仰ぐ若い書生)にいった。
「春がきて桜が咲く。ありゃうそだ」
というのである。桜は客観的には存在
しないし、花も咲かないし、春という
ものもありえない。人間が心でそれを
感応するから、天に春があり、かつは
春に花がひらくという現象がある、
という。人間の目と心があればこそ
天地万物が存在するというのである。
つまり天地万物は主観的存在である、
という。いわば、雄心的認識論と
いっていい。
 要するに、人間が天地万物なるもの
を認識しているのは、人間の心には
天地万物と霊犀(れいさいと読みますが
意思が通じ合う事の意味です)相通ずる
感応力があるからであるという。
いやいや、その天地万象も人間の心も
二つのものではない。天地万象も
人間の心も、「同体である」という。
~-心は万人共同であり、万人一つ
である。というのが、継之助のいう
王陽明の学説であった。」

“出典:「峠」上巻
    司馬遼太郎著
        新潮文庫刊”

これは、あくまでも継之助が陽明学を
このように解釈したという事ですが、
当然司馬遼太郎氏も、陽明学の思想に
ある程度精通していたと思われるので、
これを陽明学の思想として良いと思い
ます。

とにかく、この陽明学の思想は、私が
これまでブログでご説明してきた真理
とほぼ一致している事がわかって
いただけるのではないかと思います。

釈迦が、世界は我々の思考の産物であり、
我々の思考が現実世界を創造すると
言った事とも一致しています。

また超常能力を身につけ「視覚化」に
よるイメージで、現実を創造すること
ができるチベット密教の行者の言葉
もご紹介しましょう。

「」内が引用です。

「この思考の物質を「ツァル」とよび、
すべての精神活動はこの神秘的な
エネルギーの波動を生み出すと言う。
彼らは、宇宙はすべて心の産物で
あり、すべての存在のツァルの集合
によってそれは創造され生命を
与えられていると考えた。」

“出典:「投影された宇宙」
    マイケル・タルボット著
      川瀬 勝 訳
         春秋社刊 ”

まだ他にも世界中の賢人や超常現象
体得者など多くの人たちが、この
ような言葉を事実として受け入れて
ます。

また量子物理学(量子力学)もこの考えを
実験の結果などから導いています。

「」内は引用です

「皆さんは「誰もみていなくても、月は
立派に存在するに決まっている。
宇宙飛行士だって現実に月に着陸した
ではないか・・・」
と言われよう。
それは確かに常識で、これまでの
科学の基本観だった。
しかし近代量子力学が到達した結論は
そうではない。
月だけではない。個々人が客観的に存在
していると認識している自然界の現象は、
(人が)観察するという行為によって、
千変万化し、誰も見ていない時は実在
しない・・・・・というのである。」
“出典:「死後の世界を突き止めた
量子力学」
     コンノケンイチ著
         徳間書店 刊”

これはつまり人が観察しなければ月や
あらゆる実体だと思っていたものが
存在しないという事を言っているわけで、
まさに継之助の言う陽明学と全く同じ
なのです。

まさに時代を超えて、現代の量子物理学
と、江戸時代末期の陽明学が、思想を
一致させているというわけなのです。

ただ量子物理学の思想を説明するのに
上の言葉だけでは不充分ですね。
誰も見ていない時は実在しないという
よりも、人が観察するような形では存在
しないという言い方の方が正しいし、
自然界の現象が千変万化するのでは、
なく観察(意識)によって、あらゆる
現実が投影されるといった方が正しい
という事になります。

このことをさらに詳しく丁寧に
説明してくれているのが、別々の分野で
研究してきてほぼ同じ結論に達した
脳生理学者のカール・プリブラムと
量子物理学者の第一人者である
デイビッド・ボームなのですが、
その二人の言葉をご紹介しましょう。

「」内が引用で、~が中略の意味です。

「プリブラムは、客観的世界などと
いうものは存在しないと考えるように
なった。少なくとも私たちが慣れ
親しみ、こうだと信じこんでいる
ようなかたちでは存在していないのだ。
目の前に広がっているのは、実は茫漠
とした波動の大海であり、現実が
堅固なものに見えるのも、脳がこの
ホログラフィックなもやもやを、
私たちの世界を構成している木や石と
いったおなじみの物質に変換することが
できるからにすぎないのである。
(引用注:このホログラフィックな
もやもやというのは、極小レベルで
測定すれば、全て電磁気の波動でしか
ない事を比喩的に表現しているという
事です。)

~プリブラムによれば、これはなにも
磁器や海辺の砂が存在していないと
いうことを意味するのではない。
磁器のカップという現実には、
ふたつの非常に異なった側面がある
というだけのことだ。私たちの脳の
レンズを通すと、それはカップとして
現れる。しかし、もしこのレンズを
なくしてしまえば、私たちはこれを
干渉パターンとして体験することに
なるのである。どちらが現実で、
どちらが虚像なのか?
「私にとっては、どちらも現実です」
とプリブラムは言う。「あるいは、
もし別の言い方のほうがいいのなら、
どちらも現実ではないのです。」

 この状態はなにも磁器のカップに
限ったことではない。私たち自身の
現実も、非常に異なるふたつの側面を
もっている。自分のことを空間を移動
する肉体と考えることもできるし、
宇宙ホログラムの全体に包み込まれた
干渉パターンのもやもやとして見る
こともできるのである。
ボームは後者の方が正しいと考えている。
なぜなら、自分がホログラフィックな
心/脳であり、それがホログラフィックな
宇宙を見ていると考えるのは、これも
また抽象概念であり、究極的には分ける
ことのできないものを分けようとする
試みだからである。
~ややこしいのはこの場合、自分が
ホログラムを見ているのではなく、
自分もそのホログラムの一部だという
ことなのである。~
~脳がものを構築するというプリブラム
の主張は、ボームの結論にくらべれば
まだまだやさしい。ボームは、時間と
空間でさえ、それを構築しているのは
私たちだ、というのである。」

“出典:「投影された宇宙」
    マイケル・タルボット著
      川瀬 勝 訳
         春秋社刊 ”

少し説明が難しいでしょうね。
わかりやすく言いますと、極小の世界を
観測すると、私たちの現実は全て
電磁気の波動でしかありません。
その干渉を私たちの脳が解読する時に
初めて実体として捉える事ができるという
わけなのです。
プリブラムはどちらも現実には違いない
といいます。
ですが、量子物理学者のボームは、電磁気
の波動の方が現実だと言います。
確かに我々の五感の解読なしには、この
物質のように見える実体は存在しない
のだから、それも真実だといえます。
そしてまたとても重要なことに、私たち
自身もまた脳も電磁気の波動の干渉である
ホログラムでしかないという事なのです。
これは事実ですが、当然実感がわきません。
しかし、それを理解すれば、ボームの
いう時空さえもそれを構築しているのが
私たちだという事がわかってくる
のです。
ではこの場合の私たちというのはなんだ
という事になりますよね。
それが「意識」という事なのです。
脳も身体も実体でないという事になれば、
唯一残っているのが私たちの思考であり
意識だという事なのです。
臨死体験者や体外離脱体験者は、まさに
その意識のみの状態になったのですが、
むしろそれは生きている間からそのような
状態であった事に、「気づけた」という事
なのです。つまり肉体という錯覚に
囚われていた意識が、肉体から離れた
(確かに私たちの意識の一部、とても強力
な五感による顕在意識は、肉体に付随する
オーラ場のような電磁場に囚われて
います、それが離れたという事で、意識
が全て自由になったという事です)
という状態で、覚醒したという事なのです。

まあ日常意識にどっぷりつかっていては
なかなか理解しにくいと思いますが、
全くの真理を申し上げているので、また
じっくり読んで考えて、そして感性を
働かせていただければ、わかって
いただけると思います。

そしてこのような真実が、継之助の言う
陽明学の思想とほぼ同じ結論だという事
なのです。

このことは、「峠」の中で、弟子である
若い書生の佐吉と、継之助の問答を
読んでいけばわかるようにもなっています
ので、それは続編の記事に書いていこう
と思います。

そうそうこの河井継之助という人物は
不世出の英雄でありながら、あまり
知られていないのは、官軍側だからという
だけではなく、この思想が、私たち大衆に
浸透して欲しくないものだからでも
あるのです。なんせ唯物論が現代の私たち
の教育の基本概念として設定されている
ので当然ですね。

ではまた(^^)/

真理のヒント編一覧

宇宙の真理編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

意識と魂と思考 その2     真理のヒント編に再編 微加筆


今日江戸末期の英雄藩士の思想が、
私たちは思考の産物で、しかも現実も
思考が投影されたものだという事だと
いう記事を投稿しますが、この記事は
その事を古来から世界中で、理解して
しかも実践していた人々のことを取り
上げています。
私たちがイメージで未来を創造すると
いうのは、本来の意味での科学だと
いってもいいと思います。
なおこの記事は非常に重要なので、
真理のヒント編に再編させていただき
ます。
では元記事をどうぞー。

意識や魂や思考というのは、世界中で
太古の昔から普遍的な教えとして語り
継がれてきました。
しかし、ここ現代の日本では、教育課程に
ほとんどそういったものがみられません。
それは、また都合の問題もあるからですが
、それでは我々はこの世界で生きる意味
や意義そして真理に対して盲目になり、
生きる目的や幸福とは何かについてほと
んどゆっくり考える暇もないまま、生活に
追われて、そのまま人生を終えることに
なります。しかもそういう教育を受けた
人々の多くが、人生は死んだら全て終わり、
肉体とともに自分という存在も終わると
考えて、虚しく悲観的な利己主義になり
ますます社会が殺伐としてきます。
現にそのような社会になりはじめている
ではありませんか。
あんみんの真理探究の成果で、人は永遠の
存在であることを、科学的な観点からも
正しいことを裏付ける事実や証言を、
徹底して集めていて、もはや肉体は一時的
な借り宿のようなもので、我々はみな一様に
永遠の存在であるという結論に達しました。
今回は、その事をシリーズでお伝えする
「意識と魂と思考」の第二弾ということで、
古来から世界中で伝わる意識や思考、魂
の教えをひもといてみることにしました。

意識や魂や思考といテーマに対して、
科学的なアプローチをして、世界中の学者や
識者から絶賛される成果をあげてきた天才
神秘研究家マイケル・タルボット氏の著書
からの引用です。

“  思考がつくりあげるもの
これまでに見てきたさまざまな「発見」に
ついても言えることだが、私たちの無意識の
心の深い部分、あるいは霊的な部分は、
時間の境界を越えたところまで手を伸ばす
ことが可能であり、自分の運命を決めて
いるのもこの部分だという考えは、多くの
シャーマンの伝承やその他の文献にも見出
すことができる。
インドネシアのバタック族の人々によれば、
ある人間が体験することは、すべてその人
の魂(「トンディ」と呼ばれる)によって
決定され、それはひとつの身体からつぎの
身体へと生まれ変わっていくもので、
その人の過去世の行動ばかりか、肉体的な
特徴までも再生する力を持った媒体である
という。オジヴウェーインディアンも
人生は目に見えない霊、あるいは魂に
よってその筋書きが書かれており、成長と
発達を促すような形にそれが仕組まれて
いると考えている。必要な教訓をすべて
学ばないうちに死んだ場合、その人の霊体
はこの世に戻り、ふたたびまた別の肉体に
生まれ変わるのである。 
 カフナ(ハワイに昔から存在する、未来
予知、手かざしなどによる病気の治癒、
想念現実化などの能力を発揮する人たちの
総称)はこの目に見えない側面を
「アウマクア」すなわち「高次の自己」と
よぶ。ホイットンの超意識と同様に、
それは人の無意識の中でも、結晶化した未来
、あるいは「固まった」未来の一部を見る
ことができる部分だ。
わたしたちの運命を創造しているのもこの
部分だが、そのプロセスを単独で行って
いるわけではない。この本に登場した多く
の研究者たちと同様に、カフナたちは思考
には実体があり、彼らが「キノ・メア」
(影体)とよぶかすかなエネルギー物質で
できていると考えた。したがって、私たち
が持つ希望、恐れ、計画、心配、罪悪感、
夢、あるいは空想などは、心から去った
あとも消滅してしまうのではなく、想念
としてひとつの実体となり、これもまた
高次の自己が未来を織りなすための糸の
一部となるのだ。
 ほとんどの人は思考に責任を持ってい
ない、とカフナは言う。
高次の自己に対し、まったくコントロール
されていない、互いに矛盾しているさまざ
まな計画や望み、恐れなどを常に浴びせ
かけている。
これが高次の自己を混乱させるため、ほと
んどの人の人生は、これまたコントロール
のきかない偶然の産物と見えてしまうのだ。
強い力を持ち、高次の自己といつもつながり
をもっているカフナは、人の未来をつくり
変える手助けができると言われていた。
同様に生きて行く過程で、人々が頻繁に
立ち止まっては自分の人生について考える
時間をとり、自分の望みを具体的なかたちで
思い浮かべることが非常に大切だと考えら
れていた。そうすることによって、人は自分
の身にふりかかる出来事をもっと意識的に
コントロールできるようになり、自分の未来
を自分でつくっていくことができるとカフナ
は説いたのである。
ティラーやスティーブンソンによる、精妙な
中間体の概念(いわば魂のようなもの)を
思い起こさせる考えを用い、カフナはこの
「影体」物質もやはり肉体の型版をつくる
と考えていた。ここでもカフナの中で自分
の高次の自己と非常にうまく波長が合って
いる者は、人の影体物質の形をつくったり
変えたりすることができくると言われて
いた。
ということは、肉体にも同じようにできる
ことになる。奇跡的治癒が行われるのも
こうした仕組みによるものとされていた。
この見解が、思考やイメージがなぜ健康に
あれだけ強力なインパクトをもつのかに
ついて私たちが到達した結論と同様のもの
であることは興味深い。
 チベット密教の神秘主義者たちも、
この思考の「物質」を「ツァル」とよび、
すべての精神活動はこの神秘的なエネルギー
の波動を生み出すと言う。
彼らは、宇宙はすべて心の産物であり、
すべての存在のツァルの集合によって
それは創造され、生命を与えられていると
考えた。密教によると、ほとんどの人は
自分がこの力をもっていることに気づいて
いないが、それは普通の人間の精神が
「大海から隔絶された小さな水たまりの
如くにしか機能していないからだという。
精神の深いレベルに接触する技をもつ偉大
な行者だけが、このような力を意識的に
利用することができると言われており、
彼らがこの目標を達成するために行なった
のは、望むものが創造された姿を繰り返し
思い浮かべ視覚化(観想)することで
あった。チベット密教の文献には、この
目的で行なわれる「サーダナ」とよばれる
視覚化の訓練がたくさん書かれており、
カギュー派のような宗派では、自分の視覚
化能力を完成させるため、僧侶は最長七年間
も洞窟や閉ざされた部屋の中にひとりで
過ごすという。
 十二世紀のペルシアのスーフィたちも、
自己の運命を変えて新たなものをもたらす
のに視覚化が重要であることを強調して
おり、この思考のかすかな物質を「アラム・
アラミタル」とよんだ。多くの透視者と同様
に、彼らも人間にはチャクラのような気の
中心点によってコントロールされる「微体」
があると考えていた。また、世界は段階的に
精妙になっていく一連の存在次元(ハダラー
と呼ばれる)に分かれており、この世に隣接
した次元は一種の型版的世界とされる。
「アラム・アラミタル」はそこで想念の像と
なり、それがやがて最終的に人生の成り行き
を決定していくのである。スーフィたちは
独自の視点も加えている。彼らは、胸の
チャクラ(「ヒンマ」)がこのプロセスを
司っており、自己の胸のチャクラを制御
することが、自己の運命を制御するための
前提条件であると感じていた。”

“出典:「投影された宇宙」
マイケル・タルボット著
川瀬勝訳 春秋社刊”

()内一部あんみんの注釈です。
もうこれで、魂や思考や意識が実体のない
架空のもの、または物質の副産物などと
いう人はいないと思いますが、実際
宇宙は全てまさかの真空です
でご説明したように、物質こそが架空
のもので、実は思考や意識、そして魂
などが、実体と呼べるものだったのです。
それを理解してる人たちが、思考や意識を
現実化させ、病人を意識や思考で治し、
予知能力などを発揮するのだから、どちら
が正しいか、すでに明らかですよね。
唯物論などを信じている人たちは、その
ことを説明できず、「偶然」などと、
苦し紛れに叫ぶことしかできません。
理解できなければ、なんでも偶然
だとか奇跡で片付けるのは、もはや
だだをこねて泣いている赤ん坊と変わら
ないのではないでしょうか?
頭のいい人は、全てには理由があるはず
だと、原因や謎を解明しようとするもの
です。そして太古からの賢人たちは、
これまでみてきたような結論を導き出す
のに至ったというわけなのです。
また世界中のいたるところで、また時代
を違えて、思考や意識、魂に対する考え
が、驚くほど同一の事をいっている事
にも注目していただきたいのですが、
彼らは、インターネットの時代に生きても
いないのです。つじつまを合わせる、
必要すらありません。
その上でほぼ同じ結論を導き出して、
しかも超常能力と呼べるものを、意識
的にコントロールし、実践してきたの
だから、もはや疑う余地がないのでは
ないでしょうか。
カフナの高次の自己は「アウマクア」
そして思考は「キノ・メア」、チベット
密教の神秘主義者は、思考の物質を
「ツァル」と呼び、ペルシアのスーフィ
たちは、思考のかすかな物質を「アラム・
アルミタル」と呼んだ。
これは、全て同じ事を別の言葉で表現
したものにすぎません。
また思考を現実化するために必要だとされ
ている事が、カフナの具体的な形で思い
浮かべる事と、チベット密教の神秘主義者の
「サーダナ」という視覚化、ペルシアの
スーフィたちの胸のチャクラによる視覚化
と言うことで、みんな見事なまでの一致を
みるのです。
またこの本には、続いて超能力者たち、賢人
たちの太古からの教えにも同様の事が伝えら
れていると例をあげて書かれています。
ここまでの証拠をつきつけられて、まだ
思考が架空の実体のものではないと、考え
られる人は、救いようがないと思えますが、
これを読んで理解しておられる人たちも、
同感されますよね。
視覚化などのイメージによる現実化は、
最近はやりの、「引き寄せ」の法則でも
一般的な考えなので、もはやこれを疑う
人は人類と自分の未来を放棄したような
ものでしょ?

真理のヒント編一覧

超意識編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ

臨死体験と過去世体験がつながる! その2    心や体の問題を解決する


今回は、臨死体験者の証言と、
退行催眠による過去世体験の共通点を
実例を取り上げて、ひとつにまとめて
説明していこうというシリーズ第二弾
です。
まずは先日の過去世の特徴の
「退行経験はときに現世の問題を
反映する」というものを、そのまま転載
して、そのあと臨死体験者の証言を紹介
していこうと思います。

「」内が引用で、~が中略です。

「特徴7
退行経験はときに現世の問題を反映する

私が扱った退行実験において、そこに現れた
過去世の出来事や状況は、ほとんどの場合、
被験者の現世におけるジレンマや苦悩に
かかわるようなものだった。
それは通常明らかに見てとれた。
 たとえば被験者のある男性は、現世に
おいて年上のガールフレンドがいたが、
威圧的・支配的態度により、いつもストレス
をかかえていた。彼はどうしようもない状況
だと悩んでいた。催眠の中で彼は、古代中東
のある街で自分が女性だった時代に退行
した。

「私はとても美しい王宮の、ある建物の中に
いました。奴隷たちが出入りし、着飾った
女性たちの世話をしていました。
私は着飾った女性たちの一人でした。
私たちは妾として養われ、誰かに仕えるため
にそこにいたのです。たぶんスルタン
(イスラムの権力者)のためでしょう。
その身分にあることで、きわめて快適な
生活が保証されていました。物質的に
は何不自由ない生活です。しかしその一方、
自由は全くなく、その面では地獄のような
生活でもありました」

 彼のこの退行経験は私の胸を打った。
彼はその過去世で、隷属的な一女性だった
という。私は疑問に思ったが、その後も
彼に退行催眠をかけていくと、理由が
わかった。彼の思いの中では、すべての
女性は隷属的立場にあるのである。だから
現在のガールフレンドが彼に威圧的態度を
とったとき、彼は自分を女性のように
感じたのだ。
 このように、過去世での経験が現世
の状況にかかわっていることは、
きわめて明らかだった。しかしこの
かかわりは、はたで見ている療法士
にはたとえ明らかであっても、当人に
とっては必ずしもそうではない。
これは意外ではない。私たち人間は
往々にして、現在の悩みを無意識の
領域に追いやり、考えないようにする
からだ。
 被験者によっては、現在の状況と
過去世の間に、一見して類似点が見られ
ない場合もある。しかしそれでも、
催眠状態から覚めると彼らは、退行中に
経験した過去世が現世での精神的問題に
非常に関係しているという観念を表明
する。
~このことから、現在の人生の問題は、
過去世で未解決だった心の問題に起因
するのではないか、という考えを持つ
人もいるだろう。退行経験の中に、
現世の問題が色濃く反映される。
それゆえ、退行経験によって現世の
心の問題の解決が可能であるという
のが、過去世療法(前世療法)の
考え方である。療法士は、退行経験を
見極めて問題を探り、解決の道を探る。」
“以上「」内全て
出典:「生きる/死ぬその境界は
           なかった」
     レイモンド・ムーデイ
      ポールペリー 共著
        矢作直樹 監修
         堀 天作 訳”

これは、退行催眠により、過去世体験を
した事で、魂がその問題を未解決のまま
次の人生へと持ち込んでいる事を繰り返
しているために、過去世でも現世と
似た問題を経験する事になるわけ
ですが、退行催眠を受ける事によって
魂自体の意識を経験できるために、その
問題点がわかり、解決できるようになる
という事ですね。
実は同じく、魂(霊)の状態になった
臨死体験者もそれを、経験できて人生の
問題を解決できるようになった
という証言が多いのです。
まずはレイモンドムーディー氏の著書より
の引用です。

大学院卒業直後、23歳の誕生日
に臨死体験をした女性が、やはり高次の存在
(文中ではあの方と呼んでおられます)に
出会い、人生回顧をしたあとの言葉です。

「」内が引用で、~が中略の意味です。

「自分の行動の責任は、全て自分にある
というのが、この体験から私が学んだ
いちばん大事なことでした。
あの方と一緒に自分の一生を振り返って
いたとき、言い訳することも、はぐらかす
こともできませんでした。~
~こうして一生を振り返って見た中で、
覚えている出来事がひとつあります。
子供のころ、妹から復活祭のバスケットを
ひったくったんですね。私の欲しいおもちゃ
が入っていたからなんですけど。
でもその場面を見たとき、あの子が大事な
ものを取られたときの感じや、がっかり
している感じや、のけ者にされたような
感じがよくわかりました。
意地悪をするときには、人に大変なことを
してるんですね。でも、いつか必ずそれに
気がつくようになっているのは素晴らしい
ことです。~
~今までしてきたことが全部、その
(一生を振り返ってみる)中に出てきて、
善悪を判断しなきゃいけないんですよね。」
“出典:「光の彼方に」
レイモンド・ムーディ・Jr著
笠原敏夫/河口慶子訳 
TBSブリタニカ刊”

これは相手の心や感情も経験できる
という臨死体験の一つの特性を示して
いますが、今回のは自身の心の問題
を解決する人生での出来事を、相手の
感情も含めて追体験しているという
ものなのです。
これは過去世の問題解決とは違い、
それまで生きてきた自分の人生の中に、
問題解決の原因を探るというものですが、
やはり魂レベルに刻まれた問題解決を、
臨死体験領域の意識レベルだからこそ
できたという事を示しています。
この体験により、この女性が相手の
気持ちを考えて行動できるようになった
のはいうまでもありませんね。

他にいくらでも似た事例はありますが、
臨死体験者で絶対意識領域にいけて
臨死体験で大きな問題解決のヒントを
得た事で、体験をする前の末期癌が、
完治して、完全に健康を取り戻した
という嘘のような実例があります。

(これはアニータ・ムーアジャニさん
という人ですが、別の記事で詳しく
ご紹介しています。)

それだけ彼女は、意識レベルの高い領域
にいけたという事でもあります。
そこで彼女は、臨死体験をする前の
彼女が、際限のない自虐的な意識を
持ち続けていたので、それをそのまま
自分の体が受け取ったために、癌に
なってしまったという真実を知ることに
なります。その臨死体験から肉体へ戻る
と彼女は、その自虐的意識を改めて
自分を愛する事に徹し、さらに無限の
大いなる自分を自覚したために、医者が
全く理解できない、癌からの完全復活を
遂げることができたのです。
このように臨死体験での意識レベルに
よっては、人生での精神的な問題だけ
でなく、肉体的(しかも致命的なもので
さえ)な問題をも解決する事につながる
というわけなのです。

このように臨死体験でも、過去世体験でも
現在での人生での意識から、離脱して
魂レベル、霊的レベルに達すれば、問題
を解決するヒントが与えられるという事
がわかったわけなのです。
もちろん、瞑想などで、そのような意識
レベルに達する事は可能なので、静かに
自分の本来の意識、または心に静かに
耳を傾ける事は習慣づけたいものです
よね。

では(^^)

超意識編一覧

あんみんの神秘メッセージメニュー

トップページ